夢幻の彼方へ、さあ行こう! ~王女殿下の聖地巡礼の旅~
前世の記憶ありで、異世界へ転生。
ラノベやマンガが好きな、ちょっと現実逃避癖のある私からしたら、何度も夢に見た展開だ。
しかも、『自分がプレイしていた大好きなゲームの舞台となった異世界』だ。もう、夢そのものだ。
『夢幻のフラワーガーデン』という、女性向け恋愛シミュレーションゲームがあった。
大きな宣伝もせず、ひっそりと発売され、大して話題にもならなかったゲームだ。昨今の乙ゲーとしてはちょっと珍しい、某レートAだった。
けれど、私はそのゲームが大好きだった。
ヒロインのマリーベル・フローライト伯爵令嬢が、コックフォード学園という場所で様々なイケメンと出会い、ゆっくりと親睦を深めて恋に落ちるだけのゲームだ。
シナリオに鬱展開などはなく、恋敵も出てこず、ただただ穏やかな空気の流れる話ばかりだった。
お約束的な展開が非常に多く、某掲示板の乙ゲースレでは『時代劇みたいなご都合主義と予定調和』などと言われていたが、私は逆にその安心感が嬉しかった。
私は余り、『ヒロインに予想外の悲劇が!!』や、『この後、波乱の展開が!!』などを好まない性質だったのだ。
ご都合主義、いいじゃないか。予定調和、バンザイ! そういう人間だって居るのだ。
『この後きっとこうなるだろうな』と思ったストーリーが、その予想通りに展開していく事にカタルシスを得る人種だって居るのだ。
予想を裏切る展開になると、その先を進める事をやめてしまう人種だって居るのだ。
お話の中くらい、諍いなく、平和で、主人公に都合よく物事が進んだっていいじゃないか。
……どうせ、現実などままならない事だらけなのだから。お話の中くらい、夢を見たいではないか。
なので私は、掲示板やレビューなどの評価を見てから、ゲームや書籍を購入する事にしていた。
そしてこの『夢幻のフラワーガーデン』は、私の好みにドンピシャだったのだ。
異世界に転生したはいいけれど、王女という身分は窮屈だった。けれど悲しいかな、前世での知識のおかげで、その身分に課された責や己の立場というものを、嫌でも理解できてしまう。
国民の血税によって、国の為に生かされている身だ。疎かにして良いものなど、何もない。
まあ、折角の二度目の人生だ。
気負い過ぎず、出来る事を精一杯やっていこう。……私の『精一杯』など、たかが知れているが。
そんな風に思い、生きてきた。
幸い、私の家族たちは皆良い人で、現王である父と王妃である母は円満夫婦だし、次期王となる兄も真面目で勤勉な人物だ。弟も居り、弟は少しやんちゃだが『王族』というものの在り方は理解している。
周囲の廷臣たちも、穏やかで真面目な人が多い。
良い環境に恵まれたな、と嬉しくなる。
ただ、ラノベやマンガで良く見ていた、『自分がやりこんだゲームや、大好きだった物語の世界に転生』ではなかったか……と、少しガッカリもしていた。
どうせなら、『夢幻のフラワーガーデン』のような、優しく穏やかな世界に転生したかった。
いや、今の生活も充分に『優しく穏やか』なのだが。
そうして日々を過ごしてきたある日。
友好国との貿易協定調印の為、兄がそちらの国へと赴く事になった。
次世代へと続く架け橋となるべく、現王である父ではなく、次期王である兄が調印するという事らしい。そして、あちらの国でも、調印式に臨むのは王太子殿下であるという事だ。
兄の出立の日が近づいた頃の夕食の際、その調印式の話題が出た。
「あちらも王太子であるレオナルド殿下が臨席されるのよね?」
母の言葉に、兄が頷いている。
ん? ちょっと待って。
王太子レオナルド殿下?
いや別に、珍しい名前じゃないけど。でもちょっと待って。
「あの……、あちらの国の王太子殿下のご尊名は、レオナルド様と仰るのですか……?」
訊ねると、兄が微笑んで頷いた。
「そうだな。確か『レオナルド・フランシス・ベルクレイン』殿下だったかな」
「そう……なのですか……」
驚きで呆然とする私に、兄や弟は「どうした? レオナルド殿下に懸想でもしてるのか?」などと揶揄う言葉を投げかけている。
しかし私の心中は、それどころではない。
レオナルド・フランシス・ベルクレイン。
その名前は知っている。
『夢幻のフラワーガーデン』の登場人物だ。
メインの攻略対象である、王太子殿下の名前だ。
え!? もしかしてホントに、この世界ってあのゲームの舞台なの!?
じゃあ、マリーベル・フローライト伯爵令嬢も、ホントに存在してるの!?
ロバート様や、アルフォンス様や、エルリック様も!?
舞台となったコックフォード学園や、学園内のイベントポイントも!?
何という事だ。
私は本当に、『大好きなゲームの世界』に転生していたのだ。
……だが、かの国と我が国とは、大陸の端と端くらい離れている。主要な移動手段が馬車であるので、片道で二週間程度かかる。
「ちょっと行ってくるね♪」で行ける距離ではない。
折角のゲーム世界なのに、その舞台となった場所へ行くことも出来ないのか……と、ガッカリした。
その日から、私の夢は『いつかゲームの舞台となったあの国へ行ってみたい』になった。
別に、自分がゲームのヒロインに成り代わりたいだとかは思っていない。
私は王女で、いずれこの国の為となる方の元へと嫁がねばならないだろう。それはもう、そういうものだと幼少の頃から考えているので、特に不満はない。
けれど、自分の為の夢を持っても構わないだろう。
攻略対象とどうこうなりたいなどとも思っていない。
何しろ、時間軸が違う。
ゲームでは、王太子殿下は十七歳だった。現在、レオナルド殿下は二十二歳で、既にご成婚されていて、お世継ぎも居た筈だ。
メインの殿下がそうであるのだ。他の攻略対象者の現状も、推して知るべしである。
そして私は、己の身を弁えている。どう考えても、私はヒロインの器ではない。
ただ、私にとっての『聖地』を見てみたいだけだ。
それはあたかも、某マンガのファンが夏になる度に自慢の自転車を持ち寄り、JR飯田線の某駅に集うかの如く。
行ってみたいのだ。そこの空気を感じたい。ただそれだけだ。
その夢は、二年後に叶う事になった。
ゲームのヒロインであるマリーベル様のご実家が手掛ける女性用下着を、我が国にも輸出してもらえないだろうかという話になったのだ。
当初は外交担当の人間があちらの国へ赴く事となっていた。
だが、どうしてもあの国へ行ってみたかった私が、そこに無理やり自分をねじ込んだのだ。
外交の仕事など殆どした事はなかったが、物が物だけに、中年の男性が赴くよりも良いだろうと判断してもらえた。
それに、王族が足を運ぶ事で、こちらの誠意も見せられる。
私の願いと、国側の思惑が一致し、私があちらの国へと赴く事になったのだ。
二週間ちょっとの旅路は流石にきつかったが、憧れの地へと近づいていると思うだけで耐えられた。
そして、対面の日がやって来たのだ。
* * *
結果、少し悲しい事実を聞かされた。
レオナルド殿下のお妃様であるエリザベス様曰く、この世界は『ゲームそのもの』の世界ではなく、『ゲームの元ネタとなったであろう世界』なのだそうだ。
なので、ヒロインだったマリーさんの性格も違えば、環境も違う。当然、攻略対象の方々の性格なんかも全く違う。
そういう話だった。
確かに、お会いしたマリーベル・フローライト様は、ゲーム中のヒロインとは違った人物像だった。
見た目なんかは、ゲームの面影がある。けれど、ゲームのマリーさんより明るく快活で、人懐こい印象だ。ゲームに一切出てこなかったエリザベス様と、とても仲が良さそうだった。
そうなのだ。
ゲームでは名前のある登場人物など、総勢で十人居るか居ないかでしかない。けれど現実では、全員に名前があり、生活があり、命がある。
恐らく、この世界が『ゲームそのもの』だったとしても、ゲームと全く同じ展開になどならないのではないだろうか。
そこに気付いたら、この世界が『ゲームそのもの』でなくても、どうという事はないという気持ちになった。
大好きなゲームの舞台で、そのモデル。
それだけで充分ではないか。
日本でアニメやマンガの聖地巡礼をする人々と、何も変わらない。
彼らだって、そこにアニメそのままの人物が居るなんて思っていない。(いないよね?)
ただ、大好きな作品に出てきた舞台が見たいだけだ。
私もそれと同じだ。
そう思えたら、ガッカリして萎んでいた気持ちが、ふわっと軽くなった。
代わりに、ミーハー心がむくむくと湧いてきてしまったが。
よぅし! 折角こんな遠くまで来たんだ! 目いっぱい楽しんで帰ってやるぞ!!
……あ! 仕事もするよ! ちゃんと可愛い下着を卸してもらえるように、頑張って交渉するよ!
到着して二日目。
今日もエリザベス様が、私の為に時間を作ってくださっている。
私の兄は未だ独身なのだが、『王太子』というものはとにかく忙しい。そのお妃様もきっと、相当忙しい方に違いない。
というのに、私のミーハーに付き合わせて良いのだろうか……。
「……申し訳ありません、妃殿下。お忙しいでしょうに、私の下らないミーハー心に付き合わせてしまいまして……」
頭を下げると、エリザベス様は笑いながら「大丈夫ですよ」と仰って下さった。
「私は今は、公務を控えめにしてますから、時間はあるのです。そう恐縮なさらないでください」
「ご公務を控えられてるのですか……?」
どこか体調でもお悪いのだろうか。
心配が顔に出てしまっただろうか。エリザベス様が私を安心させるかのように、にっこりと微笑んでくださった。
「三か月ほど前に出産いたしまして。もう体調は戻っているのですが、レオナルド殿下がもう少し休むようにと仰ってくださいまして」
あら!
地球ほど医療が進んでいないこの世界では、出産はとても大変な事だ。衛生観念はそれなりに発達しているのだが、それでも産褥で亡くなる女性は少なくない。
レオナルド殿下のご心配も、ごもっともな話だ。
しかしエリザベス様、この見目で二人の子持ちとは……。
こちらの世界は結婚や出産が早いとはいえ、それでも少し驚いてしまう。
とても小柄で、お可愛らしい整った顔立ちをされているので、『美少女』という言葉が良く似合う。実際は私より年上なのだが、ともすれば私の方が年上に見えてしまいそうだ。
そのエリザベス様に案内され、庭へと通された。
「すごい……! 綺麗ですね!」
広大な庭園に、様々な薔薇が競うように咲き誇っている。
その中央には華奢なテーブルセット。
私も王女で、自国の城に居住しているが、こうも見事な大庭園は我が城にはない。
流石は乙ゲーの舞台となる国だ。華やかで、美しい。
私がうっとりと庭園を眺めていると、エリザベス様がほぅっと小さく息を吐かれた。
「妃殿下? どうかなさいましたか?」
「いえ……。何と言いますか、『一般的なご令嬢のリアクション』というものに、自身の女子力のなさを痛感していただけです……」
……良く分からない。
エリザベス様はざっと周囲を見渡され、小さな声で「アルフォンス」と呼びかけられた。
それに、背後に立っていた騎士様が「は」と短く返事をした。
待って! そこに居たの、アルフォンス様だったの!?
驚いて振り向くと、柔らかそうな金の髪を短く刈り込み、ゲームより幾分精悍な印象のアルフォンス様がそこに居た。
ゲームより七年経っている計算だ。攻略対象の方々も、その分お歳は取られる。
けれど、アルフォンス様はそれでもイケメンに変わりはなかった。
「……大事ございません」
アルフォンス様の言葉に、エリザベス様は「そうですか」と頷かれる。一体、何があったというのか……。
「ルチアーナ様、あちらのお席へどうぞ。今、お茶も入りますので」
促され、テーブルセットへと向かう。
椅子に座ると、庭園の薔薇がぐるっと見渡せる。とても綺麗なお庭だ。
侍女さんたちがお茶とお菓子を用意して去って行き、テーブルには私とエリザベス様だけだ。エリザベス様の背後には、控えるようにアルフォンス様が立っている。
ゲームでは、チャラチャラした軽い言動のお色気担当お兄さんだった。けれどその実、騎士という存在について、誰より真摯に向き合おうとしている人だった。
『守りたいもの』『忠誠を捧げるべき相手』を探している人、という設定だ。
そしてそれらをヒロインに見出し、「本当に守りたいものを見つけたんだ」とヒロインに告げ、エンディングとなる。
現実のアルフォンス様は、確かに色っぽい外見をしている。けれど、綺麗な姿勢で真っ直ぐに立つ姿は、『騎士としての在り方』に迷っている風ではない。
……というか、めっちゃカッコいい。どうしよう。ホントにカッコいい。
ウチの国にも騎士は居る。が、我が国の騎士というのは、もうちょっと荒っぽい人が多い。
ここにはアルフォンス様だけでなく、他にも数人の騎士の方が配置されている。彼らは皆一様に、荒っぽさなど微塵も感じさせない。
この国の騎士の人たち、何か皆カッコいいんだけど! ……羨ましい……。私もカッコいい人に護衛されたい! ……いや、我が国の騎士も皆、頼りになる人たちだけれども。不精髭率が高いの、何とかならないのかしら……。
暫くエリザベス様とお茶をしていると、建物の方から誰かやって来た。
見ると、マリーさんと一人の男性だった。
「おはようございます! エリザベス様!」
とても明るい声でマリーさんが挨拶をされるのだが、挨拶、ホントにそれでいいの!?
「おはようございます、マリーさん」
え!? エリザベス様も、フツーに返すの!? そういうものなの!?
相手は王太子妃なのだから、もっとこう、格式ばった挨拶をすべきなんじゃないの?
「ルチアーナ様も、おはようございます!」
元気な明るい笑顔で言われ、思わず「おはようございます」と返してしまう。
何か、マリーさんって、すごいわ……。
そのマリーさんのお隣の男性が、私に向かって礼をした。
「お初にお目にかかります。ポール・フローライトと申します」
「私の旦那さんです」
えへへ、と照れたようにマリーさんが笑う。
ああ、そうか。
『マリーベル・フローライト伯爵令嬢』は、フローライト伯爵家の一人娘だったっけ……。
え? てことは、ちょっと待って。今更だけど、ちょっと待って。
ゲームで王太子殿下ルートとか、公爵令息ルートとかって、その後のフローライト伯爵家はどうなったの!? ……いや、ゲームだから、どうもなってないだろうけども。
その前に、ポールさんにご挨拶しなきゃ。
「どうぞお顔を上げられてください。ルチアーナ・アメーティスです。お会い出来まして幸甚でございます」
「こちらこそ。我がフローライト商会は、アメーティス王国には支店もございませんので。この度のお話、とても有難く思っております」
顔を上げたポールさんが、笑顔で言うけれど……。
何かしら。目の中に『¥』が見える気がするわ……。『$』でもいいかも。『€』でも……。
そのポールさんの脇腹を、マリーさんが肘でゴスっと小突いた。小突いた……というか、思い切り突いた、の方が恐らく正確だ。本当に『ゴスッ』といい音がした上に、ポールさんが「ぐふッ」とおかしな息を漏らしているのだから。
「ポール君! 目がお金を追い求める人になってるから! 王女殿下に失礼だから!」
「そんな事言っても、マリーもお金好きだろ!?」
「大好きだけど! そういう問題じゃなくて!」
「……その会話を大声でしている時点で、問題しかないのでは……」
私の隣でぼそっと呟いたエリザベス様に、私も思わず頷いてしまった。
「確かに、お金は大事ですけれどね……」
「そうなのですけれど、あの二人はちょっと『お金を稼ぐ』という事に貪欲過ぎるきらいがありますので……」
そうなのか……。
マリーさん、読めない人……。
まだ言い合いをする二人を、エリザベス様と二人で遠い目で見守っていると、また城の方から誰かやって来た。
それに気付いて、マリーさんとポールさんが礼を取る。
という事はつまり、あちらからおいでになられているのは、王族の方だ!
私も礼をしなければ!と思ったところで、エリザベス様が「ふふっ」と小さく笑った。
「大丈夫ですよ。格式ばった礼など、不要です。今日はただ、『私の友人とお茶を楽しむ』だけの場ですから」
その言葉に、頭を下げていたマリーさんが、顔だけをこちらに向けた。
「じゃあ、私も直って大丈夫ですか?」
「マリーさんは、礼しときましょう。ルチアーナ様は一国の王女殿下ですから不要ですが」
それに小さく舌打ちをしたマリーさんを、エリザベス様が「舌打ちはやめなさい」と小声でたしなめた。
マリーさん、本当に読めない人だわ……。
礼は不要と言われたが、一応椅子から立ち上がり、来訪を待つ。
ややして、そちらから数人の男性がやって来た。
わー! わー! 本物!
先頭を歩いていらっしゃるのは、レオナルド殿下で間違いないだろう。キラキラの金の髪に、明るい青い瞳の、冗談みたいな美形。ウチの兄も美形だと思っていたけれど、レオナルド殿下と比べるとハリウッドスターとクラスの一番人気の男子くらいの差がある! これは乙ゲーのメインヒーロー張れる筈だわ……。
その後ろに居るのは、恐らくロバート・アリスト公爵閣下と、ヘンドリック・オーチャード様だ。
すっごい……!
なに、あの美形ユニット……。
めっちゃ眩しいんだけど……。
礼……! 礼をしなければ……! この眩しい王太子殿下に対して、直立はないわ……!
「いや、礼などは不要だ。そちらの二人も、直ってくれ」
礼をしようとした私を制し、更に頭を下げていたマリーさんとポールさんにもそう言うと、殿下はこちらを見て微笑まれた。
だから、眩しいんですって……。
「遠いところ、良く来てくれた。王太子レオナルド・フランシス・ベルクレインだ」
「ルチアーナ・アメーティスでございます。拝謁できまして、光栄の極みでございます」
ホントに……! 何て、光栄なのか! そして、何て眩しい方なのか……!
「ルチアーナ王女、ようこそ我が国へ。挨拶が遅れてしまってすまない」
「いえ、とんでもない事でございます。わたくしこそ、滞在を許可いただき、感謝いたしております」
「感謝されるような事でもない。そちらとは友好国であるのだ。この程度の便宜を図るなど、造作もない」
「レオン様、お時間いただきまして、ありがとうございます」
エリザベス様がそう仰ると、殿下がそちらを見て微笑まれた。
その笑顔が! 今までの数倍眩しい! エリザベス様、良く平然としておられますね!?
「どうという事もないよ。エリィとお茶をする事が出来るのだから。その為なら時間くらい幾らでも作ろう」
「幾らでも、は無理かと」
苦笑するエリザベス様に、レオナルド殿下が楽し気に笑われる。
はー……。何この二人……。めっちゃ眩しい……。
そしてそのお二人を、周囲の人々は何だかぬる~い目で微笑みつつ見守っておられる。
……ああ、いつもの事なのですね……。
レオナルド殿下はすっと移動すると、ごくごく自然な動作でエリザベス様の隣に立ち、腰に手を回される。
わー……。何か、めっちゃ見せつけられてる感……。
そしてやっぱり、周囲の人々がぬる~い目をしている。これはもう、『そういうもの』と気にしない方がいいアレなんですね。
「王女殿下、お初にお目にかかります。ロバート・アリストと申します」
「ヘンドリック・オーチャードと申します」
ロバート様は鋭角的な印象の、理知的なイケメンだ。ゲームでのインテリ枠だったレナード君より、余程インテリ感がある。
ロバート様、ゲームだとエルリック様と並んで『癒し系』だったんだけど。
現実のロバート様は、癒し系には程遠い印象だ。怜悧で冷静。そんな感じ。
というか、インテリ感すごすぎて、何か気後れする……。
ヘンドリック様は、笑顔の柔らかい、マリーさんの仰っていた通り『気のいいお兄さん』という感じの方だ。
殿下が桁違いのイケメンで、ロバート様も気後れしそうなイケメンだが、ヘンドリック様は『親しみやすいイケメン』という感じ。
……何故、ゲームではツンデレ枠だったのか……。めっちゃにこにこしてて、優しそうな方じゃないか……。
そしてその背後に、恐らく殿下の護衛の騎士様であろう男性が居る。
ゲームには全く登場しなかった人だが、彼もまたシュッとしたイケメンだ。
何なの、この国。イケメン多すぎじゃない!? ちょっとくらい、ウチにも分けてくれないかな……。
ウチの国の、厳つい不精髭率、マジで何なの? ああいうのが好きな人も居るだろうけど、私はキラキラ系イケメンの方が好きなのに……。
全員でテーブルに着き、皆でお茶をする事となった。
殿下をはじめとする男性諸氏は、一時間程度しか時間が取れないとの事だったが。
私の下らない我儘の為に、有難いお話である。
私の隣にエリザベス様が座り、そのエリザベス様のお隣(というか、めっちゃ距離近い)にはレオナルド殿下。
私たちから少し離れてマリーさんとポールさん、そしてロバート様とヘンドリック様。
このテーブルのキラキラ感、凄まじいわ……!
ビック〇マンシールのキラくらい、キラキラしてるわ……!
本当に私、ここに混じっていていいのかしら……。
「アメーティス王国とは、建築の様式なども違うが、居心地は悪くはないだろうか?」
殿下に訊ねられ、私は思わず周囲を見回した。
確かに、この国は典型的な中世ヨーロッパ風だ。対して私の国は、ちょっとオリエンタルな様式なのだ。自国の建物なども美しいと思うが、やはり女子的にヨーロッパのお城はグッとくるものがある。
「大変素晴らしいです。お城も、お庭も」
「そうか。それは何よりだ」
「我が国の王城には、このような広いお庭がありませんので、とても興味深く素晴らしいと思います。薔薇もとても美しいですし」
「そう」
相槌を打ちながら、殿下は小さく笑うとエリザベス様を見た。その視線にエリザベス様は、何やらバツが悪そうな顔で、明後日の方向を眺めている。
何なのかしら?
「アメーティス王国のお話を聞かせていただけませんか? とても興味がありますので」
ロバート様が微笑みながら仰る。
我が国の話、と仰られても……。何を話したら良いのやら……。
「どのようなお話でも大丈夫ですよ。例えば、ルチアーナ様からご覧になられて、この国と違うなーと感じられる事ですとか」
エリザベス様が助け舟を出して下さった。
私は何とか、気付いた事などをぽつぽつと話す事が出来た。
その私の拙い話を、レオナルド殿下も側近の皆様も、質問などを交えながらも聞いて下さる。
何このキラキラ軍団。外見だけじゃなくて、中身もイケメン過ぎない?
お兄様なら絶対、私が話に詰まったりする度、揶揄うように笑うのに! 見習ってよ、お兄様!
だからお兄様、精々が『クラスで一番カッコいい男子』レベルなんだからね!
こういう優しさもあってこそのイケメンなんだからね!
色々なお話をしている内に、殿下のお時間がなくなってしまったようだ。
侍従の方に声をかけられ、殿下は席をお立ちになられた。
「では申し訳ないが、私はこれで失礼するよ」
「お時間いただきまして、ありがとうございました」
頭を下げた私に、殿下が小さく笑われた。はー……眩し。
「いや、構わない。どうか滞在を楽しんで欲しい」
「ありがとうございます。……皆様も、お付き合いありがとうございました」
側近の方々にも頭を下げると、代表するようにロバート様が「いえ、どうか頭などおさげになりませんよう」と仰って下さった。
「ではね、エリィ」
言うと、殿下はエリザベス様の頬に、ちゅっとキスをされた。
ひゃ~///!
しかし照れているのは私一人だ。……そうですか。これも、日常ですか……。
レオナルド殿下、聞きしに勝る一筋っぷりですね……。
男性陣が居なくなると、エリザベス様の侍女さんがエリザベス様に何かを手渡した。
エリザベス様は受け取った何かの書類のようなものを、テーブルの上に置かれた。
それは、小さな肖像画だった。
「遠路はるばるおいで下さったルチアーナ様に、せめて兄の絵姿でも……と用意させたのですが……」
覗き込んでみると、そこには椅子に座った男性の姿がある。とても綺麗な顔立ちで、ゲームのエルリック様よりもともすれば美しい男性だ。桁違いのイケメンだった殿下と、タメを張れるレベルの眩いイケメンである。
だがそれだけではない。
男性は、膝に女性を乗せ、しっかりとその身体を抱きかかえている。
「えー……と、この、何処から見てもエリザベス様な女の人は……?」
マリーさんが酷く訊き辛そうな口調で言った。
そう。
男性が膝に乗せているのは、どう見てもエリザベス様なのだ。ただちょっと、今目の前にいらっしゃるエリザベス様より、幼いと言うか若い?
「坊ちゃまの『私のエリィ人形(十八歳・夏)』でございます」
……え?
「肖像画などを描かれる際には、坊ちゃまは『私のエリィ人形』と一緒か、若しくはエリザベス様ご本人と一緒ではないと絶対に嫌だと駄々をこねくさりまして」
……侍女さん、お言葉が……。
「待って、マリナ。私、その話聞いた事ないわ」
「はい。旦那様と奥様から、特にお教えする必要はなかろうと仰せつかっておりましたので」
「そうね……。聞いたところで、私の正気が危うくなるだけだものね……」
「はい。エリザベス様はどうぞ、このお話はお忘れになられてください。覚えておく必要もございません」
「これ……、人形、なんですか……?」
驚いたようにマリーさんが訊ねる。
確かに、絵なので詳細は定かではないにしろ、凄まじいクオリティだ。
「人形でございます。坊ちゃまの手製です。しかもどのように調べるのか、エリザベス様と全てのサイズが一致します」
「やめてぇぇぇ……!」
ああ! エリザベス様が!
侍女さんはエリザベス様の背をさすると、とても優しい声で言った。
「大丈夫でございますよ。エリザベス様には殿下がいらっしゃいます。大丈夫でございます」
「うぅ……。そうよね……。お兄様は、王城へは入れないものね……」
「はい。むしろ、入り込んでくれたならば、叩き潰す口実も出来るのですが……」
……マクナガン公爵家での、エルリック様の扱いってどうなってるの? 叩き潰すとか言っちゃってるんだけど……。
エルリック様のお話は衝撃しかなかったけれど、お姿はやはりとびきりのイケメンだ。やっぱりちょっと羨ましい。
いや、でも、私のお兄様はシスコンとかでなくて良かった! 小説なんかに出てくる『スパダリ系シスコン』とかなら、本気で羨ましいけど。エルリック様はどうも、そのレベルを遥か斜め上に超えてらっしゃるようだし……。
……斜め下方向なのかしら? ……どっちでもいいか。
* * *
私は一週間ほど滞在し、自国への帰路へ就いた。
楽しかったなあ、と、馬車の中で今回の訪問を振り返る。
憧れていたゲームの舞台。
でもそこに居たのは、ゲームと関係なく、『ただ当たり前に生きている人たち』で……。
それでも、マリーベル様は明るく楽しく素敵な方だったし。……なんかちょっと、読めない方だったけど。
可愛い下着を沢山卸してもらう契約をした。あと、我が国への支店の出店もお約束してくださった。
後日、マリーさんとポールさんと揃って、我が国を来訪してくださるそうだ。
今から楽しみだ。
レオナルド殿下は、ゲームでの無表情と大違いの、穏やかで静かな方でいらした。そしてゲームのあの美麗スチルより眩しい美貌だった……。あんな人、ホントに居るんだ……。
エリザベス様とは政略結婚だそうだが、「え? ウソでしょ?」てくらいラブラブだ。しかも見ている限り、殿下の方がベタ惚れだ。
視界にエリザベス様がいらっしゃると、必ずその傍へと行かれる。
初めは見ているだけで照れてしまったが、一週間程度で慣れてしまうとは……。あれは側近の方々も、ただぬる~い目になる筈だわ。
ロバート様は、ゲームでの『癒し』をどこかに置き去りにされたような、超エリート系インテリだったし。
レオナルド殿下の妹君とご結婚されているそうで、お二人が共に居るお姿も拝見したが、……何と言うか色気がなかった……。
お二人とも、テキパキと『仕事に関する話』をするお姿しか見ていないから、そう思ってしまったのかもしれない。何というか、大企業のデキるエリート社員同士の日常……というか。
けれどとても見目の麗しいお二人なので、素晴らしい目の保養にはなった。
ヘンドリック様はやはり、ゲームの『ツンデレ』をどこかに捨て去った、とても朗らかで気遣いの出来るお優しい方だった。
私の周囲にも気を配って下さるので礼を言ったら、「妹が居るので、どうも年下の女性には世話を焼いてしまいがちで……」と苦笑されていた。
いえ、私は本当に助かりましたよ。さりげなく、何気なく気を遣ってくださるので、嬉しかったですよ。
アルフォンス様は、ゲームではヒロインと色々な会話をしていたが、業務中は無駄口を一切きかない、とても真面目な騎士様でいらした。
……まあでも、そりゃそうよね。護衛の騎士が、警護対象をほっぽって女の子とくっちゃべってる方がおかしいよね。
常に気配すら殺し、エリザベス様の背後に控えていらした。
我が国のちょっと荒っぽい不精髭たちと随分違うと思い、それをぽろっとエリザベス様に零したら、エリザベス様がそれをアルフォンス様にお伝えになられたようだ。
後日アルフォンス様から、「王女殿下の仰るのは、単に『在り様』が違うだけでございましょう」と言われた。
アルフォンス様曰く、彼ら『護衛騎士』は、彼らの主をただ『守る』のが仕事だ。なので、荒事よりも万難を排す為の術を第一に習得する。
だからこそ、気配を殺し、常に周囲に気を配り、『ただそこに居る』のが仕事なのだそうだ。
対して私の言う『荒っぽい騎士』とは、『主にとっての敵を排する』事が仕事だ。なので荒っぽかろうが粗野であろうが、彼らの為すべき事が為せるのであれば、それで良い。
成程、と納得した私に、アルフォンス様は少し楽し気に笑いながら、「我が国の騎士にも、荒っぽいのは居りますよ。何事も、適材適所でございましょう」と仰っていた。
確かに、外向きの用に連れ歩くのに、余り荒っぽい人々を伴うのは得策ではないかもしれない。
帰ったら、お兄様にそう言ってみよう、と心のメモにしっかり書いておいた。
そして、エルリック様は……。
エルリック様は……。
……お会いしてみたいというミーハーな気持ちを、木っ端微塵に砕いてくださる、何とも言い様のないお方であるようだ……。
帰国間際、エリザベス様が「どうぞまたいらしてください」と仰って下さった。
「可能でしたら、今度は『私たちの友人』として、観光にでもいらしてください」と。
お友達! 嬉しい! と喜んだ私に、エリザベス様もマリーさんも、楽し気に笑ってくださった。
素敵なお友達が出来ちゃったな。しかも、日本のお話が通じるなんて!
ウキウキで国へと帰り、沢山の土産話を家族にするのは、その数日後。
あちらの国の夜会で出会った若き侯爵様と恋に落ち、あちらの国へと輿入れするのは、その更に数年後。
その幸せな未来を、今の私はまだ知らない。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
こちらは完全に『完結』とさせていただき、別タイトルで番外編を書いております。
本編にほぼ関わりのなかった人の話が多くなるので、本当に『番外』どころか『世界観が同じだけの別の物語』のような感じですが……。
もし読んでみたい方は、『作者マイページ』の一覧からか、『公爵令嬢は~』の目次ページ上部のリンクからどうぞ。
ちょっと本編と毛色が違ってコメディ色薄めなので、合う・合わないはあると思います。




