殿下と護衛騎士のショートコント 『知識の光はオカルトを照らせるか』
皆様のご愛顧のおかげで、無事に書籍を出版出来ました。
書籍出版記念という名の販促活動として(笑)、番外編的なものをちらほら更新いたします。
楽しんでいただけたら幸いでございます。
「は? 本なんか買う気はないが?」という方も、勿論ウェルカムでございます。
みんな一緒に、エンジョーイ!!
こちら、電子書籍の特典SSの後日譚となっております。
「ノーマン」
呼びかけると、エリィの護衛騎士筆頭であるノーマンが「は」と短く返事をする。
「……何故、これを、私に……?」
私の執務机の上には、つい今しがたノーマンが持ってきたモノがある。
美しい純白の皿にいかにもそれらしく載せられているのは、二枚のクッキーだ。
盛り付けは恐らく、城の料理人がやってくれたのだろう。皿の上はクッキーの他に、少量のフルーツで飾られている。盛り付けは美しいのだが、中央の素朴にも程がある真四角のクッキーの存在感が凄まじい。
というより……、何故、二枚も載せられているのか……。
「私どもだけがご相伴に与ってしまったのでは、殿下に対する申し訳が立ちませんので」
ノーマンはキリっとした表情で、如何にもそれらしい事を言うが……。
何故だろうか。聞こえる筈のない声が聞こえた。
曰く『私たちだけが押し付けられるのは、不公平と感じたので』だ。
「二枚あるようだが……」
「そこはどうぞ、お気になさらず」
気になるに決まっているだろうが!
「……ノエル」
「私どもは既にいただきましたので。そちらはどうぞ殿下が」
返答が早い。
部屋の隅に居るもう一人の護衛騎士スタインをちらりと見ると、スタインが「発言をよろしいですか?」と言ってきた。
了承した私に、スタインが重々しく口を開いた。
「実は私は、顎関節症なのです。……前回も今回も、何とかいただきましたが、翌日の食事がままならなくなってしまい……」
「……そうか」
それは本当に、何だか申し訳ない。……いや、私が悪い訳ではないのだが。しかし何だか申し訳ない。
「申し訳ありません」
頭を下げてきたスタインに、「いや、こちらこそ悪かった」と謝る。私が謝る必要はなさそうなのだが、何とも言えない申し訳なさが勝ってしまった。
そして正面のノーマンを見ると、ノーマンはやはりキリっとした顔を崩さずに言った。
「私は既に、三枚いただきました」
その言葉に、部屋の隅に居たスタインが声に出さず「すげぇ!」と口だけで呟いたのを見た。
確かにすごい。三枚食べられたならば、もう二枚くらいいけるのではないだろうか。
「ノルマは充分に達した筈です」
きっぱりと言い切るのは構わんが、『ノルマ』という言い方はどうかと。……気持ちは分かるというか、全く同じだが。
「ですのでそちらは是非、殿下が。エリザベス様も恐らく、お喜びになられます」
そう。
この美しい皿に不似合いな素朴すぎるクッキーは、エリィの手によるものだ。
先日、化学実験室で何やらやっていたようだが、そこで錬成されたのがこのクッキーだ。
そして私の『ノルマ』は、二枚という事か……。
先ほどスタインが『翌日の食事がままならなかった』と言っていた。その意味するところはつまり、今回も食品らしからぬ硬さを誇っているのだろう。
そして……。
「三人ともに問いたい。……味は、あるのだろうか」
私の言葉に、スタインは無言で視線を伏せた。……十分過ぎる答えだ。
背後のノエルからは、何の反応もない。という事は「お察しください」といったところか……。
そしてノーマンはというと、一度目を閉じ、深い深呼吸のような溜息をついた後、ゆっくりと目を開けた。
「恐らく小麦なのではないか……と思われる風味が、僅かに、薄っすらと、そこはかとなく感じられるような気がいたします」
物凄くあやふやな返答だ。
そのあやふやな返答を、キリっとした真顔で言わないで欲しい。反応に困る。
そもそも、食品の味を問う際に、美味い・不味いではなく、『味があるのか』と問う事自体が何かおかしいのだが。
エリィのクッキーに関しては、そう問わざるを得ない。
しかしノーマンは、それを三枚も食べたのか。見上げた根性だ。
「良くぞそれを、三枚も食べられたものだな」
言うと、ノーマンはまた一つ息を吐いた。
「細かく砕きまして、スープと一緒に煮込みました。正体のない粥のような代物になりましたが、味がないよりマシです」
スタインが「その手があったか!」というような顔をしている。
……無言で顔芸をするのはやめてくれないだろうか。気になって仕方ない。
しかし、そうか……。元は小麦なのだから、スープと煮込めば確かに粥のようになるだろうな。
それにこれだけ硬いのだ。相当に日持ちもしそうだ。
いつぞやエリィが言っていたように、本当に軍部の携行食にちょうどいいのかもしれないな……。
ただ問題は、これがエリィにしか作れないという点だが。
……と、いつまでもうだうだやっていても埒が明かんな。目の前の皿を片付けてしまわねばならん。
「……いただくか」
言う前に溜息が出てしまったが、この場の三人であれば気持ちは理解してくれる筈だ。
やたらに綺麗な正方形をしたクッキーを、皿から一枚摘まみ上げる。
案の定過ぎる程、見た目から想像するより軽い。そして指先に伝わってくる、しっかりとした確かな硬さ。
取り敢えず一口大に割ろう……と両手で持って力を入れるが、やはり一筋縄でいかない。
ねえ、エリィ……、本当に、何をどうしたら、こうなるんだい……?
そんな風に思いつつも更に力をこめると、バキィッという破壊音と共にクッキーが二つに割れた。……何故、クッキーを割るだけで、『破壊音』など聞かねばならんのか……。
普通もっとこう、『パキッ』などと軽妙な音がする筈なのに……。
というか、硬かったな……。
前回ほどではないにしろ、クッキーにあるまじき硬度であったな……。
……本当に、食べねばならんのかな……。それ以前に、これは本当に『食品』にカテゴライズして良い物なのかな……。
仕方がないので、割った片方を口に放り込む。
……味がない。
前回の陶器か何かのような滑らかな物ではなく、それよりはクッキーらしいザラっとした質感にはなっている。だが、硬い。そして味がしない。
前回よりクッキーに寄っているとはいえ、まだ私の知るクッキーへの道程は遠い。
本当に、長い道程を一歩進んだ程度の進歩だ。
……これが私の知るクッキーとなるまで、私はこの硬く味のない何かを食さねばならないのだろうか……。
ノーマンの話によれば、このクッキーは学院の化学講師と物理学講師の二人と共に作り上げたものなのだそうだ。
我が国が誇る世界でも最高峰の頭脳たちで、これを何とか、私の知るクッキーへと変貌させてくれないだろうか。
しかしこのクッキーは、ノーマンによれば『材料も製法も、一般的なクッキーそのもの』なのだそうだ。
それがどうしてこうなるのか……。
これはもう、オカルトの域なのではなかろうか。
だが、学問の力はこれまでも、世界各地の様々なオカルトに光を当て、その正体を白日の下に晒してきたのだ。
きっとこの『エリィがクッキーと言い張る何か』もいつの日か、普通にサクっと柔らかく、バターが香る甘く美味しい菓子となってくれるだろう。
……というか、なってくれないと私が辛い……。
そんな期待を抱いたのだが、『そんな日は来ない』という事を身をもって知るのは、数十年の後となる。




