20 ヒロインになりたかった侯爵令嬢の顛末。
今回は、「あの子、結局何だったん?」の説明回。
なので笑いはありません。申し訳ない。
何なのよ、これは!
どうしてこうなったのよ!
全く意味が分からない。
分からないけれど、王家の使者を名乗る役人が現れて言った。
「貴族法第五条・貴族の義務、第一項・国民への供奉、同第二項・国への寄与、第二十三条・領地の管理、第二十四条・領民の生活の保障、領地法第三条・管理者としての義務、第六条・領民への還付……」
まだまだ、法律の名前や条項の羅列が続いている。
それが何だと言うの?
「以上の違反により、明日付けでエヴァートン侯爵家を子爵家へ降爵するものとする」
え!?
「何を!? 降爵だと!? しかも、子爵だと!?」
食ってかかりそうになったお父様を、使者に同行してきた騎士が制止する。
何これ?
まるで家が犯罪者みたいじゃない?
「領地は全て没収となる。領地の邸にある品物は、一部を除いて持ち出しを禁ずるものとする。これは、議会にて承認され、国王陛下もお認めになられた処分である。異議申し立て等は貴族院へ出頭の事。なお、領地の邸からの金品の持ち出し期限は、今月末までとなる。詳しくはこの書面にある通りである」
ばさりと、分厚い紙の束を、使者がお父様に差し出した。
受け取ろうとしないお父様に変わり、お兄様がそれをひったくるように取った。
「何で、こんな……!」
「これらの執行は、国王カール・エディアル・ベルクレイン陛下、並びに王太子レオナルド・フランシス・ベルクレイン殿下の名において、厳正に行われるものとする」
以上、と言うと、使者はさっさと帰って行った。
残されたのは、何が起こったのかまだ理解できない、私たち家族だけだった……。
* * *
十三歳の頃、うっかり階段を踏み外した。
五段ほど階段を落ち、頭を打って気絶した。
そこで、前世を思い出した。
ここもしかして、『夢幻のフラワーガーデン』の世界じゃない!?
『夢幻のフラワーガーデン』は、良くある乙女ゲームの一つだ。略称などもないほど、知名度は低い。何故なら、王道も王道で、何の捻りもないゲームだったからだ。
オープニングの歌とムービーが絶妙にダサく、その部分だけが妙に人気があった。動画再生サイトでも結構な再生数だった記憶がある。
コメントは『これは売れねえwww』だの、『これマジで21世紀のゲーム?』だのばかりだ。笑える動画として人気があった。
声優もそれほど有名な人たちではなく、キャラによっては全く聞いた事のない名前の人だったりもした。
けれど、スチルはとても美麗だし、シナリオも金太郎飴ではなかったし、確かに盛り上がりに欠ける部分もあったけれど、私は好きだった。
色んなイケメンと、手が触れ合っただけで恥じらうような甘酸っぱい恋愛をする。ライバルも、悪役令嬢も出てこない、私に優しい世界。
その、大好きだった『夢幻のフラワーガーデン』の登場人物と、同じ名前の人を知っている。
しかも一人ではなく、数人。
これはもう確定じゃない!?
そう思って歓喜した。
けれど次の瞬間、絶望した。
私、ヒロインじゃないわ。
ヒロインは、伯爵家の女の子で、名前はマリーベル。私は侯爵家の令嬢で、イングリッドだ。全く別物だ。
それにしても、フローライト伯爵家のマリーベルなんて令嬢、聞いた事も見た事もない。
もしかしたら、ヒロインは居ないのかも! そうしたら、私もヒロインに成り代われる!?
小説なんかだと、ヒロインと同じ行動をとれば、ゲームと同じように好感度が上がっていく。私もそれをやれば、もしかして攻略対象と上手くいくんじゃない!?
しかもこのゲームには悪役が居ない。という事は、イベントの為に悪役に冤罪をかけるなどの必要がない。つまり、失敗しても『ざまぁ』はない。
そうと決まれば、誰を攻略しようかな。
攻略対象は、全部で七人だ。
一人目は王太子殿下。名前も同じだし、金髪碧眼も同じ。ゲーム開始の年齢にはまだ早いから、見た目はゲームより子供っぽい。この人とグッドエンドだと、未来の王妃かぁ。なくもないかな?
二人目はマクナガン公爵令息。……ウチとマクナガン公爵家って、仲悪いんだよね……。しかもゲームのコイツ、シスコンっぽくてイヤだった。何かっちゃあ妹、妹……って。
三人目はアリスト公爵令息。アリスト公爵家の人、苦手なんだよなぁ……。何か、意地悪そうって言うか、ツンとしてるって言うか……。でもロバートのシナリオ、結構好きだったな。アリかも。
四人目は騎士団長の息子。名前、思い出せないや。脳筋、嫌いなんだよね。うるさくて。
五人目はアーネスト侯爵令息。何度か顔を合わせた事あるけど、すっごい周り見下してる、めっちゃ陰険そうなメガネ。顔は良かったけど、アレはないわ……。
六人目はオーチャード侯爵令息。王妃様の実家で、王太子の従兄弟だ。王妃様の実家だけあって家格が高く、私は会った事がない。殿下に似たイケメンらしいけど、会えるかな? 殿下より優しい人ならアリなんだけどな。ゲームだとツンデレ枠だったから、ちょっと意地悪だったけど。
そして七人目! 一番好きだったキャラ、護衛騎士のアルフォンス・ノーマン! めっちゃ年上で、大人の色気があって、余裕もあって、でも寂しがり屋で……。もー、好き!!
アルフォンスも、まだ会った事ないんだよね! ホントに居るのかな? いや、居るよね! やだ、楽しみ過ぎない!?
私はゲームのヒロインより、二つ年上だ。
ゲームを再現するなら、十七歳でコックフォード学園に入学する必要がある。
あの学校なら、楽勝だね。最悪、お金で入学もできる。
あー!! 楽しみ!!!
そう思っていたのに、何かおかしい。
殿下がスタインフォード学院を受験するという噂が流れている。それはどうやら、本当の事らしい。
しかも殿下には、婚約者がいる。
相手は、我が家の天敵のような相手、マクナガン家の令嬢だ。
マクナガン家は、ウチの領地からどんどん領民を引き抜いていく。おかげで税収が上がらないと、お父様が良くぼやいている。
人の領地から領民を引き抜くって、酷くない!?
きっと、殿下の婚約者っていうのも、向こうが無理やりねじ込んだんじゃない!?
……殿下と同じ学校に行かなきゃ、ゲームが始まらないじゃない。アルフォンス様は、殿下の護衛騎士なんだから!
でも、スタインフォード学院なんて、絶対に受かる気がしない……。
そうだ! お父様に相談してみよーっと!
お父様に相談し、もしかしたら殿下に見初めてもらってお妃様になれるかも……と言ったら、お父様が受験対策を考えてくれた。
スタインフォード学院は、この国で一番賢い学校だ。しかも、裏口入学とかを一切受け付けていない。……お高くとまっちゃって、感じ悪いの!
お父様が考えてくれたのは、所謂『替え玉受験』だ。
これがあっさりと上手くいった! 前世みたいに、受験票に顔写真とかあったら、ヤバかったかもね!
結果出るまでちょっとビクビクしてたんだけど、無事に合格通知が来た!
ちょっとチョロくない? マジで、ラクショーじゃん!
一番頭イイ学校に受かるなんて、私すごくない!?
入学式で、殿下の挨拶があった。
ステージに立っている殿下の後ろの方に、護衛騎士の人が居る。ゲームの脳筋じゃない。大人っぽい、落ち着いた感じのイケメンだ。
あの人もカッコいいかも。
でも私の本命はアルフォンス様なんだ。ゴメンね☆
あ、でも待って……。
殿下とグッドエンド行ったら、今殿下の後ろに居るイケメンも、アルフォンス様も、全員私のものになるんじゃない!?
殿下の側近のロバート様とかも!
えー!? 何それ、すごくない!?
ゲームには、逆ハーレムのようなルートはなかった。
……そういうとこももしかしたら、人気なかったとこなのかも。
ルート分岐のイベントの起こる日時が、複数キャラで被っているのだ。どう頑張っても、二キャラ同時攻略すら出来ないようになっていた。
でも現実は違う!
殿下ゲットすれば、芋づる式に護衛騎士と側近もゲットできちゃうんじゃない!?
やったぁ! 神様、ありがとう!
しかも攻略キャラでもモブでもない、護衛騎士のイケメンまでゲットとか! すごすぎない!?
早速、殿下との出会いイベントを起こそうとしてみた。
ゲームとは舞台になっている学校が違うけど、『ゲーム補正』とかでいけるよね?
殿下との出会いイベントは、入学式だ。
式が終わって後は帰るだけ……という状態のときに、ヒロインは学校を散策しようと思い立つ。そして校内をウロついていると、中庭で殿下と出会うのだ。
ゲームでは殿下は先輩なので、入学式の花を胸に付けたヒロインを、迷ってしまったのだろうと思い玄関まで送ってくれる。
なのに!
式の後、教室へ移動して明日以降の説明って何!?
しかも殿下、ずっとエリザベスとイチャイチャしてるし! てゆーか、エリザベスって、あんな子供なの!? 王城のお茶会、お母様が「マクナガンの娘の茶会なんて行く必要ないわ」って言うから、ずーっとブッチしてたんだよね。知らなかったー!
え……? もしかして、殿下ってロリコンなの……?
それは、ないわ……。いくらイケメンでも、それはナイ……。
結局、出会いイベントは起こらなかった。
そして、出会いイベントがまだ先の筈のアルフォンス様が、教室の後ろの方に立っていた。
アルフォンス様居るじゃん!!
スチル通り、めちゃカッコいいじゃん!!
えー、もう、好きー!! 私が幸せにしたげるからねー!!
アルフォンス様の隣に居る護衛の人もカッコいいし、何気にアルフォンス様とお似合いだし、ゲーム自体が人気なかったから誰も二次創作とかやってなかったけど、護衛騎士同士ってのもアリなんじゃない!?
そんな妄想をして、あっという間に一日が終わった。
それからしばらくは、殿下とアルフォンス様の出会いイベントが起こらないかと、殿下とのイベントが起きる中庭、アルフォンス様のイベントが起きる廊下をウロウロし続けた。
けれど、何も起こらなかった。
やっぱり舞台が違うとダメなのかな? それとも、私がヒロインじゃないからかな?
ある日、同じクラスの女の子が二人、話をしているのが聞こえてきた。
ふわふわした髪のちょっと可愛い平民の子と、貴族か裕福な商家の子っぽい身形はいいけど地味な女の子だ。
「何でエミリア、エリザベス様にあのお菓子あげようと思ったの? あれ、高かったでしょ?」
ふわふわの子は、エミリアというらしい。
ゲームや小説では必ずといっていいほどある、初めの授業での自己紹介なんかがなかったから、クラスメイトの名前も分からない。
尋ねられてエミリアと呼ばれた子はにこっと笑った。
「あれエリザベス様が召し上がってたら、絶対可愛いと思ったの! すっごくお可愛らしかったでしょ! ね!? マリーもそう思ったでしょ!?」
「うん……。アレはヤバい。アレは天使だわ……」
なぁにが『天使』よ。あの子はウチの領地から領民も産業も取っていく、マクナガン公爵家の娘なのよ。……はぁー……、まあ、平民はそんな事知らないわよね。
「あ、フローライトさん」
その二人に、男子学生が割り込んだ。
え? フローライトさん!?
「ウェールズ先生が呼んでたよ。急ぎじゃないみたいだけど」
「あ、わざわざ、ありがとうございます!」
答えたのは、マリーと呼ばれていた女の子。
もしかして、ヒロインの『マリーベル・フローライト』!? 居たの!? この学校に!?
ゲームのヒロインは、『目立たない、大人しい女の子』だ。見た目も『平凡で、そんなに美人でもない』とモノローグがあった。
にしても、目立たなすぎない!?
珍しくもない明るい茶色の髪に、ちょっと珍しいけど地味な暗灰色の瞳。顔立ちは不細工ではないけど、目を惹くような美人でもない。
あんなの、気付かないに決まってんじゃん! ホントにあの子、ヒロインなの!?
エリザベスの方が、よっぽどヒロインぽい。
殿下はいつもエリザベスの隣に居るし、ゲームと違ってエリザベスを見てにこにこしている。アルフォンスもエリザベスの後ろに居て、エリザベスが移動すると一緒に移動している。
なんなの、あの子。無理やり殿下と婚約しただけじゃ飽き足らず、アルフォンスまで侍らせてんの?
もしかしてエリザベスも転生者で、逆ハー狙ってんの!?
そうなら辻褄合うんじゃない!?
私、急がないと、『私がヒロインの逆ハー』達成できないんじゃない!?
幸い、ヒロインであるマリーベルは、誰の攻略もしていないようだ。どころか、殿下やアルフォンス様と接触すらしない。
これは本当に、エリザベスが『ヒロイン』を乗っ取っている可能性がある。
日を増すごとに、焦りがつのっていく。
そもそも私の実力で入った学校じゃないから、授業は全部ちんぷんかんぷんだ。
殿下とアルフォンスは居るけれど、それ以外の攻略対象は一人もいない。
もしかして私、なんか間違ってた?
ううん。ゲームとは違うからこそ、ゲームになかった展開になるかもしれない。
それに、もしバッドエンドだったとしても、ヒロインにはなんの罰もない。ただ、一人寂しく学園生活を送るだけだ。
ざまぁ系の小説でよくあるような、幽閉とか、追放とか、処刑とかはなかった。
とにかく早く、イベントを進めなきゃ。
でもそれには、エリザベスが邪魔過ぎる。
あの子があそこにいるから、私の攻略が上手くいかないんだ。
エリザベスを何とかしようと、エリザベスに近付こうとした。でも、エリザベスの周囲にはいつも殿下が居て、上手くいかない。
殿下は仕事で良く学校を休むけど、殿下がお休みでもエリザベスの周りには侍女やアルフォンス様が必ず居て、周囲を警戒するように見ている。
てゆーか、なんであの子、学校に『侍女』とか連れて来てんのよ!
私だって連れてきたかったのに、学校から禁止されたのよ!
……どうせ、マクナガン家が卑怯な手を使ったんだわ。
そういうとこが嫌なのよ!
もうエリザベスが怪我でもしちゃえばいいんじゃない?
でも大怪我させたら、あんなのでも一応公爵令嬢だから、私がヤバいかもしんない。
きっと『大貴族のお嬢様』だから、足を捻挫でもすれば、しばらく学校休むでしょ。
そう思って、廊下でわざとぶつかって転ばせようとしたら、アルフォンス様にぶつかっちゃった! これって出会いイベントの再現!? きっとそうだよね!
名前とか聞かれなかったし、「大丈夫かな、レディ?」とも言ってもらえなかったけど、それはきっとエリザベスがそこに居たせいだよね。
出会いイベントもクリアしたから、これからどんどんイベント起こさなきゃ!
これからが大事だっていうのに、お父様に「あまりマクナガンの娘にちょっかいを出すな」と言われた。
エリザベスが居なくなってくれさえすれば、私だって鬼じゃないんだから、幽閉とか追放とかそんな事まではしないわよ。あの子が私の邪魔をするから、私もやらざるを得ないだけだもん。
……何でエリザベスは居なくならないの? 私の方が絶対にヒロインに相応しいのに! イベントも全部知ってる私だけが、アルフォンス様の心を慰められるのに!
* * *
侯爵から子爵に降格させられて、領地も無くなった。邸の使用人は殆ど辞めていった。
領地の邸にあったドレスや宝石なんかは、殆どが『持ち出し不可』と言われた。王都の邸にあった家具や壺なんかの美術品も、殆ど全部役人に持っていかれた。
国王の使者がやって来た次の日、学院から呼び出された。
余りに色々ショックで、学校に通うのを忘れていた。サボったから、叱られるのかな……と思っていたら、そんな話じゃなかった。
「イングリッド・エヴァートンさん。貴女に、入学試験時の不正の疑いがかかっています。どうぞ、正直にお話しください」
学院長室へ連れられて行くと、学院長と、先生が数人いた。
そして突然、そう言われた。
何で? 入試からなんて、もう四か月とか経つじゃん! あの時バレなかったじゃん!
「こちらが貴女の提出した論文と、入学試験の解答用紙です。……こちらは、入学後に授業で行ったテストの解答用紙。明らかに筆跡が違いますが、どういう事でしょうか」
テーブルに、何枚かの紙が並べられる。
替え玉で試験を受けたのは、お金で雇った平民だ。スタインフォードを卒業し、今は診療所で働いている女の人だった筈。
彼女に鬘をかぶせ、眼鏡をさせ、なるべく顔を隠す髪型をさせた。
体形は、厚着をしてごまかした。
並べられた用紙には、片方はクセのないとても綺麗な文字、そしてもう片方は丸っこいクセの強い文字が書かれている。丸っこい文字の方が私だ。
どういう事だ、とか訊かれても、何も答えられない。
「入学試験時の成績は、非常に優秀でした。けれど、入学後の授業態度や成績は、お世辞にも褒められたものではありません。……いずれにせよ、このままでは成績不良での除籍となる可能性が高い」
「え!?」
そんな制度あるの!? 入っちゃえば、あとは三年居れば卒業できるんじゃないの!?
「ここは学問を究める為の場です。その為の選抜試験です。……それを、自力で突破できなかった者に、ここに居る価値はありません。努力を怠る者も必要ありません。……エヴァートンさん、入学試験は本当にお受けになられましたか?」
学院長に冷たい声で言われ、私は俯いてしまった。
質問する口調ではある。でももう、私が不正をしたと確信している声だ。
「………いいえ。私は、受けていません」
その後、学院長から除籍を言い渡された。
次の日には、学院から正式な書面が届いた。
どうしてこうなったのか、全く分からない。
ゲームではこんなエンディングはなかったのに。
どこで分岐を間違えたの!? どうしてイベントが起こらなかったの!?
……一体、何だって言うのよ……。




