3 エリちゃん、初めてのお茶会。~空が、青いわ……~
はわゆ~、エリザベスよ~。
今は八歳になりましたよ~。
五歳の美幼女が三年の時を経て、今、蛹から蝶へ―――
ならんわね。
まだ蛹だわね。美蛹。
婚約者のレオナルド王太子殿下とは、今もゆる~く交流している。
四つも年上の殿下からしたら、八歳児は妹のようなものなのだろう。
可愛がっていただいております。
きちんと『婚約者として』大切にしてくれているのが分かる。なので私もそれに応えたいと頑張っている。
六歳から王太子妃教育なるものが始まったが、これがまた、意外と楽しい。
小説なんかだといかにも血ヘド吐いてそうだったのだが、基礎的な勉強やら、周辺諸国の歴史やらが全スルーされてしまった。
歴史やりたかったなぁ!!
そうボヤいたら、殿下に「いや、もう充分だよ……」と遠い目で微笑まれた。
どうも初対面の際の私の読書内容にドン引いたらしい。失礼な。
現在は周辺国の言語や、基本的なマナーなどを叩きこまれております。
怒っていても笑顔を崩さないマナー教師のハミル夫人が竹〇直人に見えて、毎度説教される度に噴き出すのを堪えるのに必死である。
そして他には、経済や法律なんかの授業もある。
これはこれで、また楽しい!
基本的に、知らなかった事を知るのは楽しいのだ。
ヤバい。私、お妃様向いてるのかも。
……嘘です。調子乗りました。
「今日は何の授業だったの?」
王宮の奥まった場所にある庭園で、テーブルを挟んで向かいに座った殿下が仰った。
「今日は経済です」
十二歳になられた殿下は、相変わらずの美少年街道ど真ん中まっしぐらだ。
まだ少年の風情なのだが、これがあと数年の輝きかと思うと、写真という技術がないのが悔やまれる。いや、殿下なら青年となられても美しかろうが。
王宮で講義を受けた後、時間が合うようならこうして殿下とお茶をするのが恒例だ。
お茶も美味いし、お菓子も美味い。
目の前には超美形。
天国って、こういう事かも。
極楽極楽……とお茶を頂いていると、殿下が軽く首を傾げられた。
「勉強は大変じゃない?」
「いいえー。楽しいですよ」
まだ楽しむだけの余裕はある。
それに、流石に未来の妃に対する教育だけあり、講師陣が超一流! 有名予備校の謳い文句のようだが、そうとしか言いようがない。
何といっても、講師全員の名前を、何らかで目にした・耳にした事があるのだ。
素晴らしい事である。
「授業を受けさせていただいている私が『大変』なんて言ってられません。殿下の方が余程お忙しいのですし」
「エリィ」
私の言葉を聞き咎め、殿下がにっこりと微笑まれる。
にこにこにこ……。
無言のプレッシャーが凄い。
さてここで問題です。
先ほどの台詞の、どの部分を咎められているのでしょうか?(配点:5点)
正解は――
「……レオン様」
「うん」
はい正解、と言いたげに、それまでと温度の違う笑顔で微笑む殿下。
二人で居る時くらいは、『殿下』ではなく、名前で呼んで欲しい。
そう言われて早一年。
呼び名とか、どうでも良くね!? でもそんな事殿下に言ったら、何されるか分からない!
去年の誕生日のプレゼントに、殿下から「ひと月早いけれど」とミスラス共和国へ連れて行ってもらった。ディマイン帝国の遺跡のある国だ。
殿下はご公務だったのだが、それにご一緒させていただいたのだ。
本来なら歴史を教えてくれる筈だったナサニエル師も同行してくれた。
殿下は公務で忙しかったようだが、私は御師様と二人(勿論護衛もついている)で遺跡でキャッキャしてきたのだ。
アガシア大河文明を専門に研究している御師様の解説付きだ!
本職の学者先生と一緒に、胡散臭いお土産屋でおおはしゃぎである。
何に使うか分かんない遺物のレプリカを買っちゃったぜ! 御師様にも「用途が全く分からなくて、邪魔くさくて最高だね!」と褒めていただいたぜ!!
そして浮かれ過ぎ、はしゃぎ過ぎて、熱を出してしまった。
子供か!
子供だった!!
熱を出して滞在先の高級ホテルで寝込んでいたら、夜中に殿下がやってきて、熱が下がるまで心配だから……とか何とか言い出し、何と添い寝をされてしまった。
男女七歳にして同衾せず……って、この世界じゃ言わないのかな?
七歳と十一歳くらいなら、アリなのかな?
熱あるせいで分かんないな。多分、熱なくても分かんないな。
翌朝、殿下と二人揃って、侍従長にガッツリ説教を食らった。
いや、こっち病み上がりなんすけど~……とも言えず、仕方なく食らっておいた。
しかもこの世界では『六つの床離れ』と言って、子供が六歳になったら親や異性の子とは同衾しないのが普通らしかった。どちゃくそアウトですやんか、殿下ぁ!
どうやら殿下は、自分が連れてきたのに、御師様と二人でキャッキャしている私が面白くなかったらしい。
それはそうだ。
素直にスマヌ。
そのツケが侍従長からの一時間を超える説教……。
確信犯の殿下は、その説教を右から左へと華麗に聞き流しておられた……。
何てことしてくれやがるんですかね……。
そんな訳で、殿下のご機嫌を損ねるのは、微妙に割が合わないと学習済みである。
名前呼ぶくらい、タダだしね!
今日のお茶会の舞台は、殿下の私室近くの庭園だ。
ここは三方を建物に囲まれ、もう一方は林へと続いている。
周囲をちらっと見まわす。
既に慣れたものなのだろう。護衛のお兄さんの一人と目が合ってしまい、軽くにやっと笑われる。
ヒュ~♪ お兄さん、ニヒル~。
「満足かな?」
からかうような殿下の声に、私は笑うと頷いた。
「今日も完璧ですね! 素晴らしいです」
言うと、今日は二人居る護衛のお兄さんたちが、それぞれ笑いを堪えるように口元に拳を当てた。
お兄さんたちの配置には、今日も無駄がない。そして死角がない。
最小の人数で、最大の効率。
素晴らしい配置である。
初対面の時に私が周囲を見ていたのを、殿下は不思議に思っていたらしい。
後に「あれは何を見ていたのか」と問われたので、護衛騎士の視線を見ていた、と素直に答えた。まあ、スナイパー云々の話はしなかったが。
護衛の視野に死角がないように配置されていて、素晴らしいと感心しておりました。
そう答えた時の殿下は、それまで見た事がないくらいにぽかんとされていた。
まあそれでも美形だったけどね~。
殿下はぽかんとしていた表情を直すと、場所によって護衛の配置する位置は決まっているのだと教えてくれた。
あの大庭園で、私たちがお茶をした場所に卓を設ける場合は、あのような配置になるらしい。
見下ろし型のシューターのような目線で配置を決めている人がいるらしい。会ってみたい!
ゲーム脳がうずく!
言ってみたら、城の警備に関しては機密になるから、私の教育がもっと進んでからになる、とのお答えだった。
機密かぁ……。
そらそうねー……。
知っちゃったら逃げられない感じよねー……。
まあ、いっか。いや、良くないか? いや、まあ良かろう。
私はこの道を進むと決めたんだ。進んでみよう。
「来月のお茶会の準備は、順調かな?」
尋ねられ、私は頷いた。
「現状、特に問題はありません。招待状も配り終えましたし」
そう、来月。
王宮の例の大庭園にて、王妃陛下主催のお茶会が催される。
ご招待されるのは御貴族マダムたちと、そのご息女たち。
その『ちびっ子会場』の方の仕切りを、私がしなければならないのだ。
まずは招待する家を決め、招待状を出し、派閥やらを考えて席次を決め……。
結婚式の準備かよ!
あっちは人生一回きり(とも限らん)だけども、こっちは最低でも季節ごとにあるぜよ!
めっちゃ気力と体力使うわ!
しかしある程度以上は出来なければ、私の恥。ひいては、公爵家の恥。そしてさらには、それを婚約者に据えている王家の恥だ。
連帯されているものが重すぎる……。
「無事に終えられたら、カサード通りの白樺亭へ行こうか」
殿下の言葉に、ぱっと笑顔になってしまう。
カサード通りとは、王都にある幾つかの大通りの一つである。特に古くからの由緒あるお店の多い通りだ。
白樺亭はそこに店を構える喫茶店だ。
メニューはとても少なく、オリジナルブレンドの紅茶とコーヒー、そしてフルーツケーキのみである。
けれど、落ち着いた内装も素敵だし、アンティークの茶器も素敵だし、ケーキは美味しい。
私の大好きなお店だ。
「本当ですか!? 約束ですよ!?」
「ああ。私も楽しみにしているから、是非、上手く終えてくれ」
貴族とはいえ、子供が一人では入り辛い、とても静かな喫茶店である。
私が気後れしてしまう事を知っているので、時折こうして殿下が誘ってくださるのだ。
お洒落な若者が集うハーヴィー通りなどには、全く用がない。パンケーキも美味しいものだが、白樺亭のフルーツケーキが至高すぎるのだ。
現金ではあるが、ちょっとやる気が出た。
私、殿下の事好きかもしんない(現金)。
よーし、エリちゃん頑張っちゃうぞー!
* * *
……頑張っちゃうぞと言ったな。あれは嘘だ。
そう言いたくなるのも許してほしい。
めっちゃ良い天気で、今日も大庭園は隅々まで手入れされていて美しい。
お茶会の為にセットされたテーブルの真っ白なクロスが、大庭園の緑に良く映えている。
その会場で。
金髪縦ロールのご令嬢と、ふんわり栗毛のお嬢さんとが。
何故か取っ組み合いの喧嘩をいたしておりまする……。
うふふ……。いいお天気ねぇ~……。
事の起こりは十分前。
縦ロール様が同じテーブルの栗毛様に絡み始めたのだ。
それもどうやら、私の事で。
縦ロールのご令嬢は、アリスト公爵家のフローレンス様。筆頭公爵家のご令嬢だ。
非常に歴史が古く、王族とも所縁のあるお家柄である。まあ、公爵家は全部、そもそも王家の分家であるのだが。
このフローレンス様、何故かご自身が王太子殿下とご結婚するのだと、信じて疑っておられなかったらしい。
そこに三年前、寝耳に水の『王太子殿下ご婚約』のニュース!
相手はというと、会った事もない年下のちびっ子!
言わせてもらえば、こちらとしても寝耳に水ぶっこまれたのだが。耳、キーンてなったが。
三年経ってもまだ納得できず、今でも周囲にぶつぶつ文句を言い散らしているらしい。
そのバイタリティ、もっと前向きに活かせよ。
そしてやはりここでも、私の一挙手一投足に姑よろしく文句を付けていたようだ。
本物のお姑さん(王妃)は、「エリィちゃんガンバってね~」と呑気に笑っておられたが。
そのグチグチとした文句と、「皆様そう思われません!?」という無茶な同調に、同じテーブルの栗毛様がブチ切れた。
ふんわりとした綺麗な栗色の髪の、愛らしい顔立ちのご令嬢は、ウェイムス伯爵家のスサンナ様。家格としてはこのお茶会に参加できるギリギリである。
筆頭公爵家のご令嬢と同じテーブルにしたのは、王妃陛下の猛烈なプッシュがあっての事だった。
……陛下、これを狙っておられましたね……? あの王太子にして、この王妃あり……。
このスサンナ様、お可愛らしいお顔立ちに反して、とても芯のしっかりした、気のお強い方であった。
周囲に同意を求めるフローレンス様に対して、「少なくともエリザベス様は陰口のようなものは仰せになられませんけれどね」と鼻で笑ったのだ!
煽ってどーする!?
もーちょっと穏便に行きましょうや!
そして縦ロール様、煽り耐性ゼロのお方であられた……。
そこからはもう――
「(キーッ!)今、何と仰いまして?」
「ご自身のお立場を、一度良ぉく見直してみられたらよろしいのでは、と申し上げただけですわ(プフー)」
「わたくしは公爵家の人間ですよ!」
「存じ上げております。それを笠に、周囲に同意を求めるというのは、少々見苦しいかと」
「な……、あ、何ですってぇ!(ムキャー!)」
※()内はイメージです。
はい。
そして現在に至ります。
これはもうアレですね。
素晴らしい護衛のお兄さんたちの出番ですね。
一番近場の護衛のお兄さんをちらりと見ると、了承したようにさっと動き出した。
「くれぐれも丁重にお願いします。お怪我などをさせないように」
「畏まりました」
お兄さんが二人、その場に向かい、ご令嬢を引き剥がした。
王妃様もおいでになると、「あらあら」とでも言いたげに苦笑した。
「お嬢様方、少しばかり頭を冷やしていらっしゃい」
二人に向けてそう仰ると、周囲の侍女たちに目配せをした。
それを合図に、侍女たちが一斉に動き出した。
結果、二人はどこかへ連行され、そのテーブルの残った二人は他のテーブルへ移動していただいた。
何故……、初回にトラブルが……。
ああ、良いお天気……。空が、青い、わぁ…………。
どうにかこうにかお茶会を終え、お客様方のお見送りも終え、現在は王妃陛下と共に例の二人を突っ込んだ部屋へと向かっております。
数ある応接室の一つへ行くと、向かい合うソファの端と端に、それぞれそっぽを向いてご令嬢が座っておられました。
君ら、めっちゃ分かり易いな!
その隣には、互いに困った顔のお母様方。
王妃陛下に気付き、母親たちとスサンナ様はさっと立ち上がり、礼を取る。
フローレンス様は一拍遅れていた。
縦ロール様、そういうとこやぞ(多分)。
陛下は席へ着くと、「頭を上げなさい」と静かに声をかけた。
私の席は陛下のお隣だ。隣から静かに怒っている気配がビシビシしてて、実はここへ来る途中からちょっとおなか痛い。
殿下もそうなのだが、国王・王妃両陛下も、怒ると冷え冷えと笑う方だ。
何それ、遺伝? 遺伝なの?
怖いんで、勘弁してもらっていいですかね?
全員が着席するのを待ち、陛下は一同をぐるっと見回された。
困り顔の母親二人。しゅんとしょげているスサンナ様。俯いて唇を噛んでいるフローレンス様。
縦ロール様の表情は、反省しているのかちょっと怪しい。
そういうとこやぞ(二回目)!
「アリスト公爵夫人」
陛下に呼びかけられ、公爵夫人が「はい」とか細く返事をした。
「ご息女のお歳は、お幾つだったかしら?」
「……十一、でございますわ、陛下」
ものすごくバツが悪そうに返す公爵夫人。
それに対する王妃様の、まあなんと笑顔な事か。
「ああ、そうだったわね」
ふっと笑いつつそれだけ言って、王妃陛下はお口を閉ざす。扇で口元を隠されているが、その口角が片方だけ上がっている。
いやぁ~ん! 含み! 含みが怖いのよぉ~!
筆頭公爵家の令嬢が、十一歳にもなって、この体たらく?
みたいな?
初夏なのに。今日は快晴で、日向は暑いくらいなのに。
室内の空気が冷え冷えしてるのよ……。
陛下、物理的に冷気発してます?
「ウェイムス伯爵夫人」
はい、と返事をしてすっと頭を下げた夫人に、陛下はさっと手を振って直るように促す。
「貴女のご息女は、正義感の強い子のようですね」
「左様でございますわね……」
恐らく伯爵夫人は、それを分かっていて、普段は諫めているのだろう。
えらく困ったように眉を寄せ、溜息をついている。
「それを悪いと言う訳ではないわ。ただ、お嬢さん……、お名前は?」
話を振られ、スサンナ様は陛下にすっと頭を下げた。
「スサンナと申します、陛下」
「そう。直って頂戴。……スサンナ、貴女はまっすぐぶつかる以外の方法を覚えなさい。壁がある度に正面からぶつかっていたのでは、貴女が傷だらけになってしまうわ」
それに……と軽く言葉を切ると、陛下はこちらを見て悪戯っぽく笑った。
「あなた方より体の小さなエリィが、止められなくて困ってしまっていたわ」
そうなのですよ~。
ワタシ、八歳。あちらのご令嬢、縦ロール様は十一歳、スサンナ様は十歳。
これくらいの子供って、一年の差が大きいのよね~。
でもまあ、流石にキャットファイトに割り込むのは、ご勘弁願いたいわ~。
流れ弾を食らう予感しかない。
どうも運動神経が悪いというか、絶妙な鈍臭さがある。一度、騎士たちの鍛錬を見学へ行った際には、事前に殿下から「絶対に『やってみたい』なんて言わないようにね?」と笑顔でプレッシャーをかけられていた。
いつもの護衛騎士のお兄さんたちも、殿下の言葉にめっちゃ頷いていた。
……ちょっぴり傷付いたのは内緒だ。
しかも私が変に割って入ってしまって、私が傷を負ったりしたら大変な事になる。
これでも一応、『王太子殿下の婚約者』だ。現在の私の扱いは準王族。筆頭公爵家のご令嬢といえど、それに傷を付けたら責任問題になる。
「エリィ、貴女から何か言う事はある?」
陛下に水を向けられ、私は少し考えた後で「特にはございません」と答えた。
だってねえ?
縦ロール様は私が気に食わないみたいだけども、私は彼女から面と向かっては何も言われていないし、されてもいない。
今日の乱闘を見ても、縦ロール様はどうも人望が薄い。そんな子に陰口を叩かれても、大して痛くない。
……まあ、縦ロール様が反省してないくさいのだけは気になるが。その辺りは、アリスト公爵家でどうにかしてくれるだろう。
私が言ったところでカドが立つだけだ。
「では、スサンナ、貴女から言う事は?」
王妃陛下に問われ、スサンナ様はまた深く頭を下げた。
「お騒がせいたしました事、心よりお詫び申し上げます。陛下、エリザベス様、お手を煩わせまして、申し訳ございません」
ふむ。しっかりした謝罪ですな。
「以後、気を付けなさい」
陛下の言葉に「御意」と答え、スサンナ様は頭を上げた。けれど視線は伏せたままだ。
反省しているのが伝わってきますな。10ポイント贈呈。
「では、アリスト公爵令嬢、貴女は?」
はい、陛下、縦ロール様を名前で呼ぶ事もしませんね~。怖いですねぇ。
つまりは縦ロール様は、『現状、名前を覚える程の価値もない』と評価されているのだ。
公爵夫人は当然、そんな事には気付いている。お顔の色が悪い。気の毒に。
ただ、縦ロール様本人はどうも、気付いてすらいないようだ。……大丈夫? この子。
「……たいへん、申し訳、ございませんでした……」
口を開くまでもたっぷり間があり、更には顔にデカデカと『不本意です』と書いてあり、謝罪の言葉は噛み締めるように切れ切れだ。
ご令嬢の得意技『腹芸』はどーした!?
それ以前に、王妃陛下だぞ!?
そ う い う と こ や ぞ !!(三回目)
お隣の公爵夫人は、もう真っ青である。不憫すぎる。
王妃陛下は呆れたようにふっと息をつかれると、ソファからすっと立ち上がった。
ノーモーションで綺麗に立ち上がるのって、すんごい大変なんだよね! 流石は王妃陛下、めっちゃ優雅になさったけども!
「アリスト公爵令嬢、貴女はこれから一年間、王宮への出入りを禁じます。もう一度、マナーだけでなく、様々な事柄を学び直しなさい」
「御意にございます」
即座に返事をしたのは、公爵夫人。
縦ロール様は俯いて唇を噛み、ドレスをぎゅっと握っている。
いやさぁ……、返事くらいしようぜ?
陛下が席を立たれたので、私も立ち上がる。
そのまま退室なさる陛下について、私もそそくさと部屋を出た。
廊下の空気が美味しい!!
息詰まる説教部屋からの脱出!!
ふー……と、気付かれないように溜息をついたのだが、しっかり気付かれてしまったようだ。
陛下がこちらを見下ろして、口元に扇を当てくすくすと笑ってらした。
「エリィ、今日はお疲れさまでした」
「はい」
すっと膝を落として礼を取ると、陛下がまたくすくすと笑われる。
「楽にして頂戴。反省会は、明日やりましょう。……貴女を労おうと、待ち伏せしてる子がいるわ」
ほへ?と顔を上げ、陛下の視線の先を辿ると、廊下の先にレオナルド殿下が立っておられた。
「陛下、エリィをお借りしてもよろしいですか?」
殿下はこちらへ歩いてくると、王妃陛下に尋ねた。それに陛下は笑いつつ頷いた。
「ええ、どうぞ。よく頑張りましたと、褒めておあげなさいね」
「当然です。……おいで、エリィ。疲れただろう? お菓子を用意してあるんだ」
お菓子……!
なにやら呆けた顔になっていたのだろう。
陛下が楽しそうに笑っておられる。
「ではね、エリィ。また明日」
「はい、王妃陛下。御前、失礼いたします」
礼を取る私の横で、殿下も陛下に頭を下げている。
親子といえど、基本的に私室など以外では王と臣だ。
王女であるリナリア様は多少砕けているが、レオナルド殿下は徹底している。彼が両陛下を父や母と呼ぶのを、数えるほどしか聞いた事がない。
陛下が侍女を伴い去って行くと、私と殿下は同時に身体を起こした。
「さ、行こうか。エリィの好きな、エルダーフラワーのコーディアルも用意してあるよ」
にこにこと笑う殿下に手を引かれ、陛下の去った方とは逆の方へと歩き出すのだった。
今日もお茶の用意がされているのは、殿下の私室近くの庭だ。
私には紅茶ではなく、エルダーフラワーで作られたコーディアルというジュースのような物が用意されている。
グラスには、貴重な氷まで浮かんでいる。
「冷えっ冷えですね!」
嬉しくて、笑いつつ殿下を見ると、殿下も楽しそうに小さく笑った。
「そうだね。エリィが疲れているかと思って、冷たい物を用意させたんだ」
「ありがとうございます! 嬉しいです!」
ぬるい飲み物も嫌いじゃないんだけどね。
疲れた時に、キーンと冷たい飲み物って、ちょっと嬉しいよね。
いただきますと言ってごくごくとコーディアルを飲み、プハっと小さく息をついた。
生き返るわぁ~。
殿下の気のきき方、すんばらしいわぁ~!
「美味しい?」
「はい! 生き返ります!」
グラスを置いて素直な感想を述べたのだが、護衛騎士のお兄さんたちの肩がぷるぷるしている。何笑ってんだ、ゴルァ!
「今日は大変だったみたいだね」
どれくらい詳細をご存じかは分からないが、殿下にも報告はいったのだろう。
「そうですね。……もう少しうまく捌けるようにならないといけませんね」
「まだ時間はある。エリィならきっと大丈夫だよ」
「ご期待に沿えるよう、鋭意努力して参る所存でございまする」
深々と頭を下げると、殿下が呆れたように笑った。
「エリィは頑張ってるよ」
「ありがとうございます」
礼を言うと、殿下は少しだけ困ったように微笑んだ。
いやぁ~、分かるけどね。殿下が心からそう仰ってくれてるんだろうな、って事は。
でもまだ、努力の余地があると、自分では思うからね。
その後は、美味しいコーディアルとお菓子を頂いて、殿下に今日の事を沢山褒めていただいた。
そして後日、城下の喫茶店へ一緒に行く約束をしてもらった。
相当疲れていたらしく、お茶を頂いている途中で眠ってしまったらしい。
気付いたら、マクナガン公爵邸の自室のベッドの中だった。