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1 エリちゃん五歳。王太子殿下の婚約者となる。

 初投稿でございます。

 お目汚しとなりますが、寛大なお心でヒトツ。


 どうやら、私は転生したらしい。

 前世の記憶とやらがある。ガッツリある。

 そのガッツリある記憶の中に『異世界転移/転生』というジャンルがある。更に『乙女ゲーム転生』というものもある。


 乙ゲーくさいんだよなぁ……。


 私は公爵家の長女だ。

 上には兄が居る。彼が後嗣だ。

 現在、私は五歳。兄は七歳だ。七歳の兄は、子役モデルも裸足で逃げだしそうな美少年だ。それと同じ血を持つ私も、自分でちょっと引くくらいの美少女だ。

 そして先日、私の婚約が調った。

 お相手は、この国の王太子殿下だった。


 悪役か!? 悪役令嬢転生か!?


 そうは思ったのだが、大問題が一つある。


 私は、乙女ゲームというものを、ほぼプレイしたことがない。


 唯一きちんとプレイしたのは、既に懐ゲーのレベルである某・光栄な感じの会社が出していた、国盗り的なゲームだ。色んな神様とキャッキャウフフしつつ、領土を広げていくようなゲームだった。そしてそれをプレイして、『恋愛要素、いらなくね?』と思った私は、それ以降は普通のRTSにハマってしまったのだ。ノッブの野望的なゲームの方が、ぶっちゃけ楽しかった。

 私が主にプレイしていたゲームは乙ゲープレイヤーには余りに馴染みがないであろうから、ここでは割愛させていただく。

 だれか興味持ってくんねーかなー、と前世から思っていた。周囲に同好の士が居な過ぎて寂しい。


 乙女ゲームは知らんのだが、『乙女ゲーム転生もの』の小説やマンガは嗜んでいた。

 通勤時間が暇だったからだ。


 通勤時間にスマホで乙ゲーをプレイしている人などが物語ではよく出てきたが、個人的にソシャゲが嫌いだったので、私はマンガや小説を読んでいた。

 あまり頭を使わなくても読めるものが好きだった。テンプレざまぁ系には、水戸のご老公のような爽快感と安心感があり、暇潰しに最適だった。

 私のソシャゲに対する嫌悪も、誰か聞いてくれないだろうかと思っていた。周囲は誰も聞いてくれなかった……。


 とにかく、偏った知識ではあるが、乙女ゲームに転生するという知識はある。

 そして、乙女ゲームには『ヒロイン』と『攻略対象』がいて、それを邪魔する『悪役令嬢』が居るという知識がある。

 ……私がプレイした懐ゲーには、『悪役』は居なかったが。時代は変わったのか……。彼女は『悪役』ではなく、正々堂々とした『ライバル』だった。友情を育むルートすらあった。

 それはさておき、『悪役令嬢』だ。


 悪役令嬢は大抵において、メイン攻略対象である王侯貴族のご子息の婚約者だ。

 婚約者を『悪役』とか言うなよ。未来の伴侶に虫がたかってりゃ、そりゃ追い払うに決まってんだろ。正当な権利の主張だろうがよ。

 そう思いはしても、何故か彼女たちは『悪役』とされてしまうのだ。

 非常に納得がいかない。


 王太子殿下との婚約が成ったと父に聞かされ、「もしかして……」と思ってしまったのだ。


 よくあるパターンでは『自分が大好きで、やり込んだゲームの世界』に転生するものだが……。私が好きでプレイしていたゲームで、この世界の地名や地図は見た事がない。

 ……いやまあ、第二次世界大戦真っ只中の東欧とか、転生なんて絶対したくないけども。

 となると、だ。

 この世界は、『ゲームとか全く関係ないただの異世界』か、『私がプレイしない類のゲームやマンガ・小説の世界』のどちらかだ。

 後者の場合、どんな過酷な運命になるのか分からない。


 だがまあ、嘆いても仕方ない。


 私はここが乙女ゲームの舞台であったとしても、シナリオを知らない。

 故に、フラグの存在も分からない。


 つまりだ。

 あるがままに生きるしかないのだ。


 ゴーイング・マイウェイだ。


 僕の前に道はないのだ。……後ろにもない可能性はあるが。

 退路は確保しておきたい。安全に敗走出来る事が、立て直しの一歩となる。後ろの道は確認しておこう。そうしよう。


 とにかく、乗っかって進むしかない。

 現在五歳の美幼女に出来る事など、その程度でしかなかろう。


 そう肚を決めた私は、父に告げられた顔合わせの日時を頭に刻み、侍女たちとドレスを選ぶのだった。




 一週間後、私は王宮の庭園に居た。


 まあ、どえらい広いですわ! (イントネーションがおっさんになったあなた。正解です)


 バランスよく木々が配された庭園は、見晴らしの良い場所と、丁度良く隠れる場所などが作られている。隠れるような場所はそれでも決して完全な死角を作らず、ここで暗殺なんてしようと思ったらホネが折れるだろうな、という絶妙な作りだ。数百メートル先からのヘッドショットなどを警戒する必要がない世界なので、物理的な危険は少なそうである。この世界には、銃が存在しないからだ。


 執事のような老齢の男性に促され、父と共に設えてあるテーブルに着く。


 椅子に座ってもなお、私は庭を見回していた。

 自分がスナイパーだとしたら、どこを陣取ろうかと考えながら。

 これがゲーム脳である!

 世界遺産の遺跡を見てパルクールの経路を考えてしまったり、現金輸送車を見て襲った後の逃げる算段をつけてみたり、大河ドラマを見て頭の中で戦の陣形を考えてみたり。

 ゲーム脳とは、非常に恐ろしい病である。これだけで数時間は潰せるのだから。


 右手に大きくせり出した翼がある。けれど距離が近すぎて、あそこではきっとスコープが反射してしまう。東向きの窓になるから、夕方以降ならあそこからでもイケそうだ。

 それより、その翼の屋上がいいだろうか。距離にして十数メートル延びてしまうが、撃ち下ろしになるから減衰はそう多くなかろう。角度を取って伏せたらいいだろうか。

 ああでも、あちらの木の上もありかもしれない。

 射角的に遮るものはほぼなし。翼に当たる風向きによっては、風力を考慮に入れる必要がある。スコープの反射はほぼなし。音に関しても届かないだろう。問題は、どうやってあの木に潜むかだ。


 そんなかなりどうでも良い事を考えていたら、建物の方からさわさわと音が聞こえてきた。

 父と目配せをしあい、立ち上がり礼を取る。


 暫くその体勢でいると、数人の人々がすぐそこで足を止めた気配がした。


「顔を上げてくれ」

 少年らしい高い声。けれど、人に命じなれている音。

 言葉に従い顔を上げると、そこには護衛を引き連れた王子殿下が立っていた。


 さらさらと風に靡く音すらしそうな、綺麗な金の髪。決して不健康そうには見えない、シミ一つない白皙の肌。貴石を嵌め込んだかのようにキラキラとした碧眼。

 総じて、作り物じみた美しさの少年である。

 美少年マニアの人形師が、心血を注ぎあげて作り上げた傑作、といった風情だ。


「今日はわざわざ来て貰ってすまない」

「とんでもない事でございます。お招き、ありがとうございます」

 礼を述べる父に合わせ、私も膝を折った。

 そこへ殿下が歩み寄り、目線を伏せていた私の正面にすっと手を差し伸べてきた。

「顔を上げてくれないか、レディ。私は今日は、君と話をしたいんだ」

 差し出された小さな手を、じっと見つめてしまった。

 おそらく絹であろう素材の、とても素晴らしい縫製の手袋。何という事だろう。礼装に白手とは! 私の憧れの衣装ではないか!

 この素晴らしい白手袋に、触れても良いのだろうか。

 いや、殿下に手を出させっ放しの方が無礼か。


 恐る恐る殿下の手に自分の手を添え、顔を上げ立ち上がる。

 そのまま、殿下は私をエスコートし、椅子へと案内してくれた。


 侍女たちがお茶の用意をし、テーブル周辺からすっと下がっていく。彼女たちの仕草に一切の無駄がなく、且つ洗練されていて、『王宮の侍女』という人々の仕事の練度に素直に感嘆する。

 殿下と共に現れた護衛たちは、それぞれ距離を取り、テーブルとその周囲を警戒している。彼らの視野の交差の仕方からいって、テーブルを中心とした260°程度は警戒範囲だ。残りの100°は彼らがやってきた王宮方面であるから、そちらはそちらで別の警護の人間が配されているのだろう。実に無駄がなく素晴らしい。


 また狙撃計画を練り直さねばならない。素晴らしい護衛たちのおかげで、ちょっと楽しくなってきた。

 インポッシブルなミッションに挑んでこそのゲーム脳だ。


 少しわくわくしつつそんな事を考えていた私に、殿下がにっこりと微笑んだ。


 笑顔が! 胡散臭い!!(歓喜)


 一見、とても優しい笑顔だ。だが、目が僅かにこちらを警戒している。

 警戒している事に歓喜しているのではない。笑顔が胡散臭い事に関してだ!

 清廉潔白で真っ白も真っ白、漂白剤も驚きの白さのような人とは、上手く付き合っていける自信がない。何故なら、自分がそれほどの聖人でないからだ。

 水清ければ魚棲まずと言うが、私は真っ先に逃げ出すタイプの魚ちゃんだ。

 相手が良い人ならば良い人なだけ、自分の汚さを思い知って委縮してしまう性質だ。

 だからと言って、真っ黒でも困るのだが。


「さて、エリザベス嬢……」

 声をかけられ、殿下を見た。そういえば、自己紹介などをしていない。

 まあ、あちらも既に『婚約者』となっている私の事など、私以上に詳しくご存じの可能性があるが。

「はい。エリザベス・マクナガンと申します。拝謁できました事、恐悦至極に存じます」

 ふかぶか~と頭を下げた私に、殿下がくすっと小さく笑われた。


 『くすっ』ですってよ! しかも嘲笑ではなく、思わず漏れた感じの笑みで! 美形は素晴らしいですわね~。何しても様になりますわね~。


「君の名前などは既に承知だ。調べぬ訳にはいかないからね」

「仰せの通りでございますね」

 そらそうだ。

 頷いた私に、殿下が僅かに怪訝そうに瞳を細めた。

 あら~。美形はいいわねぇ~(以下略)。

 その怪訝そうな目で父を見ると、殿下は小さく息をついた。

「公爵、ご息女は五歳ではなかったか?」

「五歳でございます。間違いございません」

 苦笑する父に、殿下は「そうか……」と何か納得いかない様子。


 五歳よ~。チ〇ちゃんと同い年よ~。エリザベスで~す。五歳で~す。ねぇねぇオ〇ムラ~、殿下が何か考え事してらっしゃるわぁ~。


 殿下は顔を上げると、私を見て軽く首を傾げた。

 その僅かな動作に、殿下の金糸のような前髪がさらっと揺れる。

 美 形 は い い わ ね ~(三度目)

「君が名乗ってくれたのだから、私もそれに倣おう。レオナルド・フランシス・ベルクレインだ。レオンとでも呼んでくれ」

 呼んでくれ、と言われてもね、と曖昧に微笑んでおいた。


「折角、婚約が調ったのだから、今日は少し君と話をしたいと思ったのだが……」

 が?

 やっぱやーめた、的な?

 何が続くのかと首を傾げた私に、殿下はまた「くすっ」と小さく笑われた。その「思わず漏れました」って笑顔、すごく卑怯だわ!


「君は今流行しているご婦人のドレスの型を知っているかな?」

「ご婦人のドレスなど、母が着ている物しか存じません。ですので、それが流行っているのか廃れているのかの判別が付きません」

 まだ夜会にでるような歳でもない。

 茶会などは母に連れられて行く事はあるが、あの場で着用するドレスは夜会のそれとはまた違う。

 そして私に用意されるドレスは、子供向けの可愛らしい物ばかりだ。

 ……まあ、五歳のビア樽のような体形の子供に、背中と胸の開いたイブニングを着せても仕方なかろうが。それはそれで、もしかしてどっかに需要があるのか?


 しかし何故にいきなり、ドレスの話? 王太子妃たるもの、流行にくらい敏くいろって事?


 頭の中に「?」ばかり並べていると、殿下が僅かに苦笑した。

「好きな花などはあるかな?」

「花……でございますか……」

 ぶっちゃけ、ほぼ興味がない。

 食べられるなら別だ。菜の花やハーブなどは、私の中では『花(観賞用)』というカテゴリでなく、『食品』や『薬品』だ。山菜にも一家言ある。

 この庭園にも沢山の花があるが、薔薇くらいしか分からない。

 しかも多分、その薔薇も数種類の品種が植わっている。色違いや、形が違うものが見受けられるからだ。

 しかし私の中では、『全部まとめて薔薇。なんなら、全部花』だ。

「もしや、興味がないかな?」

 苦笑したままで促してくれた殿下に、何だか少し申し訳ない気持ちで頷く。

「……はい。綺麗だとは思いますが、個々に思い入れなどはございませんし、名なども存じません」

 女子としてどうなのか。

 いや、令嬢としてどうなのか。

 これはいかん。ちょっと恥ずかしい。ちょっとだけ勉強しよう。せめてこの庭に咲く花くらいは、覚えておこう。


「では、君の『好きなもの』は何かな?」

「好きなもの……で、ございますか……?」

「そう。例えばご令嬢であれば、ドレスであったり、宝石であったり」

 ああ、そういう事か。

 納得して、申し訳なさから苦笑してしまう。

「お花であったり……でございましょうか」

「そう」

 殿下も同じく苦笑する。


 通常のご令嬢との会話のとっかかりだったのだ。

 これは申し訳ない!! ことごとく興味がない!! 何てこった! ちょっと恥ずかしい!!


「お、お花は、えっと……」

 いかん。まるで知らん。賭けてもいいが、この話題は広がらん。

 軽く俯いてしどろもどろになっていると、殿下が小さく息をついた。

「いや、花はいい。……君は、本などは読むかな?」

「読みます……」

 ええ、読みます。五歳の女児は読まないであろうものを。

「最近読んだ本の話を聞かせてくれないか?」

「最近……」


 どうしようか。この世界で女の子に有名な『緑の王子様』という童話の話でもして、お茶を濁しておこうか。それとも、女の子が憧れるらしい『宝石姫』の話にしておこうか。


「エリィ、正直にお話ししなさい」

 少しだけ呆れたような、諦めたような父の声に、顔を上げた。

 父は既に、自分の娘が『一般的な五歳の女児』らしくない事くらい、百も承知である。

 しかし正直に……か。いいのか、父よ。

 そういう思いを込めて父を見ると、父は一つ頷いた。

 ええい、女は度胸だ!


「最近は、ハラルド・ベーム著の『ディマイン帝国興亡史』の下巻を……」


「…………は?」

 たっっっぷりと間を取って、殿下が呆気にとられたような声を出した。


 あら~、間の抜けた顔も絵になるわねぇ~。美形は(以下略、四度目)。


 殿下は何かを確認するように父を見ている。その視線の先で、父は苦い顔で頷いている。

「どうも娘は、一般的な女児の好むような物語を好みませんで……。童話なども買い与えたのですが、一通りざっと読んだ後は手に取る事もしませんで……」

 それは人聞きが悪い!

 まるで私が本を雑に扱っているようではないか!

「そのような事はありません! 『リベア王女の宝冠』は宝物です!」

 女児に好まれる絵本の一種である。

 絵本だって大事にしてますアピールだ。

 だが私の必死のアピールに、父は深い溜息をついた。

「……話の内容が好きで大切にしている訳ではないだろう……」

「それはそうですが、いけませんか? お父様にいただいた本で、あれが一番大好きなのですが……」


 『リベア王女の宝冠』とは、昔々ある所にいたリベアという王女様が、魔女に呪われた兄王子を助ける為に、呪いを解くとされる冠を編む話だ。

 前世の白鳥の王子に似ているかもしれない。呪われた王子が一人しかいないだけ、こちらの方が良心的である。

 最後は無事に呪いの解けた王子が王となり、王女はそれを生涯献身的に支えたという、恐らくハッピーエンドなのであろう話である。

 要は、女は男を支えるものよ~、みたいなお話だ。別にそれに言いたい事がある訳ではない。そういう価値観の世界である、というだけだ。


 その絵本の何が大切かというと、父がくれたのは約二百年前に出版された初版だったのだ!

 しかも挿絵が、有名画家のマルクス・ベルナールだ!

 装丁も非常に凝っていて、間違っても『子供向けの絵本』ではない。


 前世で言うなら、シンデレラでも白雪姫でも何でも構わない内容で、挿絵がレンブラントだったとでも思ってもらえたら良い。


 二百年前の風俗なども知れる、細緻で優美で写実的な絵柄なのだ。


 私はそれを、専用の展示台を作ってもらい、そこに飾っている。

 当然、直射日光と紫外線は敵である。寝室の、光の当たらない場所に設置してある。

 眺めているだけで幸せになる、素晴らしい一冊だ。


「……つまり、芸術品として大切にしている、と」

 僅かな呆れを滲ませて呟いた殿下に、私は軽く首を傾げた。

「だけではありません。確かに、装丁も素晴らしく、芸術品としても価値はございましょう。ですがそれ以上に、バーンスタイン書院版の初版である事や、一ページの抜けもない事など、稀覯本としての価値もはかり知れません」

 それに何より、単純に全てが美しいのだ。


「それにしても、ハラルド・ベームの興亡史か……」

 呟くように言うと、殿下はこちらを見て軽く微笑んだ。

「何故それを読もうと?」


 ディマイン帝国とは、約四百年ほど前に滅んだ国である。

 現在その領土であった土地は、三か国に分割され統治されている。

 王城跡地は現ミスラス共和国にあり、観光地となっている。現在では城壁の一部と、城郭の土台が残る程度である。一回、行ってみたい。

 約二百年に及んだディマイン帝国の興りから滅亡までを、多彩な資料で多角的な観点から考察する歴史書だ。

 刊行は十五年前なのだが、それまで定説とされていた滅亡のきっかけとされる『オーガルシア戦役』のとらえ方や、八人の皇帝の描き方などが独特で、現在も歴史学者たちの間で評価が割れる書である。


 何故読もうと思ったかと問われたら、面白そうだったからだし、興味があったからなのだが。恐らく殿下が尋ねたいのは、『そもそも何故興味を持ったのか』だろう。

「以前、『悠久なるアガシア』を読みまして――」

「いや、ちょっと待ってくれ」

 出だしで遮られた。

 うん、まあね。そうかなとは思った。

「読んだ? 『悠久なるアガシア』を?」

「はい」

「……公爵、貴方のご息女は、私の理解を超えるようだ」

 溜息をつきつつ父を見た殿下に、父も同様に溜息をついた。

「我々家族は既に、理解は諦めております」

 父、酷え!!


 『悠久なるアガシア』、またの名を『立派な鈍器』。

 厚さが十センチはあろうかという、よくもまあ詰め込んだな!と言いたくなる、分厚過ぎる本だ。しかもこの世界にペーパーバックなどない。ハードカバーだ。

 漬物石にもなるかもしれない、立派過ぎる鈍器だ。

 幼女の腕でアレを持つのは容易ではなかった。一度机に広げ、ひと月そのままそこにあり続けた。動かすのすら億劫な、素晴らしい重さである。

 内容は、アガシア大河という巨大な河と、その沿岸の歴史だ。

 前述のディマイン帝国も、アガシア大河流域に興った国である。

 それを見て興味を抱いたのだ。

 広大な版図を持ち、商業・農業等の国力も豊かで、強大な軍事力も持ち、先進的な文明すらあった大帝国。それが今は、世界地図から消えているのだ。

 浪漫しかないじゃん!!!

 調べたくなんじゃん!!! ……異論は認めよう。


「……『悠久なるアガシア』を読み、ディマイン帝国に興味を持った、と」

 はー……と溜息をつきつつ言った殿下に、私は頷いた。その溜息、失礼じゃね?

「仰せの通りです。興味を持ちましたので、まずはネルソン・コキウスの『ディマイン帝国の光と影』を読みまして、次にアウレリウス・ワッツの『ディマイン帝国―二百年の栄光―』を、そして興亡史を……という具合に」

「君は歴史学者志望なのかい?」

 何やら疲れたような表情をなさった殿下が、やはり疲れたような口調で尋ねてきた。

「いいえ? 単に、興味があったから読んだだけですが。娯楽の一つ、みたいなものでございます」

「……娯楽」

「はい」

「少々、変わった娘でございまして……」

 だから父よ! 娘への評価、酷くない!?



 次回会う時には、君の好きそうなものを用意してみよう、と別れ際に殿下は仰った。

 何を用意してくれんのかな。

 ディマイン帝国の遺跡のあるミスラス共和国行きの旅券とかだと、飛び上がって喜ぶんだけどな。



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― 新着の感想 ―
[良い点] コミカライズの広告から4話まで読みこちらに来ましたが、やはり我が道を行くエリちゃんにニヤニヤしてしまいます。た、たのしい……! この先読み進めていくのが大変楽しみです。
[一言] 「少々、変わった娘でございまして……」 「少々」という所に対して異議を唱えたい。
[良い点] 国盗り的な神様的な、光栄って… あれか! ラブラブフラーッッッシュ!!!!!!!
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