【ご愛顧感謝セール】お忍びでGo!
※お断り※ この話に、性的マイノリティの方々を貶める意図はありません。そういう世界の話と割り切ってお読みください。
当初の予想以上にPVが増えていてビビってしまいます……。有難いです。
そのありがとうの気持ちをお客様に還元! ご愛顧感謝の短編をヒトツ。
常連さんも、一見さんも、どうぞ寄ってらしてくださいな。
殿下視点で、殿下十五歳、エリちゃん十一歳です。
乙ゲー転生モノあるある、王太子殿下がお忍びで街へ行くお話。王族がホイホイ出歩くなよ!とか言わないで……。
民の生活を肌で感じる事も、時には必要だ。
王族が視察へ行くとなると、その為に外面を繕う者もある。そういう者ほど後ろ暗い事をしていたり、人に言えない商売を行っていたりするものだ。
あるがままを、あるがままに見る為に、私は公務の視察とは別にお忍びで街へ出る事がある。
公務の際には騎士たちが街道の往来を制限したり、来訪先に他の来客がないように手配したりする。それはそれで大切な事だ。なにせ公務で行う視察は、時間的な制約が厳しい。次の予定に遅れるような事があっては先方に申し訳ない。
ただ、そうして整然と設えられた街では、見えないものがある。
民の普段の生活の様子だ。
公務の視察では、私が視察している様子を、民が遠巻きに人垣を作って見物している。そうではなく、私が居ても足も止めず、気にもせず『普段の生活』をしていて欲しいのだ。
そこで、街の治安や物価、民たちの表情などを見たいのだ。
とはいえ、私は王族であり、王太子だ。
何かあっては大問題だ。
警護を付けぬわけにはいかない。
大抵、国王陛下にお願いして、暗部の人間を二人ほどお借りする。
それ以外に、護衛騎士にもついてもらう。
彼らが居れば、そうそう私に傷がつくような事態は起こらない。それに私自身、わざわざ危険な場所に突っ込もうとも思わない。
この日も、年に数度のお忍びでの街歩きをしていた。
休日となると流石に人出が多すぎ、警護の者が大変なので、平日の昼間だ。
私はこの国に多い茶色い髪の鬘を被り、さらに帽子を被った。顔を隠す為、口元にはマフラーのように布を巻いている。まあ、ファッションで通るような物だ。
服装は、少し裕福な家の子供に見える程度の物を着用する。
これでぱっと見ただけでは私とは分からないだろう。
大通りから少し外れた通りを歩く。
余り外れてしまうと、治安が少しよろしくない為、私ではこれ以上奥へは行けない。いずれその辺りも何とかせねば。
この辺りには、何を売っているのか定かでない商店が多い。
先ほど通り過ぎた店は、店先に何かの干物のような物をぶら下げていたが、あれは何だろうか……。
歩いていくと、前方に居る人に目が留まった。
小さな少女と、二十代程度の青年だ。
……ただ、青年の足元にはもう一人男が居て、青年の足は男の横面をしっかり踏みつけている。
何だ、あれは……。
「レオン様はこちらで少々お待ちを」
私同様に変装をしたノエルに言われ、素直に頷く。
私が先に行ってしまって、おかしな連中に絡まれたのでは、彼らも堪ったものではないだろう。
「……何をされているんですか?」
ノエルが二人に声をかける。
それに青年と少女がノエルを見た。
「あら、グレイ卿」
ノエルを見た少女がそう言った。
……え?
いや、そんな、まさか……。
でも、今の声は……。
「は?」
少し驚いたような声を出したノエルに、少女がにこっと笑った。
赤茶の髪を三つ編みにし、そこいらで普通に見られる綿のワンピースを着た少女だ。鼻と頬にそばかすを散らし、可愛らしい顔立ちをしている。
けれど。
変装では、どうやっても変える事の出来ないものが一つだけある。
それは、瞳の色だ。
少女は、とても綺麗な、明るい新緑の若葉のような緑色の瞳をしている。
「……エリィ?」
思わず呟いてしまった私の声は、思いのほか大きく響いた。
それに少女がにこっと笑った。
「あら、レオン様まで。こんなところで、奇遇ですね」
当然のように言う少女――エリィに、私は思わず駆け寄った。
近くで見ても、一見してエリィとは分からない。
何だこれは! 変装にしても、技術がすごいな!
「本当に、エリィ……?」
「いえ、違います。今の私はエリちゃんです」
真顔で言うその態度に、真実エリィであるのだと確信する。
相手を私と知ったうえで、ここまでしれっとおかしな事を言うのは、君くらいなんだよ……。
「いや、その前に……」
私はエリィの連れらしき青年が踏みつけている男を見た。
「これは、どういう状況だ……?」
「あ、コイツ、スリっすよ」
男を踏みつけた足をぐりぐりとにじりながら、青年が快活に笑う。
何だ、この状況は……。
「エリちゃんが一生懸命貯めたお小遣いをスろうなんていう、ふてぇ輩です」
エリィ……。『ふてぇ輩』って……。そしてあくまでも『エリちゃん』なのだな……。
「……で、お嬢、コイツどーします?」
やはり青年が、男の横面をぐりぐりと踏む。
「んー……、警邏に任すぅ?」
「俺は何でもいっすけどね」
「こういう手合いって、どーせまたやんのよね。スリくらいだと、大した罰もないし……」
んー……などと唸りながら考えていたエリィが、ひらめいた!と言いたげに顔を上げた。表情は非常にいい笑顔だ。
「領地にでもぶっ込んでみようか!」
「目が覚めたら知らねぇ土地とか、ロマンありますね」
やはり楽し気に笑う青年に、エリィも笑いつつ頷いている。
「あるねぇ。ファンタジーの始まりの定番だわね」
エリィの言葉に青年が大きく噴き出した。
「夢もへったくれもねぇファンタジーっすね!」
「世の中には『悪夢』って夢もあんのよ」
……何だろう、この会話は……。
呆然とした思いで眺めていると、青年が懐から笛を取り出して咥えた。吹いているようだが、音がしない。
不思議に思っていると、エリィが私を見てにっこりと笑った。
「超高音の笛です。人間の可聴域では聞こえません」
遠くで犬の鳴き声がする。
「動物には聞こえるので、反応して吠えたりされます」
そうか……。説明は有難いが、何故そんなものをという感想しかないよ……。
そう思っていると、すぐそこの建物の上から、ばらばらと二人の男が降ってきた。
「お呼びですか?」
エリィを見て言う男に、エリィは鷹揚に頷いた。
「この不届き者を、領地のどっかテキトーなとこに放り込んで来て。夢と絶望のワンダーランド的な状態に出来れば完璧」
どんな世界だ!!
……マクナガン公爵領は、非常に犯罪率も低く、気候も温暖で、国内で一番と言っていい程に過ごし易い場所の筈だ。
『夢と絶望のワンダーランド』な場所ではない筈だ。
「了解しました。……あんま見目も良くねぇ野郎ですねぇ」
「そういうのが好きな人も、きっと居るわよ」
「まぁ、そうですね。おい、ディー、足避けろ」
「はいよー」
青年が倒れ伏している男の顔を踏みつけていた足を退けると、屋根から降りてきた男がそれを肩に担ぎあげた。
「そんじゃ、ガウンティにでも放り込んで来ますね」
「お願いねー。キャンディさんにちゃんと話通してねー」
「承知」
それだけ言うと、二人組の男たちは去って行った。
身なりはどこにでも居そうな町民だったのだが……。
「今の二人は……?」
「我が家の隠密です」
「あのスリとやらは、どうなるんだ?」
訊かない方がいいような気もするが、気になる。
「マクナガン公爵領へ送られます。明日の夜には到着するでしょう」
うん、まあ、それはそうだろうな。距離的にも時間的にも妥当だ。
だが、訊きたいのはそういう意味ではない。
「マクナガン公爵領内に、ガウンティという地区があるのです。小さなコミュニティで、領都の端にひっそりとあるのですが」
「いや、全然『ひっそり感』ねっすよ、あそこ。自己主張しかねっすよ」
「地図に載ってないんだから、ひっそりでいいのよ」
地図に載らないコミュニティという事は、本当にただその場に人が集まって出来ているだけなのだな。
この王都にも、そういう場所はいくらかある。
エリィは私を見ると、実にいい笑顔を浮かべた。
「性的に倒錯している者が自然と集った、その手の趣味のない人にとっては地獄みたいな場所です」
……はぁ!?
「人には皆、他人に知られたくない性癖の一つや二つ、ございます。それを微塵も隠す気もない人々の憩いの場です」
憩い……。憩えるのか、そこで……。
「例えば、どのような?」
訊くのか、ノエル!!
「まあ普通に、加虐趣味者と嗜虐趣味者が利害の一致からお店を出していますし。ドレスを着たい男性の為のお店ですとか、逆に男装をして女性にちやほやされたい女性の為のお店ですとか」
……待ってくれ。前置きの『普通に』が既に理解の域を超えるのだが……。
「同性愛者の出会いの場となっているバーですとか、同性愛者専用の宿ですとか。そういう、他の場所でやるとちょっとした迫害をされるような商売の人々が、肩を寄せ合って楽しく生きる場所です」
楽しく……。いや、恐らくそこの住人にとっては楽しいのだろうな……。
「あ! そこでの未成年の就労は禁じております! あと、強制就労も取り締まっております!」
うん、それは大事な事なのだが……。
「他の国や領地からも、そういう場があると聞きつけて、同好の士が集まったりして、とても活気のあるコミュニティなんです!」
まあ、そうだろうな。
そんなコミュニティ、他で聞いた事がないからな……。
「もしやグレイ卿、興味がおありで?」
「いえ、ございません」
きっぱりと即答したノエルに、何故かエリィは残念そうに「そうですか……」などと呟いている。
「まあ、そういう素晴らしいコミュニティがあるのです」
素晴ら、しい……。頷いていいのか、どうか……。
いや、そういった絶対的な少数であろう人々を、迫害などから保護するのは大切な事なのだが……。
何だろう、素直に頷けない…。
この国では同性愛は禁じていないが、見つかり次第厳罰という国もある。
実際、禁じていないだけで、周知されたら嫌悪されるのが多数だ。そういった人々に対する迫害なども珍しくない。
マクナガン公爵領の取り組みは素晴らしい。のだが……。
「先ほどの彼は、そこに放り込んでみる事にしたのです」
いい笑顔だね、エリィ……。
「もしかしたら、何か新たな性癖が開花するかもしれません! それは彼にとって、喜ばしい事ではありませんか!?」
「うん……、どう、かな……?」
お願いだ、エリィ。私に同意を求めないでくれ……。
理解するだけで精一杯なんだ。
あの男も可哀想に……。いや、他人の金を掏り取るのは立派に犯罪だし、それに対して罰があるのは当然なのだが。
手を出した相手が、悪かったな……。普通に警邏に掴まっていれば、幾許かの罰金と数日の無償労働で済んだのに……。
あの男にとっては、新たな性癖を開花させた方が幸せなのかもしれない。……なんだ、その罰は。嫌すぎるだろう!
その後、エリィの変装は使用人によるものだとか、供についているのは公爵家の馬丁だとか、そういった話を聞いた。
そして私は、それだけで疲れてしまい、街歩きを切り上げ城へ戻ったのだった……。
以前、『異世界サンドイッチ問題』というのをネットで見たのですが、サンドイッチ伯爵と並んでサド侯爵もめっちゃ異世界転生させられてるな……と思いました。
次点でグレイ伯爵。




