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第10話 王女の治療7

 



「何!? ルシルを外に出すだと!?」


「はい。経過を観察していましたが、そろそろ頃合いだと……」


「……」


 俺はオニムス陛下に謁見していた。

 内容はルシル様を外に出すという内容。

 俺の話を聞いても、オニムス陛下は良い顔をしなかった。


「ルシルを無理やり外に出そうとしたこともある。その結果は今の状況を見れば分かるだろう」


 まぁ、無理やり外に出すなど一度は試したはずだろうからな。

 その結果が芳しくなかったからこそ、今俺がここに居る。


「はい。ですので、ルシル様に確認をとってください。ルシル様が外に出たいと仰れば、外出の許可を頂けますか?」


「……それは、そうだな。ルシルがそう言うのなら問題はない」


「ありがとうございます」


 それから俺はオニムス陛下と共にルシル様の元へ向かった。


 ルシル様には本を通じて俺の考えを伝えている。

 後は彼女が勇気を出すかどうかだ。

 ルシル様は何者かに脅されて部屋の中に籠っている。

 では、その脅しから解放すれば万事解決するのかと言えばそうではない。

 彼女はあの部屋に籠っている期間に自信というものを一切合切失っている。

 それはあの目を見れば分かる。

 俺も一度は同じ目をしていたことがあったからな。

 ルシル様がそうなった理由は分からない。

 自分のせいでお世話になっていたメイドが死んでしまったからかもしれないし、それ以外かもしれない。


 だが、とにかく彼女の自信を取り戻すことも俺がしなければならないことだ。

 それを達成せずして今回の任務が達成したとは言えないだろう。

 だからこそ俺は彼女を孤児院に連れて行く必要がある。


「ルシル、本当に外に出たいのか?」


 その妙に震えを帯びた声はオニムス陛下から放たれた。

 期待と不安が入り混じったような複雑な声だった。

 そんなオニムス陛下の瞳を少しの怯えは孕ませながらも、ルシル様はしっかりと見つめ返した。


「はい、お父様。わたくしもこのままでは嫌なのです」


 どうやらルシル様は覚悟を決めてくれたようだ。

 今も天井裏に誰かが居る気配がある。

 ここで行動するようなら、俺が止めるが、今の所動きはない。

 まぁ、今ここにはルシル様を守るために配置されているというメイドの他にも俺からオニムス陛下を守るために控えている騎士が居る。

 流石にここで行動を起こすほど短慮という訳でもないらしい。

 まぁ、それなら結構。俺は俺の思うままに進めさせてもらうだけだ。


 ルシル様の目を見て陛下も納得してくれたようだ。

 俺に振り返ったオニムス陛下の瞳には堪えきれない喜色が浮かんでいた。


「全てお主に任せよう」


「ありがたきお言葉です。万事、つつがなく進めさせていただきます」


 ここで詳しい説明を聞かれないのは正直、助かった。

 孤児院に連れて行くと言えば、反発もあり得たからな。

 もしかしたらルシル様から外に出たいという言葉を聞いて、気が大きくなっているのかもしれない。

 まぁ、反対された時はルシル様から説得してもらうだけだが。


 俺が深々と頭を下げると、オニムス陛下はルシル様に一言二言、言葉を掛けた後、部屋を後にする。

 後は任せる、といことだろう。


 俺の前には決意を胸に抱いたルシル様が居る。

 鉄は熱いうちに打て、とはよく言ったものだ。

 この期を逃すつもりはない。


「ルシル様、それでは今から孤児院へ向かいますが、よろしいですか?」


「は、はい。よろしくお願いいたします……」


 その表情には緊張が張り付いていたが、どこか頬が上気しているような気がした。

 己が外に出る決意が出来たことに些かの興奮を覚えているのかもしれない。

 ならば、今の内に事を進めるのが良いだろう。


 俺が先導して外に出ると、メイドに連れられながら、ルシル様が部屋の外へと踏み出す。

 彼女の足は少し震えていた。


「大丈夫ですか?」


「は、はい。お気遣いありがとうございます」


「それでは、おもてに馬車を用意しております。そちらに向かいましょう」


 彼女の周りには騎士が並んでいる。オニムス陛下が用意した護衛だろう。

 これなら城内はひとまず安全なはずだ。

 俺がルシル様から目を離し、前を向くとルシル様のお世話をしているメイドが足を速めて俺の隣につけた。


「まさか、本当にルシル様のご意思で外に出られるとは……正直、驚きました」


「まだまだこれからですよ。ルシル様を支える役目はお願いしますね」


 彼女を精神的に支えることが出来るのは近しい人間だけだろうからな。

 俺にその役目は背負えない。


 そうして俺とルシル様一行は俺の指示で孤児院の方向へと向かった。


 ◇◆◇


 俺が昨日話を通していたからだろうか。

 マチアさんは孤児院の前で俺達を待っていてくれた。


 俺は最初に馬車から降り、マチアさんの元へと向かう。


「大所帯になってしまい、すみません」


「いえ、これもシドさんのためですから」


 俺は背後に控えた複数の馬車に目をやりながら頭を下げる。

 恐らくこれだけの大所帯になってしまって、マチアさんや子供達も委縮してしまっているだろう。

 俺がそのことをマチアさんに謝っていると、後ろからカイルさんが近づいて来た。


「シドさん、やはり孤児院にルシル様を連れて来るのは……」


 カイルさんはマチアさんに聞こえないくらいの声で俺に声を掛ける。

 マチアさんにも配慮をしている辺り、人の良さが伺える。

 まぁ、確かにここは王女が訪れるような場所ではない。

 実際に後ろに控えている騎士団の精鋭達も良い顔はしていなかった。

 今はカイルさんが俺を信用しているから、ひとまず何も言っていないだけといった感じだ。

 その目には「本当にこいつに任せて良いのか?」という疑念がありありと浮かんでいた。


「カイルさん、お気持ちは分かりますが、これも必要なことです」


「分かりました……」


 俺が強く言葉を掛けると、カイルさんは最終的には俺を信用してくれた。

 そのままカイルさんはルシル様を馬車から降ろす。

 その様子を眺めながら、俺の隣に立っていたマチアさんが頭を下げた。


「ルシル様、お初にお目に掛かります。この孤児院の切り盛りをしておりますマチアと申します」


「ル、ルシル・ルイアイセンと申します。よろしくお願いいたします」


 ルシル様とマチアさんの挨拶が終わると、俺は本題を切り出した。


「ルシル様。ルシル様には今日からこの孤児院でとある子供達を立ち直らせていただきます」


「立ち直らせる、ですか……?」


 まだ事態が読み込めていないのか、首を傾げるルシル様。

 確かに孤児院に行くことは伝えていたが、何をするかは伝えていなかった。

 だが、それは俺が説明を失念してしまっていた訳では無い。

 もし、事前に説明していれば、ルシル様は「自分には無理だ」と断っていただろう。

 だからこそ、この引き返せない状況まで連れ込んだ。

 俺はその揺れる銀髪に向けて詳細を説明する。


「この孤児院には身寄りの無い子供たちが集まってきます。その中には心に傷を負った子供達も居るのです。ルシル様にはその子達のケアをしてもらいます」


 その言葉を聞いて一番初めに反応したのは話を聞いていた騎士団だった。

 俺に向けられていた疑惑の視線がもはや敵意と呼べるものにまで厳しくなった。

 その雰囲気を感じ取ったカイルさんが代表として俺に尋ねる。


「シドさん、色々と言いたいことはありますが、それをルシル様にやらせるおつもりですか?」


「はい。そうです。ルシル様、お願いできますか?」


 俺がルシル様と目を合わせると、その視線から逃れるように彷徨わせた後、下を向いてしまった。


「わ、私に出来るでしょうか……」


「むしろ、この中ではルシル様にこそ適性があると思いますよ」


 俺がそう言葉を零すと、ルシル様は数瞬の間、考えを巡らせるように動きを止めた。

 その際にどのような葛藤があったのかは、分からない。


 だが、最終的にルシル様は首を縦に振った。


「分かりました。私に出来ることであれば、喜んで」


 その言葉を聞いて、騎士団の誰かが声を掛けたが、ルシル様が何かしらを言って落ち着かせていた。


 これで準備は整ったな。

 今、ルシル様は心に傷を負っており、自信も無くなっている。

 そんな状態で俺達がどれだけ言葉を尽くしたとしても、それは「助ける」という形になってしまうのだ。

 その言葉がどれだけ甘美だったとしても、「助けられる」側だという事実は覆らない。


 自分に自信を付けさせるためにはルシル様自身が「助ける」側に回る必要がある。

 恐らく心に傷を負った子供たちはルシル様より酷い状況だろう。

 そんな彼らと触れ合えば、ルシル様にも変化が起こるはずだ。

 責任感の強そうな彼女のことだ。

 どうにかして、立ち直らせようとするだろう。

 そうすれば自分のことなど考えている暇はなくなり、いつのまにか自信とやらも取り戻しているはずだ。


 そして、その変化を見てルシル様を陥れようとしている人物にも何かかの動きがあるはず。

 そこを仕留めることが出来れば、俺の任務は達成ということになる。



 はぁ、と一つため息を吐いた。

 俺は隣でルシル様に礼を伝えているマチアさんの横顔を見る。

 彼女には本当に申し訳が立たない。

 急に王族が大量の護衛を連れて来た。それだけでも大きなストレスのはずだが、更にこの後、子供たちが危険に晒される可能性も高い。

 俺が全てを承知した上で行動したと分かれば、彼女は何と言うだろうか。



(いや、そんなことを考える権利はないな……)


 そこまで考えて、俺は自嘲した。

 彼女の優しさに付け込んで、ここまでやったのだ。

 今さら許されようなどと、都合の良いことこの上ない。


 せめて、最悪の結果にはならないように尽くそうと俺は腰に下げた二対の双剣を鳴らした。




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