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19 王太子殿下、害虫駆除の結果、神レベルが上がる。


 学院で同期となる生徒たちは一応、全員身辺調査などはしてある。

 何しろ、王太子である私と、その婚約者であるエリィが通うのだ。何かあったりしたら、学院の責任問題にもなりかねない。


 気になる人物は数人いる。

 貴族と平民が半々くらいの人数なのだが、その貴族の中にだ。


 まあいい。

 何かしでかしてくれたなら、適切に対処するだけだ。

 エリィにだけは手は出させない。もしも手を出すような者が居るならば、その時は……どうしようかな?




  *  *  *




 またあの令嬢か……と、溜息が零れる。

 イングリッド・エヴァートン。侯爵家の令嬢だ。

 今彼女は、廊下を歩いているエリィにぶつかろうとして、ノーマンに阻止されている。エリィではなくノーマンにぶつかる形になり、「あ……、申し訳ありません」などと僅かに頬を染めている。


 先日は、エリィに「服装が多少派手なのではないか」と文句を付けていた。

 私がエリィに贈った服なのだが、何か問題でもあるだろうか、と言ってやると、「いえ、別に……」とバツが悪そうな顔で黙ってどこかへ行ったが。


 その前は、髪型に文句を付けていた。

 ふわふわして邪魔そうなので、束ねてきたらどうか、と。

 エリィは「はあ……」と気の抜けた返事をしていたが、顔が明らかに『何言ってんだコイツ』と言っていた。


 やけにエリィに絡んで来るのだが、どれもこれもが鬱陶しいだけで特に実害がない。

 エリィがそれらを気に病む風もないので、こちらからは手が出せない。


 私がエリィに贈った服は、派手さなどない。エリィの可愛らしさを最大限に引き出しつつ、彼女は私のものなのだと周囲に知らしめる事の出来る、とても出来の良いワンピースだ。

 髪だって、ふわふわと風に舞うのが可愛らしいのではないか。それを少し邪魔そうに、あっちこっちに首をふるエリィが可愛いというのに。

 あのご令嬢は、私に喧嘩を売っているのだろうか。


 そもそも、エリィの淡い黄色のワンピースが派手だと言うなら、そちらの着ている真っ赤なワンピースはどうだと言うのか。やけに身体の線を強調し、胸を見せつけるようなその服は。

 ……ああ、そうか。『派手』ではなく、あれは『下品』というのだな。


 髪型も、高い位置で一つに束ねているが、顔の両脇の大量の後れ毛は邪魔ではないのか。それともそれは、髪ではなく顔の産毛が異常成長でもしたものなのか。


 あのご令嬢の言動は、いちいち苛々して仕方ない。




  *  *  *




 最近、エリィが同期の女の子と仲が良い。

 エリィが嬉しそうで何よりだ。……もう少し、私にも関心を持って欲しいのだが。


 その女子生徒の一人、エミリア・フォーサイス嬢が、エリィに何かメモのような物を渡して去って行った。

 ……彼女は、私が公務などで欠席する都度、エリィに菓子を与えている娘だ。菓子を食うエリィの可愛さに気付くとは、中々に侮れん。


 エミリア嬢が置いて行った紙片を、エリィも不思議そうに見ている。

 かさこそと紙片を開くエリィの手元を、隣から覗き込む。エリィも別に隠すような事なく、それを開いていく。

 メモには、とても綺麗な読み易い文字が並んでいた。


 『目標が”どうしてエリザベスは居なくならないのよ。私の方が絶対に相応しいのに”と呟いているのを聞きました。恐らくは3番です』


 ……なんだ、これは。

「……エリィ、これはどういう意味?」

 思いがけず、尋ねた声が低くなってしまった。エリィが少し怯えたように「ヒッ」と漏らしている。


 いけない。落ち着かなければ。


 察するに、ここに書かれている『目標』とは、件のイングリッド嬢だろう。彼女が? 何故エリィが居なくならないのかと? 自分の方が相応しいのにと?

 ……彼女に向かって、一つ一つ丁寧に説明してやりたいな。

 何を勘違いしているのか知らないが。


 しどろもどろになっているエリィに、「後でね」と声をかけ、授業を受けるのだった。




 城へ戻り、エリィから話を聞いた。

 エリィと女子生徒二人は、随分仲良くなったようだ。喜ばしいのだろうが、少しだけ複雑な気持ちになる。

 メモの内容は、ほぼ思った通りだった。

 そしてエミリア嬢の推察としては『3番』―――つまり、私の妃としての地位と、それに付随してくるであろうノーマン。

 なんと下らない。

 私にとってエリィの代わりが居ないように、恐らく、ノーマンにとってもエリィ以上の主は居ないだろう。専属筆頭などを、考える間もなく受諾する人間だ。

 少し面白くないが、彼ら護衛騎士が主へ向けるのは、純粋な『忠誠』だ。それくらい、私も知っている。なので我慢している。




 イングリッド・エヴァートン。そしてエヴァートン侯爵家。

 その二つについては、おおよその調べはついている。


 現エヴァートン侯爵、つまりイングリッドの父親は、分不相応な権力欲が強い。娘を王太子妃とし、自身がその後ろ盾となり、利益の供与を図ってもらおうというのだろう。

 エヴァートン侯爵家の夫人は浪費家で有名だ。娘のイングリッドも同様であると噂されている。そして、噂はほぼ真実だ。まあ、夫人の浪費に比べたら可愛いものかもしれない。

 侯爵家といえども大した功績もなく、末席に近い位置に居る。

 息子が一人居るが、それは特に秀でたものもない人物だ。ただ、強欲さだけは一人前だ。


 侯爵領はそう広くもないのだが、銀鉱山を有している。おかげで、それなりの収入がある。

 この侯爵領は、他の領地に比べ、税率が少々高い。……国の定める範囲ではあるのだが、細々と暮らす民などには生活し辛かろう。

 おかげで、人口が少ない。

 鉱山夫とその家族くらいしかいない。

 なので税率が高めなのにも関わらず、税収は低い。


 領地経営が下手過ぎるだろう。


 隣には広大なマクナガン公爵領がある。マクナガン公爵領は逆に、税率が国で一番低い。どうやって回しているのだと思うくらい低い。

 しかし公爵領には、多彩な産業があるのだ。

 農作物や畜産物を育て、加工し、それらを売るだけでなく、地元でレストランなどを営業し人を集める。エーメ河という大きな川のおかげで、良質な粘土が取れる。それで焼き物を作る。砂でガラス細工を作る。それらの職人を育てる為の教育機関まである。

 隣の芝が青いどころの話ではない。


 エヴァートン侯爵領から出た人々は、すぐ隣のマクナガン公爵領へ流れる。

 公爵領には多種多様な産業がある為、常に人材は歓迎している。なので、身一つで移転しても、数日で仕事にありつける。


 それはこちらから見たら当然の構図なのだが、当のエヴァートン侯爵には納得できないものらしい。

 勝手にマクナガン公爵家を敵視している。

 エリィの態度を見る限り、あの魔境の住人たちは、エヴァートン侯爵家など眼中にない。

 マクナガン公爵家からしたら、エヴァートン侯爵家に突っかかられても、意味が分からないだろう。公爵家の人々はただ単に、己のやるべき仕事をしているだけなのだから。


 ただ、エヴァートン侯爵家が、必要以上にマクナガン公爵家を敵視する理由の一つではあるのだ。


 そしてかの家がマクナガン公爵家を敵視するもう一つの理由が、エリィだ。

 己の娘を私の妃に……と、やたらと推してきていた。

 私がエリィを婚約者にと選んだ際、最も反対してきたのがエヴァートン侯爵家だ。


 誰があのような、国庫を食いつぶす事が分かっている毒虫を懐に入れたいか。

 甘く見られては困る。


 取り入りたいなら、せめてもう少し上手く立ち回ってくれないだろうか。あの見え透いた演技では、騙されるのも一苦労だ。


 その家の、娘。

 イングリッドが両親に唆されている可能性は、大いにある。

 もしもそれだけならば、多少の酌量の余地はある。まあ、愚かに過ぎるので、使い道がなさ過ぎて幽閉くらいしか出来る事がないだろうが。


 さて、邪魔な侯爵家を潰してしまおうか。


 権力欲だけ強い無能など、何の利にもならない。浪費する為の金が自然と湧き出てくるものと思っているような家人は、更にただの害悪でしかない。


 思わず、笑みが漏れる。


 国にとっての害虫が駆除できる。だけでなく、エリィにとっての敵となる者も同時にだ。

 ああ、少し楽しくなってきたな。


 イングリッド嬢には、感謝してもいいかもしれない。




 私は事前に纏めておいた資料を、議会に提出した。

 私が即位するまでに、『切った方が良い連中』に関しては、細かく調査してあるのだ。エヴァートン侯爵もその一人だ。

 アレは必要ない。


 侯爵は、特に不正などはしていない。

 ただただ無能なのだ。

 纏めた資料には、侯爵領の税収と支出が記されている。


 彼らは、税を取り立てるだけで、それを領地に還元しない。全て彼らの欲を満たす為だけに使用される。

 なので、折角の鉱山も、実は活かし切れていない。


 領地の人口は、全盛期からすると一割近くにまで落ち込んでいる。

 領地に金を使わないので、治安も悪い。ただ、余りに暮らすに不向きな土地なので、スラムのようなものすら出来ないのは逆に良かったか。


 先代の侯爵の頃は、まだもう少しマシだった。

 今の侯爵となって十三年。侯爵領は不毛の土地となっている。


 それを元に、領地の没収と、義務の放棄による降爵を、議会に申請したのだ。


 笑ってしまう程すんなりと、申請が通った。

 ついでに、書類に令嬢によるエリィへの嫌がらせの数々も入れておいた。取るに足らない、下らないものでしかないが、入れておけば『この厳しい処分は、エリィに手を出したからなのでは』などと考える阿呆が居るだろう。


 エリィに手を出したから、なのだとすれば、問題の令嬢を排除すれば良いだけの話だ。それ以上の大事になっている上、論点が全く違うという事にすら気付かない阿呆は居る。

 そして彼らは、勝手に怯えてくれる。

 『王太子の溺愛する婚約者に手を出すと、家が取り潰される』と。


 全くの見当違いの勘違い……という訳でもないから、まあそれでいいのだけれどね。


 侯爵家に対する処分と、イングリッド嬢が行っていた不可解な行動を併せ、学院長にも提出した。あと彼女には、不正入試の疑いもある。

 このままでは、エリィに危害を加える可能性があり、学院の権威にも傷がつく可能性がある、という示唆と共に。

 結果、イングリッド嬢は『除籍』という処分となった。


 侯爵家は領地を没収の上、子爵への降爵となった。王都の邸宅と、私有財産の一部は残された。

 領地は丸ごと、マクナガン公爵家へ丸投げした。かの家なら、恐らく悪いようにはしないだろう。……それに、エルリックを更に数年、領地に足止めする理由にもなるだろう。


 マクナガン公爵家だけを優遇するのも問題が出そうなので、鉱山は隣接している侯爵家へと与えた。王妃陛下のご生家で、私の側近を務めてくれているヘンドリックのオーチャード家だ。

 あとはそちらで勝手にやってくれ、と、完全なる丸投げをしたので、数年後どうなっているか楽しみだ。


 元・侯爵家は沙汰を不服として、貴族院の調停所へ異議を申し立てたようだが、当然のように却下された。

 自分たちのしてきた事がどういう事か、ここへきてもまだ分からぬとは愚かしい。


 おかしな逆恨みが誰かに向かう可能性もある為、エヴァートン子爵家には監視を付けてある。もしかしたらかの家は、数年後には皆病死しているかもしれない。

 まあ、知った事ではない。


 ヘンドリックとロバートに、エヴァートン家を追い落とす私がやたらと生き生きしていた、と言われた。余計なお世話だ。

 目障りだった不要品が片付くとなれば、少しくらい浮かれもするだろう。

 そう言ったら、ヘンドリックに「人間らしくていんじゃね?」と笑われた。


 そうか。ヘンドリックにそんな事を言われるとは、思ってもみなかった。

 人間らしい、か。きっと、エリィのおかげだな。




  *  *  *




 学内の掲示板に貼られた、イングリッド嬢の除籍の告知に、エリィが「ほへぇ……」などと声を上げていた。

 ……その声は、どういう感情の声なのか。

 驚いているのかい? それとも、他の何かなのかい?


「除籍……、ですか……」

 どうやら、驚いているらしい。


 エリィに「任せてほしい」と言ってから、三日だ。

 既にエヴァートン家には、降爵の通達は行っている。監査の人間も向かわせてあり、後は彼らが王都の邸宅へ移動を完了するだけだ。


 エリィが何か言いたげにこちらを見ている。

 しかし、イングリッド嬢の処分を決めたのは、私ではないからね? 私はあくまで、学院長の判断材料となる書類を製作し、提出しただけだからね?

 エヴァートン家の処分も、最終決定は議会だからね? 承認したのは陛下だからね?


 この三日、かの家を取り巻く環境がどうなったのかをざっと話し、ついでに公爵領が少し広くなることを伝えた。

「ああ……、あの、お隣の不毛の土地……」

「そう。鉱山は別の家の領地としたけどね。その不毛の土地を何とかするように、と押し付けたから、エルリックはもう少し足止め出来るんじゃないかな?」

「レオン様……!!」


 だから!

 私に向かって手を合わせるのをやめてくれ!!


 エリィの手を掴んで、拝むのをやめさせているのだが、後ろに控えているマリナはしっかりと手を合わせている。しかも小声で何かぶつぶつ言っている。

 もしや、なにか経典のようなものまで出来ているのか!?


 エリィは私に手を掴まれたまま、マリナを振り返った。

「マリナ! どうしたらいいの!? 殿下が神々しすぎて、直視できないわ!」

 何だそれは!?

「分かります、お嬢様」

 分からなくていい!!

「そうよ……、そうだわ……、殿下をお祀りする、石像を作りましょう!」

 何 で そ う な る !?

「素晴らしい案でございます! 流石、お嬢様でございます!」

 何 処 が だ !?


 いや、ノーマン! お前は笑ってないで、何とかしてくれ!

 ノエルも口の端がひくついているのを、しっかり見たからな!


「では早速、わたくしは石工に手配をして参ります」

「お願いね! 幾らかかってもいいから! 私のお小遣い、全部喜捨するから!」

「いや、ノーマン! マリナを止めてくれ!」

 駆けだそうとしていたマリナを、ノーマンに止めてもらう。

 これで一安心かと思っていたのだが、背後から声がした。


「お話は伺いました。王都一、腕の良い石工を探してまいりましょう」

 エ ル ザ か !!

 これは拙い。ノエルでも止められないかもしれない。


 なんだこれは!

 何でマクナガン公爵家はいつもこうなんだ!


 ああ、でも、エリィが楽しそうに笑っている。

 その笑顔を見ていると、なんでも許せそうな気がしてくる。






 ……いや、やっぱり許せないな。王都の石工には、マクナガン公爵家からの依頼を受けないように通達を出そう。


 権力の濫用であるとエリィをはじめとする公爵家の人々に責められるのだが、私の心の安寧というものも慮ってもらえないだろうか……。



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― 新着の感想 ―
祭壇ではなく神殿でござったか
[一言] ちょこちょこと、お兄様の扱いで腹筋を殺しに来てるんですが……w
[一言] エリザベスを始めとするマクナガン公爵家に振り回される殿下の気苦労にある種の不憫さを感じますが、それがいい。 日々磨かれるツッコミスキルを表に出す日は来るのでしょうか。その日が来ることを楽しみ…
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