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22 エリィ、秋を満喫する。


 スタインフォード校は、前期・後期に分かれている。

 前期は五月から九月、後期は十一月から三月である。

 そして今は十月。地獄のようだった前期試験を終え、初めての長期休暇中だ。


 試験勉強は、エミリアさんと私とでマリーさんを教える……という形で頑張った。マリーさんは問題の理解の仕方が独特で、普通に教えても覚えてくれないのだ。傍で聞いていて全く意味不明の語呂合わせを呟き続けるマリーさんは、ちょっとヤバい電波受信してる系の人にしか見えなかった。

 殿下が混ざりたそうにしてらしたが、殿下が混ざってしまうとエミリアさんとマリーさんがガッチガチに緊張してしまうので、申し訳ないがご遠慮いただいた。


 試験結果は休暇前に発表され、私たち女子組は三人とも無事に『優』をいただいた。これで後期からはそれぞれ専科に分かれる事になる。

 ……ちょっと寂しいが、同じ校内だ! 会えない事はない!

 そう慰め合って、また後期にねーと手を振り合い別れ、休暇に突入したのだ。




 とはいえ、エリちゃんはお休み中はお仕事と王太子妃教育でござる。

 またやるぜぇ、大茶会。あれ、精神とか体力とか気力とか、色んなものがゴリゴリ削れていくんだよね……。

 そして今回の(個人的)目玉は、茶会の招待客に居るマリーベル・フローライト伯爵令嬢だ!


 もう、招待状作成の時点から、大丈夫かよ……って気持ちになるわね! マリーさんは(逆方向の)安定感がすごいやね! さすがヒロインだね!


 秋の茶会は一番派手に人を呼ぶ。……まあ、全員が来る訳じゃないけども。それでも、いつもより人数が多くて、規模もデカい。


 果たして、あのポンコツヒロインは、初めての王城のお茶会を無事乗り切れるのか!? 乞うご期待!




  *  *  *




 大庭園は、今日も美しく整えられておりまするよ。


 茶会のBGMを奏でる楽団さんも、チューニングを終えて、そこでスタンバってます。

 時折、王妃陛下の茶会の方の招待客のマダムが、楽団の方に楽器を借りて演奏なさったりして、ハイソな方って違うわぁ~とか思っちゃうね。

 楽器? 私は全く出来ませんが、何か?


 ……兄が無駄に上手いんだよね……。ピアノとか、それで食ってけんじゃね?ってレベルで上手いんだよね。

 ホントあの兄、色んな才能が無駄なんだよね。

 『私のエリィに捧げるノクターン』とかなんとかいう曲作ったりしてたし。

 余談だが、兄は私を『私のエリィ』と呼ぶ。上の『私の』は『エリィ』にかかる枕詞だ。必ず付くものだ。幼い頃はずっと『僕のエリィ』と呼んでいた。貴様の物ではないわ!と声を大にして言いたい。



 さて、お嬢様方が会場入りしてまいりましたよ~。

 今日もお嬢様方はひらひらと色とりどりのドレスやワンピースをお召しで、とても綺麗だ。

 この茶会には、はっきりとしたドレスコードがない。

 王城のこういったイベントはそもそも、それなりの綺麗な服装でないと入れない。コードはそれくらいのものだ。

 ドレスでもいいし、品位を損ねないワンピースでも良い。


 とかってゆる~く設定しとくと、『やらかす人』が分かり易くて良いのよ。派手ッ派手なゴッテゴテなドレスとかで来る人は地雷認定されるからね。それを注意しない『家』もね。かつての縦ロール嬢はその手合い。キラっキラのドレス着てきたからね。


 この国の禁色は、ボルドーのような深い深い赤だ。それに近すぎるような色はアウトだが、深紅や臙脂などはOKである。

 両陛下が式典などの際に羽織るマントが、この色だ。背に王家の紋が入ったマントで、めっちゃカッコいい。

 流石にこの色を身に着けてきた人は、地雷どころか『常識がない』とされてしまう。王族も滅多にお召しにならない色だからだ。


 入場者の中に、お母様が居た。お母様は淡いグリーンの、品の良いドレスをお召しだ。今日もバッチリお美しい。

 口元が「エリィちゃん、ガンバ~」て言ってる。はぁーい! 頑張りまーす!

 兄が隔離されてから、お母様のお顔が晴れ晴れとしている。素晴らしい事だ。

 父も最近、ちょっとふっくらしてきた。……あの兄は、両親にどれだけの心労を課していたのか……。


 ちびっ子令嬢たちも、侍女に伴われて会場入りだ。


 この茶会の『ちびっ子会場』は、基本的に社交界デビュー前のご令嬢だけを集めている。要は私を含め、社交の練習場なのだ。

 最も格式の高い王家主催の茶会で、失敗しても良いから学んできなさい、という場だ。

 ……とはいえ、掴み合いの喧嘩は許されないが。

 縦ロール嬢、元気かなぁ……。今でも髪巻いてるのかなぁ……。



 侍女たちと最終確認をしつつ、会場入りするご令嬢を見ていると、一人えらくぎくしゃくした動きのご令嬢が居た。

 ……ポンコツヒロインだった。


 緊張しすぎで、動きが異常に硬い。

 関節、曲がってなくねぇか? ロボットか!


 まあ、去年まで子爵だったからなぁ。こんな場、縁がなかったんだもんなぁ。分かんなくはないけど、もーちょいリラックスしてけよ。


 この国の社交デビューは、十六歳だ。なので十四歳のマリーさんは、ここではかなり年上になる。

 デビューまであと二年しかないぞ? 大丈夫か、ホントに……。

 装いはベージュを基調としたワンピースで、清楚で可愛らしい。だが、動きがロボット。

 しかも周りにめっちゃ見られてる。そりゃ見るわ。挙動、おかしいもん。




 お茶会が始まり、ホストの私は各テーブルを回ってご挨拶だ。


 挨拶して、ちょっと世間話して、見た事のない顔の人に名前を尋ねたりして……と、会場をぐるっと一周する。

 これだけで疲れる。


 合間合間に、お茶やお菓子の追加を差配し、粗相のあったご令嬢などが居たら侍女にさっと目配せして何とかしてもらう。

 鉄壁の笑顔の王妃陛下は、これを海千山千のマダムたち相手に繰り広げてんだよね……。そんで私もいずれは、そっち側の主催になるんだよね……。

 わー! すんげー面倒!!


「楽しんでいただけていますか?」

 マリーさんの居るテーブルだ。

 声を掛けると、四人いる全員がすっと頭を下げる。

「どうぞ、楽になさってください。カレン様、本日のお茶はいかがでしょうか?」

 彼女の家は伯爵家で、紅茶の輸入商だ。さすがにお茶にはうるさい。

「とても美味しゅうございます。ヘラルダの一級ですね」

「さすがでございます。他にもバーナウムの初摘みなどをご用意しておりますので、どうぞお楽しみくださいませ」

「ありがとうございます。後でいただきます」

 この子、怖えんだよー! お茶ソムリエなんだもん! 香りだけで何のお茶か当てんだもん! そんで、ちょっとでも淹れ方しくじると、美味しくないって言うんだもん!


「スサンナ様、素敵な髪飾りですね」

「あっ、ありがとうございますっ!」

 彼女は忘れもしない最初の茶会で、縦ロール嬢を煽ってキャットファイトに持ち込んだ令嬢だ。

 縦ロール嬢とは違い、彼女は本当に真摯に反省したらしく、次からは見違えるように淑やかになった。

 ……まあ、猫被ってんだろーけど。人の事言えねぇから、言わねぇけど。


 今日は、彼女の明るい栗色の髪に映える、とても綺麗な意匠の髪飾りを付けている。あれはフォルン蝶か。それと、菫の花か? ……ゴマすりに来たか? 菫っちゃあ、王太子妃の象徴花だ。

「僭越ながら、エリザベス様をイメージしてデザインいたしました」

 ……何故、頬を染めるのかね?

 何をもじもじと恥じらっているのかね?

 ……突っ込まんどこ。


「そちらは、初めてのご参加ですね。おいでいただき、ありがとうございます」

「いいいいえ! こちらこそっ、お招きありがとうございますっ」

 テーブルに頭を打ち付けそうな勢いで頭を下げるマリーさん。

 『い』が多い。あと、緊張してんのは分かったから、落ち着け。


「マリーベル・フローライト様でございますね?」

「は、はひっ!」

 おい、返事ィ! ちゃんとしろや!

 今更でも何でも、社交の場では初対面だ。名前を確認しておく。

「マリーベル・フローライトと申します! よろしくお願いします!」

 違うねん、マリーさん……。そこ『よろしく』違うねん……。そんな体育会系な挨拶じゃないねん。……もういいや。

「今日はどうぞ、楽しんでらしてください」

 後日、説教だぞ。



 その後は、特にトラブルもなく進行した。マリーさんが挙動不審なのを除けば、平和な茶会だった。


 終了となり、ゲストのお見送りをする頃になると、殿下がいらっしゃった。

 ご令嬢たちから、小さく歓声が上がっている。

 やっぱ人気おありですわねー。さす殿。


「あら。どうしました、レオナルド?」

 悪戯っぽく笑う王妃陛下に、殿下は一礼するとにこっと笑った。

 今日も輝く、胡散臭い笑顔!

「私の婚約者の応援に参りました」

「まぁ」

 ほほほ、と、王妃陛下は実に優雅に笑っておられる。


「エリィ」

 手を差し出した殿下に呼ばれ、そちらへ歩いていくと、驚くナチュラルさで腰を抱かれた。

 腕取ってエスコート体勢じゃないんすか!?

「さあ、お客様をお見送りしようか?」

 文句ねぇよな?という笑顔の圧がすごいっす、殿下……。


 ゲストの方々をお見送りする間中ずっと、殿下は私の腰を抱いていらした。

 多分、『ちびっ子茶会』に来たご令嬢たちに、見せつけたいんだろうなぁ……。またイングリッド嬢みたいのが出てきたら面倒だから。


 退場する人々の一番最後に、マイマザーが居た。

「本日は、楽しゅうございました」

「顔をあげてちょうだい、ファラルダ」

 陛下のお言葉に、母がゆっくりと姿勢を戻す。お母様、所作が優雅だわね~。素敵だわね~。


「夫人、エリィを中々家に帰してやれなくて、申し訳ない」

「あら、いいえ、殿下。とんでもない事でございますわ。わたくしたちはこうして時々、娘が元気にやっている所を眺めるだけで幸せですもの」

 ね、エリィちゃん、と微笑んでくださるお母様に、私も頷く。

 元々、(兄以外は)べったりではない家族だ。互いが元気にやっていると分かっているなら、それでいい。マクナガン公爵家は全体的に、そういう距離感だ。


「それに殿下からは、わたくし共の不肖の息子に課題もいただいて、感謝してもしきれません」

 ホントにな!!

 殿下は複雑そうな顔で笑っておいでだが、我が家一同の感謝は深いのだ! ……内緒だが、『救世の神像』、こっそり完成させ、こっそり祀っている。石工が使えなかったので、木像だ。だがそれが逆にご神体感を底上げし、素晴らしく良い出来だった。

 今そこで優雅に微笑んでいらっしゃるお母様の「石がダメなら、木で造ればいいじゃない~」という、某国の処刑された王妃のようなお言葉に、全員が「そ れ だ !!」となったのだ。


「本当にごめんなさいね、ファラルダ。この子に我儘を言われるなんて、滅多にないものだから……」

 陛下が珍しく『母親』の顔をなさっている。

 そんでもって更に珍しく、殿下がちょっと照れてる。諫めるみたいに「母上」て声をかけた殿下に、陛下が少し嬉しそうに笑っておられる。

 ウフフ~。なんかいいわね~。不器用で、ちょっと可愛いわね~。


 殿下は両陛下の『臣』としての態度の徹底が過ぎるから、もうちょっと両陛下と『家族』の時間を持てばいいと思うのよね~。

 ……息子に『王』と『王妃』としてしか接してもらえない親って、すげぇ切ねぇと思うしね。間違ってる対応じゃないから、叱るのも違うし。ただ距離だけが開いていくとか、悲しいわね。


「エリィちゃん」

「はい、お母様」

「そうは言っても、たまには帰ってらっしゃいね~。きっとみんな喜ぶわ~」

「はい」

 うふふ~と笑うお母様に頷くと、お母様がよしよしと頭を撫でて下さった。




  *  *  *




 という訳で、帰って参りました、公爵邸!

 お茶会の後すぐに、殿下が気を遣ってくださって、帰れるように手配してくださった。

 距離は近いんだけど、なかなかどうして足を向けられないもんなんだよねぇ。


 は~……、やっぱ実家は落ち着くわぁ……。

 マリナとエルザも当然一緒。二人は公爵邸の敷地に入るなり、ぱぱっとどこかへ消えてしまった。いつもの事なので気にしない。

 城からついてきたアルフォンスだけがちょっと驚いている。


「アルフォンスも、ここに居る間は休んでいて構いません。敷地の中は、好きなようにウロウロしてもらって大丈夫です」

 そういうと、ちょっと戸惑っていた。

 そこへ、庭師のグレッグが通りがかった。


 グレッグは六十歳手前の、爺さんとおじさんの中間くらいの人だ。

 この世界で男性で六十歳というと、あと十年生きられるかどうか……くらいの年齢なのだが、グレッグは頑健そのものだ。

 庭師にしては眼光が鋭いし、顔に大きな傷跡もある。

 まあ、彼のチャームポイントみたいなものだ。幼い頃、それをカッコいいと言ったら、大笑いされた。


「あ、グレッグ! ちょうどいいとこに!」

「おや、お嬢。里帰りですか? それとも、おん出されましたか?」

 からかうように言うグレッグに、腰に両手を当て胸を張って見せる。

「学校も休みだから、里帰り!」

「そりゃ、失礼しました。お帰りなさいまし、お嬢」

「ただいまー。それでね、こちらの護衛騎士様が暇だと思うから、お相手してあげて」

「ほぅ」


 短く言うと、グレッグはアルフォンスを見た。

 アルフォンスはただただ驚いているようだ。

 それもそうだろうな。

 何と言ってもグレッグは、元王族の護衛騎士だ。アルフォンスなら、顔を知っているかもしれない。


「ほー……、王太子妃専属か。お嬢、愛されておいでですなぁ」

「……やかましい」

 ぼそっと言うと、グレッグが楽しそうに笑う。このジジイ、なかなかイイ性格なのだ。

「はっは! お嬢も照れたりするんですなぁ!」

「おー、お嬢! ネイサンが訳わかんねぇパン焼いてんで、食ってきたらどっすか?」


 言いつつ現れたのは馬丁だ。多分、二十代後半。知らんけど。

 飄々とした態度と雰囲気で、細身で中背。人懐こい笑顔の兄ちゃんだ。


「どんなの?」

「何かスゲー真ん丸でしたねー。アレ、中、何入ってんすかね?」

「……それ以前に、何でネイサンはパンの中に何か入れたがるの?」

「浪漫らしっすよ?」

「浪漫か……。じゃあ、仕方ないか……」

 ネイサンは、先日イングリッド嬢の独り言を拾ってもらったパン職人だ。


 しょーむない会話だが、これが公爵邸の日常だ。

 だがこの馬丁も謎経歴の持ち主だ。


「あ、こないだも見た兄ちゃんかぁ。アンタ、ちっと左の視野狭くね?」

 ははっと笑う馬丁に、アルフォンスが「は……?」と不思議そうに呟いた。

 これはアルフォンス、ちょっと大変だな……。

「ディー、お手柔らかにね」

「ははっ。俺別に、何もしねっすよ。そこのジジイの方が、何かすんじゃねんすか?」

「俺も別に、何もしやしねぇがなぁ。お嬢の護衛っつーなら、どんなもんかは見ときてぇだろ?」

「そっすねー。そりゃ確かに」

 にやっと笑うと、馬丁がアルフォンスの腕を掴んで引っ張った。


「そんじゃ、兄ちゃんはこっちだなぁ。お嬢を『守る』っつーなら、俺らにくらい勝たねぇとな!」

「俺は剣なんぞ持てんしな。現役が老いぼれに負けたら護衛騎士の恥だぁな」

「え? いや、あの……!?」

 戸惑いつつも、アルフォンスはずるずると二人に引きずられていった。

 達者でな、アルフォンスよ……。



 その後は、両親とのんびりお茶をし、ネイサンの作った新作パン「りんごちゃん」を食した。

 手のひらサイズの真ん丸なパンの中には、皮をむいたリンゴが丸ごと突っ込まれていた。

 食い辛えよ! 硬えよ! 可愛いっぽい名前付けりゃ許されるとか思うなよ!?


 がりごりと庭の四阿で『りんごちゃん』を齧っていると、ボロボロになったアルフォンスを連れた馬丁がやって来た。

「お! それ、中身何でした!?」

「……リンゴがまるごとだった。食べづらいから、ディーにあげる」

 パンなのかリンゴなのか分からん食い物をディーに渡すと、ディーはそれを齧って笑った。

「つかもう、これただのリンゴじゃん!」

「うん。パンにする意味、ないと思う。ていうか、パンじゃなくてリンゴだと思う」


「お嬢がリンゴの菓子好きだからっすかね?」

「だからそれ、お菓子でもなくてただのリンゴだよね?」

 アップルパイとか、ちゃんと煮てあんじゃん! がりごり言わないじゃん! デニッシュとかでも、リンゴジャムにしてあんじゃん!


 ごりごりと『りんごちゃん』を齧るディーを見て、軽く首を傾げる。

「……で、アルフォンスは何でこんなボロボロなの?」

「あー。途中からエルザも入ってきたんすよ。あと、セザールと」

「……地獄か」

「大丈夫っす。ちゃんと手加減はしてんで」

 笑うと、ディーは「手当、お願いしますねー」とひらひらと手を振って歩いて行った。


「……ホント、ボロボロですね」

 髪はぼさぼさだし、制服は汚れて、袖の部分は切れてもいるし、顔に小さな傷まである。

「彼らは、何者なのですか……?」

 アルフォンスは、はー……と深い溜息をついている。

 まあ、溜息もつきたくなるだろうねぇ。


「グレッグは、ご存じですか?」

「……はい。先王陛下の、専属護衛騎士殿……ですよね?」

 当たりです。

 立ち話も何なので、アルフォンスには向かいに座ってもらう。

 当然固辞されたが、まあいいから座れよ、と無理やり座らせる。


 タイミングを見計らって、マリナがお茶を用意して、ささっと居なくなった。

 いつもサンキュウ!


「賊の襲撃があった際に、利き腕を怪我してしまって、剣が持てなくなったそうです。行き場を無くしていたので、我が家で庭師をやってもらっているようです」

「何故、庭師……」

 そう思うよなぁ。王立騎士団のエリートだった人が、何で?て。

「本人の希望だそうです。詳しい事は私も知りません」


 知らんて言うか、流石に聞けない。

 近衛と護衛騎士って特に、『騎士である事』にプライド持ってる人ばっかだから。

 それが、騎士でいられなくなって、何で庭師なんてやってんの?とか、軽々しく聞けなかった。


「馬丁のディーは、元は国王直属特殊部隊『鴉』です」

「から、す……」

 驚き過ぎて、文節おかしなとこで切れとるで。


 三つある『暗部』の、一番の暗部だ。

 暗殺・破壊工作が専門の部隊。

 今は気のいい馬丁だが、「どっから出したん!?」て言いたくなるくらい、色んなとこに色んな暗器仕込んである。

 手品みたいで、面白い。

 毒薬なんかも仕込んであるので、不用意に触ろうとすると避けられるし、めっちゃ叱られる。


「彼がなんでここに居るかは、やっぱり本人に訊いて下さい」

 ディーもなんでウチで使用人してるのかとか、私は知らない。本人に話す気がなさそうなので、聞いた事もない。

 そんで、動物扱うの上手かったから、馬丁してもらってる。ナ〇シカか!ってくらい、動物になつかれるんだよね、ディー。


「エルザは知ってますか?」

「エリザベス様の侍女、では……?」

 あ、それだけの認識でしたか。

「元『梟』です」

「は……」

 言葉失っとる。


「最後に、セザール……白髪の男性が居たでしょう?」

「はい」

 頷いたアルフォンスに、軽く笑う。

「彼は、元『白き死神』です。御存じですか?」

「白き死神……というと、暗殺者、の……?」

「はい」


 本人、今はその厨二ネームを黒歴史として封印している。使用人の間で「やーい、死神ー!」「白き死神て、ダッセェー!」などと、子供のいじめのようにからかわれている。

 何でそんな通り名付けたんだ、俺……と、頭を抱えているところを見た事がある。

 若気の至りって、怖いよね……。厨二病、治って良かったじゃん。同時に黒歴史が誕生した訳だけども。


「セザールに関しては、未だ手配を取り下げていない国もありますので、どうか内密にお願いします」

 手広くやりすぎて、数か国から手配をされていたのだ。

 じっとここに潜伏しているうちに、手配を取り下げた国が殆どなのだが、あと一国だけまだ残っている。この国では特に仕事を請け負っていないので、この国からは手配などはされていない。裏で有名なだけだ。

 因みに、もし見つかった場合、ウチは彼の正体に関しては知らなかった……で通す予定だ。

 そして、現在のお仕事はポーター(荷運び)である。家人があまり外出しないので、あってなきが如しの職なのだが。

 やはり使用人の間で「ホラ、運べよ死神ィ」などといじられまくっている。


「失礼いたします。お嬢様、風が冷たくなってきましたので、そろそろお邸へ戻りましょう」

 メイドのアンナが現れて、にこにこと微笑みながら声を掛けてきた。

「はぁい。……アンナ、彼の傷の手当て、お願いできる?」

「畏まりました」

 返事をしつつ、肩にふわっとショールをかけてくれる。

 はぁん、出来た子ねぇ!


 この子には別に、後ろ暗い経歴などはない。普通に孤児だった子を拾ってきただけだ。けれど、いつの間にか色んな技術を仕込まれていた。

 見た目は素朴で、そばかすも愛らしい田舎娘って感じの風情だが、それを逆手に取ったハニトラなんかを仕掛けたりする存外エゲツねぇお嬢さんだ。

 この見た目で、死神いじりの急先鋒を担う、『人は見た目によらない』を地で行く子だ。




 アルフォンスの手当てなんかを使用人たちに任せ、お父様とお母様と、久々に家族の食卓である。

 ……食卓に並ぶパンの数と種類がおかしい。真面目に仕事しろ、パン職人。


 食後はまったりとお茶をしつつ、使用人たちも交じってのんびりとお話をする。

 話の内容が『先日入り込もうとしていた賊がどうなったか』とか、『新しい罠の仕組み』とか、『ぼくのかんがえたさいきょうの罠』とか、ちょっとおかしい事を除けばほのぼのとした夜のひと時だ。


 私が留守にしていた半年ちょっとの間で、見知らぬ使用人が二人増えていた。

 一人は元娼婦で、一人は元裏稼業だそうだ。……マジで、どこで見つけてくんねん。


 元娼婦のメイドは、どう見てもただの娼婦ではない。お仕着せを着て、髪をきっちり結った状態ですら、色気が凄まじい。冴えた美貌の美女で、ただの『娼婦』ではなく『高級娼婦』ではないかと思わせる。もしかしたら、どっかのお偉いさんが囲ってた愛人とかかも。

 裏稼業君は、「ただのコソ泥っすよ」と苦笑していた。ホントかね?


 こういった家の裏の事情を、子供である私に隠そうとしないこの家は、とても風通しが良くて気持ち良い。

 私、ここんちの子で良かった!

 興味深い話、色々聞けるし!


 明日は殿下がこちらにおいでになる。そして一泊されていく予定だ。

 婚約して以来、殿下が我が家をゆっくり訪れるなど初めてだ。……いつもバタバタさせてしまって、申し訳ない。


 休みっぽい楽しい予定って、嬉しくてワクワクするな!



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― 新着の感想 ―
>私のエリィ 「愛しの~」じゃなかっただけマシwww
元殺し屋をイジってからかえる家人の方がよほど怖くね? という…
違うねん じゃなく ちゃうねん だったら完璧
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