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8 世界の中心でイヤァァァ!!と叫んだエリザベス


 何だか知らんが、テンションが異常な回。

 深夜テンション、怖イネ。



 受験という長いトンネルを抜けると、春だった。


 やったよぉ~!! やりきったよぉ~!!!

 机にかじりつく事数か月。無事に論文も上げ、スタインフォード校の受験票をもぎ取り、筆記試験も何とか終え、そして遂に!!!


 合格通知がやって来ました~~~!!!!


 ご・う・か・く!!

 ヒュ~♪ 春だぜ! 春・爛漫だぜ!! サクラサク! いや、この国、桜ないけども!


 エリちゃん十二歳。五月からスタインフォード王立学院の一年生になりまぁっす!


 あ、殿下? 当然のように合格ですよ。

 合格に浮かれる私を、にこにこと微笑んで眺めておられましたよ。殿下ったら、余っ裕~!




 超名門にして超難関、スタインフォード校のお受験。聞きしに勝るものでしたよ……。


 まず入学願書を取り寄せると、分厚い小包が届いた。しかも重い。

 何でやねん、と思いつつ開けてみると、願書の他に三十枚綴りのレポート用紙が三冊。

 はい、もうお分かりですね! 例の論文執筆用です!


 スタインフォード校の校名と校章が印刷された用紙だ。それに最低でも三十枚書け、と。


 願書と一緒に入っていた用紙に、用紙が足りなかった場合の請求先も書かれていましたよ……。この用紙に書かれた物以外は受け取らないらしい。

 当然、未発表の論文に限る。

 体裁なども決まっていて、その説明も同封されていた。


 入試に際する諸注意のような冊子も入っていて、それを読んでみたらば、どうやらレポートは最終提出期限以前ならいつ提出しても良いらしい。つまり、年中受け付けているという事だ。

 そして受験資格を得られたならば、その資格は取得年度から三年間有効となるそうだ。

 つまり、資格だけ取っておいて、受験自体は来年……なども可能。


 これもしや、殿下は既に受験資格取ってるヤツでは?と思い、殿下に尋ねてみた。

 答えは案の定。

 殿下は本当に、後はただ『私待ち』の状態だった。


 今資格を持っていて、三年間有効。つまり、私に課せられているのは、三年以内の資格取得だ。


 やるっきゃねぇ!!! お忙しい殿下に資格取り消しなど、させちゃなんねぇ!!!


 そんなこんなで、エリちゃんの十一歳は灰色でした……。

 お受験(というより論文作成)一色でしたよ……。


 験を担ごうと、十歳の誕生日に殿下に戴いた万年筆で論文を清書した。

 殿下よ、我に力を……!! その優秀な頭脳のご利益(おこぼれ)を……!!


 祈りが神(いや、殿下か?)に通じたのか、論文を提出した一か月後に、受験資格取得の通知が届いた。

 小躍りした。そしてコケた。捻挫は全治四日だった。


 殿下と一緒に受験申請をし、受験当日は一緒に王家の馬車で校門へ乗りつけた。これで落ちたら爆笑モノだ。

 周囲がざわ付いていたが、緊張でそれどころではなかった。

 隣で殿下がやたら甲斐甲斐しく世話をやいてくれていた。殿下、年を経る毎に過保護になるのは、何故なのですか……?


 私と殿下は、警護の関係上、一般の受験生とは隔離されての試験となった。

 しかしそのおかげで、逆に緊張が解けた。

 狭いお部屋に、殿下と私と護衛騎士のお兄さんたちと試験官の先生のみ。先生以外は知った顔! やったぜ、権力万歳!

 昼休憩には、護衛のお兄さんたちも交えて、王宮から差し入れられたお弁当でリラックスタイムでしたよ。王宮の料理人の皆さん! いつも美味しいお菓子や軽食、ありがとうございます!

 そんな訳で、試験自体はのびのびと受ける事が出来た。




 現在は三月だ。五月の一週目に入学式がある。それまでは春休み気分でるんたるんた♪していられる。


 私は寮には入らない。

 こんなアレだが一応『国の要人』なので、警護の関係上、通いである。

 殿下も当然、自宅通学(と言うのかどうか……)組だ。

 ……言っておいて何だが、違和感スゲェな。『殿下の自宅通学』……。


 寮生活も少し楽しそうなのだが、そんな下らない我儘で護衛のお兄さんたちを振り回してはいけない。

 女子寮なら私に最も不足している『女子力』を補えるかと思ったが、それは友人などを作って補おう。




 今日は我が家で、『エリィちゃん合格おめでとうパーティー』が開催される。

 命名は母だ。

 参加者は我が家の家族一同、そして使用人たち全員である。

 ……実は、兄も同時に合格している。誰も兄の合格に触れていないのだが……。そして兄自身も、それを全く気にした風もないのだが。それでいいのだろうか……。


 殿下にお話ししたら参加したがっておられたが、出ても特に楽しい事もないと思いますよ?

 殿下は今日の夜は、友好国の大使が来訪しておられるので、そのお相手をしなければならないらしい。お勤め、ご苦労様です!

 大使の来訪が一週間早いか遅いかしてくれれば……、と舌打ちしておられたが、聞かなかった事にしておこう。




「エリィ、合格おめでとう」

「エリィちゃん、おめでとう~」

 ぱちぱちと手を叩きながら祝ってくれる両親に、ぺこりと頭を下げる。

「ありがとうございます、お父様、お母様」


「私たちからの合格祝いだ」

 執事のトーマスが大きな箱を持ってきてくれた。これは中身は服だな。

「エリィちゃんが学校へ着て行けるお洋服よ~」

 お母様がにこにことそう仰る。


 貴族といえど、毎日ドレスを着ている訳ではない。ドレスは普通に、夜会などの勝負服だ。

 普段は足首近くまである丈のスカートを穿いている。ワンピースだったり、ツーピースだったり様々だ。


「ありがとうございます。後で見てみますね」

 言うと、トーマスは箱を侍女に手渡した。侍女はそれを持ってさささーっと出て行った。部屋へ運んでくれるのだ。

 お母様は女子力高めのハイセンス夫人なので、ちょっと楽しみだ。


 次にトーマスが差し出したのは、一見してえらい高級感が漂う細長い小さな箱だ。

「先ほど届いた。レオナルド殿下から、エリィへの合格祝いだそうだ」

 殿下から……! 何と! ……エリちゃん、殿下への合格プレゼント、ちょっと雑だったんだけどな……。

 お母様が「開けて見せて~」とウキウキしてらっしゃるので、外装のリボンを解いた。

 ヤヴァイ。

 リボンからして、高級シルクの手触り……。

 これ、リボンも捨てたらアカン奴やん……。


 解いたリボンを隣に居る侍女に渡し、箱をそっと開けてみる。

 中身はビロードの台座に、一本のネックレスだった。

 で、殿下ぁぁぁ!!!

「あらぁ……、素敵ねぇ」

 お母様が「ほぅっ」と乙女のように息をついている。


 華奢なチェーンに、トップの部分には連なるように五つの宝石が嵌っている。ただそれだけ、といえばそうなのだが。

 だ が し か し !

 このシンプルに過ぎるデザインは実は、古代アガシア大河文明の国家の一つマケイア神聖皇国の遺跡の出土品にあるものなのだ。

 殿下、ツボ押さえ過ぎでしょおおおお!!

 しかも、聖女と名高いフェリシテ二世女皇が、ご夫君であられたガラミス将軍より贈られた求婚の品という逸話付きだ!


 本物はダイヤモンドが四つで、真ん中の石だけがルビーだった。チェーンも純金製だ。


 殿下が下さったものは、四つのダイヤと、真ん中がインディコライト、つまりブルートルマリン。……ええ、殿下のお目々のお色ですね。

 チェーンは細い白金製。オリジナルより上品な仕上がりでございます。


 そしてオリジナルは、五つ連なった宝石の台座の裏っかわに、文字が入っているのだ。皇国の文字で『愛し君へ』と。

 そーっと裏返してみると、ありましたよ。流石、殿下。さす殿。

 しかも文章が、オリジナルの『君』の部分が『エリィ』になっている……。

 さす殿!!


「エリィちゃん、これ何て書いてあるのかしらぁ?」

 尋ねるお母様に、私は曖昧に微笑んだ。

「今度、殿下にお尋ねしてみます」

 私は知りませんアピールをしておく。

 だって無理じゃね!? 親の前でこれ読み上げるの!


 去年あたりから、殿下の愛情表現が露骨になってきている。

 別に構わないのだが、ちょっと羞恥心が悲鳴を上げる。

 『可もなく不可もなく』、『誰にもメリットもデメリットもない』という政略の元に調った婚約だったが、愛情があるに越した事はない。

 ……私も殿下の事は好きだしね(でへ♡)。


 でもちょっとねぇ~……、髪にキスされたり、指先にキスされたり、頬にキスされたり、恥ずかしいのよォ~!!

 嫌じゃないけど、恥ずかしいのよぉぉぉ……。

 しかも殿下、年々色気が増してきて、無駄にエロいのよぉぉ……。

 お子様には色々刺激が強いのよぉぉぉ……。



「私のエリィ! 合格おめでとう! これは私からのお祝いだ!」

 ……ご自分が誰からも祝われていないのは、気にしないのだろうか。

 兄がにっこにこの笑顔で封筒を差し出している。


 この兄は、見た目は絶世の美少年である。私の二つ年上なので、現在十四歳。

 私同様の色の薄い金髪はふわふわとした巻き毛。私が母に似て緑色の瞳なのに対し、兄は父と同じブルーグレーの瞳だ。ぱっちりとした二重の目や、すっと通った鼻筋など、パーツの一つ一つが整っていて、本当に綺麗な見た目である。

 誰も気に留めていないが、兄も一緒にスタインフォード校に合格している。

 我が家の護衛たちの話によれば、剣の腕も格闘もそれなりの腕らしい。

 スタイルも良く、見た目は完璧だ。


 しかしこの兄、中身が残念にも程があるのだ……。


 兄の差し出している封筒を、礼を言いつつ受け取ってみた。

 我が家の封筒である。

 一体、どんな恐ろしいものが入っているのか……。

 演劇や展覧会のチケットとかなら嬉しいのだが。兄が『貰って嬉しいプレゼント』をくれたためしがない。

 開けてみると、中に入っていたのは数枚のカードだった。

 それも、我が家で茶会などを催す際に使用する、インビテーション用のカードだ。


 カードには、色インクを駆使して、美麗なカリグラフィが踊っている。兄の無駄な多才さが、遺憾なく発揮されている。

 『お兄ちゃんとデート券(エリィ専用) 使用期限:無期限』


 ……破いてもいいかな?


 他は『お兄ちゃんと手繋ぎ券』『お兄ちゃんの添い寝券』『お兄ちゃんのキス券』……。

 横からそれを覗き込んだ母が、驚くほどの無表情になり、それらのカードを私から取り上げた。

「母上? どうなさいました?」

 不思議そうにきょとんとすんな、兄よ!

 どうなさいました?じゃねぇわ!


 母はそれらのカードを、一枚ずつ丁寧にびりびりに破き始めた。

「母上!? 何をなさるんですか!?」

 何をじゃねえ!!

「エリィちゃん、貴女は何も見ていません。いいですね」

「勿論です、お母様」


 破かれたカードの破片を拾おうとしている兄を、兄の侍従が羽交い絞めにして止めている。

 このカオスが日常である。


「トーマス、エルリックは椅子にでも繋いでおけと言っただろう」

 そんな事言ったのか、父。

「ですが、たとえそうしたとしましても、坊ちゃまは這ってでもお嬢様の元へ行かれるかと思いまして」

 真顔で何を言う、トーマス。

「それもそうか……」

 父! 諦めないで!


「お嬢様、どうぞお席へ。料理人がお祝いにケーキをご用意しておりますので」

 未だカードを破き続ける母、それを拾い集めようと足掻く兄、兄を羽交い絞めする侍従、渋い顔で溜息をつく父、同様の執事。

 そしてそれらを綺麗に無視して微笑む侍女。


 うん。スゲェ家だな!


 これが、我がマクナガン家である。




 妹大好きというより、妹以外の全てに無関心なのが、我が兄エルリック・マクナガンだ。


「お兄様も、スタインフォード校に合格されたのですよね?」

 家人が余りに誰も口に出さないので、思わずそう尋ねてしまった。

 それに父が頷いた。

「そのようだな」

「お兄様の合格のお祝いなどは―――」

「お祝いなら、お兄ちゃんと一緒にお風呂に入ろう!!」

 めちゃくちゃ食い気味に、兄が割り込んできた。


 兄は今、手足をそれぞれ拘束された状態で、椅子に縛り付けられている。その椅子も、兄の侍従がガッチリと固定している。

 我が家には『兄専用拘束具』がある。虐待などではない。決して、ない。

 今日のように、兄の暴走が激しい時に、この器具は使用される。


「……祝ってやるか?」

 深い溜息をつきつつ尋ねてきた父に、私は首を左右に振った。

「いいえ。……すみません、余計な事を聞いてしまいました」

「どうして、あの子は……」

 泣き出しそうに目頭を押さえる母を、父が切なそうに見ている。



 どうしてはこちらも聞きたいのだが、兄は恐ろしい事に、私が生まれた直後くらいからあの様子らしい。

 生まれたばかりの私のベッドに日がな一日寄り添い、頬にちゅっちゅとキスしていたらしい。


 ……分かっている。絵面はとても微笑ましい。

 兄はあの通りの美少年だ。さぞ美幼児だったことだろう。

 それが生まれたばかりの妹に寄り添い、頬にキスしている。恐らく、美しく微笑ましいのだ。


 しかし、それを聞かされた私は、全身に鳥肌が立ってしまった。


 だってあの兄だ!


 食事を摂ろうとすればカトラリーを取り上げ「あーん」を強制し、椅子に座ろうとすれば自分の膝の上へとナチュラルに誘い、隙あらば抱き着こうとし、風呂へ入っていれば「僕が洗ってあげるよ」と平然と現れ、夜はベッドへまで侵入して勝手に添い寝してくる、あの兄だ!!


 私は三歳にして両親に、「夜寝る時は、必ず部屋に鍵をかけなさい」と注意を受けた。

 ……その鍵を、兄が無駄な多才さを発揮して複製を自作するなど、誰が考えようか……。

 現在、私の部屋の扉には三つの鍵があり、ランダムな周期で新しいものに取り換えられている。三つあるのは、三つの内、施錠するもの・しないものを用意し、ピッキングにかける時間を稼ぐ為だ。

 私の部屋の鍵だけは、執事の部屋のキーボックスではなく、執事本人が持ち歩いている。マスターキーでも開けられない鍵である。

 マスターキーが用を為さないのだが、こればかりは仕方ない。私の、そして両親の心の安寧の為だ。


 殿下との婚約話が出た際、実は両親はこっそり喜んだそうだ。

 これで私を兄から逃がしてやれる、と。


 相手は王族。しかも王太子。

 これは兄でも絶対に手が出せない。兄如きの一存で破談も不可能だ。

 そして私が王城へ移れば、兄には夜這いのしようもない。


 私の輿入れ相手として、完璧なのでは!?と。


 ……ありがとう、お父様、お母様。マジ、完璧っす。


 小説などでは、『破滅回避の為に兄との関係を改善しようと頑張ったら、何故か兄に溺愛されるようになった』などがあるが、私は何もした覚えがない。

 何もした覚えがないんだよォォォ!!!

 何が兄の性癖にぶっ刺さったって言うんだよォォォ!!!


 兄はあくまでも『兄として』私を可愛がってくれている。故に、倒錯的な貞操の危機などは感じた事はない。

 ただ、ウザいのだ。そしてキモいのだ。

 兄の執着が異常で、薄ら怖いのだ。




  *  *  *




「いつまでも、避けては通れない問題がある」

 兄を一服盛って眠らせたダイニングで、ゲ〇ドウなポーズの父が重々しく口を開いた。

 テーブルには、母と私。

 その周囲には、執事をはじめとした主要な使用人たちがずらっと。


「アレが無駄な優秀さを発揮し、スタインフォードに合格してしまった。五月からは、エリィと同じ学舎で学ぶ事となる」

 アレとは、アレである。

 既に名を呼ばれる事のない、病的シスコンだ。


「同じ学舎に、王太子殿下もいらっしゃる。アレがやらかす可能性が非常に高い」

 重々しく低い声に、頷く者が多数。

 兄の逆方向の信用が凄い。

「エリィさえ絡まねば、アレでも優秀だ。……だが、アレがスタインフォードを受けたのも、エリィがそこに居るからだろう。関わるなと言うのが無理だ」

 その言葉に深々と頷いているのは、兄の侍従だ。……いつも申し訳ない。


「そこでだ……」

 父は重々しく言うと、俯けていた顔を上げた。

 かけてもいない眼鏡が、キラーンと光る幻影を見た。

「アレを殿下と引き合わせてみようと考えている」

 その言葉に、使用人たちがざわっと僅かに声を上げた。

 ……みんな、ノリ良すぎない?


 兄は、殿下からの側近登用の要請を、光の速さで断った経緯がある。

 殿下は全く気にされていなかったが、兄からそれを聞かされた父は愕然となっていた。

 普通、断らない。

 というか、断れない。


 しかしあの兄に『普通』などなかった!


 私と父とで、殿下に平謝りした。

 いや、気にしていないから、大丈夫だよ、と殿下は仰って下さったが。


「殿下はとても懐の深いお方だ。アレの無礼も、笑顔で流してくださった。しかし同じ学校となると、話は変わってくる」

「殿下はエリィちゃんの救いの神です。アレに横槍を入れられるような事があってはなりません」

 普段おっとりとした話し方の母は、兄が関わると口調がキリっとする。

「必ずや、エリィちゃんを殿下に娶っていただかなければなりません! それ以外に、アレからエリィちゃんを守る方法などありません!」

 使用人たちの頷きが深い……。

 というか、『何としても妃に』の理由が『シスコン兄からの隔離』という家は、我が家くらいのものだろう……。


「その為にも、殿下にはアレの生態を知ってもらう必要があると考えるが……、どうだ?」

 一同を見回す父に、執事のトーマスがすっと手を挙げた。

「何だ、トーマス」

「はい。坊ちゃまは、殿下を少々敵視しておられます。もし殿下に危害を加えるような事がありましたら、と心配でなりません……」

「その心配はないかと」

 きっぱりと否定したのは、兄の侍従のハリーだ。

「ほう……。ハリー、申してみよ」

 父、いつまで低い声だしてんの?

「はい。エルリック様は、ああ見えて意外と常識をご存じです」

 おい! 言い出しが酷ぇな! あと使用人、ざわつくな!

「……そうか?」

 真顔で訊き返すな、父!

「はい。……まあ、あの、『エルリック様にしては意外と』というレベルですが」

「無きに等しいと聞こえるのは、わたくしだけかしら?」

 母の言葉に、私も一票です。


「まあ、ぶっちゃけそうなんですが」

 ぶっちゃけるな、ハリー!

「殿下相手に何かしたらヤバイ、くらいは御存じです」

「……幼子以下の理解だが、まあ、いいか……?」

 溜息をついた父に、母も無言で深い溜息をついている。


「エリィ、殿下から訪問の先触れを受けていたな?」

 父に問われ、頷いた。

「はい。五日後にこちらを訪れたい、と。そうですよね、トーマス」

 執事を見ると、執事も頷いた。

「間違いございません」

「よろしい」

 父は頷くと、テーブルをバン!と両手で叩いた。

「ではこれより、エルリック暴走対策会議を開始する!」

 その言葉に、周囲を囲っていた使用人たちが一斉に拍手をした。


 ……だから、何でみんな、そんなノリいいの……?




  *  *  *




 さぁ、やってまいりました! 殿下による、『突撃! 我が家訪問!』の当日です!


「さあ! あと一時間ですよ! 最終確認、よろしいですか!?」

 執事のトーマスの声が伝声管に響いております。

 今この家は、戦場です。一時間後に開戦となります。

 私は現在、執事のお部屋にて状況を見守っております。……だって、気になるじゃん。この変な家が何すんのか。


「二階、第二ブロック、準備完了です!」

「三階、閉鎖完了しました!」

「二階、第三ブロック、準備完了!」


 トーマスの元に、次々と使用人たちが報告へくる。

 ……何ゲー? FPS?


「正面庭園、配置完了!」

「一階全区画、準備完了しました!」

「二階、第一ブロック、準備完了です!」


「結構! これより殿下を無事にお迎えし、お見送りが完了するまで、各自気を抜かぬように!」

「はい!!」

 揃った返事が、私の耳には「サー、イエス、サー!!」に聞こえた。

 老齢のトーマスが軍曹に見えるよ……。


「目標は?」

 尋ねたトーマスに、兄の侍女がぴっと姿勢を正す。

「現在自室にて、『私のエリィ人形』を製作中です!」

「待ってぇぇぇ!! 何それぇぇぇ!!」

 思わず悲鳴を上げると、兄の侍女が駆け寄ってきて、私の背を優しく撫でてくれた。

「大丈夫です。お嬢様は何も聞いておりません。大丈夫です。……いいですね?」

「うぅ……、……はい……」


 いや、マジで待って……。

 既にエリちゃんのライフが削れてるんだけど……。


 殿下、早く来て! いや、やっぱ来ないで!! 逃げて!! 超逃げて!!


「引き続き、目標の捕捉をお願いします。私が合図をするまで、絶対に殿下と鉢合わせぬように」

「了解しております!」

 侍女はまたぴっと姿勢を正すと、綺麗なお辞儀をして出て行った。

 兄の監視に戻るのだろう。


 トーマスは泣きそうになっている私を見ると、いつも通りの優しい笑顔になった。

「さあ、お嬢様、殿下をお出迎えする準備をいたしませんと。お嬢様は笑顔が一番でございますよ、笑顔、笑顔」

「はい……。頑張りましゅ……」

 噛んだ。

 でもそんなの、もうどうでもいい。

 削れたライフとSAN値を回復したい……。




 侍女に着替えやらなんやらをしてもらって、殿下をお迎えするために玄関へと向かった。

 そこには既に両親が揃っていた。

 二人とも、表情が険しい。

 いつもと作画が違う。劇画調だ。それくらい、雰囲気が違う。


「……気を抜くなよ。アレは何をやらかすか分からん」

「分かっております。貴方も、どうかご武運を……」

 どこに戦いに行くのかな!?

 ここんち、何かおかしいよね!? 薄々感じてたけど、ノリおかしいよね!?


「さあ……、行こう……」

 まるでこれから死地に向かうかの如く重さで父が言い、母が頷く。

 自分が渦中であるから、どうも乗り切れないのが悲しい……。

 父が歩き出す速度に合わせ、玄関の重厚なドアが開けられる。BGMにエア〇スミスが聞こえた……。



 約束の時間ぴったりに、馬車止めに王家の紋章入りの馬車が到着した。


「マクナガン公爵、出迎え、ありがとう」

 深い礼をしている私たち一家(兄除く)に、殿下は「頭を上げてくれ」と言う。

 殿下は私を見ると、にこっと笑ってくださった。

「会いたかったよ、エリィ」

「は、い……」

 玄関先で色気ふりまくの、やめてもらっていいですかね……?


 殿下を応接室にお通しして、殿下と私、両親が席に着いた。

 メイドたちがお茶とお菓子を用意していって、すっと下がる。


 殿下はお茶を一口飲まれると、カップを戻して父を見た。

「訪問の許可をいただき、感謝している」

「いえ、とんでもない事でございます」

 両親が揃って頭を下げ、それを上げるのを待って殿下が口を開いた。

「今日は、提案……というか、お願いがあって来たのだが」

 殿下は両親を見て、それから私を見ると、にこっと笑った。


「学院が始まったら、エリィを送迎させてもらえないだろうか」

「願ってもない事でございます!!」

 立ち上がらんばかりの勢いで頷いた父に、殿下がちょっと引いている。

 分かる。分かります、殿下。

 フツー引く。


「そ、そうか……。出過ぎた提案かと思っていたのだが……」

「いえ! 願ってもないと申しますか、願ったり叶ったりと申しますか」

「そうなのか……?」

 父、勢いを落とせ。ビークール、ビークール。


 何故か我が家に以前からあるハンドサインで「落ち着け」と父に示すと、父はそれに気付いて咳払いをした。

 ……ハンドサインがある家って、おかしいよな!? 今気づいたわ! 便利だけども。


「わたくし共から逆に、殿下にお願い申し上げようと思っておりました。ありがとうございます」

 深々と頭を下げた母に、殿下が「いや、そこまで礼を言われる事でも」とやっぱり引いている。


 どうでもいいけど、さっきから窓の外でちらちら、メイドやら従僕やらが駆け回ってるのが見えるんだよなぁ……。

 ちらっと見えたハンドサインが「二階、二区画」だった。兄が移動しているらしい。

 この家、マジでおかしい。


 今日も殿下に付き添ってきたグレイ卿も、何となく窓の外を気にしておられる。

 どうぞあれらは無視してください……。


 見ていると、窓の外のメイドの一人と目が合った。

 彼女に向けて「隠れろ」とハンドサインを送ると、グレイ卿が彼女を見ていた事に気付いたらしいメイドは、こちらに向けて綺麗に一礼した後、何事もなかったかのようにスススっと歩き去った。

 そうじゃねぇ!! 余計不自然だわ!!

 グレイ卿の顔が「???」てなっとるやんけ!!


「エリィ?」

 不思議そうにこちらを見た殿下に、私は視線を窓の外から殿下に移し微笑んだ。

「はい。何でしょう」

 視界の隅でちらちらと、母が何やらハンドサインを送っている。

 すげー気になる。

「エリィも、それでいい? 私が送迎する事で……」

「はい。構いませんが……、殿下こそ、大変じゃありませんか?」

 あ、『殿下』っつっちゃった。まあいいか。

「大丈夫だよ」

 あー……、殿下の笑顔で削れたSAN値が回復するわぁ……。

 癒されるゥ……。


「殿下のお言葉に甘えておきなさい、エリィ」

 そう言う父の隣で、母も頷いている。

「そうですよ。さもないと、……アレと毎日、朝夕二十分間、狭い馬車に閉じ込められるのですよ」

 その言葉に、思わずすんっと真顔になった。

 回復したSAN値が、またちょっと削れた。


「……何の話だろうか?」

 僅かに瞳を細めて両親を見る殿下に、二人が揃って深い息をついた。

「今日は、殿下に聞いていただきたい話があります」

「隠していた訳ではないのですが、結果的にそのような形になりました事を、まずお詫びいたしておきます」

 揃って深々と頭を下げた両親に、殿下が軽く困惑されている。

「一体、何を……」

「我が息子、エルリックの話です」

 重々しく、父が口を開いた。




「……というように、アレのエリィに対する執着は、異常なのです」

 一通り、兄のド変態ドン引きエピソードを語り終えた父が、深い深い溜息をついた。

 父の話で、私のSAN値も削れた。


 聞きたくなかったよ! 私の着られなくなった服、兄が全部保管してるとか! しかも下着まで保管してるとか! 時々眺めてうっとりしてるとか!


「……エリィ、大丈夫かい?」

 半泣きの私を、殿下が心配して背を撫でてくれている。

「……私にはその話、聞かせてほしくありませんでした……」

「わたくしも、見たくなんてなかったわ……」

 その現場を実際見てしまったらしいお母様が、めっちゃ遠い目をしておられる。


「トーマスを呼んでくれ」

 父が控えていた侍女に言いつけると、侍女はササっとハンドサインを出した。

 ややして、ドアがノックされ、トーマスが現れた。トーマスは殿下に一礼してから父に向き直る。

「お呼びでございましょうか」

「アレは今、何をしている?」

「……自室にて『私のエリィ人形』に着せる服をお選びです」

「だから、その人形何なのォォォ!!」

「エリィ、落ち着いて」


 殿下が背をさすってくれる手があったかいよ……。

 でも寒気が酷いよ……。


「トーマス」

「は」

 母の目が、昏く光っている。また作画が違う……。

「その服とやらは、どこから……?」

 殺し屋のような目の母から、トーマスが苦々し気に視線を逸らした。

「……お嬢様のお部屋の、クローゼットから……」

「何でよォォォ……!!!」


 もう駄目だ。

 SAN値が限界だ。

 そろそろ何か見ちゃいけないヤツが見えてきそうだ……!!


「マリナは何をしているのですか!」

 マリナは私の侍女だ。彼女が私の部屋の最終防衛ラインだ。

「坊ちゃまの隠密技術が、マリナを上回ったかと……」

「……何という才能の無駄遣いなんだ……!」

 父ががっくりと項垂れる。

 ホントだよ!

 マリナは護衛を兼ねた侍女なのだ。所謂、戦闘侍女。それに気取られずにクローゼットから……、クローゼット……、うわぁぁぁん!!!


「公爵、私から、もう一つ提案をいいだろうか」

 アカン、涙が止まらん……。

 えぐえぐ泣いている私の背を、殿下がずっとさすってくれている。


「何なりと、殿下」

 項垂れ頭を抱えていた父が、既にボロボロの感で顔を上げた。

「エリィを、城に連れ帰って構わないだろうか」


 この瞬間、マクナガン公爵家の家人・使用人全てが、殿下の背に後光を見たと後に語った。


「よろしいのですか……」

 両親が縋るような目で殿下を見ている。

 恐らく私も、同じような目をしているだろう。

 何て事だ。

 ここに神が居る。さす殿だ。


「エリィの精神的な消耗も激しそうなのでな。……どうかな、エリィ? 城で暮らすというのは」

「それが、可能なのでしたら……」

 神よ……!

 思わず手を差し伸べてしまったら、殿下がその手をしっかりと握り返してくださった。

「可能だよ。そもそも、君の部屋はもう用意してあるだろう?」

 そうだった!!


「事情を話せば、両陛下も納得してくださるだろう。公爵、夫人も構わないか?」

「喜んで!」

「むしろわたくし共がお礼を申し上げねばなりませんわ!」

 父の返事が、居酒屋レベルで威勢が良かった。


「……お嬢様の当面のお荷物の準備が整いましてございます」

 姿勢を正したトーマスが、静かに言った。

 それに殿下が少し驚かれていたが、この家はそんなモンなんです。殿下のお話が出た瞬間から、使用人たちが急ピッチで準備していただけです。

「そうか、ありがとう」


「お礼を申し上げるのはこちらでございます」

「エリィちゃん、良かったわね~。アレの事はわたくしたちに任せて、エリィちゃんは殿下と幸せにね~」

 お母様ののんびり口調、久しぶりに聞きましたよ……。


 ふと窓の外を見ると、隠れていた使用人、庭師、隠密の人々が、揃って拍手している。

 何ぞ、コレ。

 殿下もそちらに気付いて、ぎょっとしておられる。

 笑顔で拍手している使用人たちは、口々に「お嬢様、おめでとうございます」と言っているようだ。


 ……エ〇ァTV版の最終回かな?

 こんな時、どんな顔したらいいのか、エリちゃん分かんないよ……。

 ありがとう、って笑えばいいと思うよ……ってうっさいわ。


 その時、窓の外の使用人の一人が、ササっとハンドサインを出した。

 それにトーマスが「失礼いたします」と言い、急いで部屋を出て行った。


「……公爵、少々お尋ねしてもよろしいでしょうか?」

 普段、絶対に自発的に発言しないグレイ卿が、父に向って声をかけた。それに父が「どうぞ」と答えた。

「先ほどからやり取りしているあれは、何なのですか……?」

 あ、やっぱ気になられてました?

 父はそれににこっと笑った。


「我がマクナガン公爵家に伝わる、ハンドサインです」

 その回答に、グレイ卿が何とも言えない表情になる。

 分かります。なんでそんなモンあるんだよ、とか思いますよね。私も思ってます。


「えー……、と、……では、先ほど執事殿が受けたサインは、何と?」

「『目標・捕獲』です」

 さらっと答えた父に、グレイ卿は「そ、うですか……」と複雑そうな返事をした。




 城へお帰りになる殿下と共に、私もそのまま城へと向かった。

 トーマスは『当面の荷物の準備が整った』と言っていたが、見てみたら馬車二台分にぎっちりと服から本から日用品からが詰め込まれていた。

 当面じゃなくて、夜逃げレベルで持ち出してるんすけど……。

 ウチの使用人、有能過ぎて怖い。


 殿下が私の事情を両陛下に説明してくださって、私からも両陛下に頭を下げ、快く滞在を許可いただいた。


 既に嫁に出された感があるが、殿下のお隣の部屋は嬉しい。

 はー……、春からとんだ新生活フェアだぜ。


 あとは学院が始まる前に、殿下と『対ド変態対策』考えよっと。



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― 新着の感想 ―
な〜んかエ〇ァっぽい雰囲気だなぁって思ってたら作者さんガチで草
下着はアウトだわー(爆) pixivからコミカライズ経由で原作読みに来ました! コミック2巻発売楽しみです! 楽しく拝見してたけど実兄はアウトです(´д⊂)
[一言] お兄様の描写が妙にリアル さてはモデルが身近にいますね〜 良いノリでしたଘ♥ଓ
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