王女殿下によるプレゼン『ロバート様のココが素晴らしい!』
リナリア殿下が、ロバート・アリスト公爵に電撃プロポーズをした、その直後のお話。
わたくしにとっての最大の難問である『婚姻』。その問題が驚く程に美しい解決を見た直後、わたくしはロバート様と共に両親を訪ねました。
父が詰めているであろう執務室へお邪魔しようと歩いていたら、途中で宰相閣下と鉢合わせたので、父は在室かどうかを尋ねました。居る、とのお返事でしたので、訪問する旨をお伝えいただけるかとお願いすると、宰相閣下は「承りました」と仰ってくださいました。
お忙しい閣下を顎で使うような真似をしてしまいましたが、閣下は「構いませんよ」と笑って下さいました。そういう懐の深いところが、閣下の素敵なところですわね。
ついでに、その場に居た侍従に、母もお手隙なようならば呼んできてもらえないか、とお願いしました。
どうせなら、お母様にも聞いていただきたいですものね。
両陛下が揃われたと連絡を受け、わたくしはロバート様と二人で、陛下の執務室をお訪ねしました。
そういえば……、わたくしにとっては陛下といえど『見慣れた両親』でしかありませんけれど、ロバート様にとってはそうではない筈。ロバート様は緊張などなさってらっしゃらないかしら……と、ちらと隣を伺い見てみましたが。
ロバート様の安定感、流石ですわね!
いつも通りのとても涼し気なお顔をしてらっしゃいます! 何と頼もしいのでしょう! 流石はわたくしの未来の旦那様でいらっしゃいます!
執務室へお邪魔したわたくしたちに、お父様もお母様も少し不思議そうなお顔をしていらっしゃいます。
……まあ、そうでしょうね。わたくしだけならいざ知らず、ロバート様がご一緒なのですものね。
お父様にご挨拶すると、そこにあるソファに掛けるように言われました。ですので、ロバート様と並んでそこに座りました。
並んで座るだなんて! 既にパートナーのようではありませんか!
何てこと……、素敵……。
「……で、話があるとか?」
わたくしたちの座ったソファの向かいに、お父様とお母様が並んで座られます。お二人とも、不思議そうな怪訝そうなお顔です。
「はい。お時間いただきまして、ありがとうございます。 お話というのは、こちらのロバート・アリスト公爵とわたくしの婚姻に関してなのですが――」
「待って、リーナ。……今、良く分からない単語があったようだわ」
何か分かりませんかしら? 難しそうなお顔でわたくしの話を遮ったお母様のお隣で、お父様はぽかんとしたお顔をされています。……お父様、それでは普段頑張って着けていらっしゃる『威厳ある陛下』の仮面が台無しです。
分からないと言われてしまいましたので、わたくしはもう一度、こちらをお訪ねした主旨を口にしました。
「では、もう一度申し上げますが、お二方に聞いていただきたいのは、わたくしとロバート様の婚姻に関するお話で――」
「うん、リーナ。ちょっと待とうか」
そこまで、と言うように、お父様が軽く片手を挙げてそう仰いました。
そう言えば、お二人の背後にいらっしゃる宰相閣下も、とても驚いたようなお顔をされてますわね?
「……婚姻、と、言ったかしら……?」
とても難しそうなお顔をされているお母様に、わたくしは頷きました。
「はい。……あ! 時期としましては、お兄様とエリィのお式が無事滞りなく済んでからと考えております」
「うん……、いや、うん……、そういう話でなくてだね……」
お父様も、随分と難しそうなお顔をされますね?
……はっ!? もしや、わたくしとロバート様の婚姻に、何か反対なさりたい事情などが……!?
でも、王女の降嫁先として、公爵家はとても妥当な判断である筈……。
ああ、でもそうでした。アリスト公爵家は、先代の公爵がお母様のご不興を買っていたのですわね。でもそれは、先代公爵の退位・隠居という形で決着がついていた筈。それに伴って、家格も落とされた筈ですし、もう問題などないのでは……。
「突然、婚姻などと言われても、私たちには意味が分からないよ。順を追って、説明してくれないかな?」
お父様に言われ、思わずはっとしてしまいました。
そうですわね。わたくし、難題が片付いた喜びで、結論だけをご報告しておりましたわね……。これはいけません。わたくしとした事が、何たる失態。
「では、順を追いまして……」
……と切り出したものの、追う程の『順』がない事に気付きました。
何をどのように申し上げたら良いのでしょう?
先ほど、わたくしに天啓が下りまして……では、何の説明にもなっておりませんわね……。
わたくしがそのように思い悩んでいる事に気付かれたのでしょう。ロバート様が小さなお声で「殿下」と言ってきました。
……リーナとお呼びくださいと、申し上げましたのに……。ああ、でも両陛下の御前ですものね。『形式』というものは大切にせねばなりませんわね。
少々不満に思いつつもロバート様をちらと見ますと、ロバート様がやはり小声で「殿下が私を選んでくださった『理由』を、お話したらよろしいのではないでしょうか」と仰いました。
成程! 確かに、理由は大切ですわね!
「つい先程、わたくしが今手掛けております新たに設置する診療所の設備のご相談をと、お兄様の執務室をお訪ねしたのです」
お父様とお母様が揃って、「つい先程……」と小声で繰り返しておられます。
「その際、そこでお兄様とロバート様が会話なされているのを聞きまして。わたくしは、『この方しか居ない!!』と思ったのです」
「……どういうところが?」
相変わらずの難しそうなお顔のお母様に、わたくしは微笑みました。
これは『ロバート様の素晴らしいところ』を、存分に語れという事ですわよね!?
「まず、ロバート様は、婚姻相手に『公爵の妻』としての役割を期待されておりません。素晴らしい事です!」
「うん? いや、ええと……、それの何が『素晴らしい』のかな?」
あら。お父様には、お分かりにならないのかしら? ……あら、でもそうですわね。お隣で、お母様もやっぱりとても難しそうなお顔。
仕方がありません。ここは一つ、ロバート様の素晴らしさをご理解いただけるよう、丁寧に説明する必要がありそうです。
「ではお父様、お母様、わたくしがこれから、ロバート様の素晴らしさをご説明いたしますわね!」
お父様とお母様が揃って「あ、はい……」と気の抜けた返事をなさいます。どうされたのです、お二人とも! もっと興味を持ってくださって構わないのですよ!?
そしてロバート様は、軽くお顔を伏せて笑ってらっしゃるようです。
……何を笑っておられるのです? わたくしたちの将来がかかっておりますのに!
こほん、と咳払いを一つして、わたくしは姿勢を正しました。
「まずわたくしは、これからもお兄様やエリィのお手伝いをしていきたいと考えております。それはつまり、『国政に口を出す』という事に他なりません」
それはよろしいですね? と確認しますと、お父様もお母様も頷かれました。
「今のわたくしにそれが可能であるのは、わたくしには『王女』という立場があるからです。ですが、降嫁いたしますと、『王女』以前にそちらの家の『夫人』という立場にならざるを得ません。例えば、伯爵夫人などですと、どうしても『王女』であった頃より口を挟み辛くなります。そこで、ロバート様です!」
わたくしはお隣のロバート様を、手で示しました。
「こちらのロバート・アリスト公爵閣下の妻でしたら、侯爵以下の爵位の者になど余計な口出しをさせぬ事が可能なのです!」
何と素晴らしい事なのか! ……と、わたくしは思っているのですが、目の前の両親は「う、うん……」と何だかやはり複雑そうに頷いておられます。……説明が、分かり辛かったでしょうか?
「それにロバート様は、お兄様の側近でいらっしゃいます。それはつまり、将来の要職を約束されているも同然。そのお立場からでしたら、わたくしの言葉をお兄様に直接届ける事も可能なのです! アリスト公爵家という権力と、お兄様の側近というお立場! これ以上に魅力的な条件が、他にありますでしょうか!?」
いいえ、ありません!!
もうこの時点で、ロバート様というお方はパーフェクトなのです!
「そこに更にロバート様は、公爵家内の差配などはせずとも良いと仰って下さいます。わたくしのやろうとしている事に、理解も示して下さる。つまりわたくしは、アリスト公爵夫人となり、その権力をわたくしのやりたい事の為に揮う事が出来るのです!!」
……はっ! つい白熱してしまい、拳などを握ってしまっていました! これははしたないですわね……。
慌ててそそくさと手を膝に戻すわたくしの隣では、やはりロバート様が俯いて笑いを堪えておられるようです。……ですから、何を笑ってらっしゃるんです?
そのロバート様に、お父様が「公爵」と呼びかけました。その声に、ロバート様が俯けていたお顔を上げます。
……こうして、まじまじとお顔を拝見するのは初めてですけれど、横顔も綺麗な方ですのね……。あら、意外と睫毛も長くていらっしゃるんだわ。
「リーナの言いようを聞いている限り、リーナは『君を利用しようとしている』としか思えないのだが……」
「仰せの通りですね」
ロバート様がにっこりと笑って頷きました。それにお父様が言葉を失っておられます。
「……いや、うん、えー……と……。……君は、それで良いのだろうか……?」
「有りもしない『愛情』などというものを求められるより、私が与える事の出来るものを求めて下さるのですから、むしろ有難い思いでおります」
あら、素敵な笑顔。
晴れやかな笑顔のロバート様と対照的に、お父様とお母様は何とも言えない表情をなさっておいでです。
「『愛情』は、有りもしませんか……」
複雑そうな口調のお母様に、ロバート様がやはりにっこりと笑われます。
「今のところは、特別そういったものはございません。ですが、私にとっても『リナリア殿下の降嫁』というものは、利用価値が大いにございます。無下に扱うような事はいたしません」
そうですわよね!
「このように! わたくしとロバート様とで、利害関係の美しい一致があったのです! これを『運命』と呼ばずして、何と呼びましょうか!」
「……『運命』……」
「……『運命』、ですか……」
お父様もお母様も、どうしてそう遠くをご覧になっているのでしょう?
お二人がご覧になっている方向に何かあるのかと、思わず一度後ろを振り向いてしまいました。……別に何もありませんでしたけれど。
そのわたくしを見て、ロバート様がまた笑っておいでです。
「リーナ」
ロバート様に呼ばれて、わたくしは後ろを見ていた視線を、慌ててロバート様に向けました。
「はい! 何でございましょうか」
「面白いので黙ってましたが、一般的に考えて『利害関係のみでの婚姻』というものは、余り歓迎される事態ではないと思いますよ」
「まあ!」
そうなのですか? そして、ロバート様はそれを知っていて、『面白いから黙っていた』のですか!? いえ、まず、『面白い』とは何がですか!?
「ですが、貴族の婚姻など、政略が大半ではありませんか」
あれこそ、『利害の一致』または『どちらか一方に完全なる利がある』関係でしょうに。
言った私に、ロバート様はやはり楽し気な笑顔です。
「仰せの通りですが、その『大半の政略婚』というのは、まず大人たちによって調えられ、婚姻を結ぶ当人たちの意志ではないのです。……なので、破綻する事もある」
「……そういえば、そうですね」
そもそも『政治』というものが大人たちの世界です。その大人の世界の事情に、子供が利用されるのが一般的な『政略婚』というものです。
そこに婚姻を結ぶ当人である子供たちの意志が介入する事は、殆どありません。
ですので、性格の不一致などから、婚姻関係が破綻してしまうお家も珍しくありません。
「両陛下は恐らく、そういった事態を懸念なさっておられるのではないでしょうか」
「成程……」
お父様もお母様も、とてもお優しい方ですものね。
ですが――
「わたくしが婚家で蔑ろにされたりですとか、利用価値がなくなってしまったら一顧だにされなくなるだとかをご心配されているのでしたら、それは無用かと」
「公爵であれば、周囲が見てそれと分かるようにはしないでしょうね」
溜息をつきつつ仰るお母様に、わたくしも頷きました。
妻を蔑ろにするような男性は、社会的な信用を損ねます。それくらい、ロバート様でしたらお分かりでしょう。ですので確かに、万が一そういう事態になったとしても、外から見る限りでは問題など何もないように振舞われるでしょう。
けれど、そういう事ではないのです。
「少なくともわたくしは、『ロバート・アリスト公爵閣下』という方に対して、負の感情は抱いておりません。むしろ、尊敬できる素晴らしい方であると思っております」
世間で言うような『恋』や『愛』ではないけれど。ロバート様を尊敬する気持ちに嘘はありません。
「お人柄などは良く存じ上げてはおりませんが、お兄様が信頼なさってお側に置かれているのです。その時点で『悪い方』ではないと理解できます」
この場合の『悪い』は、『善良でない』という意味ではありませんが。むしろ、善良なだけの者でしたら、お兄様は重用なさったりはしないでしょう。
意味合い的には、『お兄様に対して、ひいては国に対しての翻意などがない』というところでしょうか。『私利私欲よりも、公益を大切に出来る方』と言いますか。
「利害が一致していて、しかも尊敬出来る方である。それだけでも、充分に得難いものではありませんでしょうか。それに、わたくしも今の時点では、ロバート様に対して愛や情などはないのですが……」
お父様とお母様が、揃って小声で「ないのか……」と呟いています。
「今の時点ではありませんが、そういったものは、これから二人でゆっくりと育んでいったら良いのではないでしょうか。……お兄様とエリィが、そうしてきたように」
お兄様とエリィも、初めはただ『政略』があるだけのご関係でいらっしゃいました。
けれど、今ではどうでしょう。誰が見てもはっきりと分かる程度には、お兄様にとってエリィは特別な存在となっています。エリィにとってもお兄様は、何かとても大切な存在であるようです。
それはお二人が、ゆっくりと時間をかけ、互いを理解しようと努め、歩み寄られて築かれたもの。
「お兄様とエリィ程に睦まじい関係となるかどうかは、わたくしには分かりませんが。それでも、お兄様たちのように、互いを理解しようと努める事は怠るつもりはありません」
……知った結果がどうなるかは、分かりませんけれど。
「私にとってもリナリア殿下という方は、とても得難い方なのです」
静かなお声で言うロバート様を見ると、ロバート様は両陛下を真っ直ぐに見て軽く微笑んでおられました。
「私自身や私の持つ肩書を、自身を飾るアクセサリか何かと勘違いなさっているご令嬢は多く居ます。自分の娘を人身御供に差し出し、私を踏み台にして、自身の欲を叶えようなどという連中も少なくありません」
それは想像に難くはないのですけれど。……ロバート様をそこまで侮れるというのも、ある意味すごい事だと思ってしまいます。
「そういった連中とリナリア殿下は、表面的には似ております」
あら! ……言われてみたら、確かにそうですわね……。
ですが……。
「ロバート様を『ただのアクセサリ』としてしまうのは、余りに勿体ないですわね……」
確かに、『公爵夫人』という肩書に惹かれる方も多いでしょう。それ以前に、ロバート様はとても秀麗な容貌のお方ですから、その『麗しい見目』に価値を見出す方も多いでしょう。
「ロバート様は『物』ではなく、きちんと思考の出来る『人』なのですから。飾っておくのではなく、共に語らい、考え、その上で肩書を有効に使わせていただいた方が良いのではないか、と……」
それに、わたくしとロバート様では、生まれも育ちも違うのです。きっと異なった視点から、互いに見えないものが見えている筈です。
その方を『ただのお飾り』にしておくなど、余りに勿体ないお話です。
ロバート様は一度わたくしを見て微笑まれると、視線をまた正面に戻されました。
「このように、殿下は私を『一個の人』としてご覧になっています。それだけでも、私にとっては稀有な存在であるのです」
……それ程に、ロバート様を『アクセサリ扱い』する女性は多いのですか……? なんと嘆かわしい……。
「そしてリナリア殿下が私の名や肩書を利用されるのは、『己の欲』の為ではありません。その目的が『国の為』『民の為』であるならば、我が家の持てる力全てをご自由に、存分に利用いただいて構いません」
なんと! 頼もしい!
言い切ったロバート様に、お父様が苦笑されます。
「君は、リーナになら踏み台にされても構わない、と?」
「はい。……リナリア様の見据える『先』が、私と違わない限り」
きっぱりと即答してくださったロバート様に、わたくしは思わず嬉しくなってしまいました。
「お聞きになりましたか、お父様、お母様! 何と頼もしい踏み台なのでしょうか!」
ロバート様でしたらきっと、わたくし一人支えたくらいでぐらつくようなものでもないでしょう。
頼もしい……。素敵……。
けれどわたくしの言葉に、お父様とお母様は「あ……、うん……?」と良く分からない返事をし、ロバート様はまたお顔を伏せて笑いを堪えるのでした。
……ですからずっと、何を笑ってらっしゃるのですか?
その後、宰相閣下がわたくしたちの為に婚約の誓約書を用意してくださり、その場でお父様とロバート様がサインをし、わたくしたちの婚約はとんとん拍子で決まったのでした。




