第4話 王女の治療1
「二週間、時間を頂けないでしょうか?」
玉座に戻った俺は膝をつきながらオニムス陛下と対峙していた。
「二週間で出来ると言うのか?」
「はい。二週間です。それだけあれば、ルシル様の症状は幾らか改善されるはずです。ひとまず、自分の力で外出するくらいは出来るようになるでしょう」
「それは、本当か! いや、しかし……」
何度もその期待を裏切られてきたのだろう。
オニムス陛下の顔にはぬか喜びはしないという警戒心があった。
「ですが、一つ条件があります」
「なんだ?」
「私がやることに反対しないで欲しいのです。一見、陛下から見れば訳の分からないことをするかもしれません。ですが、そこには明確な意味があります。そこに反対しないのであれば、今回の話を受けさせてもらいます」
俺はルシル様を治すため、引いては己の目的のためにこちらから条件を出した。
この条件を呑まなければ受けないとまで言ったのだ。
国王との繋がりを持ちたい俺にとっては、ここで話を無かったことにされれば困ったことになる。
だが俺にはオニムス陛下が条件を呑むという確信があった。
もちろん、向こうも別途条件を出してくるはずだ。
それでも結局は俺の求めているレベルの要求は通ることになるだろう。
それは先ほどルシル様を見るオニムス陛下の目を見て分かった。
娘のためならば、少々のことは見逃す。
それくらいの溺愛をオニムス陛下に感じたのだ。
俺の予想通り、難しい顔をしたオニムス陛下は「こちらにも条件がある」と概ね俺の要求を呑む姿勢を見せた。
もしオニムス陛下の機嫌を取るためなら、こんなことを言う必要は無い。
だが、ここでのささやかな悪印象など後で幾らでも取り返せる。
今は国王に行動を許されているという事実が欲しかった。
そして、それをここに居る騎士や貴族の者達が聞いているということも重要だ。
オニムス陛下は指を一つずつ立てていく。
「一つ、ルシルに何かを食べさせる、飲ませると言った行為は禁ずる。二つ、ルシルに接触することも禁止だ。その他、ルシルに危害を加える素振りを見せれば、対処させてもらう。これを呑むならば、そちらの条件も呑もう」
まぁ、妥当と言ったところか。
この危害を加える素振り、というのが厄介な部分でもあるが、向こうも条件には猶予を持たさなければ心配だろう。
ひとまずは俺に任せると言わせることさえ出来れば、後でなんとでもなる。
「条件、全て了解いたしました。最後にはなりますが、治療のためこちらの王城に泊まりたいのですが」
「それはこちらから願いたいものだった。すぐに用意させよう」
「ありがとうございます」
まぁ、向こうも急に逃げられたりする訳にはいかないだろうからな。
俺を目の届く範囲には留めておきたいだろう。
これで、準備は整った。
後はルシル様の様態を確認しながら治療していけば良い。
(二週間は、ちょっと攻めすぎたかもな)
とはいえ、こちらの要求を通すためにもある程度インパクトは必要だった。
最悪、快方に向かっていれば、二週間を過ぎても時間を与えて貰えるだろう。
頭の中で簡単に予定を計算した俺は、恭しくオニムス陛下に告げる。
「必ずや、ルシル様の容態を回復させて見せましょう」
◇◆◇
次の日から俺は行動を開始した。
朝早く起きた俺はルシル様の部屋の前に立っていたメイドに言って、部屋の中に入ろうとした。
「し、しかし、まだルシル様は寝起き前でして……」
「大丈夫です。それに陛下からの許しは得ていますから」
メイドにも話は通っているのだろう。
俺の無茶ぶりとも言える要求に従うように、メイドは扉を軽くノックして中の様子を確認する。
程なくして、メイドが静かに部屋から顔を見せた。
「ルシル様はまだ寝ておられます。出来るだけ静かにお入りください」
(これくらいの要求は通るか……)
オニムス陛下が知ればどういう顔をするかは分からないが、ひとまずかなり自由に動き回ることが出来そうだ。
俺も朝早く来たのは別に起こすためではない。
俺は昨日にも一度訪れた部屋に入る。
昨日はゆっくりと見る暇は無かったが、ルシル様の部屋は大きさの割に簡素な造りとなっていた。
寝台こそ大きく三人程横になってもまだ余りそうな大きさだが、それ以外では丸机と椅子、その他本棚程しか部屋には無かった。
絨毯などは上等なものを使っているようだが、部屋自体は白を基調としたシンプルなデザインだった。
だが、そんなシンプルな部屋で異彩を放っているモノがあった。
(あれは、水晶玉か?)
深い紫色の水晶玉が、丸机の上に鎮座していた。
大きさとしては占い師が用いていそうな両手で抱えられるくらいのもので、机から落ちないようにするためか、何かクッションのようなモノの上に置かれていた。
そこまで俺が部屋を観察していると、横からメイドの咳払いが聞こえて来た。
(あんまり見るなってことか……)
俺が部屋に入ったことで、見張りのためか一緒に入って来たメイドの視線を感じながら、俺は椅子を一つ拝借し部屋の隅へと移動する。
部屋の端から一瞬天井を見た俺は自前で持って来た本を開いた。
恐らく最初は根気勝負になるだろう。
俺は業務連絡以外ではルシル様に話しかけるつもりはない。
とはいえ何もせず部屋に居るというのも不自然だ。
だからこその読書。
まぁ俺自身、読書が好きというのもあるが、ここでは彼女に対して一切の注意を払わないということが大切だった。
俺がしばらく本に集中していると、部屋の中から悲鳴が聞こえて来た。
悲鳴の主は当然、ルシル様である。
「え? だ、誰?」
視線を彷徨わせたルシル様は助けを求めるように側で控えていたメイドに視線を向けた。
「おはようございます、ルシル様。お眠りの最中に入ってしまい、申し訳ありません。彼は陛下に雇われました新たな医者でございます」
「あ、ああ。そうなの……」
(俺が医者と知って安心した?)
もちろん素性が分かって安心したのはあるのだろうが、その表情には何かそれ以上の意味があるような気がした。
まぁ、とはいえ昨日程の取り乱しが無いのなら良かった。
流石にあれだけ拒絶されれば、外に出ざるを得ないからな。
もしかしたら、布団を被っているというのが心を落ち着かせているのかもしれない。
俺はこの機会しかないと思い、挨拶をすることにした。
「はじめまして。本日より雇われました。シドと申します。よろしくお願いいたします」
「えっと、ルシル・ルイアイセンと申します……よ、よろしくお願いいたします」
挨拶は出来るか。
それは育ちの良さもあるのだろうが、思ったより対人恐怖症は弱いのかもしれない。
というよりオニムス陛下はルシル様が対人恐怖症だとは一言も言っていない。
オニムス陛下の話ではある日を境にルシル様が外に出たがらなくなったようだ。
当然オニムス陛下は理由を聞いたが、ルシル様は何も答えなかった。
原因が分からないオニムス陛下はどうすることも出来ず、そのままずるずるとここまで来てしまったという訳だ。
(その理由というのを解決する必要もありそうだな)
俺が自己紹介を終え、ルシル様のことを考えていると、今まで側に控えていたメイドが立ち上がる。
「それではルシル様、朝食の準備を致します」
どうやら朝食もこの部屋で取るらしい。
まぁ、引きこもっているのだから当たり前か。
ルシル様は俺のことを気にしつつも普段通りに食事を食べ始めた。
それを見届けてからは俺も読書に戻る。
色々と気になる点もあるが、ひとまずの作戦は変わらない。
俺は手元の本に視線を落とすと、そのまま読書に集中した。
◇◆◇
(おっと、もう昼過ぎか……)
どうやら集中し過ぎていたらしい。
窓の外を見れば、もう日は高く上りきっていた。
そして、ルシル様もその景色を椅子に座りながら眺めている。
(そういえば、俺が初めて見た時も外を見ていたよな)
どうやら外に興味が無い訳では無いらしい。
本人が外に焦がれているというのは良い状況だ。
その意志が本人に欠片も無いのであれな、どうしようも無かったからな。
(今日はこの辺にしておこうか)
あまり長居し過ぎてもルシル様が疲れてしまう。
それに俺としても色々と調べたいことがある。
今日はこの辺りで引き上げるか。
本に栞を挟んで閉じた俺は立ち上がると、ルシル様に話しかける。
「それではルシル様、今日のところは失礼致します」
「え、あ、はい……」
どうやら彼女は少し呆気に取られているようだった。
まぁ、流石に昼まで一言も話しかけられないとは思っていなかったのだろう。
俺はそれ以上干渉することもなく、部屋を後にする。
(さて、ここからは情報収集と行くか)
俺はルシル様が引きこもった理由が分からない。
その辺りが理解できなければ、ルシル様と向き合うことも出来ないだろう。
そのためにも情報収集は必須となる。
部屋を出た俺はメイドに見張られながら正門の方へと移動する。
そこで俺は昨日みんなの前で演説していた騎士を見つけた。
確か名前はカイルだったか。
「カイルさん、お疲れ様です」
「お? 昨日の医者の方ですね。どうですか、治療の方は?」
「まぁ、ぼちぼちといったところですかね」
「いやぁ、俺が言うのもなんですが、ルシル様のことよろしくお願いいたします。陛下もルシル様が部屋に籠られてから思いつめるばかりでして。貴方には期待していますよ」
「お任せください」
俺が笑顔を浮かべると、カイルさんも笑顔を浮かべる。
どうやらカイルさんは気の良い性格らしい。
俺は一通りカイルさんと談笑すると本題に移る。
「ところで少し外出したいのですが、許可はいただけますでしょうか?」
「外出ですか、そうですね……」
カイルさんは口元に手をやって考える。
まぁ、俺が外出してそのまま帰って来ないという可能性を考えれば、簡単には外に出せないだろう。
だが、俺はオニムス陛下に行動の自由を約束されている。
そうなれば彼が取れる選択肢は一つしか無い。
「そうですね。シドさんの行動はオニムス陛下が保証されています。しかし、念のため私もついて行きます。それで良いですか?」
「はい。もちろんです」
彼の監視付きならば、問題ない。
俺としても元々逃げ出すつもりは無い為、彼が付いてこようが問題は無かった。
そういう訳で俺がカイルさんを連れて正門から出ようとすると、正門で誰かが言い合っているのが聞こえた。
カイルさんは俺に断りを入れると、そちらに向かう。
「ベス、どうしたんだ?」
「いえ、カイルさん実は──」
「──お願いです」
ベスと呼ばれた門番が説明する間もなく、誰かがカイルさんに言い寄った。
「ルシル様と会わせてください」
「ですから、何度も言っているでしょう。幾らルシル様のご友人とはいえ、面会は出来ません。カイルさんからも言ってあげてください」
「そこを何とか……」
少し勝気な目をした十代半ばの少女は制服を身に纏っており、門番相手に必死に抗議していた。
その制服はこの王都でも貴族だけが通える学園の制服だった。
(ルシル様と友達ということは、ルシル様もそこに通っているのか)
恐らく授業が終わったばかりなのだろう。
制服に身を包んだままの少女は門番がどれだけ制止しても引き下がる様子を見せなかった。
それを見かねたカイルさんが、申し訳なさそうに告げる。
「これは陛下の命でもあります。申し訳ありませんがお帰りください」
流石の少女もオニムス陛下の名前を使われると、強くは出られないらしい。
何か言いたげな顔をした後、しゅんとした様子で頭を下げると王城から立ち去っていった。
俺はその様子を眺めながら、隣に居たカイルさんに尋ねる。
「彼女はどなたですか?」
「彼女はルシル様のご友人でもあり、ハーベルク侯爵のご令孫でもあるエリッサ様です」
「ハーベルク侯爵?」
「陛下に謁見した際に右側に居た人物ですよ。ちょうどワグナー侯爵の隣に居た方です」
ああ、オニムス陛下と一緒にワグナー侯を諫めていた人か。
俺は肩を落としながら帰路につく彼女を見る。
(まだだな)
まだ焦る時期じゃない。
俺はひとまず彼女の名前を覚えておくと、そのままカイルさんと一緒に王都へと向かった。
◇◆◇
「あ、シドさん! 来てくれたんですね……それで、その方は……」
街に出た俺はマチアさんの所に来ていた。
俺を見つけて顔を明るくしたマチアさんだったが、その隣に騎士が居ることを確認して顔をしかめる。
俺はその表情の変化についてはあえて触れずに笑顔を浮かべた。
「この方はカイルさんです。今は俺の見張りですね」
「見張り?」
「実は昨日の話を受けさせてもらったんです」
「昨日のって、まさか……」
「はい。ルシル様の件です」
「そんな……」
「でも、心配はいりませんよ。失敗したら死刑というのは嘘でしたから」
「そ、そうなんですか?」
俺がそこでカイルさんを見ると、カイルさんは静かに頷いた。
「はい。あれは覚悟を問うための嘘ですので、たとえシドさんがルシル様を治せずとも死刑になることは無いでしょう」
「そ、そうなんですね……良かった」
マチアさんも騎士から言質が取れたことで安心したのだろう。
身体の力が抜けそうになっていたので、俺はそっと支える。
「心配してくれてありがとうございます」
「あ、い、いえすみません」
俺はマチアさんを立ち上がらせると、マチアさんの後ろから近づく存在に目をやった。
「シド兄ちゃん、今日も遊んでくれるのか?」
「おう。少しだけなら良いぞ」
「やった!」
俺はマチアさんが頷くのを見てから、子供たちのところへ向かった。
それからカイルさんも巻き込まれたのは言うまでも無いだろう。
◇◆◇
「いやぁ、思ったより子供は元気がありますね」
「そうですよね。でも、元気なのは良いことですよ」
子供達が疲れるまで遊んだ俺とカイルさんは少し木陰で休んでいた。
そこへマチアさんが二つのコップを持ってやってくる。
「あの、今日もありがとうございました。これ、ただの水ですが……」
「ありがとうございます。いただきます」
「お気遣い感謝いたします」
俺とカイルさんはそれを受け取ると一息に飲みこんだ。
冷たい水が、運動した身体に染みているのを感じていると、カイルさんが俺に近づいてくる。
「シドさん」
「なんでしょう?」
「あの人、シドさんの彼女さんですか?」
「え?」
いきなり何を言い出すのかと思ってカイルさんを見れば、カイルさんは俺にニヤニヤとした笑みを浮かべてきた。
「いや、シドさんはなかなか色男ですからね。そういう人もいると思ってましたよ」
「は、はぁ。ですが、マチアさんは彼女とかでは……」
「いやいや、良いんです。気を遣わなくても。行ってきてあげてください。私はここで少し休んでいますから」
「……ありがとうございます。恩に着ます」
俺を見るカイルさんの顔には親愛の情が浮かんでいた。
どうやら子供達と一緒に遊んだことが思わぬ良い結果をもたらしたらしい。
元々、カイルさんが居ても話すつもりだったが、一人で話した方が都合は良い。
俺はカイルさんの言葉に甘える形でマチアさんと二人の時間を作った。
「マチアさん、実は少しお願いがあるんですが、良いですか?」
俺はルシル様の治療のため、次の布石を打った。
ルシルの治療を引き受けたシド。
未だルシルが精神的に弱っている原因は分かりませんが、シドの頭の中には何か策があるようです。
次回、お友達への接触。お楽しみに。