紅月のおまじない
ストロベリームーンとブラッディムーンを題材にした悲恋ファンタジーです。
旅商人は過去作品の「歌」の人と同一人物ですが、知らなくても問題ありません。
あるところに恋する少女がいました。
恋の相手は村一番の狩人の青年でした。
少女は夢に見ます。
狩りから帰る青年を迎える未来の自分を。
少女は知りません。
青年には恋人がいることを。
ある年の収穫祭の夜。
少女は意を決しました。
「私の心は昔から、貴方の矢で射止められていました。
私の恋心を、今宵、収穫してくれませんか」
「君の恋心はまだ若い新芽、僕が手折るには若すぎる。
それに、僕にはすでに収まるべき人生の矢筒があるのです」
少女の長い初恋は散りました。
虚ろな日々を過ごしていた少女は旅商人の歌う歌に引き寄せられます。
――熟した苺のように紅き月
乙女の恋を叶えましょう――
そこには、紅き三日月のような水晶細工のペンダントがありました。
旅商人は虚ろな少女に笑顔でこういうのです。
「あなたの悩みはわかるわよ。
このペンダントはサービスしてあげるけど、いかがかしら?」
少女は空を眺め思い出します。
今夜は三日月の日、それに、このペンダントは何か「私が手にしなければならない」気がするのです。
夜、空に浮かぶは紅の三日月。
少女は運命を感じ、ペンダントを手に祈ります。
「どうか、お月様。彼と一つになれますように。」
――流れた血のように紅き月
全てを呪い滅ぼすでしょう――
その日、少女の姿は村から消えました。
それは、失恋が生み出した小さな不幸として村人たちは少女を悼みました。
しかし、人の死はすごく身近なものなのです。
すぐに、越冬のための仕事に追われて日常へと戻るのでした。
「このままではいけない…あの赤い雌熊をどうにかしないと」
村の人々は集まり、対策を考えていました。
冬が近づくにつれて熊が作物を狙って下山してくる事は多くありましした。
狩人の青年達が村を守ってはいますが、それでも限界はあります。
この年現れた赤い雌熊はとても賢く、狩人の見張りの癖や死角、村の構造すら理解しているようでした。
「彼と一つになりたい……彼は私のものなの……」
行方不明の少女は森の中を歩きながら、ずっと思っていました。
「…あれは…私を探しにきてくれたの?」
深い深い森の奥、少女は狩人の青年を見つけたのです。
「大好き…大好き…!私はここだよ…!」
少女は青年に駆け寄ります。
青年は少女を見て…
弓に矢をつがえ、少女の心臓を射抜きました。
「…やらなければ、やられていた。すまないね」
青年は矢を受けてもいまだ倒れぬ巨大な赤い雌熊に声を掛けます。
「私は、あなたの、そういう、優しいところが、大好きなの」
少女は自分の心臓を射抜いた矢に気が付きません。
胸の痛みは再会した嬉しさで文字通り胸が張り裂けそうになっているものとばかり思っていました。
少女は勇気を振り絞り、青年を抱きしめました。
「もう、絶対に離さない…!」
少女の願いはすべてを深紅に染めて叶いました。
熊の首元からは、血を吸ってさらに鮮やかに紅く輝くペンダントが零れ落ちました。
――熟した苺のように紅き月
乙女の恋を叶えましょう
流れた血のように紅き月
全てを呪い滅ぼすでしょう
空に浮かんだ紅き月
恋の呪詛を紡ぐでしょう――