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11 エリちゃん、ペカペカの一年生となる。


 マクナガン公爵家始まって以来の難問、と言われてきた兄が、無事に領地に監禁となった。

 まあ、本人は『監禁されている』などとは思っても居ないだろう。恐らく毎日楽しく暮らしている筈だ。


 フハハハハ……!

 マクナガン公爵家の恐ろしさ、思い知るがいい!!(いや、次期当主だけども)

 貴様がその地を離れられるようになるまで、一体何年かかるかな!?


 あー、もうホント、お兄様には(ちょこっとだけ)申し訳ないが、めっっっちゃ清々しい!!


 因みに、治水と商業施設の誘致・稼働等を全て終えない限り、兄は公爵領から出る事が出来ないようになっている。恐らく兄はまだ気づいていない。



 ふと思ったんだけどさぁ……。

 あの兄居なくなったから、エリちゃんお家帰っても大丈夫なんじゃない?


 ある日の夕食時、殿下にそう言ってみたらば、びっくりする程「しゅーん……」てされた。

「……そうだね。エリィも慣れない城より、実家の方が安心するよね……」

 視線を斜め下に固定して、めっちゃ寂し気な笑みを浮かべて。

「いえっ! あのっ! 別にどうしても帰りたいって訳ではないんですが……」

 慌てて言い訳をした。

 美形のしょんぼり顔、しょんぼり感がスゲェんだもん! 当社比三倍くらいあんだもん!


 うん、別に、どうしてもって訳じゃないんだ。

 お城が嫌な訳でもない。

 こうやって殿下と一緒にお食事とか、むしろちょっと嬉しい。

 でもちょっとだけ。うん。ちょっとだけなんだけどね……。


「私の、侍女を務めてくれていた者たちに、会いたいなー……とか」


 そうなのだ。

 幼い頃からずっとそこに居てくれたマリナやエルザに、ちょっとだけ会いたい。

 ほ、ホームシックとかじゃないんだからね!? か、勘違いしないでよ!?

 ……誰に向かってツンデレてんのか、分かんないけども。


「ああ、そう言えば……。誰も伴わなかったんだね」

 しょんぼり顔をやめて下さった殿下に、私は頷いた。

「彼女たちは、王城へ上がれるような身分を持ちませんので……」


 そう。

 国の最重要機関である王城へは、入る際に細かな身辺調査が必要となる。

 彼女たち……というか、我が家の使用人の大半が、それをパス出来る身分ではない。

 大体、『元殺し屋』とか『元他国の傭兵部隊長』とか『元暗殺者』とか『元詐欺師』とか……。そんなのが過半数を占める我が家がおかしいのは分かってる。

 しかし私には、長年慣れ親しんだ人々なのだ。


「保証人が居るならば、随伴は可能だった筈だ」

「……そうなんですか?」

 殿下は頷くと、私の頭をよしよしと撫でてくれた。

「ああ。後で書類を用意させよう」

「ありがとうございます!」

 にこっと笑う殿下を拝もうとしたら、殿下に手首をがっちり掴まれ止められた。

 拝ませてくれぇ!! 我が神よ!!


「侍女の手配は有難いのですが、レオン様は大丈夫なのですか?」

「何が?」

 平然と尋ね返した殿下に、軽く首を傾げた。

「私が城に居座る事で、レオン様に不名誉な噂などが立ちませんか……?」


 そう。

 たとえ婚約者といえど、未だ婚姻前である。

 その相手をこれといった理由もなく王城に留め置いたなら、『婚姻前から囲っている』などの噂のタネを蒔く事にならないだろうか。

 ただでさえ殿下、一部でロリコン疑惑出てんすよ……。

 ご本人、知ってるのかどうか、怖くて聞けないけども。


「別に、噂したい者がいるのなら、させておけばいい。恐らくその内、静かになる」

 にこっと微笑みつつ言われたが、「ソーデスカ……」としか返事できなかった。

 『静かになる』って、『黙らせる』って事っすよね……。

 今日もさす殿ですね……。




  *  *  *




「王太子殿下にはご高配賜りまして、感謝いたしております。マクナガン公爵家侍女、エルザ・クロウウェルと申します」

「同じく、マリナと申します」


 ぱんぱかぱーん! やりましたー!!

 二人を呼ぶ事に成功しましたー!


 エルザは身分はしっかりしているものの、元王城の暗部所属という経歴がアレでナニだった。ところが、エルザの御父上である国王直属特殊部隊『梟』の長が、エルザの身元保証人となってくれました!

 ……書類見た人、びっくりしただろうなぁ。

 マリナは経歴などは全て抹消されている。我が家の使用人、有能過ぎる。

 なので単に『孤児』として、保証人に我が家の執事トーマスとお父様が付いてくれたのだ。

 トーマスは我が家の分家の出身で、子爵位を持っている。爵位ってこういう時強いわね。


 今日は晴れて殿下にご紹介だ。

「……書類を見た時も驚いたのだが、エルザ嬢はカイエンの……」

「娘にございます」

「そうか……」

 殿下が絶句しておられる。

 そっか……。殿下が書類見たのか。いや、そりゃ見るか。そんでやっぱ驚いたかぁ……。


「二人とも、私をずっと兄から守ってくれた恩人なのです」

 そう紹介するとエルザとマリナがちらっと目を見合わせて笑った。

 エルザは今二十七歳、マリナは二十三歳だ。二人とも結婚は?と尋ねると、二人揃って「ウフフフ……」と笑うので、怖くて余り聞けない。


「そうか、エルリックから……。それはご苦労だった」

 殿下の労いに、めっちゃ感情が入っておられる……。

 二人も「お言葉、有難く存じます」と深々と頭を下げている。

 この二人にとっても、殿下は『救いの神』だ。あ、マリナ、こっそり手を合わせてる。見つかったら叱られるから、隠して、隠して!


 パパパっとハンドサインを送っていると、それに気付いたらしい殿下がにこっと微笑まれた。

「今のは、何というサインかな?」

「き……気のせいでございますヨ……。サインなんて、何にも……」

 軽く声が裏返った。

 エリちゃん、嘘吐けないの~……。

「そう。気のせいか。……私も今度、公爵に教えを請うとしよう」

 やめてぇ!!! 殿下はあんなの覚えなくていいから!!!




 四月に入り、お父様から手紙が届いた。


「何と!!」

 読みつつ思わず声を上げた私に、お茶の支度をしていたマリナが怪訝な顔をした。

「どうなさいました? 旦那様は何と?」


「お兄様のスタインフォードの入学を、取りやめたらしいわ」

 入学を辞退した事、兄は領地で元気に働いている事、そして領地の警備体制……。

 そんな事が書かれていた。

 領地が兄にとってだけ、完全なる陸の孤島と化している……。これ脱出したらスゲェな、兄。


「ではあのクソむ……んんッ、ゴホン、失礼いたしました、坊ちゃまは、スタインフォード校に入学される事は金輪際ないのですね。良かったですね、お嬢様」

「そ、そうね……」

 クソ虫って言いかけたな。

 全然誤魔化せてないマリナが好きだよ……。




  *  *  *




 さあ! やって参りました! 入学式当日でございます!!


 マリナが髪型はどういたしますか、と聞いてきたので、可愛く縛ってくれィ!とお願いしたらば、可愛らしい緩いおさげになった。

 お父様とお母様にいただいたワンピースを着て、殿下からいただいたネックレスを装備して、いざ出陣じゃ!



 王城の裏手へるんた、るんた♪と歩いていくと、既に殿下がお待ちになられていた。


「すみません、お待たせいたしました」

「いや、大丈夫だよ。私こそすまない。式の時間より大分早い出発になってしまって」


 そう。式の開始が午前九時。現在は午前七時だ。

 学院までは、大体三十分程度。かなり早く到着する。

 理由は、殿下が新入生代表の挨拶をなさるからだ(ワー、パチパチ!)。

 王族だからではなく、首席入学者だからである。さす殿。

 殿下に貰ったネックレス装備してると、INTが5くらい上がる気がする。


 マリナがグレイ卿にご挨拶している。

 マリナとエルザは、こちらへ来てから何度も、彼らと色んな打ち合わせをしている。エルザに至っては、暗部とも何か打ち合わせていた。

 ウチの使用人が有能! 時々ちょっと怖い!



 学院の正面には広い馬車留めがあるのだが、私たちの乗った馬車は学院の裏手へ回った。

 理由は単純。王家の馬車は目立つのだ。

 目立たない馬車もあるにはあるが、それにも必ず王家所有の印は入っている。結局、大差ない。それ以外の馬車となると、式典用のめっちゃ豪華なヤツになる、との事だった。

 頭の中に浮かんだ天皇陛下のご成婚パレードの際の馬車を「こういう感じですか?」とイメージしつつ尋ねたら、「大体そういう感じだね。私たちが婚姻式を終えたら、それに乗る事になるよ」とにっこにこの笑顔で返された。

 乗るんだ、アレ……。わぁ……。


 殿下にエスコートしてもらい馬車を降りたが、グレイ卿とマリナの雰囲気がピリッとしている。

「エリィ、行こうか?」

 気にする必要はないという風に、殿下が手を引いて微笑んでくださる。

 とはいえ、何があんのか気になるのが人情。

 マリナをちらりと見ると、マリナがふんわりと微笑んだ。

「大丈夫でございますよ。……王城の方々は、優秀でございますね」

 あ、片付いたんですね。それは何よりです。


「さあ、行こう?」

 微笑んだ殿下に、「はい」と頷いて歩き出した。


 ――のはいいのだが、何故か殿下としっかり手を繋いでいる。

 というか、殿下が私の手をがっちり握っている。

 普段は殿下の腕に手を添える形の、所謂『エスコート』だ。これはそうではない。

 あれだ。『恋人繋ぎ』。

 いや、別にいいんだけども。


 殿下は現在十六歳だが、すでに身体が出来上がりつつある。

 身長は見上げるばかりなので良く分からないが、百八十センチ近くはあるのではなかろうか。百七十は超えているだろう。デカい。殿下に正面に立たれると、殿下の胸元以外何も見えなくなるくらいにはデカい。

 縦に長いだけでなく、きちんと剣の鍛錬も続けているので、所謂細マッチョ系だ。だが決してヒョロくない。手足も長く、ただの立ち姿すら優美なお方である。

 そしてご尊顔は、神々しいばかりの美形だ。幼い頃から目が潰れそうな程の眩い美少年だったが、現在はシャープな美形である。眩さは変わらない。いや、『神』という属性が付与された分、今の方が眩しいかもしれない(マクナガン公爵家限定アビリティだが)。


 その神にも等しき美青年が、ちんまい十二歳の女児と手を繋いで歩いているのだ。


 絵面のヤバさよ……。


 エリちゃんはまだ育ちますけどね! ……現状は、身長百四十センチ(鯖読んで)なんですよ。お胸に何の主張もないし、おケツもすとーんですよ……。

 でも美少女だもん!!


「エリィ? どうかした?」

 黙ってしまっていた私の顔を、殿下が怪訝そうな顔をして覗き込んでくる。

 顔、近っ!

「なんでもありません。……ちょっと緊張してるのかもしれません」

「そう? 何かあったら、言って?」

「勿論です」

 微笑んで頷くと、殿下は身体を戻した。


 どうも殿下は、さっきのような行動を面白がっているフシがある。

 くそう……。

 美形なら何しても許されるとか思うなよ!! ……思ってないだろうけど。



 殿下は学院側と打ち合わせの為、教員室へと行ってしまった。

 さて、私は何してようかな……。


「ねぇ、マリナ」

「はい」

 後ろに控えるマリナに声を掛けつつ振り向く。

「学院の地図は、頭に入ってる?」

「勿論でございます」

 頷いたマリナに「ほぅ……?」と呟いたら、マリナがにっこりと微笑んだ。

「探検などをなさる時間は、ございませんよ?」

「……左様でございますか……」

「左様でございます」

 ぴしゃりと笑顔で言われ、溜息をついてしまった。


 たんけ~ん、はっけ~ん♪などと歌いつつ、のんびりと校舎内を歩いてみた。

 やがて、中庭らしき場所に出た。


「ほほぅ……。中々良い雰囲気」

 広々とした庭園で、中央に大きな木が一本。離れた場所には噴水とベンチ。低木と芝生がバランスよく配置されていて、遊歩道のようにテラコッタが敷かれている。

 中央の木は何だろうか。

 非常に立派な木だ。大分気になる木だ。何とも不思議な木ですからね!

 せめて花でも咲いていてくれたなら何の木か分かるかもしれないが、青々とした葉が茂っているだけである。……あん? 葉っぱだけでも分かるって? 分かんねぇよ。こちとら、食えねぇモンに興味はねぇんだよ!


「ユズリハでございますね」

 木をじっと見ていたら、マリナが教えてくれた。

「へー……。花でも咲いてくれたら、私でも分かるんだけどなぁ」

「咲いておりますけれどね」

 笑いながら言うマリナに、チッと心の中で舌打ちする。

 ちょっとくらいカッコつけさせろやぁ!


 あ、そうそう。王城の大庭園に咲く花は覚えましたよ! 五歳のあの日、大分恥ずかしい思いをしたからな!

 それ以外? 食えねぇもんにゃ、興味ねぇっつってんだろ!


 ユズリハは、新しい葉が芽吹くと、代わりに古い葉が落ちる。『譲り葉』である。その生態から、『代々途切れる事無く続く』縁起物としての側面もある木だ。あと葉っぱが中々の強毒だ。間違っても食ってはならない。

 そういう知識はあんだけどな! 見ても分かんないもんは分かんないね! だって食えねぇし!

「知識は『継いでゆくもの』って事かしらねぇ?」

 この学校なら、そんな感じだろう。


「その通りです、お嬢さん」

 静かに肯定され、ちょっと驚いて声のした方を見た。

 教師だろうか。中年の男性が居た。

「新入生ですか?」

「はい」

「私は文科講師のヒューストンです」

「エリザベス・マクナガンと申します」

 ぺこっと頭を下げると、ヒューストン先生が僅かに驚いたような顔をした。


「ああ……、貴女がエリザベス様でいらっしゃいましたか。これは失礼を……」

「いえ、おやめください。貴方は師で、私は徒でございます。それ以上のものは、必要ありません」

 ちゅうか、中年男性に畏まられると、何かスゲー申し訳ないからやめて下さい!


 いや、分かるけど。立場が立場だから、不敬とか何とかあんの分かるけど。

 でも『学校』って世界じゃ、『先生』が『生徒』より上でイイじゃん!て思うんだよね……。


「それよりヒューストン先生、この木がユズリハであるのは、そういう意味なのですか?」

 ユズリハの木を見て尋ねると、先生もそちらを見て微笑んだ。

「はい。知識を継いで、絶やす勿れ、です」

「素晴らしいですね」

 仰る通りだ。

 きちんと継いでいけていれば、アンティキティラの機械だって謎でも何でもなくなるのだ。オーパーツなんて一つも無くなるのだ。

 ……浪漫もなくなるが。


「きちんと、継いでゆかねばなりませんねぇ」

 私の持つ、チンケな知識も。

「それを、学院が担うのですよ。我々が生きている間は、記録し続けるのです。そして、次代に継いでゆくのです」

「素晴らしいです」


 うんうんと頷いていると、ヒューストン先生が軽く笑った。

 何ぞ?

「マクナガンさん、後で時間がありましたら、化学講師と物理講師をお訪ねなさい」

 そ、それはもしや……!

「硬くなる現象については、解明できるかもしれない、との事ですよ」


 やったぁぁぁ~~~!!

 出しとくモンだぜ、オマケのレポート!


 化学と物理の専門家が居るのだ。訊かねばなるまい、と使命に燃え、あの味なし超硬クッキーに関しての質問をぶつけてみたのだ。


 やったぜ!と浮かれて、そしてはたと気付いた。

「……もしや、ヒューストン先生も、あれをお読みに……?」

 なられたのだろうか……。

 あの、力いっぱい真面目にふざけた、あのレポートを……。

「はい。読ませてもらいました。レポートであんなに笑ったのは、久しぶりでした」

 超イイ笑顔で言う先生に、私はがっくりと項垂れてしまった。

 そうですか……と返す声が小さくなったのは、仕方のない事だろう。

 いや、笑ってもらえたならば本望だ!! 強がってなんかない! 本心だ!


 学園探検をしているうちに、他の新入生らしき人々がぱらぱらと見え始めた。

 いーま、なーんじ?とポケットから小さめの懐中時計を取り出し見ると、八時を少し回ったところだ。

 そろそろ、講堂へ向かってみようか。


 私の手でも持て余す事のない小さめの時計は、殿下からの去年の誕生日プレゼントだ。文字盤で真鍮のムーヴメントがくるくる動く様が見える構造は、私のハート鷲掴みだ。……裏蓋に王家の紋が入ってるのだけが怖いけど。

 毎年外れがなさすぎて、隙なさすぎて、素敵ィ。

 さす殿!


 講堂の位置をマリナに教えてもらいつつ、るんた、るんた♪と歩いていく。

 身体が小さいお陰で、歩くのが遅いのだ。

 いや、もっとおっきくなるけどな!! 今はまだその時でないだけだ!

 殿下にいつまでもロリコンの濡れ衣を着せてる訳にゃいかねぇ!



 重厚な佇まいの講堂へ到着しました。

 安田講堂をちっちゃくした感じ? 石造りのがっしりとした建物だ。

 個人的には、こういうのは大好きだ。

 王城のような優美・繊細・華麗な建物も良いが、こういう重厚・荘厳・武骨な物の方がときめく。まあ、『重み』が感じられるものが好きなだけだけどね。

 歴史の重みとか、名前の重みとか、色々とね。


 この講堂にはその、歴史の重みや、学院の格式としての重みなどがある。素晴らしい。

 建物が格好良く、雰囲気も素晴らしく、無駄にご機嫌になってしまう。


 るんた、るんた♪と入り口を潜り、すぐそこにある『入学生 受付』と書かれた場所へ向かう。

「おはようございます」

 受付のお姉さんに挨拶されたので、「おはようございます」とお返しする。

「入学生の方ですか? お名前をお願いいたします」

 尋ねられ名乗ると、お姉さんは名簿をチェックし、積み上げてある冊子を一冊手渡してくれた。

「こちら、校内の施設の案内と、諸注意のパンフレットでございます。式の後で、事務局長からの説明の際に使用いたしますのでお持ちください」

 はい、と返事をしつつ受け取ると、お姉さんの後ろから別のお姉さんが出てきた。

「エリザベス様は、警備の関係がございますので、最後の入場とさせていただきます」

「あ、はい。分かりました」


 良からぬ輩が私の周囲の席に座ったりしないようにだ。

 私の席は他の生徒と離れ、講堂の後ろの隅っこの方にとってあるそうだ。

 そして、マリナが隣に座ってくれるらしい。

 ぼっち席でぼっちじゃないなんて! 素敵!!


 お姉さんに案内され、他の生徒の入場が終わるまで、講堂内の控室のような場所に通された。


 いやー……、気を遣わせてすんません。


 待っている間ヒマなので、先ほど貰ったパンフレットを開いてみた。


 学校案内図があるやーん!


 学内にある建物は、現在居るこの講堂、本校舎、実習棟、図書館、カフェテリア、そして寮だ。本校舎の裏手にはどうやら、運動場(という名のだだっ広い土地)があるようだ。そちらの方に馬房もあるようなのだが、馬を何するのだろう? 学院の馬車でもあんのか? 社用車的な。

 

 カフェテリアはリーズナブルなお値段で軽食を提供してくれるらしい。これは行ってみなければなるまい……。

 図書館も行ってみなければ。

 どうでもいいけど、馬房も気になる。


 あー……、新生活始まった!って感じ!

 この、知らないとこでワクワクする感じ、めっちゃ久しぶり!


 ウキウキ気分でパンフレットを眺めていると、ここまで案内してくれたお姉さんが「お待たせいたしました」と戻って来た。



 入学式は、結構あっさりサクっと終わった。

 みんな、話短くてええね。学院長の挨拶は三分程度だったし、殿下の挨拶も五分程度だったし、教員紹介は十分程度だったし(覚えらんないけど)。

 おい、見習え!? 日本の校長たち!


 そして、事務局長による、学院での諸注意などの話になった。


 学校の施設の説明を聞いていると、私の隣に殿下がやって来た。

「お疲れさまでした」

 こそっと言うと、殿下がこちらを見て微笑んだ。

「別に、疲れる程の事は話していないが」

「そうですね。皆さまお話が端的で短くて、素晴らしいなと思いました」


 炎天下の全校集会で、校長の長話の最中に貧血でぶっ倒れた事がある。この学校では、そういう事態も起こらなそうである。


「長々と話しても、どうせエリィは聞いていないだろう?」

 からかうように笑う殿下に、「まあ、そうですけども」と返しつつ少し不満を顔に出すと、殿下が私の頬を手でむにっと抓む。

「別に悪いなんて言ってないよ」

「確かに。言われてませんね」

 笑いつつ返すと、殿下も笑って手を放してくださった。


 事務局長の話が一番長く、一時間程度かかった。

 まあ長いとはいえ、施設の使用方法だとか、決まり事だとか、ここで生活していく上で絶対に必要な情報ばかりなので、特に時間は気にならない。


 そして次は場所を移し、本校舎へ移動だ。

 私と殿下はやはり、集団から少し離れた最後尾だ。


 流石、あの試験を潜り抜け、ここに『勉強をする為に』集った人々だ。ダラダラ動く者が居ない。

 いかにもやる気のなさそうなヤンキー崩れも居ない。

 静かに移動を開始する人々を見ていると、隣に立っていた殿下がまた、私の手をぎゅっと握って来た。


「……レオン様?」

「うん?」

 こちらを見てにこっと笑う殿下の副音声が聞こえる。『何か言いたい事でも? ないよね? ないよね!?』だ。

「……いえ、別に、何も。……ハイ」

「そう。そろそろ行こうか、エリィ」

「はい」

 手は離さない訳ですね。……いいけどさ。

 前を行く集団の方々が、時々こっちをチラチラ見てんのよね~……。殿下のロリコン疑惑の払拭、結構難しいんじゃないかな~……。




  *  *  *




 スタインフォード学院は、今年で創立百五十周年だ。

 私たちはつまり、キリの良い百五十期生である。覚えやすい! ビバ!

 そして今年度の入学生の人数は、なんと三十九人だった。定員、一名割れてるわね……。入学を辞退した人でも居たのかねえ(すっとぼけ)。


 ギリで落ちた人、申し訳ない!!! 我が家のクソ虫のせいで!!!



 入学式から一か月が経過した。

 初年度の前期は、大学でいうところの「一般教養」の授業だ。なので同期生全員が受講する。……いや、それ以外にも単位落としてる人が居るんだけどね。約五十人くらい、教室内に居るけどね。

 前期終了時に試験があり、それで合格なら専科に分かれていく。不合格ならばもう一回である。


 『一般教養(パンキョー)(ヌシ)』と呼ばれる二十代の学生さん(男性)が居るけど、あの人、三年くらいここから進めてないらしい……。あと三年しかないじゃん、主さん! 頑張って!!

 主さんとか、主先輩とか呼ばれてるけど、本人、どう思ってんのかな……。



 今日は殿下はお休みだ。

 殿下は現在、隣国へご公務へ行かれている。いつもご苦労様っス!

 行く前に散々、「早くエリィも一緒に行けるようになるといいのに」とゴネておられた。

 エリちゃん、お留守番、大好きデスヨ? 隣国の王子、クソめんどくさいから行きたくないとか、思ってませんよ?

 お帰りは二週間後のご予定。「行きたくない」、「エリィと一緒に学校に通いたい」と、珍しいくらいにゴネまくっておられた。

 殿下、どしたの? 子供返り? ……子供殿下もゴネたとこなんて見た事ないけど。



 王太子殿下とその婚約者という、モノホンの国の要人が通うにあたり、学院から全生徒に通達を出した。

 学内での、殿下と私への接し方についてだ。


 これは、私たちの要望もなるべく盛り込んでもらった。

 そもそも、婚約者風情である私と違い、殿下は本物の雲上人だ。平民は一生言葉を交わす事のない人の方が多いだろうし、貴族にしても『お見かけした』以上の関りを持つ者の方が少ないレベルのお人だ。

 そこに委縮されてはつまらない、と殿下が仰ったのだ。

 それに、廊下ですれ違ったりする度に、いちいち最敬礼など取られても面倒くさい、と。


 なので学内に限り、一般的な礼儀さえなっていればそれで良い、とする事にしたのだ。

 すれ違う人は普通に会釈をしてくれる。それで充分だ。


 殿下は「エリィもそれで大丈夫?」と気を遣ってくださったが、むしろ常にそれでいい。いや、それがいい!


 あとは、不要な贈答品の禁止などだ。

 プレゼントとか持ってきても、受け取らないよ~という事になっている。……まあ、建前だが。

 食品等も、手作りは受け取らない。何が入ってるか分からんので。特に殿下宛ては怖い。

 手作りは受け取らない。裏を返せば、店屋物ならOK。


 そういう訳で、私は何故か、他の生徒から良くお菓子を貰う。

 ……何でだ。子供にはお菓子ってか……。いや、貰うけども。そして貰ったら食うけども。



 有名菓子店で購入した菓子類でも、一応、お毒見はされる。今も、同期の女の子に貰った焼き菓子を、マリナが異常に鋭い視線でチェックしている。

 全てを少しずつ取って食べ、大丈夫と判断されたら私に渡されるのだ。


「お嬢様、お待たせいたしました。どうぞ」

 検品・毒見を終えたマリナが、お菓子の入った箱を手渡してくれた。

 中身はフィナンシェ、ガレット、サブレ、ダクワーズと様々だ。

 洋菓子の宝石箱やぁ~。


 中からダクワーズを取り上げ、もすっと齧る。

 絶妙なもすもす感! 歯の裏に生地がくっつく、この感じ! 嫌いじゃない! 嫌いじゃないぞ!

 中のジャンドゥーヤクリームもおいちい。アーモンド風味の生地もおいちい。

 流石は今王都で最も人気の菓子店!! この菓子を作ったのは誰だ!って店に乗り込みたいレベル。


 なんかみんな、殿下がお休みの日になると、こうやってお菓子くれるんだけど……。

 殿下が受け取らないからかな? でも、めっちゃおいちいから、殿下にも分けたげたいけどな……。

 それとも、殿下居なくてエリちゃん寂しそうに見えるのかな? こ、子ども扱いしないでよね!?(定期的なツンデレ)


 サブレもおいちい。ハトなサブレよりおいちい。いや、ハトも好きだけど。ひと箱が三日でなくなった時、何が起こったのかと思ったけど。そんな食ってない筈だ!ってゴミ箱見たら、全部食べてた。いつの間に……。


 お菓子をもぐもぐしていると、一人の女子生徒がやってきて、封筒を差し出してきた。

 彼女は確か、子爵から伯爵に陞爵したばかりの家のご令嬢だったか……。

「あの、失礼は承知なのですが、これを読んでいただけませんでしょうか……」

 差し出されている封筒は、可愛らしい小花柄である。

 え!? ラブ♡レター!?


「えっと……、はい」

 良く分からないながらに受け取ると、彼女はそそくさと席に戻っていった。

 何だろう。

 口では言い辛い事でも、あったのだろうか……。もしかして、ダクワーズのクリームがどっかについてたとか? それは恥ずいわ。

 口元をさりげなく触ってみたが、そんな気配はない。気を付けて、ちっちゃいお口で食べてたしね。


「何でございましょうね?」

 後ろに立つマリナも、不思議そうな声で言っている。

 ホントにな。


 まあ、中身を見てみるか……、と封筒をぺらっと開けた。

 あら~、便箋も可愛いわぁ~。

 縁がレース模様にカットされた、女子力高めの便箋だ。『手触り最高! 書き心地至高!』という理由で、真っ白な面白味のない便箋を愛用している私と、雲泥の差だ……。

 ……でもあの便箋、殿下も褒めてくださったもん……。お世辞かもしんないけどさ……。


 女子力の差に勝手に打ちのめされつつ便箋を開いて、驚いて固まってしまった。

 そこには、やはり女の子らしい文字が並んでいた。


『もしもこれが読めるのならば、放課後、カフェテリアに来て下さい。お話ししたい事があります。』


 果たし状……だろうか。

 いや、問題はそこではない。


「これは……、何と書かれているのですか?」

 覗き込んだマリナが、不思議そうな声で言った。

 彼女には読めないだろう。きっと、博識な殿下であっても読めない筈だ。



 それは、()()()で書かれているのだから―――。




 引きを作ってみましたが、続くようで続きません。次回、唐突に別視点!


 誤字報告、有難うございます。助かります。

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