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第2話 ルイアイセン王国への潜入

 




「ここが、ルイアイセンの王都、ハイネスか……」


 俺はネルエ陛下の命で分身体を用いて三国へと旅立った。

 その中で王都に一番早く着いたのがセントエル王国の北に位置するルイアイセン王国だ。

 基本は歩きで国まで入ったが、そこから馬車を上手く捕まえられたのが良かった。

 セントエル王国含む四国では一番領土が大きく、作物などの生産量が多い。

 それ故に他国との貿易も盛んに行っている。

 四国の中で一番国力が強い国だと言えるだろう。


 そんなルイアイセン王国の王都であるハイネスに入った俺はまず街を散策することにした。

 重要な情報を聞きだすためには出来るだけ国の中枢に近づきたいが、別にそこまで近づかなくても国民の空気感というのは分かる。

 その情報だけでネルエ陛下が満足することは無いだろうが、俺が参考にする分には問題ない。


 少し歩いた感じでは国民は皆活気づいているようだ。

 やはり貿易が上手くいっているのもあり、国全体として明るい空気が流れているのだろう。

 見た限りでは争いの不安みたいなものを抱えている人も居ない。


(あんまり戦争を控えている国民の態度では無いな)


 見た限りでは戦争を起こしそうな雰囲気は無いが、それは国の内部に入らなければ分からない。

 もう少し散策しようとした俺は既に日が落ちかけているのに気付いた。


(もうすぐ夜か……)


 ハイネスに到着した時点で午後を回っていたからな。

 俺は最後に少し裏通りにも足を運び、その日の調査を終えた。

 今日はもう遅い。

 本格的な調査は明日からだな。


 ◇◆◇


 翌日、朝日が昇る頃合いに起きた俺は早速行動を開始した。

 朝一で開いている屋台へ行き、一番味が薄いであろう串肉を大量に頼む。

 その時に味付けを薄めにして欲しいと一言付け加えておいた。


「まいどあり。朝一からパーティかい?」


 どうやら俺が大量に購入したのが気になったようだ。


「そんなところです」


 まだパーティの企画はしていないが、上手く運べばそれと似たようなものにはなるはずだ。

 俺は串肉を両手にひさげて持つと、そのまま昨日確認した裏道へと入って行った。


 表通りは朝一でも忙しなく人が活動していたが、裏道となると一気に静かな空間が押し寄せて来る。


(光があれば影があるのはどこの国でも同じか……)


 ただ、この国はまだマシな方かもしれない。

 ひとまず道端で眠りこけているというような人は居ないからだ。


 そんな裏道を進んで行くと目的地に近づいた。

 そこはこのあたりの建物の中では大きなもので、どこか教会のような様相を呈していた。

 だが長年の疲労なのか、周りの雰囲気のせいなのか、どこかボロっとした印象が拭えない。

 そんな建物の庭に位置する場所で布団を干す女性を見つけた。

 昨日の内に目星をつけていたターゲットとも言えるな。


 俺は両手に袋を掲げながら、その女性に近づいた。


「すみません。少し良いですか?」


 俺が声を掛けると、その女性の目が俺を捉えた。

 年齢で言うと二十代中盤くらいだろうか。

 茶色の長髪を大きく三つ編みにし、肩に垂らしながら布団を干していた。

 その顔にはどこか疲労の影を感じさせつつも、隠し切れない優しさのようなものが見て取れた。


「えっ、あっ、私でしょうか? 何か御用ですか?」


 女性はいそいそと薄い布団を干すと、俺の元まで小走りで来る。


 この場所がどういう場所なのかは昨日確認したから知っている。

 孤児院だ。


 昨日見ただけでも十人は居たはずだ。

 今は目に見える場所には誰も居ないが、教会のような建物からは視線を感じる。

 そんな教会を背後に立つ女性の額には冷や汗が流れており、明らかに警戒されているのが分かった。


(まぁ、当然の反応だな)


 俺はその警戒心を解くためにも、出来るだけ笑顔を浮かべる。


「その、実は俺、この街に来たばかりなんですけど……どこに行けば良いか何も分からなくて……良ければこの街のことを聞きたいなと思って来たんです」


 俺はあえて一人称を俺にした。

 どこか抜けがある方が警戒されにくいからだ。


「そ、そうですか……」


 どこかほっとした様子で胸を撫で下ろす女性。

 恐らく、俺がルイアイセン王国からの使いか何かだと思ったのだろう。

 国に対して警戒するということは、この孤児院は国からあまり良い扱いを受けていないのかもしれないな。


 だが、国の使いでは無いと分かったとしても、警戒心が解かれることは無い。

 女性が俺を見る目つきにはまだ疑惑の感情が色濃く残っている。

 まぁ、俺がここの孤児を攫おうとしている奴だという可能性は捨てきれないだろうからな。


「それで、ここって孤児院ですよね?」


「え、ええ。そうですが……」


「もし、良ければと思って少ないですが食べ物を持ってきたんです。良ければここに居る皆さんで食べていただければと思って……」


 そこで初めて女性の視線が俺の持つ袋へと移った。

 味を薄くしているため匂いが薄かったのだろうが、意識すればその匂いは分かるはずだ。


「で、ですが……」


 それでも女性は渋っていた。


(そこまで危険なのか……)


 普通なら食料は是が非でも欲しいはずだ。

 それでも受け取らないのは毒の存在を心配しているからなのだろう。

 もちろん、警戒心が高いのは当たり前だが、これだけ強いということは、それだけ危険があるということだ。

 その不安を拭ってやるために、あと一歩踏み込もうとした時に、女性の後ろから走ってくる存在を見つけた。


「こらぁ! 母さんをいじめるな!」


 十歳くらいの少年が木の棒を持って、俺に襲い掛かってくる。

 それを躱すことは出来たが、俺は敢えてその突撃を受け止めることにした。

 両手に持った串肉を手放さないように注意しつつ、後ろへと倒れこむ。


「ぐふっ」


 お腹に突進されたことで変な声が出てしまった。

 俺が倒れこんでから何が起きたのか理解した女性は悲鳴のような声をあげた後、少年を後ろから抱え込む。


「こらっ! お客様になんてことしてるの!」


「で、でも!」


「いやいや、良いんですよ。恐らくその子は貴方を守ろうとしたんでしょう。なかなか出来ることじゃないですよ」


「ほんとに申し訳ありません」


 頭を下げる女性に、少年も渋々といった形で頭を下げた。

 俺は片膝をつくと、その少年の顔に自分の顔を合わせる。


「いや、良い突撃だったぞ。この調子でお母さんを守ってあげなさいね」


「う、うん!」


 俺が笑顔を見せると少年も笑顔を浮かべてくれた。

 そして、興奮状態から落ち着いた少年は俺が持っている袋に目が行ったようだ。

 この距離なら間違いなく串肉の匂いには気付いているだろう。


 ぐぅぅぅ、と少年のお腹がなった。

 静かな路地裏に数瞬の空白が生まれた。


「い、いや、別に……」


 堪らず、視線を彷徨わせた少年は最終的に女性の方を見る。

 恐らく女性が渋っていたから、本心を隠しているのだろう。

 少年に習って、俺は女性を見る。


「俺も一緒に食べますから、それなら良いですよね?」


 キラキラとした瞳で女性を見つめる少年に負けて、最終的に女性は首を縦に振った。


「え、えっと……はい。いただきます」



 ◇◆◇



「うぉお! うめぇ!」


「お肉なんて久しぶりだなぁ」


「あ、おい! 俺のやつ奪うなよ!」


 子供達は俺が持ってきた串肉を気に入ってもらえたようだ。

 その様子を微笑みながら、三つ編みの女性は見守っている。


「微笑ましいですね」


「えっ、あっ、すみません。貴方が買ってきたものなのに、ほとんどあの子達にあげてしまって」


「いやいや、良いんですよ。俺も持ってきた甲斐があるってもんです」


「それで、あの、私はマチアと申します。お名前は……」


「あっ、すみません。名前も名乗らずに。俺シドって言います。山奥の田舎から来たんですけど、いかんせん何をすれば良いか分からず、少し話を聞ける人を探していたんです」


「まぁ、それはお疲れだったでしょう」


「都合よく馬車に相乗りさせていただいたので、疲れ自体は少ないのですが、何をすればいいのやら……実は食べ物を買ってきたのも下心なんです。食べ物を持ってきたら話を聞いてもらえるかなって。軽蔑しましたか?」


「いえ、そんなことはあり得ません。どういう形であれ、こうしてあの子達が笑顔で食べている。それが全てですから……シドさん、こちらこそ疑って申し訳ありませんでした」


「いえいえ、疑うのは当然ですから。気にしていませんよ」


 俺がマチアさんと話していると先ほどまで串肉を頬張っていた少年が俺の服を引っ張る。


「ねぇねぇ、兄ちゃんもこっち来いよ」


「こら、そんな言い方したら失礼だよ。あのお兄さんも良かったらこっちで……」


 少年より少し大人びた印象の少女が少年を諫めながらも俺を上目遣いで見つめる。

 困った俺がマチアさんに視線を向けると、「話は後で幾らでも……よろしければ遊んであげてください」と言われた。


「よし、それじゃあ、遊ぶか」


「じゃあ、さっきみたいに戦おうぜ! 俺強くなりたいんだよ」


「え~、戦っても面白くないよ~。私、外のお話が聞きたいな」


「そうだね。じゃあ、一つずつしようか」


 そらから俺は子供達に引っ張られながら遊んだ。

 子供達の体力は凄まじく、水を得た魚のように動き回っていた。

 結局、俺が子供達から解放されたのは昼が過ぎたあたりだった。


 ◇◆◇


「みんな、良く寝てますね」


「久しぶりに思いっきり遊んで疲れたんだと思います」


 マチアさんは寝ている子の髪を軽く撫でる。


「シドさん、今日は本当にありがとうございました」


「いえいえ、俺も楽しかったですよ」


 ……

 子供達が寝たことで、辺りはすっかり静まりかえっていた。

 ここが王都であることを忘れてしまいそうになっていた時、マチアさんが声を漏らした。


「この子達にも、シドさんみたいな存在の方が良いんでしょうね……」


 それは俺に語り掛けたというよりは独り言のように放たれた言葉だった。

 誰に向けたモノでもない言葉はすぐさま空気に消えていく。

 それが消え切る前に俺はその言葉を捕まえた。



「確かに俺みたいな男が居たら、より良くはなると思いますが、マチアさんが居なければそもそもこの子達は、こうなっていないと思いますよ」


「え?」


「俺はそこの串肉みたいなものですよ。たまに食べたから美味しいけど、いつも必要なのは新鮮な水でしょう。貴方が居なければこの子達は生きていけませんから」


 マチアさんは少し言葉を失っているようだった。

 目を見開いて俺の方を見る。

 そして、にこりと笑った。


「シドさん……本当にありがとうございます。貴方は優しい人ですね」


 その言葉は嫌に俺の心に深く刺さった。


「…………そんなことは、無いですよ……」


「いえ、私が保証します。この串肉、ほとんどタレがついていないですよね? これはあまり濃い味を食べると、この子達が次からの食事を貧しく感じるからでしょう?」


「考えすぎですよ。それを言うなら、持ってこない方が良かったんですから」


 最終的には何故か笑顔で丸め込まれた俺は、所在なさげに頬をかく。

 俺はなんとか話を逸せないかと先ほどから気になっていたことを聞くことにした。


「そういえば、こちらに来ない子達は何をしているんですか?」


 俺が尋ねた瞬間、マチアさんの顔に影が落ちた。

 そう、今まで俺と遊んでいたのはここの孤児院の全員ではない。

 何人か、同じ食事にも参加していなかった子達がいたのだ。

 ちょうど、今も部屋の少し空いた隙間からこちらを見つめているようだ。


「あの子達は、まだ傷が癒えていない子達です」


「なるほど、失礼なことを聞きました。すみません」


 ここは孤児院だ。

 それならば、彼らは孤児と言うことになる。

 中には色々な形で心に傷を負ってしまった子も居るだろう。

 彼らを癒すというのは生半可なことではない。


「いえ、良いんです。シドさんのお陰であの子達にも変化がありましたから……あの子達も串肉をたべてくれたんです。ああやってあの子達からこちらを覗くなんてことも滅多にないんですよ」


 俺たちが視線を向けると、怯えたようにその子は扉を閉めて中に篭ってしまった。

 あんな子がここには数名は居るのだろう。

 彼らに目をやるマチアさんの目は自愛に満ちていた。


(優しいな)


 この世界でここまで優しくなるというのは、それだけで数々の傷を受けただろう。

 それでも、その優しさを維持している彼女に俺は尊敬に近い念を抱いた。

 俺の目を見て話していたマチアさんはふと、俺の目の上に視線をやった。


「あっ、そう言えばシドさんって額に大きなハチマキを巻いてますよね? どうしてなんですか?」


 マチアさんは俺の薄茶色のハチマキを見ながら尋ねる。

 確かに俺はおでこから前髪にかけて大きなハチマキを巻いている。


「これですか……? あんまり聞き心地の良いもんじゃないですよ」


「あっ、すみません。不躾に……」


「いえ、聞かれるのは良いんですけどね。これは傷を隠すためのものなんです」


「傷、ですか?」


「はい。まぁ、幼い頃に色々とありまして」


 そう言って俺は軽く確認を取った後にハチマキを取った。

 彼女がそこにある大きな傷を見て、息を呑むのが分かった。

 黒く変色したそれは人に見せられるものではない。

 俺はハチマキを巻き直すと、笑顔を浮かべる。


「あんまり他人に見せるものじゃ無いんですけどね。すみません」


 普段は見せたりしないのだが、彼女がどういう反応をするのか少し気になってしまった。

 俺は悪いことをしたなと思いながら、マチアさんを見ると彼女は俯きながら微笑んでいた。


「……いえ、嬉しかったです」


「嬉しかった?」


「はい。それを見せてくれたということは、シドさんが私を信頼してくれたということでしょうから」


 お世辞で言っているかとも思ったけど、どうやらマチアさんは本当にそう思っているらしい。

 少し頬を赤らめながら、嬉しそうに指を弄んでいる。

 そこでハッとした彼女は目を見開いて俺を見る。


「あっ、自分達のことばかりですみません。確かシドさんは聞きたいことがあるんですよね?」


「え、ああ、はい。そうなんです」


 いけない。

 俺も少し本来の目的を見失いつつあったが、ここには情報収集に来たのだ。

「私に分かることでしたら、なんでも聞いてください」と言うマチアさんの言葉に甘えて遠慮なく質問させてもらおう。


「そうですね」


 そこで俺は質問の仕方を考えた。

「国王に近づける何かはあるか?」と聞いては違和感がある。

 だが、それに近い回答は欲しい。

 俺は考えた末、シンプルにお金に結び付けることにした。


「どんな危険なことでも良いので、何か大きな話はありませんかね?」


 大きな話? と首を傾げたマチアさんは、すぐに俺がお金を欲しがっているのだと理解してくれたようだ。

 孤児院の母ともなると、世情には敏感になるはずだ。

 世の流れや情報が無ければ、子供達を守ることもままならないからな。

 そんなマチアさんはいろいろと考えた上で、何か思いついたようだ。


「あっ、一つ……」


 そこで何故かマチアさんの言葉が詰まった。


「一つ、何ですか?」


「いや、その……」


 ここまで友好的に接してきてくれたマチアさんが、ここに来て声を渋らせた。

 もし何かあるならマチアさんならすぐさま教えてくれるだろう。

 それなのに言葉が詰まる理由、それはすぐに分かることになった。


「本当に何でも良いんです。お願いします!」


 俺の懇願にマチアさんは渋々と言った形で言葉を続けた。


「シドさんはルシル様のことは知っておられますか?」


「確か、第一王女でしたよね?」


 国王周辺の人物についてはある程度調べてある。

 ルシル・ルイアイセンはルイアイセン王国の第一王女だ。


「はい。実はそのルシル様が今、病に倒れているのです」


「病、ですか……」


 それは俺の知らない情報だった。

 でも、この話の流れから俺はマチアさんが言いたいことを察することが出来た。


「では、その病を治せる人を陛下が探している、ということですね」


 俺が確認するとマチアさんは頷いた。

 俺はルイアイセン王国に入り込む足がかりが掴めて、内心笑みを浮かべる。

 王女には悪いが、これはまたとないチャンスだ。

 どんな病かは分からないが、やりようによっては王様自身と直接関係を持つことも可能だろう。


 これは幸先の良いスタートを切れそうだ。

 そんな風に楽観的に考えていた俺はマチアさんの言葉の続きを聞いて、言葉を失った。



「ですが、その、治療できなければ死刑なんです……」


「え?」



 どうやら状況は悪化した後のようだった。




隣国の一つであるルイアイセン王国に潜入したシド。

そこで彼は孤児院に目を付けて接触を図りました。

マチアの優しさに少し罪悪感を覚えながらも、シドは国の中枢に接触できそうな機会を得ます。


次回、王女への接触。お楽しみに。


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