【決算謝恩セール】人は見た目が9割……か?
毎度のご愛顧に感謝して、突発短編第三弾です。
毎回タイトルにある『セール』とは何ぞや?と思われるかもしれませんが、ご愛顧に感謝の気持ちでほぼ思い付き一発書きなので、文字数が五割引きというセールです。お時間ない方にも優しい仕様です。
今回は、本編と時系列はほぼ同じ。殿下十六歳、エリィ十二歳です。
私は現在、学院に通わせてもらっている。
我儘を通した形であるが、だからこそ、やらねばならぬ事はしっかりしなければならない。
両陛下はなるべく私の参加する公務を減らしてくださっているが、それでも外せないものはどうしてもある。そういう日は学院を欠席となる。
学院側にも話は通してあり、私に関しては出席率は単位に含まれない事になっている。
様々な人々に迷惑をかけているが、それを許してもらえているというのは、とても有難い事だ。彼らに報いる為にも、私はやるべき事は手を抜かぬようにせねばならないのだ。
公務の他にも、執務が溜まって休まざるを得ない日もある。
今日もそうだ。
基本的には側近である三人に任せているのだが、どうしても私の決裁の必要なものも多くある。そういうものがある程度溜まってくると、仕方なく学院を休む事になる。
城の廊下を側近のロバートと共に歩いていると、向こうからエリィが歩いてきた。
エリィは時々、跳ねるようにぴょんぴょんとした足取りで歩いている事がある。可愛らしくて私は好きなのだが、淑女の行儀としては余り褒められたものではない為、時々しか見る事が出来ない。
……公式な場でないなら、そんなに気を遣わなくてもいいのに。可愛いのだから。きっと皆、文句など言わないだろうに。可愛いのだから。
エリィは私とロバートに気付くと、私たちに進路を譲るように廊下の端に寄った。
「お帰り、エリィ」
学院が終わって帰って来たのであろうエリィに言うと、エリィは私を見て微笑んだ。
「只今帰りました。レオン様はお疲れ様です」
「うん。疲れたね……」
まだ終わらないが。
「閣下もお疲れさまでございます」
ロバートに向けて軽く頭を下げるエリィに、ロバートが「いえ、どうぞお気遣いなく」などと言っている。
エリィは下げていた頭を上げると、はたと思い立ったようにロバートを見た。
「そう言えば、閣下の妹君は、お元気でいらっしゃいますか?」
「妹ですか?」
突然の質問に、ロバートがきょとんとしている。
ロバートの妹というと、あのご令嬢か。……名前は、何だったかな……。
エリィのおかげで本当に、『縦ロール』しか名前が出てこないな……。
エリィは彼女の名を覚えているのだろうか。
記憶力が良いから、覚えているかもしれない。けれど、存外いい加減なところもあるから、本当に覚えていない可能性もある。
私はロバートの耳元に口を寄せると、小声で「エリィにお前の妹の名を尋ねてみてくれ」と言った。
その言葉に良く分からないというような顔をしつつも、ロバートはエリィに向かって微笑んだ。
「エリザベス様と妹は、一度しかお顔を合わせた事がありませんのに、覚えていてくださってありがとうございます。……時に、私の妹の名をご存じで?」
「お名前は、た……、いえ、ンンッ、失礼いたしました。申し訳ございません、少々、思い出せませんで……」
『た』と言ったな。
やはりエリィの中で彼女は『縦ロール』なのだな。
これでいいかと言うように私を見たロバートに、私はこっそり頷いた。
「妹の名はフローレンスでございます。……尤も、妹がエリザベス様の前に顔を出すような事はございませんので、覚えていただかなくても大丈夫ですが」
「ああ……。そうでした。フローレンス様。思い出しました」
うんうんと頷いている。
……うん、人の事は言えないが、完全に忘れていたね、エリィ。
「あの、ロバート閣下にお伺いしたいのですが……」
「はい、何でしょう?」
「フローレンス様の御髪は、どのように整えておられるのでしょうか? 閣下は御存じでいらっしゃいますか?」
まだ忘れてなかったのか、エリィ!!
八歳の茶会の後、エリィが彼女の髪型をしきりに気にしていた事があった。……が、それはすぐに話題に上らなくなったので、もう興味を失ったのかと思っていたのだが……。
「髪……ですか?」
「はい。フローレンス様はとても素敵な髪型をなさっていたので、気になってしまって」
真剣な顔で頷くエリィを見て、ロバートが少し困ったように私を見た。
マクナガン家のハンドサイン程正確ではないが、私たちとて言葉にせずともある程度の意思疎通は出来る。長時間共に居るが故の技だ。
知っていても教えるなよ、という思いでロバートを見ると、ロバートはエリィを見て苦笑した。
「いえ。申し訳ありませんが……。女性の支度などには興味が薄いもので、妹に関しても私はあまり存じません」
「そうですか……。そうですね。こちらこそ、申し訳ありません、おかしな質問をしてしまいました」
諦めたか?
諦めたんだよな!?
「では、レオン様、閣下、私は失礼いたします。足をお止めしてしまい、申し訳ありませんでした」
エリィは優雅に一礼すると、その場を去って行った。
後ろに居るマリナと何やら話をしているのが、何となく不安であるが……。
「……殿下、先ほどのエリザベス様の質問は、意図は何だったのですか?」
エリィたちが充分に遠ざかってから、ロバートが口を開いた。
まあ、ロバートからしたら不思議だろう。エリィと縦ロール嬢に、あの茶会以来接点などない。
私は深い溜息をついた。
「エリィは、お前の妹のあの見事な縦ロールが好きなのだ」
「………は?」
ロバートがえらく難しそうに眉間に皺を寄せている。
うん。意味が分からないだろうな。私にも分からない。
「件の茶会の後も、ずっとその話ばかりだった。あの見事な縦ロールは、どうしたら作れるのだろうか、とな」
「は、あ……」
「アリスト公爵邸に忍び込んで、秘密を探るかとまで言い出しかねなかった」
もうロバートが返事もしない。ただただぽかんとしている。
「あれ程に素晴らしい縦ロールは、他に居ない、と。どうしたらあそこまで乱れぬように出来るのか、と。数日悩んでいたようだ」
「何故、そこまで……」
「浪漫だそうだ」
「浪漫……」
分からないだろう?
そうだよな、分からないよな。だが。
「お前、間違ってもエリィにその話を振るなよ」
「何故です?」
「話を振ったうえで、今のような『理解できない』という顔を見せると、エリィに懇々と諭される事になる。『縦ロールにいかな浪漫が詰まっているのか』を」
私がやられたのだ。間違いない。
しかも聞いても全く理解が出来ない話だ。ちょっとした苦痛だった。エリィなら何をしていても可愛いと思う私ですら苦痛を覚えたのだ。他の者なら、もっと苦痛に感じるだろう。
恐らく、私が遠い目をしてしまったからだろう。
ロバートが神妙な顔をして「肝に銘じます」と呟いたのだった。
* * *
しばらく後の週末。
週末は学院が休みである。城内の部署も、休みのところが多い。
だが、その間に片付けられる仕事を片付けてしまおうと、私は執務室に籠っていた。
ロバートも手伝ってくれている。
ドアがノックされ、侍従が顔を出した。
「失礼いたします、殿下。エリザベス様が面会をご希望ですが、いかがなさいますか」
「通してくれ」
「畏まりました」
丁寧に礼をした侍従が下がり、暫くしてエリィがやって来た。
「お時間いただきまして、ありがとうございます」
戸口で丁寧に一礼したエリィを見て、私は思わず呆然としてしまった。ロバートもそちらを見て、手に持っていたペンを取り落としている。
エリィはなんと、見事な縦ロールになっていた。
しかもえらく満足げな笑みだ。ちょっと得意げですらある。
「いかがですか、レオン様! 中々良い出来の縦ロールではありませんか!?」
「あ、いや……、それは、どうしたのかな……?」
出来の良し悪しなど、分かりようもないよ……。もう、何をどう言ったらいいのかも分からないよ……。
「あのお茶会で縦ロール様と出会ってから、苦節四年。やっとここまでたどり着きました!」
エリィ、彼女の名前が『縦ロール』になってるから!
というか、もしやあれからずっと研究を続けていたのか!?
なんと……無駄な……。
「どうです!? 頭を振ってもこの通り……」
言いながら、エリィは頭を左右に振ってみせる。エリィの縦ロールには、一筋の乱れもない。
……え!? どうなっているんだ!? まるで本当に、縦ロール嬢の縦ロールのようじゃないか!
「全く乱れません!」
えへん、とでも言いそうに胸を張るエリィは可愛いのだが……。何故……、縦ロール……。
「いかがですか、閣下! 縦ロール様の縦ロールに近付いているとは思いませんか!?」
だから名前が『縦ロール様』になってるから、エリィ。
……興奮して、気付いていないな……。
「そ……う、です、ね?」
何と歯切れの悪い返事か。ここまでロバートが言葉に詰まるのを、初めて見た。
やはりエリィは凄いな。……斜め上に。
しかしエリィはご機嫌だ。
「ですよね! やっと私の納得のゆくクオリティのものが仕上がったので、どうしてもレオン様にお見せしたくて!」
「あ……ああ、そう、か……」
私はどうしたらいいんだ? ……礼を言うべきなのか?
正解を教えてくれ、エリィ……。
しかしこれだけは言っておかねばならない。
「ねえ、エリィ……」
「はい?」
ご機嫌な君に水を差すようで申し訳ないが、どうしても言わせてくれ!
「私は、いつもの君の方が好きだよ」
その言葉に、エリィが案の定ショックを受けたような顔をする。
「ダメ……ですか……? 縦ロール……。こんなに、素晴らしい出来なのに……」
自身の見事に巻かれた髪をひと房手に取り、悲し気にそこに視線を落とす。
何だか、ものすごく悪い事を言ってしまったような……。
……いや!!
言ってない! 大丈夫だ!
私は決して、間違った事は言ってない筈だ!
「いや、素晴らしい出来だとは思う。けれど、人には好みというものがあるだろう?」
「それは、確かにそうですね……」
しゅんとしながらも、エリィが手に持っていた髪をそっと放し、顔を上げる。
「私は、いつものエリィの髪の方が好きなのだ。どうか、私の前ではいつも通りの君で居てくれないだろうか?」
「……はい」
少し残念そうだが頷いてくれたエリィに、心からほっとする。
「では……」
エリィは私を見たまま、いつも通りに微笑んだ。
「縦ロールは、レオン様のいらっしゃらないところで楽しむ事にします」
そういう……事でも、ないんだが……。
いや、ここは妥協すべきだろう。これ以上エリィを悲しませるのは本意ではない。
「是非、そうしてくれ。すまないね」
「いえ。では、お時間いただきまして、有難うございました。失礼いたします」
エリィはまた、入ってきた時同様に丁寧に一礼すると、そのまま出て行ってしまった。
「殿下……。あれは、一体……」
静かに閉じられた扉を呆然と見ているロバートに、私は溜息をついた。
「四年も……、研究していたとは……」
『諦め』というものも、時には大切だと思うよ、エリィ……。
この分だと恐らく、菓子作りも諦めていないな……。何だろう……、嫌な予感しかしない。
「縦ロール様とは……」
「……そこは、触れないでやってくれ」
恐らく本人は気付いていないのだから。
後日、エリィの縦ロール研究において、学院の友人であるエミリア嬢が多大なる貢献をしたらしい事が判明した。
さすがはエミリアさんです! 女子力、激高です! とエリィが興奮しながら言っていたが……。
仲の良い友人が出来て良かったという思いと、何を吹き込んでくれているのだという思いがせめぎ合うのだった……。
エリザベスは思っている。
チョココロネにチョコが入っているように、縦ロールには浪漫が詰まっている、と。
縦ロールってすげぇよな。最後までロマンたっぷりだもん、と。




