勇者1
この広い世界で一番強くなりたい。この世に生きる生物の中で自分こそが一番だと証明したい。男なら、一度くらいそう思ったことがあるんじゃないだろうか。
少なくとも俺はそうだった。そして何より、俺はその思いをどれだけ経っても捨てることが出来なかった。それは自分にはポテンシャルがあると確信していたし、実際努力すればするほど強くなることが出来たからだ。限界を感じることなどなかった。
周りからこんな農村で剣ばかり振るっている馬鹿と噂されようが、挫けること無く力を付け続けた。
そうして十年近く年月が過ぎて、敵う者など存在しないと確信できるまで鍛え続けた。今の俺は間違いなく誰にも負けない力を持っている。けど、実際に自分が一番だと証明することが難しい。近場の魔物ではもはや相手にならないけど、世界は広いのだ。実際には想像もできない強者がどこかにいるかもしれない。
それに今の俺は未だ無名。世間で知っている人などいない状態だ。名実揃って世界最強でありたい。実力だけでなく、世界中に名を知らしめ、誰もが俺の事を認め、褒め称える。それこそが人生を賭けるに値する俺の夢だ。
けど困ったことに、実力はおそらく備わったものの名声の方を高める方法は考え付かなかった。人を殺して回ったりして国から指名手配を受ければ一気に名は広まるだろうけど、さすがにそんなことで広まった名声には価値が無いだろう。
だから俺はずっと待っていた。実力を証明するとともに、世界中に名を轟かせるチャンスを。そして、その機会は意外と早くに訪れた。
国一番の戦士を決める大会。毎年王都で行われるその催し物を、俺は大したものだと思っていなかった。それは、優勝したとしても国一番なんてのは名ばかりで、最強の名声が手に入るわけではないからだ。
実際参加しているのは国直属の兵士と、王都の近場を拠点にしている傭兵たちや綺麗な武術家くらい。本当の猛者たちが出場しているのを見たことがない。興行目的で市民を楽しませることを第一に置いている為、本気の殺し合いを楽しむような奴らは出場させないのだ。
だが、今年のそれは、俺にとって全くの別物だ。優勝者にとある景品が出ることになった。というより、その景品に見合う戦士を見つける為に急遽大会を開くことになったというのが正しい。俺は、その景品が喉から手が出るほど欲しかった。夢を叶える為に。
そのことを知ってからすぐに参加を申し込んで、もちろん勝ち進んだ。やる前からさすがにこの国の中に相手になる人間がいるとは思っていなかったが、俺の強さはどんどん証明されていった。
そして悠々と勝ち進んで決勝戦の日が来た。相手はこの国で一番勇敢な男だと名高い騎士団長。現在、円形の闘技場でそんな男と俺は対峙していた。始まってからしばらく経ったが、俺は一度も得物の剣を抜いていない。
「ほら。避けてばかりで大丈夫なのか? 反撃をしないと勝てないぞ」
剣を縦に振るいながら、その男はそう言ってくる。こちらを挑発して揺さぶりをかけたいのだろうが、そんな言葉で作戦を変えたりはしない。俺は名声が欲しいのだ。圧倒的に、誰もが俺を最強だと認めるくらい。その為にパフォーマンスをする必要がある。
だから、まずは避け続ける。実力差をはっきりと示す為に。縦横無尽に紙一重で躱しているから、観客目線ではギリギリで見えているかもしれない。だが実態は違うけどな。
そうしていると、相手も違和感を感じてくる。これまで俺は攻撃的に全ての試合を終わらせてきた。そんな男が、涼しい顔でずっと守備的に行動しているのだ。短時間ならともかく、始まってからかなりの時間が経っている。何かがおかしいと思わざるを得ないだろう。
「何故……何故攻撃してこない! 何がしたいんだお前は……」
これまで熱心に攻撃し続けてきたこの男にも焦りが出てきて、隙が出来始めた。それが自分でもよく分かっているのだろう。だからその隙を突かない事を問い詰める。
観客たちもざわざわとし始めた。攻めていたはずのこの男の焦る様子に気付いたのだろう。
想定通りの状況。そろそろだな。
「俺がもしお前を一瞬で倒してしまったら、不意打ちでやられたとか。油断していたとか。そんな風に思う人が出てくるかもしれない。そんな曖昧な勝利を俺は望んでいない。ただ誰もが認めるような完璧な勝利を。それだけだ」
逆に必死に頑張っている姿を嘲笑しているとか、わざと苦しめて楽しんでいるとは思われるかもしれない。だがそれは別にいい。強さにケチは付かない。黒いイメージは大歓迎だ。かっこいいじゃないか。
「全力を出し尽くせたか? もう満足出来たか?」
この試合で一度も抜いていない剣を取り出して聞く。答えは求めてない。判断するのはこっちだ。
「良さそうだな。なら終わらせよう『魔剣 『風』――かまいたち』」
俺は剣をただ振るうだけ。黒く染まった愛剣は色を少し緑色に変える。今日も絶好調のようだ。剣を振るった時の風圧だけで、相手は吹き飛んでいく。滑稽だな。これが決勝まで来るのだからレベルの低さが分かる。
俺の反撃を待ち望んでいたかのように、歓声が上がる。明らかな実力差がお前らにも見えたか。
ステージ際に尻もちをついているその男に俺は剣を突き付ける。
「お前はよくやった。だが、弱すぎる」
精一杯の侮蔑を込めてそう言ってやる。こうなったらダークなイメージで名を広めていくのもいいかもしれない。
「ああ。そうだな。私は弱すぎたようだ。お前に託そう。魔王の討伐を……何より、人類の未来を……」
――そう。この大会の優勝景品は魔王討伐への挑戦。つまり、この大会は魔王討伐を行う勇者を見つける為の勇者選別大会だった。
突如現れた魔王と呼ばれる怪物。不愉快なことにその名は、今や世界中で知らない人間がいない程に有名だ。
魔王が人類に与えてきた害は幾多にも昇る。魔物が統制が取られるようになったこと。より強力になった事。そして魔王本人の力も含めて、間違いなく人類に仇なす天敵であった。
そしてついには国が一つ滅びた。魔物を使った大規模な猛攻に耐え切れず、亡命してきたわずかの人間を除いて全滅。間違いなく史上最大の虐殺劇だ。
それに恐怖して、各国は何とか魔王を討伐しようと現在動いている。特に俺の産まれたこの国は、滅ぼされた国の隣。次に狙われることが分かっているのだ。
だから強者を何とか民からかき集めたり、いろいろな策を行っている。
だが、そんなことはどうだっていい。どれだけの人が死のうが、俺自身に影響など何もない。俺にとって、魔王はただの賞金首のようなものだ。どうせ俺より弱いのだろうから。俺の名声を高める為の道具。
大事なのはその魔王が脅威だと、たくさんの人に認識されていること。俺の名を高める為に使えるかどうかだ。俺は全ての人に世界最強の人間だと知られたい。その名声と地位を手に入れたい。それが初めて剣を握った時からの夢だ。
それ以外の事はどうだっていい。どうせこの騎士団長だって綺麗なことを言ってても俺と同じように魔王討伐の功績が欲しいだけだ。
これだけのチャンスはもうないだろうから、誰にもこの功績は譲らない。だから一人で行かずに、わざわざつまらない大会に参加して、国の支援を受けることに決めたのだ。横取りなんてされてはたまらない。公認されて討伐するのが一番名声も高まるだろう。人々は、俺の悪辣な性格を知っていながら、強さを認めて感謝せざるを得ない。
その状況を想像すると堪らなくなってしまう。最強で最凶の剣士。かっこいいじゃないか。
大会で優勝した後日、俺の事を一般市民に正式発表するようで、王都の中央の広場に王とともに連れてこられた。魔王討伐の為にしっかり動いていることをアピールしたいのだろう。汚い奴らだ。俺を利用することで支持率を上げようとしているのは許せない。だが、今は我慢だ。俺の名声の為に。
たくさんの貴族たちと何も出来ないモブ市民共、そしてまだ若い王がいる。王の名はフェリックスという世継ぎもまだいない男だ。
一応跪いて謙虚な姿勢でいるが、魔王討伐を果たした暁には立場が逆転してるだろうから、この屈辱への復讐として俺の足でも舐めてもらおうか。
そんなことを思いながら始まるのを待っていた。市民共も注目しているようで、続々と集まって来る。広場の埋まり具合はとんでもないことになっていた。
その集まりに満足したのか、発表を始めるようで衝撃の発言を王が言い放つ。
「これから、この国を救う勇者となる者を発表する。皆もこの間の大会の快進撃、驚いたに違いない。優勝候補の騎士団長をも軽々と退けた強き男。魔王討伐パーティーに加えることになった勇士。その名はルナンだ」
前口調は悪くない。だが、その後の言葉が聞き逃せない。
は? パーティー? 魔王倒すとか俺一人で十分。仲間とか聞いてない。功績を他人に分け与えるなんて許せないんだが。
この際見ているモブ市民共の評判はどうだっていい。俺は断固とした態度で、王に否定を言い放った。
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