13 乙ゲー始めたくないヒロイン(だって攻略対象がアレでナニだから)
五月に入ったら、私は寮へ入る事になっている。
家から学院まで、通えない訳ではないが、地味に遠いのだ。
馬車で一時間程度かかってしまう。
貴族のお邸というのは、王城を中心として円を描くように配置されている。
王城に近い円の中心部分は公爵邸、その外に侯爵、その外に伯爵、子爵、男爵……という具合だ。
伯爵以下の邸はもう、『貴族街』と呼ばれる区画から外れた場所になってくる。
公爵、侯爵、上位の伯爵家などのお邸のある辺りは、貴族の大邸宅と公共の建物しかないような、とても閑静で綺麗な街並みだ。自分の暮らす街並みと違いすぎて、観光地へ行った時のようにテンションが爆上がりしてしまう。けれど歓声など上げようものなら、多分一発で警邏の騎士に捕まる気がする。
我が家フローライト伯爵(こないだまで子爵)邸は、王都の外れ付近にある。
広くて大きいお家だが、貴族街にある『どれもこれもお城じゃん!』というような大邸宅ではない。
木造の、アメリカの田舎あたりにありそうな、二階建ての大きな家だ。
周囲は平民の家だが、その中でも馴染んでいる。『ちょっと大きくて綺麗な家』という感じだ。
まあ前世日本基準で言えば大豪邸だし、洋風で可愛いお家だし、私は大満足なのだが。
スタインフォード学院は王立学院。つまり、一番のスポンサーというか、持ち主は国王。
創設者は五代前の国王陛下だそう(家庭教師の先生曰く)。
なので、王城に結構近い場所にある。
そういった感じで学院までは遠いので、寮に入る事にした。
寮費が思ったより安かったのも、寮に決めた要因の一つだ。お父さんが「毎日往復二時間かけて通うくらいなら、寮に入った方が時間も無駄にならなくていいんじゃないか?」と言ってくれたのもある。
基本が貴族というより商人な我が家において、時間はとても大切なものである。
* * *
完全実力主義のスタインフォード校は、学生の九割が男性だ。
……アレよ。工業高校みたいなものよ。クラスに女子一人とかが当たり前、みたいな。
女性の社会進出自体は咎められる事はないけれど、当の女性に『社会に出て働く』という意識が低い。だから、『ガッツリ勉強して、いい職に就くんだ!』というスタインフォードには、あまり女の人は進学を希望しないらしい。
貴族の女の子なら、ノースポール女学院が主流なのよ……。
いや、もうホントに、淑女とかキッツイんで……。ごめんなさいするんで、許して……。
寮への引っ越しは五月に入ってすぐに済ませた。
学校の敷地内にある寮は、煉瓦造りの校舎と違い、木造の建物だった。我が家とどっこいの絶妙なショボ感が嬉しい。
お城みたいな建物だったら、浮かれて頭パーンてなりそうだもん。
女子はそもそも人数が少なすぎるので、希望者は全員一人部屋になる。
男子寮は希望者の先着順に二人部屋になるらしい。男子は人数多いからね。
とか言っても、コックフォード学園に比べたら、生徒数自体がめっちゃ少ないけどね! あっちは一学年で三クラスとかあるけど、スタインフォードは毎年四十人しか取らないからね!
……よく滑り込めたよ、私……。多分、ギリギリだったと思うけど。
向かい合わせのように建つ男子寮と女子寮があり、大きい方が男子寮、「え? 民家?」てレベルで小さい方が女子寮だ。
民家っていうか、木造アパート? 下宿? そんな感じ。建物自体は洋風で可愛いけどね。
部屋は六畳くらいの広さで、ベッド、机と椅子、大きな本棚、低めのチェスト、クローゼットと箪笥が備え付けてある。
風呂・トイレ共同。朝夕二食付き。寮母・警備員常駐。
これで日本円の感覚で言うなら、寮費は月三万円だ。破格!
まったく飾りっ気のない部屋だが、綺麗に掃除してあり、悪くない。
広すぎない部屋も嬉しい。
いいじゃん! 大学の時に一人暮らししてたアパートよりいいじゃん!
お風呂とトイレが共同とはいえ、現在の入寮者は私を含めて五人。めっちゃ少ない! 思ってたよりホントに女子居ない!
お風呂の時間がかち合う事もすくなそうだし、トイレもそうだ。
広めのパウダールームもあり、そこは五人までなら一斉に身支度できるので、かち合っても何の問題もない。
マジで良くない!? ここ!
必要な荷物を運びこみ、窓に新しいカーテンをかけたら、「私の部屋!」って実感が出た。
これから三年間、お世話になります。
入学式を間近に控えたある日、私は数少ない貴族の友人のお家にお呼ばれしていた。
招待してくれたのは、ウェイムス伯爵家のスサンナ。私と同い年の令嬢だ。スサンナのお家も貴族街からは外れた場所にあるので、お呼ばれも気後れする事なく嬉しい。
「もうじき、学院が始まるのねえ。準備は大丈夫?」
私にお茶を薦めてくれつつ尋ねたスサンナに、私は頷いた。
「まあ、なんとかねー。スサンナこそ、ノースポールでしょ? 大丈夫なの……?」
そう。
スサンナと私は仲が良い。
仲良くなった理由の一つが、『ご令嬢ワールドに馴染めない』という情けないものなのだ。
スサンナは見た目は可憐だ。
色の薄い茶色い髪はゆるふわウェーブだし、頬はふっくら丸いし、真ん丸な目は目じりが少し下がっていて『タヌキ顔』と呼ばれているアレだ。
体つきも小柄で、華奢。
この子こそ、『守ってあげたい系ヒロイン』のようだ。
しかし中身は、驚くほど気が強い。曲がった事が嫌いで、気に食わない事には噛み付いてしまう。
スサンナ曰く、幼い頃にその性格のせいで大失敗をやらかして、それから少しは抑えられるように気を付けているらしい。
……気を付ける以前は、どれほどだったの?
そのきかん気の強い性格のおかげで、両親から「ノースポールで淑女とはなんたるかを学んで来い。これでは嫁の貰い手もない」と命令されてしまったらしい。
「まあ、何とかやるわ。……合わなそうな方とは、お話しなければ良いだけでしょう? 頑張るわ」
少し遠い目をしているスサンナは、本当に大丈夫なのだろうか……。
「それより、マリーの方よ! 今期のスタインフォード生、王太子殿下とエリザベス様がいらっしゃるのでしょう!?」
こちらに向かって軽く身体を乗り出してきたスサンナから、ちょっと上半身を引いて逃げる。
勢いが怖い。
「いいなぁ~。お二人と同期だなんて。……わたくしもスタインフォードへ行きたかったわ」
うっとりと溜息を吐き出しているスサンナに、「そ、そうね……」と相槌を打っておく。
スサンナは、王太子殿下のご婚約者であるエリザベス様が大好きだ。
大好きというか、殆ど崇拝している。
年に一度、エリザベス様が主催される王城の茶会があるのだが、それに行って帰って来る度、エリザベス様がどうだっただのいう話を聞かされる。
お茶会自体は年に数回あるのだが、スサンナのウェイムス伯爵家は伯爵位でも末席に近いので、呼ばれる茶会が限られているのだ。
スサンナは『二人と同期で羨ましい』と言ったが、どう考えても彼女が羨ましがっているのは『エリザベス様と同期』だからだ。
スサンナに「エリザベス様ってどういう方?」と尋ねようと思って、直前で思いとどまった。
どうせスサンナの事だ。「花の妖精のようにお可愛らしく」「知の女神のようにご聡明でいらして」「フォルン蝶のように優雅なお方」などの賛辞を並べるに決まっている。
フォルン蝶とは北の山岳に生息するチョウチョで、翅が美しい色彩をしている事で有名だ。女性の美しさを褒める時に良く使われたりする。
番となると片時も離れず二匹でひらひらと飛び回る事もあり、夫婦円満の象徴としても知られている。これでプロポーズ用のグッズなどを作ると良く売れる。婚姻記念の贈答品なども人気がある。
雄は瑠璃色と濃紫の、雌は緋色と黄色の、それぞれ違う模様のどちらも美しい翅の蝶だ。
「エリザベス様って、殿下と不仲とか噂聞いたけど……」
本当のところ、どうなの?と言い切る前に、スサンナがカッと目を見開いた。
怖い! 怖いから、スサンナ! 何か分かんないけど、謝るから!!
「貴女まで、そんな下らない事言うの……? 不仲なんて、あり得ないわ! あのエリザベス様を嫌う方なんて、居る筈がないわ!」
「う、うん、そーだね! そーだよね!」
怖いから、こくこくと頷いておく。
……ていうか、スサンナに聞いてもムダだわ……。
エリザベス様関連の話になると、正気を保っててくれないし……。
お茶会で、『王太子殿下はもしかしたら幼女趣味なのでは……?』などという不穏な噂も聞いたが、それもスサンナには尋ねられそうにない。
殿下とエリザベス様、四つ違いよね? ロリ……って言われるホドかなぁ?
まあきっと彼らにも、そう関わる事もないだろう。
……ちょっとだけ、エリザベス様と仲良くなったら、お兄さん紹介とかしてもらえないかなー、とか思ったけど。
* * *
入学式当日。
私は既に寮に引っ越しているので、急ぐ必要が何もない。
寮から会場の講堂までは、のんびり歩いて十分かからない程度だ。余程の事がない限り、遅刻はない。
寮母さんのお手製の朝食を食べ、両親に買ってもらったワンピースに着替え、何度も鏡でチェックしてから寮を出た。
今年の入学者は、三十九人だそうだ。
ギリギリ……! ホント、滑り込めて良かった……!
女子は私含めて四人。……わぁー……、ホントに九割男子だぁ……。
ちょっと早く着いちゃったかなー……などと思い歩いていると、講堂付近で一人の女の子が歩いているのを見つけた。
背の低い女の子で、「え!? 子供!?」と二度見してしまった。
ちょっとだけ跳ねるような足取りで、楽しそうな雰囲気が伝わってくる。歩くたびにふんわりとしたワンピースの裾がひらひらして、とても可愛く微笑ましい。
女の子は講堂へ入って行って見えなくなり、私も講堂へ行こう……と再び歩き出した。
けどすぐに、講堂の入り口付近で止められてしまった。
「申し訳ありません。只今、王太子殿下のご婚約者様のご案内をいたしておりますので、少々こちらでそのままお待ちいただけますか」
丁寧な口調で言うお兄さんは、お城の護衛騎士様の制服を着ている。
ゲームのモリス君(脳筋)ルートのエンディングで、モリス君が着ていた服と同じだ。
お兄さんに頷いて見せると、お兄さんは微笑んで「ご協力、感謝いたします」と言ってくれた。
以前お城で見た、殿下の護衛の人とは違う人だ。
けどこの人も、脳筋の匂いがしない。
え? モリス君、ホントに護衛騎士になんてなれたの? どんな手使ったの?
ほんの一分程度だろうか。待つという程でもない時間待たされたが、お兄さんは「大変お待たせいたしました。中へどうぞ、レディ」と微笑んでくれた。
ひゃ~、紳士~!!
これが『護衛騎士』というものなのだとしたら、モリス君、ホントに不可能じゃない? だって彼、セリフの語尾に全部『!』ついてたし。
本物は違うわぁ~……とうっとりしつつ中へ入り、受付を済ませ、講堂の席に向かうのだった。
講堂のふかっとした椅子に座り、考える。
『王太子殿下のご婚約者様のご案内をいたしております』って言ってたって事は、私がちらっと見た、あのぴょんぴょん歩いていた女の子がエリザベス様だ。
遠目だからかもしれないけど、めっちゃ『子供』っぽく見えたんだけど……。
王太子殿下の四つ年下。つまり、現在十二歳。
いや待って! 十二歳って、小学校六年生!? 殿下、十六歳よね!? 高一だよね!? え、ヤバくない……? 小学生と高校生って考えると、ヤバさ増さない……?
いや、世界が違う事は分かっている。常識も違う事も理解している。
でも軽く引く……。
しかも殿下といえば、無表情・無愛想でしょ?
あのちっちゃい女の子と、無表情のイケメンお兄さん……。
え? 大丈夫? ホントに? 何らかの罪で、殿下捕まったりしないの?
そんな事を考えていたら、入学式典が始まった。
入学生代表として、王太子殿下が壇上でご挨拶された。
イケメンで、イケボですよ……。素晴らしい……。
ゲームで聞いてたより、ちょっと声低い気がする。でもアレかな、録音した声とかって、生とだとちょっと変わるから、そういうのなのかな。
いい声なのには、変わりない。
壇上の殿下の後ろ、ステージの隅の方には、やはり護衛騎士様が控えている。
王城の式典の時に見た人だ。
じゃあ、あの人が殿下の『専属護衛』(だったかな?)の人なのかな。……モリス君て、今、どーしてんだろ……。
モリス君の将来の目標が、殿下の専属護衛の筆頭騎士になる事、だった筈だ。
任命権は確か、殿下がお持ちでいらした筈。
……それとも、ゲームの話だから、現実のシステムは違うのかな。
そんな事を考えているうちに、式典は終了した。
この後は、本校舎の講義室に場所を移して、明日以降の説明を受ける事になっている。
入学生がばらばらと席を立ち、講堂を後にする。
私たちと離れた場所に座っていらしたエリザベス様のお隣には、いつの間にか王太子殿下が座っておられた。
警備なんかもあるから、集団で一緒に……とか、移動できないんだろうな。
ていうか、殿下、いつの間にそこに居たんだろう……。
集団から少し離れた場所を歩く殿下のお隣には、エリザベス様がいらっしゃる。式の前に見たぴょんぴょん飛ぶような歩き方ではなく、いかにも淑女然とした綺麗な歩き方だ。
お二人の身長差がかなりあり、エリザベス様は殿下の肩くらいまでもない。……これはロリコン疑惑も湧くわ……。
しかもお二人は、しっかりと手を繋がれている。それも、恋人繋ぎでだ。
不仲説流した人、なんでそんな事言い始めたの……?
あれが『不仲』なら、世の中ラブラブカップルが居なくなるよ……?
一日を終え、寮の自室へと帰って来た。
よし! ちょっと考えよう!
何か大分、ゲームと違っちゃってる!
まず私。
ゲームと同じなのは、特に目立つ要素のない伯爵令嬢であるという事。……まさかウチが、伯爵になるなんてなぁ……。
ゲームと違ってるのは、通っている学校がコックフォード学園ではなく、スタインフォード学院。
十五歳で入学が、一年前倒して十四歳で入学。
性格なんかも多分違う。だって、ゲームの選択肢が四択だったけど、「どれも選びたくないんだけど……」って選択肢が結構あったからね。
次に王太子殿下。
ご尊名なんかはゲームと同じだし、プロフィールも同じだ。
この国唯一の王子で、下には妹殿下がお二人。
ご尊顔もゲームの立絵とよく似ている。サラサラの金の髪に、明るい青い目の、直視できないレベルの美形だ。
殿下ははっきり言って、このプロフィールと外見以外は全くゲームと違うお方だと思う。
まず、ご婚約されている。
今日一日見ていて分かった。『不仲説』とか、ありえない。
あれはエリザベス様を溺愛する目だ。隙あらばイチャコラしている。それをエリザベス様が「仕方ないなぁ」って顔で笑ってらっしゃる。
激甘! チョコに蜂蜜かけて、砂糖まぶしたくらい甘い! インドのグラブジャムンくらい甘い! あれ、好奇心で一缶買って、泣くほど後悔したもんなあ……。
そんな殿下なので、ゲームでの『無表情』って何だったの?ってくらい、にこにこしてらっしゃる。……エリザベス様に対してだけ、だけど。
そしてエリザベス様。
ゲームでは殿下ルートとエルリックのルートで、存在だけは出てきた。どちらのルートでも、名前は出てきていなかったと思う。
ゲームでは殿下のちょっとした心の傷で、エルリックにとっては大切な妹。
現実のエルリックは分からないけれど、現実の殿下にとっては間違いなく『最愛の婚約者』だろう。
思ってたより、百倍くらい可愛い方だった。
スサンナ、ゴメン。毎回話聞くたび、盛り過ぎててあり得ないわー……とか思ってた! でもホントに可愛い人だった!
もんのすごい美少女だった。「妖精みたい」っていうの、めっちゃ納得。
……エリザベス様の方見ると、殿下が牽制するみたいにこっち見てくるから、怖くてあんまり見れなかったけど。
ていうか、殿下、アレ何なの? ヤンデレの気でもあんの? エリザベス様の方見てた男の子が「ヒッ……」て怯えた声出して目を逸らしてたけど、何したの?
……殿下にヤンデレルートなんてなかったけどなぁ……。
あと他の覚えてる三人の攻略対象者は、影も形もない。
殿下の側に侍ってたりもしない。
もしかしたらちょっとだけ、舞台となる学校が違うだけで、攻略キャラ居たりすんのかな?とか思ってたんだけど。
全然、居ない。
そうそう! あと、攻略対象キャラ、一人思い出したの!
今日、殿下とエリザベス様の後ろに控えてた、護衛騎士のお兄さん!
名前は……、何だったかな? アルフォンスだか、アルフォンソだか……。多分どっちかが、マンゴーの品種だな。マンゴーじゃない方が、お兄さんだね。どっちがどっちか分かんないけど。
マンゴーじゃない方のお兄さんは、殿下の専属護衛騎士様だった筈。
ヒロインより一回りだったか年上の、『年上チャラ男枠』だ。
色っぽいチャラチャラお兄さんで、ヒロイン相手の会話も軽いけれど、実はすごく誠実な人で……みたいな、良くあるタイプのキャラだ。
いつも笑顔だけど、心の底からは笑っていない、という陰のあるキャラだ。
何か最後は「本当に守りたいものを見つけたんだ」とかなんとか言って、護衛騎士辞めちゃうストーリーだったけど。
いや! 辞めないでよ!
護衛騎士って、すっごくなるの大変な筈なのに!
伯爵家の小娘の為なんかに辞めないで!
実際のマンゴーじゃない方お兄さんは、もうお一人いらした護衛のお兄さんと並んで、ぴしっと綺麗に立ってらした。
ちらっと見た時、何か肩が震えてたけども、何かあったのかしらね?
全然、ゲームとはキャラからして違ってるけど、ゲームの登場人物は実在している。
何だか変なの、と思った。
けれどまあ、ここは単なる『ゲームのモデルとなった世界』なのかな、と納得した。
という事は、『ゲームの強制力』とか、『ゲーム通りの展開になるかも』なんかは、気にしなくて良さそうだ。
よーし! 明日から、勉強頑張るぞー!
* * *
授業が始まって、二週間が経った。
エリザベス様が可愛い。
公爵家序列二位の大貴族、マクナガン公爵家のご令嬢だというのに、気取ったところが全くない。
入学初日に学院側から注意として、殿下やエリザベス様には手製の贈り物を禁止する、と言われた。警備の関係上だ。
手製がアウトなら、既製品はいいのかな?と、四人いる女子の一人エミリアがエリザベス様にお菓子をプレゼントした。
なんとエリザベス様は受け取ってくださった。
……隣の殿下が、めっちゃ渋い顔してたけど。エミリア、勇気あんな!て思ったけど。
受け取ったお菓子を検品してもらって、エリザベス様はそれを休憩時間に食べていらした。
その様が! 可愛さが天元突破してたの!!
柔らかいビスケットにチョコクリームが挟まっている、今ちょっと人気のお菓子だ。エミリアに何であれをプレゼントに選んだのかと尋ねたら、「エリザベス様があれ食べてたら絶対に可愛いと思って」と返って来た。グッジョブである。
一つが直径十センチほどもある、大きなお菓子なのだ。
それを小さな両手で持って、ちょこちょこと少しずつ食べている。小動物のような愛らしさだった。しかも飛び切りの美少女だ。
美味しかったらしく、口元が笑みの形に緩んでいるのもまた可愛い。
美少女 + 小動物系仕草 + 幸せそうな笑み = 破壊的に可愛い!!!
同じ教室でそれを見てしまった全員が、「あぁ^~」て頬を緩めてしまった。それに気付いた殿下から、めっちゃ『こっち見るな』オーラが発せられていたので、視線を逸らすしかなかったが。
もー、何アレ!!! 可愛いにもホドがあるでしょ! こんなのスサンナに知られたら、何されるか分かんないけども!
その日以来、殿下がご公務で欠席される日を狙って、クラスの誰かがエリザベス様にお菓子を差し入れるようになった。
お隣に殿下がいらっしゃらなければ、こっそり盗み見し放題だからね!
殿下のご欠席の日のエリザベス様のおやつタイムは、クラス全員の癒しのひと時となっている。
……多分、殿下は御存じなのだろうけれど。いつか全員揃ってなんかされそうで怖いけども。
ある日、中庭のベンチで本を読んでいた時の事だ。
図書館から教室までが遠いので、休憩がてらベンチで借りてきた本を開いていたのだ。
すると、隣のベンチにエリザベス様がやってきて、ちょこんと座った。はー……、もう、何してても可愛い。
足が地面に届かなくて、つま先立ちみたいになってるのも可愛い。
私の座るベンチと、エリザベス様が座るベンチの間には、二メートルほどの間がある。
エリザベス様は中庭に一本だけある、背の高い木を眺めている。
確かにあの木、気になるのよね。一本だけ、ぽつんてあるから。
エリザベス様はその木を眺めながら、小さな声で歌を歌ってらした。
その歌が、風に乗ってかすかに聞こえてきた。
最初は、耳を疑った。
まさかそんな。私が心の中で歌ってたから、そう聞こえただけじゃない?
そんな風に思ったが、確かに聞こえた。
そう。
この木はなんの木かな~? 気になるな~?的な、あの有名なCMソングだ。
しかも、きちんと日本語で。
私が膝の上に開いた本を読む振りをして呆然としていると、エリザベス様がベンチから降りた。
「エリィ、すまない。待たせたね」
言いながら、殿下がやってきた。
「いえ、大丈夫です。レオン様のご用は、もう済んだんですか?」
「ああ。……行こうか」
エリザベス様はそのまま、殿下に手を引かれるようにして、校舎の中へと戻って行った。
ウソ……。エリザベス様ってもしかして、私と同じ転生者……?
しかも、私と同じで乙ゲーに参加したくない人種……?
何とかして、エリザベス様にコンタクトをとれないだろうか……と思った。
だってもしかして同じ転生者なら、仲良くなれるかもしれないし! あの天使みたいに可愛いエリザベス様と!
目の前で、美味しいお菓子食べるとこ見られるかもしれないし!
……あともしかして、お兄様にも会えるかもしれないし(コソっと)。
その日から、エリザベス様にコンタクトを取る方法を考えた。
周囲には護衛騎士様や侍女様が控えているので、ご本人に突撃は非常に難しい。
本当は、アレやってみたかったんだよなー……。
小説で良くある「貴女もしかして……、○○ってゲーム、ご存じじゃない?」って言うヤツ。
でも、タイトル全然覚えてないもんなー!!
考えて結局、無難な『お手紙を渡す』という方法を取る事にした。
中身を日本語で書けば、読めれば転生者確定だし、読めなかったら読めないでそれでいいし。
家から持ってきたレターセットに、日本語で『もしもこれが読めるのならば、放課後、カフェテリアに来て下さい。お話ししたい事があります。』と書いてみた。
まあ、読めなかったとしても、私が待ちぼうけ食らうだけだ! なんて事ないない!
十数年ぶりに日本語の文字など書いたが、意外とちゃんと書けた。
実は一回だけ、放課後の『課』の文字を間違えたが……。つくりの『果』に草冠つけちゃったよ! 読み直して「アレ? なんか違和感あるな?」って、気付くのに三分くらいかかっちゃったよ。
忘れないモンなんだなー。
こういうの、何ていうんだっけ? 『三つ子の魂、踊り忘れず』だっけ?
確かに、前世の地元の甚句、いまでも踊れるもんな。
あとはこれを、殿下がご欠席の日にお渡しするだけだ!
わー……! 今からドキドキしてきたー! エリザベス様、来てくれるかな……?
次回、エリちゃんに戻ります。
しかも、前々回の引きを回収する気のない始まり方で。




