第12話 王女の治療9
数か月ぶりの投稿です。
話の筋は考えているのですが、なかなか一度重くなると手を動かせないものだと痛感しました。
「貴様はここに入ってろ。すぐに裁判が開かれるはずだ」
そう言われ、俺は牢屋に蹴り入れられる。
両手が塞がれていることで受け身を取ることも出来ず、顔から地面に伏した。
そんな俺を鼻で笑ってから男は遠のいていく。
(こうなったか……)
ハーベルク侯によるルシル様暗殺計画。
それを阻止できたのは良かったが、今度は俺が首謀者として捕まってしまった。
犯人に仕立て上げてくることは想像していたが、これは避けることは出来なかっただろう。
いつ襲撃されるかは分からないし、あの場ではルシル様を庇う選択肢しか無かった。
だが、ひとまずルシル様を助けることは出来た。
ここから先はカイルさんやオニムス陛下がルシル様の安全を確保してくれるだろう。
それを思えば、事態はそう悪いことにはならないはずだ。
後は話を聞いたワグナー侯が俺を信じてくれるかどうかだな。
他人任せにはなってしまうが、この状況で自分から動けば怪しさが増してしまう。
ここはジッとしている他なかった。
俺はそこまで考えたところで、既に塞がっている傷口を見た。
(今回は危なかったな)
背中にナイフが刺さったのもそうだが、肩口を切りこまれたのは危なかった。
分身体である俺には血が流れていない。
血糊を用いることで、服が赤く染まる演出を行うことは出来たが、出血が止まっていることの説明はなかなか困難だった。
とりあえず医者であると伝えた特権を使って、簡単に傷の処置をしたと説明したが、どれだけ納得されているかは分からない。
ひとまず無理に動いて余計に怪しまれるような行動はしない方が良いだろう。
俺は力を入れれば外せる手錠をそのままにしたまま、壁にもたれ掛かって目を閉じた。
◇◆◇
……い、……ろ
ん?
俺は誰かの声を聞いて、目を覚ます。
「おい、起きろと言っているであろう」
「ワグナー侯……これは失礼いたしました」
俺の目の前には先日協力者になってもらったワグナー侯が居た。
格子の隙間からその渋い顔が見える。
俺はいそいそと姿勢を整えてワグナー侯に向き合う。
「今日は幾つか報告があって来た」
「報告、ということは、まだ協力関係は続いている、という認識でよろしいでしょうか?」
「ああ、そう思ってもらって構わない」
「ありがとうございます。信じて頂けて光栄です」
俺は率直に思ったことを言う。
だが、ワグナー侯は俺の言葉にあくまで淡々と答えた。
「別にお主のことは信用して居らん。だが、今回はハーベルク侯が明らかに怪しい。よって、犯人がお主では無いと判断したまでだ」
ワグナー侯らしい判断だな。
まぁ、実際俺はスパイな訳だし、ワグナー侯の認識は間違っていない。
俺が神妙に頷くのを見て、ワグナー侯は本題に入る。
「今からお主の裁判が始まる。異例の速さではあるが、ルシル様が狙われたとあって、陛下もかなりお怒りになられている。このままではお主の死罪は免れんだろう」
「そうですか……」
まぁ、オニムス陛下は親ばかなところがあるからな。
恐らく最初にハーベルク侯から話を聞いただろうし、俺が疑われるのは間違いない。
「いやに冷静だな。死ぬのが怖くないのか?」
「いえ、怖いですが、まさかそれだけを伝えるために来たわけではありませんよね?」
そう言ってワグナー侯を見ると、食えん奴だ、と吐き捨ててから腕を組む。
「お主に言われてハーベルク侯について調べたが、恐らくハーベルク侯が裏切り者で間違いはない。まだ完全な証拠には弱いが幾つか証拠となるものも得ている」
「流石はワグナー侯です」
「世辞は要らん。だが、これらの証拠だけでは確実に黒と言い切ることも出来ん。私もこの後の裁判でハーベルク侯を問い詰めるつもりだが、確証は無いとだけ伝えておく」
「いえ、それだけでも十分です。健闘を祈っております」
俺が礼をすると、ワグナー侯は伝えることは伝え終えたとばかりにどこかへと歩いていく。
(今から裁判か。恐らくこれもハーベルク侯の差し金だな)
今の彼の考えは分からない。
恐らくはあのタイミングでルシル様を暗殺したかったはずだ。
ルシル様の暗殺さえ成功すれば、罪は俺に着せることができ、恐らくオニムス陛下は娘を失った悲しみでどうにもならなかっただろう。
だが、ルシル様は助かった。
まぁ、あの場で誰か犯人を作らなければ自分が疑われるかもしれないから、だろうか。
とはいえ、ここで俺が頭を悩ませても仕方が無い。
後はワグナー侯に任せるしか無いだろう。
そうやってもう一度横になろうとした時にふと思い出すことがあった。
(ん? そう言えばエリッサさんは今日、来てなかったな)
今回の冤罪でハーベルク侯が黒であることは確定だが、あのルシル様を想っていたエリッサさんが嘘をついていたとは思えない。
つまり、ハーベルク侯は裏切りのことをエリッサさんに隠していたのだろう。
(こんなにタイミング良く風邪をひくことがあるか?)
もし、彼女が万全の状態であれば、間違いなくルシル様の護衛に来ていたはずだ。
実際、今日までは毎日来ていたのだから。
俺はそこで猛烈に嫌な予感がした。
外れているならば、それはそれで問題がない。
だが、もし俺の想像通りなら……
……それは受け入れがたい。
ここで牢屋を抜けだせば間違いなく俺への疑いは濃くなる。
というより一度罪人として捕らえられた以上、冤罪であっても脱獄は許されない。
だが、この考えに至ってしまった以上、何もしないということは出来ない。
例えスパイであっても、俺の目的以外のところでは相手に尽くす。
これは俺が最初に決めていたことだ。
ならば、やはり動くしかあるまい。
俺は腕に力を込めると、その手錠を破壊した。
◇◆◇
エリッサは自身の家の地下に幽閉されていた。
地面に打ち捨てられたエリッサは足を震わせながら立ち上がろうとして、すぐに地面へ倒れこむ。
「くっ……」
エリッサは全身の軋むような痛みに思わず声を漏らした。
あれから自身の父に向かって常に携帯している護身用の武器を抜いたエリッサは激しい打ち合いの末、背後から迫った刺客の不意打ちに気絶しこの地下へと連れてこられた。
窓すら無いこの部屋は扉が一つあるだけで他には何も無く、その扉も固く閉ざされている。
拘束こそされていないが全身の痛みでとてもでは無いが、外に出られる状況ではなかった。
それでもエリッサは痛む身体を起こして必死に扉に縋りつく。
何度も扉を叩いたせいで、既に拳の皮は破れていた。
「うっ、うっ……」
どこから見ても満身創痍である彼女は涙を流す。
しかし、それは痛みのせいでは無かった。
「ルシル様……」
自身が生涯を掛けて守り抜くと誓った主君であり、友。
幼い頃から剣ばかり触って、碌に同年代の友人を作れなかった彼女にとってルシルの存在は救いだった。
なんのために剣を握っているか分からなくなっていた、エリッサに道を示してくれた。
そんな彼女の役に立とうと、エリッサは日々鍛錬に励んでいた。
優しくも、どこか脆さのある友を支えて行こうと思っていたのに、今の状況はどうだ。
ルシルが悩んでいることに気付くことも出来ず、ましてや命の危機が迫っているにも関わらず、何も出来ていない。
これでは何のために頑張っていたのか分からないではないか。
エリッサが起きてから既に半日は経過している。
日が当たらないので、正確な時間は分からないが、少なくとも父の計画は実行されているだろう。
父は無能ではない。
実行に移す段階にあるということは、ある程度実現性があるということだ。
それなら……ルシル様は……
そこまで考えたところで、エリッサは最近行動を共にしていた男を思い出した。
ルシル様の新たな医者として雇われたという男は、今までの医者とは違い、どこか余裕があった。
今までの医者は王族を診るというだけあって、かなり緊張している様子だったが、彼にはそういったところは見つからなかった。
もしかして、どこかで王族と接したことがあるのだろうか?
とにかく、どこか普通とは違う雰囲気を持つ彼は見事ルシルを立ち直らせた。
正直、自分には出来なかったことを、会って数週間の男に成し遂げられるというのは、エリッサとしても思う所が無いわけでは無かったが、それでもルシルが元気になってエリッサは嬉しかった。
そんな彼は間違いなくルシルについているはずだ。
──シドさんなら……
エリッサが彼に希望を抱いた時、今まで縋りついていた扉の奥で足音が聞こえた。
「だ、誰かいるの? ここを開けて! お願い!」
正直、自宅とはいえこんなところに来る人が味方だとは思えないが、それでもエリッサは僅かな望みにかけて声をあげた。
そんな悲痛とも言えるエリッサの叫びに優しい声が返ってくる。
「その声はエリッサさんですね。今、開けますので、少し離れて居てください」
「えっ、その声……シドさん……?」
その声を聞いて、エリッサの頭の中には幾つもの疑問が浮かんできた。
なぜ、彼がここに居るのか。
うちにいるはずの警備はどうしたのか?
ルシル様はどうなったのか?
そんな疑問が次々と頭の中に過ったが、エリッサは無意識的に、シドの声に従った。
「下がりました」
「ありがとうございます。それでは失礼しますね」
そういって、轟音が響いたと思えば、扉には施錠部分に大きな穴が空いていた。
それで、鍵を閉める部分を壊したのだろう。
先ほどまでは何者も寄せ付けない程の存在感を放っていた扉は呆気なくその扉を開いた。
「遅くなりまってしまい、すみません。大丈夫……ではなさそうですね」
そうやって軽い足取りで近づいてくるシドに、エリッサは何も言うことが出来ず、その姿を目で追った。
エリッサの前で腰を曲げたシドはエリッサの足を軽く掴む。
「いたっ」
「なるほど、全身の打撲に……これは足が折れていますね」
エリッサの怪我の具合を確認したシドは、手早く懐から救急箱を取り出し、エリッサを治療していく。
そんなシドに為されるがままになっていた、エリッサはふと気が付いたように、シドに尋ねた。
「あ、あの! ルシル様は……」
その一言で全て察したのだろうシドは安心させるように微笑む。
「ルシル様も無事です。ご安心ください」
その声に安心したのだろう。
表情が幾らか和らいだエリッサは、そこで気を失った。
◇◆◇
さて、どうするか……
やはりエリッサさんはハーベルク侯にやられていた。
もし、このまま放置していれば、命に関わる状況にもなり得ただろう。
だからこそ、牢屋から外に出たことに関しては後悔をしていない。
それでも、自分を取り巻く状況は間違いなく悪化しただろう。
ここからどのように身を振るべきか……
俺は寝息を立てているエリッサさんの治療を終えると負担にならないように抱き上げ、その場を後にした。