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12 記憶力がポンコツ気味だった転生少女。(それ以外は並スペック)


 引きを作っておいて、全く違う話を始める。

 騙されたな! あれは幻だ!



 マリーベル・フローライト。

 子供の頃、文字の練習の為に、何度も何度も自分の名前を紙に書いていた。


 自分の名前がゲシュタルト崩壊しそうになる頃、何故か『この名前、すごく見覚えあるんだよなぁ……』という不思議な感覚に襲われた。


 見覚えもなにも、自分の名前だ。

 大好きな両親が付けてくれた、私の名前。

 私は、マリーベル・フローライト。


 『見覚えがあるって何だろ』。そんな風にぼんやりと考えながらも、紙にまた自分の名前を書く。

 文字の大きさや形が揃って、結構満足できるものが書けた。

 上手にかけた!と嬉しく思うと同時に、「分かったぁ!」と叫んでしまった。


 マリーベル・フローライト。

 それは、私がプレイした幾つかの乙女ゲームの中の一つの、主人公(ヒロイン)の名前だった。




 前世の記憶、というのだろうか。『この世界とは別のどこか』の記憶は、物心ついた頃からずっとある。けれど幼い頃の私は、それらを『夢の中の世界』だと思っていた。

 余りに現実離れしていたからだ。


 空を飛ぶ大きな鉄の翼や、この国の王城の尖塔より高い四角い建物、離れた場所に居る人と話が出来る小さな装置……。

 全てが、この世界ではありえない品々だ。


 アレ、夢じゃないんだ!と、理解した。


 飛行機も、ビル群も、スマホも。全部全部、前世では珍しくも何ともない、日常のモノたちだ。


 理解して、青褪めた。


 ちょっと待って……。『ヒロイン転生』て、何それ。どんな罰ゲーム?

 私、前世でそんなに罪を犯したの!? ヒロインっちゃあ、ざまぁされるのが定番じゃない!?


 そう思ったのだが、よくよく考えたらそれは、『ヒロインがゲーム展開を利用し、お花畑と逆ハーレムでヒャッハー!』をやった場合のパターンなのではなかろうか。

 そう。

 ゲームに関わらず生きていくヒロイン転生モノのお話もあった筈だ。

 そしてそちらでは、ヒロインはざまぁなどされない。当然だ。後ろ指さされるような行いをしていないのだから。


 良し、決めた!! 私は『普通』に生きよう!

 法律を守って、身の丈にあった暮らしをして、小さい幸せに小躍りするような人生を送ろう!

 そう、つまり、前世の小市民万歳な私のままで生きていこう!


 そう強く決心した、四歳の春だった。




  *  *  *




 ゲームのタイトルは覚えていない。何だったかな……。別に思い出せなくてもいいんだけど、何かすごく内容と関係ないタイトルで、「は!? ある種のタイトル詐欺!?」と思った事だけを強烈に覚えてるんだよなぁ……。

 タイトル詐欺と思うようなタイトル、という事まで思い出すと、俄然タイトルそのものが気になってくる。

 しかし、若干ポンコツ気味な私の記憶力には、タイトルの記憶がない。

 いや、あるのかもしれない、きっとあるのだろうが、全く思い出せない。

 ……ヤバい。『タイトル』って単語が、ゲシュタルト崩壊起こしてきた……。


 ポンコツ記憶力なので、攻略対象の人数も定かでない。

 四人……、いや、五人……? それくらいだったような……。

 確実に覚えているのは、四人だ。

 もしかしたら、もっと居るのかもしれない。というか、居る筈だ。パッケージが確か、主要キャラがブロッコリーみたいにわーっと並んでいる系のアレで、五人のブロッコリーではボリュームに欠けるからだ。


 まあ、現実で攻略対象(彼ら)に出会う事はなさそうだが。



 主人公は、マリーベル・フローライト。つまり、私だ。

 亜麻色の髪に、灰色の瞳という、ヒロインにしては地味なカラーリングである。……いや、心の底からピンクとかじゃなくて良かったと思ってるけどもね!

 そもそもこのゲーム、アニメっぽい色合いの髪とか目(青髪とか、赤目とかね)は、出てこなかった。そしてそこが取っ付き易くて好きだった。


 マリーベルは、商会を営む伯爵家の一人娘だ。

 ……現在、父は子爵なのだが、伯爵へ陞爵するのだろうか。何するんだ、お父さん。ウチの商会が、何か大当たりでも出すのか?


 ヒロインなのだが、彼女は『目立たない、大人しい少女』だ。

 ……実際、鏡を見てみても、そこには「それなりに可愛らしい」程度の女の子が居る。


 えー!? ヒロインって普通、花のように可憐で可愛らしくて、小動物のような愛らしさで庇護欲をそそる、とかじゃないの!?(小説の知識によれば)


 私は、その辺の子よりは可愛いが、絶世の美少女などには程遠い。

 しかし、そういう設定のヒロインなのだ。目立たない少女、というのは、見た目的にも目立つものではないのだ。


 少女マンガの主人公などで良くある「目立たない、普通の私」が、読者からしたら「は? 『そんな事ないよ』待ちか!?」レベルで可愛いという、あの現象は私にはない。

 本当に、埋没系ヒロインである。


 いや、高位の貴族令嬢などは絶世の美少女も珍しくないので、もしかしたら私は逆に目立つかもしれない。……ショボさで。


 その『大人しい、目立たない私』と、『そんな私を見つけてくれた彼』との恋愛シミュレーションゲームだ。

 舞台は学園。

 そこで出会った貴公子たちとの、甘酸っぱい青春ラブストーリー!


 ……いや、このゲームの前にやってたのが、攻略対象が全員ヤンデレというゲームだったのよ。そのシナリオのエグさに疲れちゃったのよ。

 王道こそ至高!みたいな、原点回帰フェア開催中だったのよ……。


 公式サイトで見たキャラ紹介のイラストがとても綺麗で、それも購入のきっかけだった。

 ……公式サイトで見た時は、「言ってもヒロイン全然可愛いじゃん」と思っていたのだが、現実とは無情なり……。

 高位貴族のご令嬢も居るお茶会へ行って、「あ、私フツーっていうか、そこそこ下の方?」という現実を突きつけられた。


 普通の少女が、ちょっと手の届かない相手と出会い、共に過ごす事によって互いに惹かれ合っていく……みたいな、本当に王道のストーリーだ。

 言ってしまえばそれだけの話なので、悪役やライバルなどは居ない。

 エンディング分岐は単純に、自分の選択肢のみだ。


 いや、ヤンデレだらけの血みどろ祭りゲーの前にやってたのが、攻略対象全員に彼女の居る『略奪ゲー』でさ……。

 プレイしてると、『彼女いて他の女にコナかける男もクズなら、彼女いるの知っててすり寄ってくヒロインもクズじゃね!?』って、心が荒んできちゃってさ……。

 王道、最高!!



 そんなこんなで攻略対象なんだけど、『ヒロインではちょっと手の届かない彼』とのハッピーエンドがコンセプトだから、高位貴族のご子息とか、名家の坊ちゃまとかだった。


 現状、私ではお会いする事も叶わない方々ばかりだ。


 覚えている一人目は、王太子殿下。

 ハッハー(林家〇ー子さんの笑い声)! 会える筈ないわー! 笑うくらいないわー!

 雲の上の人過ぎて、ご尊名がぱっと出てこないくらい、ありえないわー!


 私の二つ年上の、ゲームでは十七歳。

 本来『学園』なんて通う必要はない方なのだが、市井の人々と触れ合ってみたいとかなんとかで学園に通っている、クールビューティー系王子様。

 滅多に表情を変えない事で有名で、現在『婚約者候補』は居れど決まったお相手は居ない。その理由が『自分に擦り寄ってこようとする我欲の強い者ばかりで呆れる』かららしい。

 はぁ、カッケーすね、王子(棒)。


 王子が滅多に表情を変えなくなったのは、九歳の頃に居た婚約者が、王子を嫌って婚約を撤回し領地へ籠ってしまったからだった。

 私と居ても、そんなにつまらないですか? と泣かれたのが、幼心にトラウマになっているのだ。


 実際面白い事はなかったらしいが、それ以来、王子は表情を変えなくなった。

 常に無表情なら、誰にも『面白い』も『つまらない』も分からないのではないか、と。


 言わせてもらっていいかしら?


 クソ面倒臭いわ、王子!!


 はー……、この王子はないわ。女の子にはもうちょっと気を遣ってよ。愛想笑いでいいじゃない。なんで無表情の方を選択しちゃうのよ。

 ないわ。

 いや、現実問題として、私の身分じゃお会いする事もないだろうけど。でも、ないわ。



 覚えてる二人目は、内務大臣の息子だ。アーネスト侯爵の次男レナードである。

 侯爵くらいなら、あるか……? しかも次男。婿入り可能。


 年齢はヒロインの一つ上、ゲーム中では十六歳。

 王子殿下の側近という立場なので、常に王子殿下の側に居る。マジでいつも居る。

 腹黒眼鏡枠だ。

 王子殿下のブレーンで、信用の篤い人物だ。


 彼は非常に頭脳が明晰で、幼い頃から何でも全てが『簡単すぎてつまらない』という生活を送って来た。

 世の中には出来て当たり前の事しかなく、そこそこの努力で何でも出来てしまうので、退屈で仕方ないのだ。

 その彼が唯一敵わなかったのが、王子殿下だったそうだ。


 もうこの時点で関わりたくない! こんな面倒くさい人、本当に嫌だ!


 彼はヒロインと出会い、人格を多少矯正されるのだ。

 たっかい、たっかい鼻っ柱を、ヒロインがぽきっとへし折ってやるのだ。

 その際、あの名言が出る。そう! あれだ!


「フッ……、面白い女性(ひと)ですね」


 わ~~~~!! サっムい!! 現実で言われたら、鳥肌立つ自信ある!


 ていうかいいじゃん、無理に人格矯正しなくても。もうその何の役にも立たないアホ程高いプライドのまんま生きてってよ。

 ない。彼も、ない。



 覚えてる三人目は、王道なら必須の脳筋枠、モリス・サンディル。

 騎士団長の息子で、父親同様騎士を目指している。


 彼も殿下の側近で、護衛を兼ねている。

 王子殿下と同い年、私より二つ年上だ。


 まあ彼は、良くあるステレオタイプの脳筋キャラだ。

 いつも明るく、筋トレが好きで、剣の腕を磨く事に青春を捧げている。


 その彼にヒロインがある日、「『守る』って、どういう事ですか?」と疑問を投げかけるのだ。

 答えに詰まってしまったモリスは、それから己と向き合う事になる。

 そんなモリスを、ヒロインは見守り、支え、時に叱咤し、二人で答えを出していくのだ。


 ……って、ヒロイン、おかんか!!

 お前の母親か!

 そんなん、自分一人で考えてよ!! 自分の将来じゃんか!!

 あー……、ないわ。これもないわ……。



 そして覚えてるラストは、エルリック・マクナガン公爵令息。

 実はこのゲーム内で、一番好きなキャラだったのが、彼だ。


 マクナガン公爵家は歴史が古く、公爵家の序列でも第二位という大貴族だ。彼はその嫡男である。

 年齢は私と同い年。


 ビジュアルが、めっちゃツボった!

 淡いふわふわの金の巻き毛に、白い肌。少し憂いを含んだダークブルーの瞳に長い睫毛。中性的な、何処から見ても美少年だ。


 実は前述の王子殿下が白紙撤回した婚約者、というのが、彼の妹なのだ。

 そのせいで、王子殿下との間には、ちょっとした蟠りがある。

 領地に引き籠って今も塞いでいる妹を心配し、何をしてやれるだろうかと考えている、優しい少年だ。

 

 もうこのシナリオが! 癒し系で!


 ヒロインと二人で、領地に居る妹への贈り物を考えたり。王子殿下と、それまで話題として避けていた妹の話をして和解したり。

 妹さんも大事だけど、貴方も元気にならなくちゃ!と、強引にデートに連れ出したヒロインちゃんと、結果として楽しい時を過ごしたり。


 彼にはややこしいトラウマなどもなく、全体的にふんわりと優しい雰囲気のシナリオだった。

 性格も穏やかで優しく、少し照れ屋でシャイな少年。

 そこも好きになったポイントだ。


 エルリックなら、アリだなー……。いや、でも、公爵家の嫡男様なんて、会う事もないかー……。



 これが、私のポンコツ・メモリーバンクの中身の全てである。

 もしかしたらいつか、これ以上の情報も思い出すかもしれない。……無理だとは思うが。




  *  *  *




 時は流れ、私は十二歳になっていた。

 最近、ウチの商会の商売がやけに順調である。他国から仕入れている果物が、謎のブームが来たらしく、飛ぶように売れているのだ。この国にはない果物だが、私は知っていた。

 パッションフルーツだ。

 まあ売れるのは分かる。美味しいから。でも、売れ方が異常だ。

 何、この現象……? これがもしや、ゲーム補正?

 ゲームの通りになるならば、私が十五歳になるまでには、我が家は伯爵になっている筈なのだ。


 謎の、パッションフルーツブーム、怖い!!



 十二歳になり、両親から「マリーは学校へ通うのか」と質問された。

 ぶっちゃけ、この世界の学校は、貴族なら特に通う必要はない。家庭教師で済むからだ。


 ならば何故、ゲームのマリーベルは学校へ通っていたのか。


 ゲーム中では特に説明はない。プレイしている最中も、特に疑問には思わなかった。

 何故なら日本では、十五歳なら学校へ通っていて当たり前だからだ。


 しかし自分がマリーベルとして生きてみると、それは結構不自然なのだ。


 王都には、主要な学校が三つある。


 一つは、スタインフォード王立学院。

 次に、ノースポール女学院。

 そして、コックフォード学園だ。


 貴族子女で学校へ通うとなると、この三つくらいしか候補がない。


 ゲームの舞台となっていたのは、コックフォード学園だ。校訓が『学問は平等』で、校則には『生徒は原則として平等の存在であるとする』というものがある。

 乙ゲーあるあるだ。

 この前提がない限り、いかな貴族令嬢とはいえ、王子殿下に声などかけられない。


 コックフォードは通いたくない。

 年度をずらせばどうにか回避できるかもしれないが、乙女ゲームを始めたくない。

 それに、コックフォードは余り通う意味もない。


 調べてみたら、コックフォード学園の授業内容は、家庭教師でカバーできる範囲なのだ。

 日本でいうなら、高校程度だろうか。

 十二歳の私が教師から教わっている内容に、更にちょっとプラスアルファ、くらいの内容だ。

 ゲームのマリーベル、何で通ってたの……?


 その謎は、父の言葉により氷解した。

「学校でお友達が出来たら、周りの子がどんなものを欲しがっているか、聞いてくれないかい?」


 マーケティングリサーチか!!!


 そっかぁ……。ゲームのマリーベルも、家の仕事手伝ってたもんなぁ。

 確かに、平民から貴族(主に低位だが)まで居る学園なら、マーケティングリサーチの場にもってこいだよねぇ。

 超、納得。


 父としては、私に学校に通ってリサーチして欲しいようだ。

 そうなったら、どこかへ通ってみるしかあるまい。

 でも、コックフォードは嫌だ。……エルリックには会いたいけど。めっちゃ見てみたいけども!!


 ではノースポール女学院かというと、こちらも遠慮したい。

 『女学院』だ。女しかいない。しかも、『貴族のご令嬢』しかいない。怖い。

 校訓である『淑女たれ』から既に、馴染める匂いがしない。家の階段を一段飛ばししただけで「お転婆」と言われる世界だ。無理ゲー過ぎる。


 となると、残るはスタインフォード王立学院だ。

 ここは、日本で言うなら東〇大学だ。国一番の難関校だ。

 この学校は、貴族も平民もいい意味で区別しない。完全実力主義がウリだ。

 高位貴族の令息・令嬢も、毎年バンバン受験で落ちている。

 最高峰の教育機関である。


 確かに、スタインフォードのカリキュラムは、調べれば調べる程に興味深い。

 でも私に受かるだろうか……。

 Fラン卒の、この私に……。


 いや、前世は前世! 今は今!

 コックフォードに行かない為にも、頑張ってみようじゃないか!


 そう肚を決め、やたらと難しい入試に挑む為の勉強を始めた。




 十三歳の年の瀬、我が家が伯爵へ陞爵する事となった。

 ゲームの力、すごい!と、ちょっと怖くなったが。



 この世界には、まだコルセットが存在していた。

 私はそれが、心の底からイヤだったのだ。だって痛いもん! しかも苦しい! そんで面倒くさい!

 ドレスなど滅多に着ないが、着る際にはコルセットをぎっちぎちに締められる。

 アレ、ただの拷問じゃない!? なんで着飾るのに苦しい思いしなきゃなんないのよ!

 ブチ切れた私は、補正下着のようなものの開発に乗り出したのだ。


 我が家の商会には服飾部門もあり、そこと協力し、コルセットより着脱が簡単で、着け心地も楽なウエストニッパーを開発した。

 開発資金は、パッションフルーツブームのおかげで、どうとでもなった。


 これが当たった!

 笑っちゃうくらい売れた! というか、今も売れてる。


 調子に乗って、『ラクラクシリーズ』と銘打って、色んな女性用下着を開発した。……開発っていうか、所謂知識チートだ。この部門以外で、私が知識チートをぶちかませるような場所はなかった。産業なんかは大分進んでいて、私の付け焼刃に過ぎる知識じゃ太刀打ちできなかった。


 貴族のレディ、マダムにもご納得いただけるようレースをふんだんに使ったものや、庶民向けの手入れの楽な木綿でちょっと可愛いものなど、色々作った。


 そんでまた当たった。

 ウチの商会の名前ワ〇ールにしちゃおっかな、ってくらい当たった。

 いつの間にか、服飾部門が下着専門店みたいな扱いを受けるようになったが。


 当たり方が凄まじすぎ、他国への輸出まで始まった。

 ブラジャーの概念のない国とかもあったからね。そういう国の女性にも受けた。


 いつの間にか、女性用下着が一大産業になっていた。

 ……なんかもっと、知的な知識チートしたかったな……。下着て……。いいけど。可愛いパンツ出来てご満悦だけども。


 その功績で、今回の陞爵とあいなったのだ。

 ……ウチ、パンツ伯爵とかあだ名されんのかな……。切ない……。



 貴族の陞爵は、年末に王城で式典が行われる。そこで一斉に、国王陛下から爵位を賜るのだ。

 まだ十三歳の社交デビュー前だが、一世一代の出来事という事で、私も同行が許された。子爵から伯爵への陞爵だ。中々のものだ。

 伯爵位と侯爵位にはたっかい壁があるので、恐らく我が家にこれ以上の陞爵はないだろう。

 本当に、一世一代の出来事だ。


 私は初めてのお城でワクワクだ。だって、外から見てもめっちゃ綺麗なんだもん! 中入ってみたかったんだよねー!

 高位貴族なら、お城でお茶会とかあるらしいけど、子爵家じゃぁね~。

 うん、なくていいんだけどさ。マナー、ちょびっと自信ないし……。


 その年に陞爵されるのは、我が家を含め三つだった。

 ウチが子爵から伯爵へ、他の二家は男爵から子爵だった。


 お城のお役人様から式典の説明を受け、陞爵を受ける父は別の待機所へと連れていかれた。

 お役人様の説明の間、私はお城の控室を目を輝かせて眺めていた。

 だって、めっちゃ綺麗だったんだもん! ソファも、信じられないくらいふかふかだったし。家具類も全部、すごく豪華でピカピカしてた。


 ふわぁ……、すごい! 本物のお城だぁ……!!


 こういうの見ちゃうと、『乙ゲーヒロイン転生』で頭パーンてなって逆ハーとかに走る主人公の気持ち、分かるような気がする。

 でも、私はそうはなりたくない! 私は小市民、私は小市民……と。うん、よし!



 式典では、私とお母さんは、列の隅っこの方に並ばされた。序列によって並び順が決まるから、こんなものだろう。しかも私たち、単なる見学だし。

 玉座には王様。お隣に王妃様。

 王様はめっちゃりりしいイケオジだ。王妃様は三人の子持ちには見えない美女。

 すんごい眩しい。あんな人たち、ホントに居るんだ……。


 謁見の間はとても豪奢でキラキラしているのに、王様も王妃様もそれに負けていない。


 ……え? 王子ルートとかやったら、ヒロインがあそこに座るの?

 無理過ぎない? 王族の方々と、素材が違い過ぎない?

 美形アイドルユニットに一般人が一人混じるくらい、違和感しかなくない?


 王様たちの玉座から一段下がった場所に、王太子殿下が居る。

 その殿下がまた!

 ホントにゲームから抜け出てきたみたいな美形!! 2.5次元とか目じゃない完成度! ……って、3次元だった! 現実(リアル)だった、ここ!


 ゲームのまんま美形無表情な王太子殿下の背後には、護衛騎士様が控えている。ゲームの通りなら、脳筋モリス君なんだけど……。

 モリス君とは似ても似つかない、けどめっちゃイケメンなお兄さんが居る。

 殿下より大分年上っぽい? モリス君と違って、脳筋にも見えない。むしろ賢そう。



 ……あ! やっぱここ、ゲームと大分違うんだ!


 そう思ったら、心がふっと軽くなった。


 無表情・無愛想な王子殿下の相手しなくていいんだ。

 プライドたっかい陰険眼鏡も放置でいいんだ。

 脳筋少年のおかんにならなくてもいいんだ。


 なぁーんだ。じゃあ、何の心配もいらないじゃん。

 ほっとした私は、心ゆくまで美形の王子殿下を眺め、目の保養をするのだった。




  *  *  *




 十四歳の春に、スタインフォード学院を受験した。

 勉強のし過ぎで頭グラグラしてたけど、何とかやりきった。……こんな勉強したの、前世も合わせて初めてだ……。


 合格通知が届いた日は、両親と抱き合って喜んだ。

 『受かった』ってだけでも自慢できるレベルの学校だからね! スタインフォード卒なんて言ったら、イコールでエリートって認識されるレベル。


 驚いたのは、今年の入学生の中に王太子殿下とそのご婚約者様がいらっしゃるという話だ。


 そう。

 ゲームと違い、殿下には婚約者がいる。ゲーム同様、婚約が結ばれたのは、殿下が九歳の頃だったらしい(貴族令嬢Aの話によると)。

 お相手は、やはりゲーム通り、エルリック・マクナガンの妹のエリザベス・マクナガン様。

 ゲームだと『エルリックの妹』って情報しかなかったけど、殿下より四つ年下って知ってちょっと驚いた。結構、歳離れてるんだなぁ!って。


 殿下が余り公の場にエリザベス様を伴う事がないらしく、お二人は不仲なのでは?と噂されている(貴族令嬢Bの話によると)。


 エリザベス様もお茶会などで余り殿下の事をお話しになられないらしく、その噂は真実なのでは?とも言われている(貴族令嬢Cの話によると)。


 あー……。ゲームの登場人物と関わりたくないんだけどなぁ……。

 たった四十人しか居ない生徒の一人じゃ、ガン無視ってワケにもいかなそうだよなー……。




 もう一話、彼女の話が続きます。


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― 新着の感想 ―
>そして覚えてるラストは、エルリック・マクナガン公爵令息。 >実はこのゲーム内で、一番好きなキャラだったのが、彼だ。 かなしみにつつまれた
[一言] あ……。 この世界、乙女ゲームとか、関係ある世界だったんだ……(あまりの中身具合に。主に某公爵家のせいで)
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