聖女1
私は聖女セレナ。神と交信することを許された唯一の人間です。とある日、私は神託として魔王という存在の恐ろしさ、人類が全員で協力して戦うべき外敵だと教えられました。そんな存在が生まれ落ちたと言われたのですから、早急な対応が必要です。私は急いでそれを国王に伝えました。
しかし最初、王は話半分にしか聞いてくれず悠長にも、今年の大会でその魔王とやらを討伐する勇者を決める。なんてことを言われて、私が何度訴えてもそのくらいの対応しかしてくれませんでした。
王が取った政策の内容を詳しく言うと、数人の強者を見つけ出して、それを勇者と名付けその人たちを旗印として魔王討伐を託すというものです。そんな大事なことを、個人、または数人に対して押し付けて良いわけがないのに。
それはとても脆く、そして無責任な行動に見えてしまいます。当人たちへかかる重圧と、求められる強さはとても常人には耐えられるものではないでしょう。私は国全体で協力して、討伐に動いて欲しかったのです。
状況が変わったのはついに魔王が本格的に侵攻を開始してからでした。隣国が攻め滅ぼされ、我が国もすぐに対応しなければならないということになり、王は慌てました。しかし策なんてものはなく、兵をかき集め各地で防衛。結局、直接撃退するのは勇者たちに託すなんてことになってしまいました。
私が悪かったのでしょう。もう少し強く進言すればよかった。諦めては行けなかった。事態の深刻さを知っているはずの私が、動いてはくれているなんて自分を誤魔化してしまった。
何より私に魔王を討伐できるほどの力があれば、簡単に解決する問題だったのです。しかし私に出来る退魔の力では、魔王はおろか、魔王の部下である幹部ですら倒せないでしょう。神から神託を受けておきながら、結局他人頼りで何も行動出来なかった私は、情けなく最も罪深い。
だから、私は勇者が決まったと言われた時、その勇者様の顔を見ることが怖かった。その方に着いて行って私も支援することは決めていましたが、全てを押し付けてしまう事が後ろめたくて、申し訳なくて、不安だったのです。
今、王が勇者を民に発表するということが目的の式典に、私も来ていました。この後顔合わせをして、早速既に襲われている街に急行するということになっています。
民衆も注目している様で、かつてないほどの人が深刻な顔で見つめています。人々に不安な思いをさせてしまって本当に申し訳ないです。私がもっと強ければ、こんなことにはならなかったのに。
そしてとうとう式が始まるという時、勇者様の姿も見えました。勇者様はまだまだ子供らしく、背丈も私より低いくらいです。こんな子供に人類の命運を託してしまう罪深き私を、神はどう見ているのでしょうか。
そのまま勇者様を皆に紹介するという目的の式が始まります。勇者様は見たところ貴族などではなく、大勢の人の目に晒されるのも初めてでしょうから、穏便に、そして素早く終わって欲しいと願っていました。
しかし、私の願いは叶うことはなかったのです。
王が勇者様のルナンという名を高らかに宣言した時、その紹介された勇者様から明らかな怒気が発せられました。何故、そんなことになったのかは分かりません。王でさえその怒気を察して、驚いています。
そして勇者様は立ち上がって王に言いました。
「この国を治める偉大な王よ。失礼を承知で言わせてもらう。魔王討伐パーティーとはどういうことだ。俺一人だけに、魔王の事を任せてくれるのではなかったのか」
大きな声ではっきりと、どこか演技じみた姿で言い切ったその言葉に、民も私も見惚れてしまいました。普段ならこの国の頂点であるお方に対しての言い回しではないでしょう。一般人が王にそんな態度を取ると即刻囚われてしまうくらいの重罪です。
しかし、勇者様の強さを民衆は知っています。そして何より魔王を討伐してくれるという期待を背負っている状況が、その無礼を許していました。王も無碍に扱えないのです。
そしてその内容に、私の心臓が締め付けられたような感覚がしました。つまり、勇者様は一人で全て背負って戦うつもりだったと。怒っているのは、まさか他の人を魔王討伐なんて危険なことに連れて行けないという事でしょうか。
そうだとしたなら、その勇敢さ、優しさ、そして正義感は物語に出てくるような勇者そのもので、それでいて私は何故かそれが悲しくなりました。
私も民も、一つも声を出せず、沈黙が場を支配する中、王が答えます。
「勇者ルナンよ。説明が遅れたようだな…………。もちろんお主が勇者だ。魔王討伐の旗印になってもらいたい。しかし、一人で討伐するのは難しいだろう。まずはそこにいる聖女セレナと行動してもらいたい。その後、魔法使いのメンバーも遅れて向かうことになっている。国を出るころには合流できる予定だ。そしてその三人を勇者パーティーとして、最終的に魔王を討伐してもらおうと思っている」
私を指差して、勇者様に説明する王。もちろん私はこのことを知っていました。魔法使いはまだ選定段階であることも。
王が説明を続けていく度に、勇者様からの怒気は増大していきます。それ程彼にとって許せないことだったのでしょう。
王が指し示したことで、勇者様と民の視線はこちらに向きました。
「私が聖女セレナです。勇者様、よろしくお願いします」
勇者様から発せられるプレッシャーに威圧されながらも、何とか自己紹介を終えます。彼から私の今の姿は、どう見えているのでしょうか。情けないと思われたかもしれません。
「まだ子供じゃないか。こんな小さな少女に魔王討伐を背負わせる。それが正しい事なのか? 王よ。答えてくれ」
絶対に言い逃れを許せないというような真剣な表情で問いかける勇者様。もしかして、私のことを心配されているのでしょうか。そんなことはしなくてもいいのです。それに、勇者様も明らかにまだ子供と言っていい年齢に見えます。
王は、その言葉と姿勢に少し怯んでから、ゆっくりと口を開きました。
「正しい事なのかと言われれば違うかもしれない。だが、魔王を倒す為にはそうするしかない。聖女も納得している。勇者よ。今は緊急事態だ。戦力を勿体ぶっている場合ではないのだ」
その言葉に、勇者様はさらに怒りを滾らせました。
「戦力は俺一人で何とかなる。民を脅かす魔物も、魔王自身も、俺だけで全て倒せるだろう。他の人を巻き込む必要はない。俺だけがその任を背負う。それが出来ることは証明したはずだ」
大会でのことを言っているのでしょう。私は直接見ていないのですが、たくさんの噂を聞きました。全ての試合を無傷で終わらせ、一瞬で勝利した。間違いなく勇者という称号に見合う剣士だと。その強さは確かに他の人間とは一線を画しているのでしょう。
しかし魔王という存在もまた強大だと、きっと勇者様も認識されているはずです。一国を滅ぼしたという話を知らない人などいませんから。
なのにこの方は、一人で全てを背負いたがる。孤独に進む道を選ぼうとする。他人を巻き込むことを嫌う。その理由は、きっと勇者様が優しいから意外にないでしょう。戦いで、誰か近しい人を失った経験があるのかもしれません。
ああ。なんて凄い方なんでしょう。私なんて、すぐに他人に頼って巻き込んで、ついには勇者様に後ろめたくて顔を見たくないなんて思って、本当に自分勝手でした。
まさに私が成りたかった理想を体現したような方が勇者として立ち上がってくださるなんて。これも神から私への贈り物なのかもしれません。
どうするのか迷っている王。民衆は、勇者様の言葉の真意を察して、言葉も出ないようです。
私は覚悟を決めました。
「勇者様、お願いします。私にも手伝わせてくれませんか。頼りないかもしれません。それに勇者様に比べれば非力なのは間違いないでしょう。ですが、絶対に足を引っ張らないと約束します」
支えなければならない。この優しいお方を一人にはしていけない。私はそう思ったのです。
「お前…………」
勇者様が睨んできますが、全く気になりません。私は彼が優しい人だと知りましたから。
「雑用だってなんだってやります。私は勇者様が心配なんです。着いていくだけでもいい。あなた様の負担を少しでも私に分けてください」
見ていた人々も私に賛同して、一気に広場が盛り上がりました。
『思えば勇者一人に押し付けるなんて間違っていた。俺達も一緒に戦う』といった声や『戦うことは出来ないが、支援はいくらでもする。戦場の真っただ中だろうが物資を届けに行く。なんでも言ってくれ』なんて声も聞こえてくる。
ああ、こういうことだったのですね。神は言っていました。人類全員で協力して倒すべきだと。間違いなく皆が協力しようという思いになったのは勇者様のおかげです。こうやって必ず輪は広がっていくでしょう。
勇者様は何が起こっているのか理解出来ずに混乱している様でした。本心で、自分以外の人が戦いで傷付いて欲しくないと思っているから、きっとこの状況も嬉しくないのでしょう。
でも、そんな自己犠牲の綺麗な心を見せられたら、あなたを手助けしたいと思う人ばかりになるというのには気付いていないのでしょうか。本当に、優しい方です。
「分かった。お前ひとりだけなら勝手にしてくれ」
「はい!」
私の事を認めてくださったのでしょうか。そうだとするならこの期待を私は絶対に裏切らないようしたいです。
「皆さん。戦いは私たちに任せてください。必ず魔王を討伐すると約束します。そして皆さんは戦いの代わりに祈っていてください。私たちの勝利を。それは必ず勇者様に力を与えることになるでしょうから」
私が信仰する神が伝えた教義に『祈りは人の思いを届ける』というものがあります。人々の思いが、危機に陥った勇者様に届くと、私は信じています。