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魔剣シリーズ その1

作者: 元日


 「そうか・・・これが魔剣の呪いだったんだ。」

 目の前の女にしか届かないそのつぶやき。暗い部屋の中、男の声は力なく絶望に包まれている。彼はようやく自分の状況が理解いや実感できたのだ。

 女もまた、呪いを実感している。

 「大丈夫。きっと方法はあるはず。2人で探し出しましょう。」

 言葉でそして態度で励ますが、魔剣の前所有者は長い間、呪いに苦しんできた。解決までの道のりは、遠く厳しいものになるだろう。

 「お願いだ!見捨てないでくれ!」

 男には、女がこれからの苦労を想像しているのが分かる。それはこの数日間、前所有者の苦しみを見てきたからだ。

 「もちろんです。これは貴方だけでなく2人の愛を試される私達の戦いなのです。」

 まだ夜は始まったばかり太陽はまだまだ昇らない。



 「ゴブリン、いませんね。」

 「まあ、慌てるな!アレックス。ギルド情報では、奥の湖にゴブリン5匹の目撃例があるんだ。それと、そろそろ警戒のため、無駄口は控えてくれ!」

 「了解です。」

 森の中を探索しながら、パーティリーダーのクライムに声を掛ける。俺は、冒険者だ。といっても、まだ、登録して3日目のFランク冒険者。王都から相棒兼恋人のヘレナと来て4日目だ。登録してから、張り切って2人で、森の中を歩き回ったのだが、魔物どころか、ネズミの1匹も接敵できない。見かねたギルドが紹介してくれたのが、クライム率いるCランクパーティ “ ライオンハート ” だ。 彼らは、ギルドに依頼されて、時々、新人の指導をやっている。探索方法、剥ぎ取り方法等、冒険者のイロハを教えてくれるのだ。王都では、対人で1対1の剣の稽古はやってきたが、魔物相手は初心者。依頼達成の褒賞は3割引きになるが、クライム達には本当に頭が上がらない。

 

 先行していた斥候役のハミルトンが、無音で戻ってきた。皆に状況を報告する。

 「発見した。位置は情報通り奥の湖だが、ホブゴブリンが2匹。ゴブリンが6匹の計8匹。ホブは剣持ち。ゴブはこん棒持ちだ。こちらが風下になる。」

 「8匹か・・・」

 目撃例より、3匹多い。しかも武器持ちだ。ライオンハートは剣士のクライムに、斥候のハミルトン、盾役のギデオンの3人パーティ。そこに、俺達が加わって計5人。冒険者は怪我すると、即、食えなくなるので、リーダーとしては悩みどころだろう。

 「クライムさん、俺達は冒険者としては新人だが、これでも王都では、名の売れた剣士と魔法使いのコンビだったんです。人型の魔物相手だったら、まかせて下さい!」

 「くっくっく! ひよっこどもが、生意気なことを言ってくれるぜ。」

 「預かりもののお前達が怪我をしたら、俺達がギルドに叱られるんだぜ!」

 「よーし!やってみるか!ハミルトンはこちら側から1番近くにいるゴブリンを弓で射ってくれ!ヘレナは、それと同時に、ファイヤーボールで真ん中付近にいるホブゴブリンを狙え!ギデオンは盾役だ。アレックスは俺とツーマンセルで、向こう側の森から突撃だ。タイミングは俺たちにあわせてくれ!」

 「ちょっと待って下さい。向こう側の森は風上だから、ゴブリンどもに、ばれますよ!」

 「いいんだよ。俺達にゴブリンどもが、注目するほど、ハミルトンとヘレナの攻撃が通るだろう!最初に突撃するのは、俺達だけど、最初に攻撃が届くのは、ハミルトン達だ。多分、ゴブリンどもはハミルトン達に反撃するだろう。ギデオンの盾もずっとはもたないから、速くゴブリンどもを狩らないと、かわいいヘレナが、こん棒で殴られるぞ!」


 なるほどなー。やっぱり、剣術バカでは、冒険者は厳しいな!クライムと俺は森の中を通ってゴブリンどもの視線を迂回する。クライムは俺とほぼ同じ体格なので、彼の足跡をトレースして移動するのだが、凄いな!足音がまるでしない。それどころか、葉っぱ1枚も揺れない。このスピードで、このレベルの隠形を行いながら移動するのか!勉強になるな! それでもハミルトンみたいな斥候役と違い、ホブゴブリンは、気配を感じ取っているみたいだ。匂いか?移動中の姿は見られていないので、位置の確定はされてはいない。 俺達はハミルトン達とゴブリンどもを結ぶ直線上の森に到着する。クライムは、直ぐに飛び出そうとする俺を抑えて、息を整えさせる。ゴブリンどもの配置は、ハミルトン側にゴブリンが2匹、そして、ホブゴブリンが2匹、さらに俺達側にゴブリンが4匹だ。匂いでこちら側を警戒しているのだろう。クライムは俺達側の4匹にA,B,C,Dと仮名をつけ、俺にC,Dがノルマだと指示する。攻撃目標はきちんと設定しておかないとお見合いになって、生き残る奴が出るらしい。『残りはヘレナの魔法(範囲攻撃)で分かんなくなるから、後は流れだよ!』と微笑む。うまくリラックスできる笑顔だ。

 「 行くぞ! 」

 俺達が飛び出すと、ゴブリンどもの視線が集まる。ブシュ!ハミルトンがゴブリンを射殺する。少し遅れて、ホブゴブリンにファイヤーボールが命中する。ゴブリンA,B,C,Dは、振り返ってファイヤーボールの火柱に呆然としている。俺達は背後からA,B,C,Dを刈る。狩るではなく、刈る。動かないのだから簡単だ!ファイヤーボールは風下にいた生き残り2匹にも流れたみたいで、やけどで動きが鈍い。俺達は、すぐに追いつき、ギデオンの盾で抑えられていた2匹にとどめを刺す。


 俺達はゴブリンの耳を切り落として回収していく。ヘレナは死骸の焼却係だ。

 「なんて簡単なんだ!昨日までの3日間が、噓みたいだ。」

 俺とヘレナの探索は、サイレンを鳴らして移動しているみたいなものだった。接敵が出来ないわけだな!

 「段取りがきちんと出来てたら、こんなものだよ。」

 「アレックスとヘレナも想像以上だった。王都で名が知れているというのも本当だったんだな!」

 「ヘレナの魔法の威力はありすぎて、ホブの耳まで焼いちゃったもんな!」

 ヘレナは照れくさそうにしているが、皆、責めているのではなく、笑い飛ばしている。気持ちの良い連中だ。後は帰るだけ。楽しい時間はあっという間に過ぎていく。 つまり、あれだ。 油断していた。


 川や湖など水辺には野獣、魔物が集まることが多い。昼は、姿を見せなかった夜行性の魔物も夕暮れ時から、活動を始める。気づいた時には、ハイエナリーフの群れ15匹に囲まれていた。ハイエナリーフは、昼は日溜まりでじっとしているが、夕暮れから明け方まで活動する。魔浪に近い外見だが魔猫の種類だ。ゴブリンより、小型で力もそれほど強くないが、動きが速く木魔法を使う。1番の問題は、群れの規模だ。15匹は多い。


 「すまない!俺が警戒しておかなくては、いけなかった。」

 「ハミルトン!今はその話はいい!矢はどれくらい残っている?」

 「残り、5矢だ!」

 「ヘレナ、魔力は、まだ大丈夫か?」

 「あと、ファイヤーボール2発分くらいです。」

 「よし、湖に入って迎え撃つぞ!ハイエナリーフは水に浸かると、動きが鈍り、木魔法が使えなくなる。湖を壁にするんだ!。俺とギデオンとアレックスが前衛。ヘレナとハミルトンは後衛だ。」


 ハイエナリーフは水を苦手としているから、わざわざ、泳いだり潜ったりしてまで、後方へ回り込もうとはしない。俺達は湖に膝まで浸かりながら防衛線を死守する。水に浸かると、動きが鈍くなるのは俺達も一緒だが、木魔法が飛んでこないだけ、まだましってもんだ。俺はハイエナリーフを1匹、さらにもう1匹と切り捨てる。クライムも1匹を屠った。ギデオンは倒せてはいないが、盾役として、一番多く防いでいる。ハミルトンの矢は全て、はずれた。最後の1矢をナイフ代わりに構えている。ヘレナのファイヤーボールもクリティカルヒットは無しだが、爆風で2匹を戦闘不能にした。水辺とはいえ、敏捷性に優れるハイエナリーフだ。やはり、不意打ちでもなければ、遠距離攻撃は通りにくい。


 残り10匹になったところで、ハイエナリーフの動きが変わった。集団戦闘に変わったのだ。バラバラだった攻撃が、今は、3匹のみの攻撃になっている。いや、攻撃はしてこない。威嚇だけで、前衛のヘイトを稼いで、隙が出来たら他の7匹が後衛に飛び込む。しかも、疲れてきたら、交代する徹底ぶりだ。このローテーションが何度か続いたが、いきなり違う動きで、後衛に飛び込む1匹が出て、防衛線を越えられた。ヘレナが狙われている。純粋な戦闘職でないため、隙が出来たのだろう。ちくしょう!ヘレナは俺がカバーしなくてはならないのに!ヘレナの悲鳴が響く。鮮血が飛び、血の臭いが充満する。


 ハミルトンの左腕がハイエナリーフに嚙みちぎられてれる。しかし、右手で構えていた1矢は、見事にハイエナリーフの首を突き刺していた。明らかにヘレナをかばったのだ。すぐにヘレナは回復魔法をハミルトンにかける。


 「すまない。ハイエナリーフの接近に気づかなかったのは、斥候役の俺の責任だ。」

 「だから、謝罪は後でいいって言ってるだろうが、町に戻ったら、ギルド横の酒場で奢ってもらうぞ!」

 「新人への責任は、俺の仕事だって言ってるだろう!お前はチームリーダーの地位を狙ってるのか?」

 「ピンチの時は、新人をおとりにして逃亡するパーティもいると聞いてました。こんな状況でも思想と態度が一貫している貴方達は素晴らしいパーティです。」

 「私のつたない魔法では、血止めが精一杯ですが、酒場では奢ってもらいますからね! 私はけっこう、いける口ですよ。」


 既に戦いは、深夜になっている。ハイエナリーフは9匹に減ったが、状況は変わらず消耗戦だ。ヘレナの魔力は最後のファイヤーボールを撃つまでもなく、前衛3人に掛ける回復魔法で、既にカツカツだ。彼女は魔力だけでなく体力も限界をむかえ、目も霞んできている。戦力外なら、いっそのこと倒れてしまえばよいのだが、湖の中で倒れこむのは溺れることになる。自分はいいのだが、アレックスの気を引いてしまい、結果としてアレックスに隙を作らせてしまう。彼女はアレックスの為に、気を失うわけには、いかない。意識を保つために最後に残った聴力に集中する。その時、爆発音が聞こえた。


 ヘレナから、回復魔法を掛けてもらっていたアレックスには爆発音の音源が見えた。湖を囲む森の一部が俺達の方へはじけ飛んでくる。爆心地から出てきたのは、正しく、怪物! 人の10倍の大きさを誇る 巨大岩熊<ビッグロックベアー> だ。岩の硬さの表皮に包まれた無敵の魔物は、ギルドの資料では『森の支配者』とされる。ハイエナリーフのボスが短く吠えると、一斉に逃げ出す。時間の問題で俺達を全滅できた魔物の群れは、即断で退却を選択した。倒れている2匹はそのまま放置だ。巨大岩熊は俺達には見向きもせず、出て来た森の中を振り返っている。


 「お~い! 仮にも『森の支配者』と呼ばれる存在が逃げ回るなよ! お前には恨みはないが、お前の手と内臓は、いい素材になるんだよ!いい加減、覚悟を決めようぜ!」

 巨大岩熊を追って出てきたのは、男女2人の冒険者だ。男は、漆黒の剣をかまえている。柄も鞘も刀身も真っ黒だ。女は、魔法使いか?黒いマントを羽織り、木の杖を持っている。


 「ベクターか?」

 「あれ~!クライムさんじゃん! ゴブリンを、ちまちまと狩っていると思ってたんだけど、ハイエナリーフの多頭狩りっすか?すごいじゃん!ランクアップしたんすか~?」

 巨大岩熊を前にして、世間話を始めるベクター。もちろん、そんな隙を見逃すわけもなく、巨大岩熊は必殺の右腕を振り下ろす。樹齢100年を越える巨木を、一度に複数本なぎ倒すその一撃はぶつかる瞬間、爆発音を発生させる。亜音速のそれは、隕石のごとしだ。だが、その時、(信じられん!) 黒剣が太くなり巨大岩熊の一撃を受け止めた。

 「そうそう!やればできるじゃん!いざ、勝負!」

 ベクターが大上段から黒剣を振り落とす。(あれ、距離感がおかしい!届かないはずなんだが?)巨大岩熊の左腕が肩から離れる。続けて、横一文字に黒剣を振る。両脚が切られるが、脚はそのままで、臀部から上が、前へずれ落ちる。巨大岩熊は倒れるまま、最後の意地で右腕をベクターに振り落とす。が下方から跳ね上げられた黒剣が、やはり肩から右腕を切り離す。

 「はい、おしま~い!」

 ベクターは芋虫のようになった巨大岩熊の首を落とし、とどめを入れる。


 「クライムさ~ん!素材の剥ぎ取りと運搬を頼んますよ。料金は払うからさ!よろしくね!」

 「助けてもらってすまないが、俺達は消耗しきっていて、その余裕はない。それにすぐにハミルトンを教会に移送して治療してもらわなくてはならない。」

 「あれ、本当だ!ハミルトンさん、片腕ないじゃん。アハハ! だっせー! はあ!しょうがないな!エレン! ハミルトンさんにポーションかけて!あと、回復魔法も皆にサービスしてあげて!」

 「ありがたいが、俺達には、その対価を払えないぞ!」

 「いーよー!昔、オナ・パーだった仲じゃん! うーん。じゃあ、剥ぎ取りや運搬の料金はサービスしてよ!」

 女魔法使いのエレンが、回復魔法を皆に掛けた後、ポーションをヘレナに渡す。ヘレナが拾ってきた腕をハミルトンに添えて、ポーションを掛けると無事に繋がっていく。

 「じゃあ、俺達はあの岩陰で、水浴びして返り血を落としてるね!戦闘後は体が火照るの、知ってるでしょ!終わったら、声かけてね!」

 エレンは、ぺこりとクライムに頭を下げて、ベクターへ付いていく。


 「すごいですね!何ですか、あの人は? ビッグロックベアーの皮膚って剣で切れるんですね!」

 俺は、興奮状態で、ライオンハートの皆に、質問をかさねる。

 「だいたい、あの剣は、よく折れませんね!なんだか、太くなったり伸びたりしてませんでしたか?」

 剥ぎ取りをしながら、クライム達が、答えてくれる。

 「まあ、落ち着け!そして、お前も手を動かせ! あいつらはベクターとエレン。2人とも、10年位前はライオンハートに所属していた。Sランク冒険者だ!」

 「普通の剣で切れるわけないだろう! あの剣は魔剣だ!ブラックソード:黒剣。 折れず、曲がらず。長さ、太さは自在に変わり、所有者に亜竜とも戦える力を付与してくれる。」 

 俺は、剥ぎ取りを教わりながら、話を聞く。

 「・・・魔剣!初めて見ました。確か、悪魔が封印されていて、呪われるって・・・。やっぱり、Sランク冒険者位になると、魔剣を持ってたりするんですね!」

 「逆だ!魔剣を持っているから、Sランク冒険者になれるんだ!俺も魔剣持ちなら、ハイエナリーフもビッグロックベアーも楽勝だよ!」

 「まあ、呪われてまで、魔剣を手に入れたいとは思わないけどな!」

 「でも、呪われている風には見えませんでしたよ!」

 「おそらく、呪いは体ではなく、精神に影響を与えるタイプだと思う。魔剣を手に入れる前のベクターは、今のアレックスみたいに礼儀正しく、皆に好かれる青年だったよ!」

 「今じゃ、ギルドのトラブルメーカーだもんな。先日もAランクパーティがつぶされていた。」

 「ひどかったな!パーティメンバーの半分が全治半年じゃ、パーティは解散だな!」

 「魔剣の傷は回復魔法もポーションも効かないしね!」

 「教会の上級魔法なら、効くらしいよ。」

 「この都市で唯一のSランク冒険者に睨まれているんなら、聖都までの移送手段もないだろ!」

 「実力も実績もあるから、ギルマスも処分しにくいしね!口頭注意で終わりだね!」

 「また、エレンをきっかけに使うから、言い訳できるしな!」

 「地元の連中は知っているけど、流れ者なら、切れるか、便乗するか、のどっちかだからな!」

 「やり口はよく分かりませんが、精神を蝕む系の呪いは怖いですね!」

 長話しながら、剥ぎ取りを進める。

 「アレックス、もう少しで終わるから、ベクターに声をかけてきて!あのロープが結んである岩陰で水浴びしているはずだから。」

 「分かりました。ヘレナ、行こう!」


 水浴び中に、いきなり行くと、失礼になるので、まず、声を掛ける。

 「ベクターさん!お待たせしました。そろそろ、剥ぎ取りが終わります。」

 「おー!ライオンハートの新人君かい?体はもう、大丈夫かい?」

 「ええ!ありがとうございました。もう、平気です。」

 「そうかい!良かったな!君も水浴びしたら、どうだい?汚れてるだろ!回って来いよ!」


 「見ないで!」

 エレンの声だ!岩陰に回ると、全裸のエレンが、岩に大の字で拘束されていた。ベクターはエレンの股間に黒剣の柄を埋め込みながら、俺に声を掛ける。

 「今、エレンの体を流してるんだ。君も手伝ってくれないか?」

 ベクターは左手で持つ黒剣の鞘を更に押し込みながら、エレンに命令する。

 「エレン、君からも頼まなきゃダメじゃないか?」

 「うう!お願いします。私の体が汚れてないか見て戴けますか?」

 ベクターは右手でエレンの乳首を摘み上げる。

 「胸の下に返り血はついてないかい?」

 「うう!ちぎれてしまいます。」

 俺の頭は真っ白になった。


 俺は剣を抜く。ベクターも黒剣を抜き取り、構える。鞘はそのままだ。俺は、ベクターを無視してロープを切り、エレンを解放する。

 「うーん!新人君たちには、こんなプレイは早かったかな?」

 「ふざけるな!Sランク冒険者とも、あろう者が人の尊厳をおとしめる行いをするな!」

 「えー!よそのカップルの事に口出しするなよ!」

 「愛は2人だけで、確かめ合う秘め事だ。なぜ、恋人を辱める必要がある?おまえのは悪魔の行為だ!」

 「かー‼ しらけたな!クライムさんところの新人を潰すわけにもいかないし、不完全燃焼だけど、今日は帰るか!」

 ベクターは俺に黒剣の剣先を向けて威圧を放つ。俺は、それだけで動けない。喋れない。呼吸どこらか鼓動すら止まりそうになる。笑いながら、ベクターは悠々とエレンを抱き起し、森へ帰っていく。


 「ひどいですね!何ですか?あの人は! エレンさんが、かわいそうですよ!」

 俺は、ベクターの行為に、そして動けなかったビビりの自分自身に憤慨していた。一人になったら、自己嫌悪に陥るパターンだな! ここはギルド横の酒場だ。ギルドに自分達とベクターの素材を届けた後、まだ夕刻だってのに飲み始めた。もちろん、支払いはハミルトンの奢りだ。

 「同じようなセリフでも、評価はまるで違うなあ! 命を救ってもらったんだから、そんなに怒るなよ!」

 「皆さんにだって、怒ってるんですからね!ベクターを呼びに行かせた時、あの展開は読めていたのでしょう?」

 「あれ、ばれてた?俺達は全員、“アレックスは切れる”方に賭けちゃったんで、賭けはチャラになったんだ。」

 「ベクターは、あんな感じで、エレンを苛めて、揉め事のきっかけ作りをするんだよ!」

 「魔剣使いに本気になられていたら、今頃、棺桶の中ですよ!」

 「10年前は、ベクターの言う所の “オナ・パー” だったんだ。俺達のパーティには、酷い事はしないさ!」

 「ですけど、精神系の呪いを受けているんでしょう?今後はどうなるか分からないじゃ、ないですか?」

 「でも、実際に今回も助けてくれたじゃないか、きっと、まだ、大丈夫だよ。」

 「確かに、回復魔法やポーションも凄かったですね!」

 「エレンは、王都で聖女候補だったから、信仰系魔法はAランクなんだよ。」

 「ベクターも、魔剣で稼いでるけど怪我なんかしないから、上級ポーションとか余ってるものな!」

 「お金が十分なら、魔剣なんか手放して引退すればいいのに・・・」

 「魔剣は、誰かに譲り渡さなければ、解呪されないんだよ!ポイ捨て禁止なのさ!」

 「適当な人に渡す行為は、捨てたって見なされるんだ!相手にも条件があるはずだ!」

 「面倒ですね!なんでベクターさんは、魔剣なんて受け入れたんですか?」

 「だから、エレンだよ!結婚の条件がフェンリル退治だったんだ。それで、この都市に魔剣を求めに来たってわけさ。」

 「教会も簡単には、聖女候補を渡さないよな!」

 「魔剣を手に入れてから、フェンリル退治の方は、簡単だったみたいだけどね!」

 「アレックスなら、10年前のベクターに似てるから、魔剣を受け取れるんじゃないか?」

 「ヘレナが大事ですからね。呪いが分かっていて受け取れませんよ!」

 「別にすぐに心がおかしくなるわけじゃないさ。魔剣を手に入れた時は、普通に喜んでいたし、フェンリル討伐後の祝勝会でも、ギルドの皆と普通に話してたよな!」

 「祝勝会の半年後くらいかな?ベクターと飲む機会があったんだけど、エレンと一緒にいなきゃ不安だけど、エレンを信じられない。周りの奴らも笑っている気がするって!フェンリルを退治した男には見えない怯えがあった。」

 「結局、10年の月日に少しずつ、悪魔に喰われて今の精神状態なんだろ!恋人を信じられないから苛める。周りの奴が笑ってるから潰す。それでも、俺達のことを助けるくらいの理性は残っている。精神の侵食には時間がかかるんだろう!」

 「俺なら、ヘレナを信じられる。俺の愛は悪魔なんかに決して負けない。」

 「あら!ありがとう!私も何が起きようとも、貴方を支え続けるわ!信じて大丈夫よ!」

 3人が生暖かい視線で、俺達を見守る。

 「ひゅう!あついね! じゃあ、この辺で『 ごちそうさま! 』ってことで、いいかな?」

 「・・・ハミルトン。 まあ、いいだろ!今日は勘弁してやるよ!」


 解散後、それぞれの宿に向かう。俺とヘレナは、Fランクにふさわしい安宿だが、一応、個室だ。

 「珍しく、人前で熱く、愛を語ったわね!」

 ヘレナは、なんだか、嬉しそうだ。

 「ベクターのふるまいを見て、少しね。 でも、言ったことは本当だよ!君のことを愛している!」

 「ありがとう!私の言葉も本当よ!今夜も貴方を支えるわ!」

 2人きりの長い夜が始まる。飲み始めたのが、早かったので朝までは、たっぷりと時間はある。ヘレナの回復魔法は、ここでも大活躍だった。


 翌朝は、隣りの住人がフロントに 『部屋を代えてくれ!』 と文句を言う以外は平和な朝だった。


 「遅いぞ!」  「すみません!」

 俺達は集合に遅れてしまった。ハミルトンとギデオンが俺達を冷やかす。

 「どうせ、2人の夜を楽しんでたんだろ!若いもんなあ!」

 「ベクターも戦闘の後は、身体が火照るって言ってたもんな!」

 図星だったため、俺達に反論はなく、恥じ入るばかりだ。あー!照れているヘレナも、かわいいなあ!

 「ハイハイ! ミーティングを始めるぞ! 既に、ギルドからの依頼一覧は貰ってある。今日は、この【 北の山へ、オークから被害者の救出 】を、選ぼうと思う。」

 オーク関係は女性の冒険者からは不人気だ。ヘレナも嫌な顔をしていたので、俺から提案してみる。

 「昨日の西の森の方が慣れていて、いいんじゃないですか?」

 「あそこは生態系トップの巨大岩熊が討伐されたので、安定するまで、立ち入り禁止だ。それに、被害者の救出案件はスピード勝負なので、ヘレナには悪いが、動けるパーティは出来るだけ参加するものだ!」


 今回の依頼はこうだ。昨日の朝、北の山の裾野で、牧場主のお嬢さん姉妹2人がさらわれた。

 オークはヒューマンの女性を拉致して、子を産ませる。オークはオスだけの魔物なのだ。さらわれた女性は殺されたり、ましてや、食われたりしない。救出された被害者の話では食事も与えられ、むしろ、快適な生活環境だったらしい。 だが、救出された被害者の7割は精神に異常を被っていた。出産後の救出者は10割だ。記憶がないくらいなら良い方で、救出の3年後、自分の子(人間)を産んだ瞬間、自分の子の首を締めた例もある。つまり、救出は早い方がいいのだ。

 しかし、救出は討伐より高難度依頼となる。オークを発見しても、すぐに退治できず、巣まで追跡しなきゃならないし、巣ではオークと戦いながら、救助をしなくてはならない。


 牧場主は『金に糸目を付けぬ』と依頼金をはずんだ。おかげで今回は、俺達だけでなく、パーティ“タイタン”の4人、“ツインズ”の3人も一緒で、計12人の合同チームになる。すべて、Cランクパーティなので、人数の1番多いライオンハートのクライムが、全体リーダーを兼ねることとなった。


 すぐにギルドを出発した俺達は、昼頃に牧場に到着した。牧場主の妻は、半狂乱になっており、ヘレナからカーム<鎮静化>の魔法をかけてもらう。丸1日以上を経て、この状態だとは・・・被害者家族の悲しみを目にした俺は、朝、クライムに言った事を悔やむ。

 誘拐現場に案内を頼むと、現場では、1頭の雄牛、2匹の犬の死骸がころがっていた、食料にされたのか?雄牛は後ろ足が引き千切られている。雄牛の死骸は力の強い成体が、犬の死骸は動きの速い小型がいることを表す。実際、目撃者の牧童の話では成体2匹小型2匹の計4匹だったそうだ。

 成体はもともと、重量があるし、姉妹2人を抱えての移動なので、足跡が残っていた。食べながら移動したのか?うっすらと牛の血の跡も残っている。追跡はハミルトンと“ツインズ”の斥候役の弟の方が受け持つ。“ツインズ”は剣士の兄と斥候役の弟、新人1人の3人パーティだ。新人は同郷出身の元・農民だそうで、今回は戦力外だそうだ。斥候は足跡をハミルトンが、弟の方が全体の警戒を受け持つ。近距離、遠距離の警戒担当を分担することで、不意打ちを防止することが出来る。追跡は、スムーズに進み、暗くなる前にオークの巣を発見することが出来た。巣は北の山の崖下の洞穴だ。俺には違いが分からないが、足跡が多数残っているらしく間違いないとの事だ。


 洞穴の入り口が見える樹木の陰で、クライムが指示を出す。

 「まず、ハミルトンは洞穴に別の出入口がないか、探索してくれ!」

 音もなくハミルトンは、崖へ向かう。

 「オークは深夜から明け方過ぎまでが活動時間だ。おそらく、今晩も狩りに出るだろう。洞穴内のオークの数が減るタイミングで突入しようと思う。まず、ツインズだが洞穴の見張りを頼む。オークが出てきたら教えてくれ!その後は、逆に戻ってくるオークを警戒してくれ!」

 ハミルトンが戻ってきたので、説明を受ける。

 「崖の上の方まで見てはいないが、300メートル以内では一部、通気口のような小さな穴がある以外、臭いの元は無かった。」

 「聞いての通り、あの入口付近だけで、大丈夫そうだ。」

 「了解した。」

 「タイタンは俺達と突入を頼む。」

 タイタンは剣士2人のパーティだが、新人2人を指導して計4人になっている。

 「タイタンの新人2人はハミルトンの指示に従って姉妹2人を背負い、運び出してくれ!戦闘は俺達が受け持つから、姉妹2人の安全を優先してくれ! そうだな。洞穴には、姉妹2人以外にも要救助者がいるかもしれん。その場合ハミルトン、ギデオンも護送組に加わるから、1人で2人を背負うのは安全を考慮してやめるように!」

 タイタンの新人から質問が出る。

 「もし、5人以上の要救助者がいた場合は、どうするんですか?」

 「その場合、見捨てる事となる。俺達が受けた依頼は、姉妹2人の救出だ。そちらを優先する。」

 タイタンのリーダーが新人を小突きながら注意する。

 「おい!こういう時は、全体リーダーの指示に従うんだよ。だいたい、異論がある時は、代案を出せ!」

 「では、せめて、ツインズの新人を護送組に廻して欲しい!1人でも多く救出したい。」

 「あー!お前はもう、しゃべるな!新人の安全は所属パーティが責任を負うんだよ!合同チームでも別行動は有り得ない! クライム、申し訳ない。」

 タイタンのリーダーが謝罪する。

 「いや、質問に答え、新人を教育するのも先達の役目だ!ただ、今はその時間ではないな!」

 タイタンの新人君は、牧場主の妻を見て、オークに憤りを感じてたみたいだ!気持ちはわかる。

 「では、ツインズ以外の者は、突入まで休憩をとってくれ!もちろん臭い対策で食事、虫よけは無しだ。」

 一旦、解散して、俺達は休憩しつつ待機する。ツインズはそのまま見張りをしている。時々、女の悲鳴が聞こえて、ヘレナが震える。自分に置き換えているのだろう。俺は、音を立てず、ヘレナを抱き寄せる。ちくしょう!突入はまだか?突入までの時間はとても長く感じられた。


 月が崖に隠れると、オーク4匹が出て来た。成体3匹と小型1匹だ。狩りに出るのだろう。ツインズが、追跡している。  戻ってきた。十分、離れたのだろう。クライムにサインを送る。突入組の番だ。

 ハミルトンが1人で洞穴へ斥候に向かう。入口付近で姿勢を低くして目が闇に慣れるのを待ち、その後、侵入していく。すぐに戻ってきて、内部状況を説明する。15メートル程カーブが続いて広間に繋がっている。広間に残ったオークは4匹、成体2匹と小型2匹だ。広間の右奥に小部屋があり、女性4人が閉じ込められている。

 (要救助者は4人か。良かった。それなら、全員を背負うことが出来る。リーダー命令でも、女性を見捨てるのは嫌だからな!)

 クライムが指示して突入開始。まず、ハミルトンがヘレナを連れて、10メートル程進む。中は真っ暗でハミルトン以外は見えていない。ハミルトンの指示で、ヘレナが広間方向に魔法を放つ。

 「ライト!」

 洞穴の中が明かりに包まれるタイミングで、攻撃組4人がハミルトン達の脇を抜けてオークに不意打ちを浴びせる。クライムが小型1匹を屠り、俺とタイタンの2人は成体1匹の腿やふくらはぎ等下半身に剣をめった刺しにする。残る成体1匹と小型1匹は無傷だ。ゴブリンの時と違って、仮名A,B,C,Dと決められなかった。真っ暗だったものな!

 無傷の2匹を攻撃組が抑えている間に、護送組が要救助者を背負って脱出する。最初はヘレナがカーム<鎮静化>の魔法をかけたが、興奮状態がひどく魔法が効かない。結局、ハミルトンが、全員に当身を打ち、気絶させてから背負うこととなった。

 護送組が脱出したのを確認してから、攻撃組も洞穴から出ていく。洞穴の中の戦闘は不利になるので、戦場を外へ誘導するのだ。洞穴の中は敵地になるし、狭くて剣も振りにくい。外へ出てしまえば、広い空間でこちらの数も多いから、前後左右から切り放題だ。だが、オークも自分達の不利を分かっているのか、洞穴から出てこない。戦いが長引くと狩りに出た4匹が戻ってきてしまい、多数の有利が効かなくなる。するとクライムが洞穴の中へ小麦粉の入った小袋を何個も放り込む。入り口付近にいる小型のオークが袋を素手で叩き落すが、中身は小麦粉なので、オークはもちろん無傷だ。クライムはヘレナにファイヤーボールを指示する。

  「 ファイヤーボール! 」    「 伏せろ! 」

 大爆発だ!後で聞いたら、粉塵爆発というらしい。洞穴入り口付近が爆発した上、崖が崩れて、埋まってしまった。今回は救出目的で、討伐対象の証拠品回収の義務が無いから、全部吹っ飛ばしてしまったわけだ。いくら、オークが頑丈でもこの爆発から生き残れるとは思えないし、埋まってしまった洞穴から出てこられるとは思えない。後は救助された女性を護送するだけ、作戦開始まで緊張時間が長かった分、喜びも大きい。  つまり、あれだ。またしても油断してしまった。


 ツインズが、口をパクパク動かして、指をさしている。その方向を見ると、護送組がオークに襲われていた。爆発音で、耳が麻痺していたのだ。ハミルトンとギデオンは上手くオークをさばいているが、タイタンの新人2人は、馬乗りにされて殴られている。すぐにツインズ、タイタンの2人、クライム、俺と順に駆けつけて参戦する。俺が1番、気づくのが遅かった。数の利で、すぐにオークを退治できたが、タイタンの新人2人は大けがだ。ヘレナの回復魔法でも動けない。救出された被害者と同じく背負われての帰途となった。


 牧場に姉妹2人を送り届け、ギルドへ向かう。姉妹2人はこれから、リハビリで大変だろうが、頑張ってほしい。帰り道は気まずい空気だ。新人2人のけがは、ポーションさえ有れば回復するだろうが、ポーションは高い。ベクターのようなSランク冒険者でなければ、なかなか難しい。

 新人2人はタイタンの先輩方に背負われながら、『怪我してすみません。弱くてすみません。』と泣いていた。『怪我に触るから、もう、しゃべるな!お嬢さん達は、守り切ったし十分だ。むしろ、お前たちを守ってやれなくて、すまない』と元気づける。ここも、いいパーティだなあと思うと同時に、気軽に上級ポーションをふるまったベクターの事を思い出す。ひどい別れ方をしたけど、次の機会があれば、非礼を詫びようと思う。あんな行為をするのも、呪いのせいでは仕方ないだろうし・・・


 昼を少し過ぎたころ、ギルドに到着した。ついでで救出された被害者2人を受付に預けてから、ギルマスへ報告に伺う。すぐにタイタンの新人君達には、ポーションをかけられ、全回復された。ポーションの代金はタイタンが分割で払っていくそうだ。金額もギルド会員値引きで、少しだけ安くなっている。ここまでは良かった。が、ここからが長かった。ギルマスからの説教の時間だ。

 『だいたい、粉塵爆発を使う必要があったのか!大きすぎる攻撃は自分達にも負担になる。次の動作も遅くなる。必要最低限の攻撃で、次に備えるべきだ。斥候役からの報告が遅れれば、魔物の先行攻撃を許すことになる。耳が聞こえなくなる事は想定外ではなく、想定しておくべきだ。声やハンドサイン以外の連絡手段は本当になかったのか?新人から目を離すのは、指導役として如何なものか?普段からの指導が甘いから、少しの時間で大怪我をさせてしまうのだ!』

 と3時間の拘束だ。解放されたのは、夕暮れ時。クライム達が帰りの道中、暗い顔をしていたのが、よく分かった。また、今回の依頼報酬のうち、ライオンハートから5割、ツインズから3割がタイタンへ見舞金として、支払われる。合同チームのリーダーパーティだから、少し多めだ。ギルド前で挨拶して解散という時に声をかけられた。


 「クライムさーん!聞きましたよ。またしても依頼達成後の油断での失敗じゃないですかあ?駄目ですね!もう、引退した方がいいんじゃないですかあ?」

 ベクターだ!2日前の依頼報酬を受け取りに来てたんだろう。後ろにはエレンが控えている。

 「いきなり何だ!お前は!現場を見ていたわけでもないのに、余計な口をきくな!」

 ツインズの新人が吠えた。彼は今回の依頼で1番、役に立たなかったことを気にしていたのだ。次の瞬間、彼はギルドの外壁にめり込んでいた。ベクターは『 待ってました 』とばかり、魔剣の力で彼を叩き飛ばしたのだ。

 「お前こそ誰だ!俺は、Sランク冒険者だぞ!口の利き方に気をつけろ!」

 ツインズの弟が新人を助けに、兄がベクターを止めに入る。

 「待ってくれ!あいつはお前のことを知らなかったんだ!勘弁してくれ!」

 「う~ん。お前は知っているぞ!確か、ツインズだな!お前の所の新人か?ちゃんと教育しておかなければ、ダメじゃないか?だいたいな・・・」

 ベクターは、鞘にしまわれたままの黒剣で、兄の両頬をはたきながら、嫌味を続ける。これはひどいな。

 「ベクターさん、先日は助けて戴いてありがとうございました。」

俺は、しかたなく、ベクターに声を掛ける。

 「おー!ライオンハートの新人君じゃないか?こないだは、助けたってのに『悪魔の行為だ!』だもんなー!今日は礼儀正しいな!良いことだ。 でも、いいのかい?俺は変わってないよ!」

 ベクターは、顔だけを俺に向け、いまだに、ツインズの兄をはたきつづけている。あー、話しかけたくらいでは、ツインズを解放できないな!

 「先日は本当に失礼いたしました。そこで、よろしければ、お礼とお詫びを兼ねて、これから、酒場で奢らせて頂ければと思います。いかがでしょうか?」

 「ほう!嬉しいな。しかし、Sランク冒険者の飲む酒は高いぞ!覚悟はいいかい?」

 「少しは、たくわえがありますから、さあ、酒場へ行きましよう!」

 俺は、ベクターを酒場へ誘う。後ろでは、ツインズが、頭を下げている。救われたのが分かったみたいだ。更に後ろでは、ライオンハートの皆がヘレナに『酒代だ!』とお金を渡している。ありがたいが、同行しては、くれなさそうだ。仕方がない。まあ、聞きたいこともあったし、いい機会だ。


 俺は、ベクターとエレンを酒場の一番奥の目立たない席へ案内した。店主から『トラブルメーカーが店先に座ると客足が鈍る。』と注意されたからだ。ヘレナがカウンターでエールを人数分貰ってきた。とりあえず、乾杯だ。ベクターは、エレンの腰に手を廻して引き寄せ、エレンは頭をベクターの肩に載せ、しだれかかっている。

「くっくっくっ。そんなに心配するなよ。高い酒を奢らせるってのは冗談だよ!それにしても1回だけ依頼を共ににしただけで、随分とツインズの肩を持つじゃないか!」

 「いえ!感謝とお詫びの気持ちは本当です。助けて戴いて本当にありがとうございました!また、お二人の邪魔をしてしまい申し訳ありません。確かによそのカップルの事に口出しするのは余計なお世話ですね!今のお二人を見れば、心からそう思います。」

 ベクターはエレンを更に抱き寄せて、そのまま胸を揉む。いや、握り潰すかのように力を込める。

 「いっ!痛い!」

 エレンが痛みで悲鳴をあげて、顔は苦しみに歪む。

 「ふふ!分かったような口をきくな~!エレンが恥ずかしがっているのも、苦しんでいるのも事実だぜ!エレンを助けたくはないのか?俺を殴りたくはないのか?」

 「エレンさんはそれを望んではいないのでしょう!あなたの愛を証明する為、こらえることが出来るのでしょう!あなたが周りの人達に苛立ちをぶつけるのも、エレンさんの愛を証明させようとするのも、全て魔剣の呪いのせいだと聞きました。あなたの心を蝕む、侵食する呪いはとても恐ろしい。」

 「心を蝕む呪い・・・そうか!ハミルトンさんから聞いたんだな。」

 「そうです!そこで私からお願いがあります。魔剣を私に譲っていただけませんか?」

 空気が変わる。この話題はベクターにとって笑って話せるものではないのだろう。当然だ!

 「お前は自分が何を言っているのか分かっているのか!勢いでものを言っているようならぶちのめすぞ!」

 「いえ!本気です。ベクターさんは魔剣の呪いに苦しんでおられる。ベクターさんのみならず、エレンさんやギルドの皆さんも同様です。ベクターさんの強靭な精神力でこの10年間、侵食は抑えられていますが、限界も近づいているはずです。魔剣を譲れば呪いの進行をリセットできるはずです。」

 「しかし、魔剣を譲り渡すのは誰でも良いという訳ではない。それに魔剣は大いなる力を所有者に授けるが同時に呪いを受けることになる。勘違いしているようだがこの呪いは10年かけてゆっくり進行するものではなく直ぐに襲い掛かってくるぞ!とても1人で耐えきれるものではない!お前に、そして、恋人のヘレナにその覚悟はあるのか?お前達に確かな愛はあるのか?」

 「もちろんです。それに、この提案はベクターさんを魔剣から救うだけが目的ではありません。私達の目的にも合致するからです。」

 「話を続けろ。」

 「ありがとうございます。私達は王都から来ました。そうなんです。私も教会からヘレナと添い遂げるための条件を出されているのです。ベクターさんの場合、フェンリル討伐と聞きましたが、私の場合ベヒモス討伐です。条件を出された時は、『とても無理』と諦めかけました。しかしマザー・アリシアから『この都市へ赴き、ヒントを探せ!』と言われました。何のことか分りませんでしたが『貴方にあって魔剣を譲り受けろ』という事だったのでしょう!」

 今まで、沈黙を貫いていたエレンがポツリとつぶやく。

 「マザーアリシア・・・そうか、ヘレナ・・・噓は言っていないみたいね!」

 「どういうことだ?」

 「10年前、教会でシスターアリシアと仲良くさせて戴いていました。私達の出立を見守ってらした方のお一人だから、魔剣のことも知ってらしたのでしょう。マザーになっていたんですね。そしてヘレナという名前です。私の名がエレンですが、教会の孤児院に多い名前なんですよ!孤児は大勢いますから名づけは面倒になって似た名前が多くなるんですよ。ケレンとカレンもいましたよ!」

 「なるほどね。10年経っても教会は変わってないな。よし分かった。そういうことなら譲るのは構わない。こちらも願ったりだからな!しかしベヒモスか!今のままでは魔剣を手に入れてもお前に勝ち目はないぞ!」

 「う! 確かに私はFランクですが、剣士としては王都の大会で優勝経験もあります。魔剣さえあれば決して断言されるほどではないと思うのですが・・・」

 「まあ、待て!話を聞け!俺はSランクだからお前が強いのは見ればわかる。実際ビッグロックベアーの戦いの時、お前は俺の剣筋が見えていたな!しかし、あれは俺の肩と肘等の筋肉の動きや足さばきでの先読みを含むものだ。10年前の魔剣無しの俺とお前が戦えばいい勝負になるだろう。だが、魔剣有りのお前がフェンリルと戦えば負けるだろう。つまり、お前の剣は対人専門で人外に向いてないということだよ!人外相手でも先読みは出来るか?人外の筋肉の動きがお前に理解できるか?魔物やけものは剣で攻撃してこない。ツノ、尻尾、舌、ブレス、鱗飛ばしや針毛飛ばし、面白いものでは致死性の放屁なんかの攻撃もある。人外の攻撃手段はお前には読めないだろう。」

 確かにそうだ。返す言葉がない。ゴブリンやオークはともかくハイエナリーフはやりづらかった。四つ足というだけでタイミングの取り方も分からない。

 「だが、心配するな!この俺様がお前を鍛えてやる。魔剣を渡して『はい、さよなら!』とはいかないさ!10年の呪いから解放してくれるのなら、このくらいのサービスは当たり前だ!」

 何故だろう?相変わらずベクターはエレンの胸を揉んでいるのだが優しく揉んでいるように見える。本当に嬉しいのだろう。エレンも先ほどとは違い痛みや苦しみでなく喜びがあるように見える。

 「ありがとうございます。特訓の方、よろしくお願いいたします。本日はこれ以上お二人の邪魔をするのもなんですから、明日、また、ギルド前でお待ちしております。」

 「おいおい!別に今からでも大丈夫だよ!疲れているなら回復魔法でもポーションでもサービスするぜ!」

 何を焦っているのだろう。やはり、魔剣の譲り先がようやく見つかったのに逃げられては堪らないと思っているのだろうか?俺なら、恋人とあそこまで盛り上がっているなら、とっとと二人っきりになりたいものだが・・・と思っていたらエレンの方から声がかかる。

 「いいえ!貴方達も二人で楽しんでらっしゃい。クライムさん達にも説明しなきゃいけないでしょうし、明日の昼前に、ギルド前でお会いしましょう!」

 エレンは俺達に回復魔法をかけポーションを渡した上、ベクターから解放させた。話に聞いていたほどベクターの奴隷という立場ではないのだろう。全くの同等の関係に見える。きちんと自分の意思を通しベクターもそれを尊重しているかのようだ。ベクターは本音の所はそのまま特訓に入りたい様子だったがエレンと俺達に気を使い、明日の約束を念押しして別れた。なんと、支払いまで全額を奢ってくれた。


 宿に戻った俺達は、まずベッドで一戦を繰り広げ、二回戦に入る前のピロートークで魔剣の話になった。俺達はベッドの上で革袋の水を回し飲みする。ヘレナが俺の胸に背を預ける形で座る態勢だ。

 「ねえ!魔剣の件だけど、話がうますぎないかしら!」

 「それだけ、魔剣を手放したかったのだろう!ベクターの精神もかなり限界ぽかったし・・」

 「つまり、魔剣の呪いが恐ろしいってことよね!私は別に教会に祝福されなくても貴方と一緒にいれれば嬉しいのだけれども無理して呪われることないわよ!う~ん!」

俺はヘレナを後ろから抱きかかえながら手を動かす。

 「ありがとう!だけど今のままじゃ教会へ顔を出せないし、孤児院の皆にも会えないよ。寂しくないかい?魔剣の呪いは気になるけどベヒモス討伐の事を考えるなら前進じゃないかな!おー!」

 ヘレナはそのままの姿勢で右手だけ後ろへ廻し、俺へ回復魔法をかける。

 「確かに対策無しでベヒモス討伐をやるより前進ね!と言うよりもビッグロックベアーの戦いを見る限り、魔剣を手に入れたら、もはや、ベヒモス討伐は終わったも同然じゃないかしら!うー!そこ!クライムさん達が言うにはフェンリル討伐も余裕だったみたっつっい!だし!」

 ヘレナを前に押し倒し後ろから攻める。

 「ベクターは特訓までやってくれるみたいだし、信じていいんじゃないかな!魔剣の呪いのことはベヒモス討伐を終えてから考えればいいんじゃないか?」

 「そうね!どうせ!呪われようと二人きりの時は!貴方は私にとって悪人だしー!こんな格好までさせて!変わらないわね!」

 「悪人とは失礼だな!まあ、聖女候補を堕天させたんだから、そう言われても仕方ないか!」

 今後の方針も決まったしヘレナの準備も出来たので、二回戦に突入!

  

 翌朝、フロントから連泊を断られてしまった。他の宿を探さなくっちゃなー!


 宿を出た俺達はギルドへ向かう。ベクターとの待ち合わせの為でなく、ライオンハートとのメンバーに昨夜の事を説明するためだ。魔剣を引き継ぐ事を最初は反対されたが教会から提示された結婚の条件の話をすると納得してもらえた。クライムは心配そうに励ましの言葉をくれた。

 「魔剣を手に入れると戦闘能力は十分だが、冒険者としては索敵能力とかまだまだ足りていない。剥ぎ取り方法のレクチャーも爬虫類系、魚類系、虫系と教えていない種類の方が多い。本来なら俺達の修行を終えてから、ベクターの元へ行くべきだろうが、ベクターも限界が近そうだし仕方ないか!順番が逆だが、そっちの修業を終えてから、戻って来い!」

 「ありがとうございます。次は魔剣を手に入れて戻ってきます。皆さんも安全第一で怪我をせずにお会いできることを楽しみにしています。」

 「油断大敵はお互いに気を付けていこうな!結局、2回だけのクエストだったが2回ともかっこ悪いところを見せちまったな!先輩として恥ずかしいぜ!お前が戻ってくるまでに俺達も少しはレベルアップしておくから安心して行って来い!」

 「結果的にはクエストはクリアしていますが、確かに2回とも大変なクエストでした。その分成長できて経験値は大幅に向上したと思います。戻ってきたら、またお世話になります。」

 ライオンハートの皆に挨拶をしていると昼の約束にはずいぶん早いがベクター達がギルド前に現れた。

 「別れの挨拶は終わったか?クライムさん、小僧は俺がしっかり鍛えるから安心してくれ!」

 「おー!10年前のベクターに戻ったみたいな口振りだな! ああ!アレックスの事は宜しく頼むな!」

 ライオンハートの皆は、新たなクエストへ向かった。


 「さて、アレックス!魔剣を受け取る決意は固まったか?」

 「はい!宜しくお願いします。」

 「よかろう!修行の準備は、こちらで用意してある。まずは移動だな。南の森へ行くぞ」

 「南の森は虫系の魔物が多いと聞きます。仮想ベヒモスなら北か西の森ではないのですか?」

 「まあ、魔剣の修行には順番がある。道すがら説明していこう。」

 「説明していただけるなら助かります。質問してよろしければ聞きたいことがあります。そもそも魔剣を譲られる相手が私で良いのでしょうか?」

 「ふむ。もっともな疑問だな。恥ずかしい話だし、これを言うとアレックスが引いてしまうんではないかと思うのだが言わないわけにもゆくまいな!はっきり言って俺は魔剣の呪いから解放されたい!命にかかわる呪いではないが、焦燥感が止まらない。どうしても周りにぶつかってしまう!周囲に迷惑をかけている事は自分で分かっている。自分一人になると自分の行いが恥ずかしくなり自己嫌悪に陥ってしまう。俺の器が大きければよかったのだろうが、もう限界だ。俺もエレンもこのままでは駄目だと分かっている。同年齢の者では既に子供も大きくなっていたり、クライムさんのように後人の指導で尊敬を得ている者もいる。俺は変わりたいのだ。但し魔剣の譲渡には条件がある。譲渡先は魔剣を必要とするべき野望がある若者だ!貴族や商人のコレクターではだめだ。教会から誘導されたアレックスなら大丈夫だろう!」

 「教会は何故、直接的に魔剣の話をしてくれなかったんでしょう?」

 「教会では魔剣の話をするのはご法度だからな!なんせ、悪魔が封印されている剣だ!といっても魔剣を手にしても悪魔に会ったことはないぜ!夢にも出たことはない。」

 「確かに今の話を聞くと少し怖い気もしますね!」

 今まで黙っていたエレンが発言する。

 「大丈夫よ!貴方は一人ではないわ!隣りにヘレナがいる限り、一人で乗り越えられない壁も二人ならきっと大丈夫!」

 やっぱり、エレンさんは無理やりベクターに付きまとわれているのではなく、二人の間には互いを理解しあう愛があるのだな。俺達もきっと大丈夫だ!俺はヘレナの瞳を見つめる。ヘレナも頷いて微笑む。


南の森に到着した。想像と違う。お花畑だ。蝶々が、蜜蜂が舞っている。

 「う~ん、蜜蜂でもいいんだがな~。もう少し緊張感が欲しいな。お!バットビーだ。追いかけるぞ!」

 バットビーは昆虫を主食とする最大で体長15cm程になる魔物だ。蝙蝠みたいに超音波で感知する能力がある。回避力が優れており、数百~千単位で巣を作る。狭い空間でもぶつかり合ったりしないので結果的に連携して襲ってくる。かなり面倒だが、超音波探知なので川の中等の水中に逃げれば安全だ。駆除方法は投網だ。力は無いので投網や広範囲魔法など避けようのない攻撃手段なら低威力のもので簡単に殲滅できる。バットビーを追いかけていると2匹、3匹と数が増えて巣に行き着いた。

 「よし!ではバットビー退治をやってもらう。使う剣はこれだ!」

 足元に落ちている木の棒を渡される。納得いかないまま、いつものように両手で棒を握り締め上段で構える。

 「はい!駄目!細い木の棒だぞ!両手の力はいらんだろう。片手で十分。バットビーは当たりさえすれば簡単に倒せるんだから上段の必要もないし体幹も必要としない。だいたい攻撃が大きくなるとバットビーは避けるぞ!腕のみとか手首だけとかコンパクトな動きで棒を振るんだ。魔剣も同じだ。剣の重さは感じない。腕だけだろうが手首だけだろうが剣撃は最大のものになる。威力は考えなくていいんだよ!剣速を考えろ!魔剣を使いこなすための修業なんだぞ!」

それもそうだ。バットビー退治が目的ではないのだものな。気持ちを切り替えて俺は助言通りコンパクトにバットビーを打ち据えていく。手首だけ腕だけだ。皆さんに分かりやすく例えるならモグラ叩きみたいだ。しかし数が多い。疲れとともに少しずつ身体が動いてしまっていたのだろう。バットビーの攻撃範囲が腕だけでなく全身に広がってきた。足元や背中、対人稽古では狙われない部位が刺される。超音波探知だから動いていなければバットビーには【 視えない 】はず、刺されるということはその部位が動いているということなのだろう。2箇所ほど刺されたがバットビーの針には即死効果は無いので、まだ戦えると思っていたら急に眩暈がした。立っていられない。ベクターが俺を抱えて巣から避難させる。

「さて、アレックス!今回は両足首を刺されている。対人稽古でなく魔物相手なら想定外の方向から攻撃が来るので空間感知〈エアチェック〉のスキルを手に入れろ!それで死角からの攻撃を避けることが出来る。もう一つ自己確認〈セルフステータス〉は出来るか?」

 「闘気感知〈オーラチェック〉なら出来るのですが・・・。自己確認〈セルフステータス〉は出来ます。」

 「闘気感知〈オーラチェック〉が出来るなら、空間感知〈エアチェック〉はすぐだよ!コツを教えてやる。まずは自己確認〈セルフステータス〉をやってみろ。」

 「う!状態異常になっている。いつの間に?」

 「バットビーの超音波探知だ!一匹くらいなら大丈夫だが百匹単位で長時間浴びていると状態異常になる。もう一つは熱攻撃だ。バットビーは攻撃対象を取り囲み温度上昇の範囲攻撃をかける。共に自覚しづらい地味な攻撃だ。魔物はこのように分かりづらい攻撃をかけるものも多い。戦闘中でも自己確認〈セルフステータス〉を忘れるな!」

 キラースパイダーは毒牙が主攻撃だが、いつの間にか空間に極小の毒毛を浮かべていたり、地面に粘着糸を張り巡らしたりするらしい。氷竜も主攻撃は牙と爪だが周囲を気付かずに低温にして状態異常に陥るらしい。

 「ヘレナ!回復魔法と治癒魔法の重ね掛けだ!この際だからヘレナにもレベルアップしてもらおう!魔力切れになるまで付き合ってもらおう。いや!その時はポーションで復活してもらってポーション酔いになるまで頑張ってもらうか!」

 「もちろんです。隣りに私がいる限りアレックスは立ち上がりますよ!」

 夜が恐ろしい。なんとなくヘレナが微笑んでいるように見える。聖女の笑顔ではないな。やはり、堕天させてしまったか!


 治療、座学が終わり再びバットビーの巣へ移動。

 「次はこの棒を使え!」

 50cm程長く1cm太い。

 「対ビッグロックベアー戦で分かっていると思うが、魔剣は長さ、太さは自在だ。その時の大きさ、間合いを把握できるようになれ!」

 空間感知〈エアチェック〉と自己確認〈セルフステータス〉を忘れずにバットビーを叩いていく。今回はスムーズに動けている。間合いの中で飛んでいるのはいなくなったので巣から這い出てきた飛び立つ前のバットビーを叩く。巣の一部を少し叩いてしまった。

 「はい!駄目!」

 ベクターの魔剣が俺の腹を横殴りしてぶっ飛ばされた。鞘に収まったままなので切られてはいない。座学の2時間目が始まる。

 「間合いを把握できるように言ったよな!魔剣はいくらでも伸ばせるし、いくらでも切れる。今回は巣の一部を壊しただけだが、魔剣だと敵の後ろにいる味方や最悪、国まで切ってしまうぞ!」

 ギルマスの『必要最低限の攻撃で次に備えるべき!』という言葉が思い出される。”鶏を割くに焉んぞ牛刀を用いん〝というやつかな?ちくしょう!経験が経験値として蓄積されていないな!


 「少し、緊張感が薄れてきているな。場所を変えるか。森へ入るぞ!」 

 「いってらっしゃーい!私はここで薬草採取でもしているわね!」

 エレンは花畑で待っているらしい。お花畑から森の中へ入る。

 「きゃ!何!」

 ヘレナから悲鳴だ。見ると蛭がヘレナの右ふくらはぎに吸い付いている。

 「次の相手は蛭。魔吸蛭だ。普段は木の上に隠れているが、魔力を感知して落ちてくる。地面から跳ねてくることもあるから、上だけ気にしていても駄目だぞ!ヘレナ!サービスしてやれ!下着は着ていていいから、皮鎧や籠手は脱げ!アレックス!今度は自分を守るだけではなくパートナーも守るんだ。もちろん、ヘレナを傷つけたりするんじゃないぞ!ヘレナは自分で魔吸蛭を取ったりするなよ。」

 魔吸蛭は魔力感知に優れており、その一部の器官は魔力計にも流用されている。魔法使いの天敵だが、これまたFランクで物理でも魔法でも簡単に駆除できる。但し、この森ではやっぱり数が多い。通常は虫除けの香で予防でき、エレンからはその匂いがしていた。ああ、蛭が寄ってこないと修行にならないから付いてこなかったのか。ともかく、ヘレナの美しい肌が蛭でかぶれるのごめん被りたいので、懸命に棒を振る。バットビーと比べれば遅いし回避も無いので魔吸蛭を叩くのは楽だ。が空間感知〈エアチェック〉の対象は今回3種類。魔吸蛭とヘレナ、あと、森の中なので枝が地味に邪魔だ!棒が枝に当たると棒が折れる。ヘレナに当たると傷がつく。枝とヘレナに当たらないように魔吸蛭を叩く。割とストレスがたまるな。

 「よし、いいぞ!じゃあ、これを移動しながら続けるぞ!ヘレナ、付いてこい!アレックスは最後尾だ!ヘレナ、アレックスが空間感知〈エアチェック〉で短距離感知をやっているのでヘレナは周辺探知〈レーダー〉で中距離感知をやってくれ!」

 ヘレナが感知の魔法を始めると寄ってくる魔吸蛭が5割増になった。

「軽く廻ってエレンの所に戻って今日の修業は終わりだ!今日は歩きだが明日からは走りだぞ!」

 

 花畑でエレンを拾って池のほとりへ移動、食事とテントはエレンが用意してくれた。宿を引き払っていたのでタイミング的には良かったが修業は終わってないらしい。『終わりだ!』って言ってたのに!今度の相手は〝 蚊 "だ。魔物ではない。持たされた棒は長さ20cm。『一晩中、蚊からヘレナを守れ!』との言葉でそれぞれのテントに別れた。

 「想像してたより、のんびりした修行ね。」

 「ああ!ハイエナリーフくらいの魔物と連戦させられるのかと思ってた。」

 「命の危険はないし、食事やテント張りなんかもやってくれてサービスいいわよね!」

 「まあ、魔剣の引受人に逃げられたくないんだろうが、ベヒモスを倒す訓練というよりっ」

 蚊が2匹、テントに入ってきた。すぐに棒で叩く。池のほとりなので、さっきから次から次へと入ってくる。あーこれが一晩中続くのか!

 「魔剣を使いこなす訓練だよな!」

 いつもなら、二人きりになった時点でイチャイチャしはじめるのだが、宿の薄壁でも声が漏れるのにテントじゃ丸聞こえだ!おまけに『蚊が入ってこれるようにしておけ!』とテントの入り口は開いている。お互いに、そちらの話題には触れず今日の訓練を振り返っていた。が、ベクター達は遠慮なく声が漏れてきた。俺達は気まずく微笑みあい、そのままくちづけを交わす。さあ!俺達の戦いはこれからだ!


 「おはよう!蚊には吸われてないようだな!」

 2日目の訓練が始まる。基本的には同じ内容だ!訓練対象の魔物は変わったりするけれど、タイプは数が多く攻撃手段が2種類以上の魔物だ。訓練中に失敗するとベクターの一撃が飛んでくる。一々剣を振るんじゃなくて口で指導できないのか!『危険地帯から離脱できるし、痛みを伴う方が経験値になるだろう!』と言われてしまった。くそ!返す言葉がないぜ!

 3日目の朝に俺は空間感知〈エアチェック〉と自己確認〈セルフステータス〉ヘレナは周辺探知〈レーダー〉の常時展開をできるようになった。

「短距離、中距離探知は必須だ!本当なら長距離探知も欲しいところだが、現実には長距離攻撃はめったにないし狙撃などの殺気を伴う攻撃は闘気感知〈オーラチェック〉で分かる。ただな、魔物相手だと本能っていうか反射で攻撃してきたり、バットビーの熱攻撃や超音波攻撃など闘気を伴わないものも多い。2人パーティなら互いに補完しあうスタイルが理想だな!」

 そこからは、ベクターが修行中に時々、殺気を飛ばしてくる。そのおかげだろうか?闘気感知〈オーラチェック〉の常時展開も翌日にはできるようになった。


 「まあ、もともと闘気感知〈オーラチェック〉は出来ていたんだから、空間感知〈エアチェック〉も直ぐに覚えられるだろうとは思っていた。後は常時展開だけど、これもコツを掴めば簡単だからな!さて、ここからがスタートだ。この剣を使え!」

 「これは?魔剣ではないが、かなりの剣ですね!」

 俺の体格にあったミスリルの剣だ!だが、それだけでない?

 「今のお前には魔剣はまだ危なくて渡せない。この剣は対魔剣用に作られた人造剣だ。ミスリル製で硬く軽い。名工が打った上、〝 切断 ”の魔法が付与されている。しかし、長さ、太さは変えられないし、重さも魔剣よりは重い。もちろん、切れ味も魔剣の方が圧倒的に上だ。だが、この辺の魔物相手なら十分にお釣りがくる代物だ。」

 魔剣はこの剣よりもすごいのか!呪いを受ける価値があるものだな!

 「これから、切ってもらう魔物は今までの小物でなく、下手すれば命を落とす大物だ!只、あくまでも訓練だから2撃目以降の接敵は俺がフォローする。安心して戦え!」

 

 本日の第一森魔物発見!トリービートル。全長6mで三本の角を持つ巨大なカブトムシだ。正面から真っ直ぐに突っ込んできて角で刺殺、またはその巨体で圧殺される。只、アタックの前に羽を広げて威嚇するので、割と避けやすい。お!羽が広がった。正面から突っ込んでくる。俺は大上段から剣を振り下ろす。俺が普段、使っている剣だと折れてしまうだろうが、この剣は凄い。スルッと角を切り落とす。が、トリービートルの勢いは止まらない。そのまま俺を押しつぶすべく・・・

 「アホか?つぶされるにきまっているだろう!」

 俺は3m程飛ばされていた。トリービートルは膨らんだ魔剣にぶつかって潰れていた。どうやら俺はトリービートルではなく、魔剣の膨張に弾き飛ばされたみたいだ。俺にはまるで分らなかったが、距離をとって見ていたヘレナから『多分そうじゃないかな?』と説明された。ベクターは俺とトリービートルとのわずかな隙間に、トリービートルがぶつかるまでのわずかな刹那に、魔剣を差し込み膨らませて、トリービートルの勢いを受け止めたのだ。

 「その剣も魔剣も大体の魔物を切り裂く事が出来る。しかし、切られた対象が消えて無くなる訳ではない。切った後のことも考えろ。魔剣での戦い方だが基本は先手必勝だ。後手に廻ってもいい事ないぞ!今回もお前の方から突っ込んでいたら楽勝だった。どうせ、魔剣を受けたりは出来ないんだからな!実際のところ、魔剣は身体強化も付与してくれるから、お前は押し潰されないだろうが、隣にいるヘレナは潰されるだろうな!」

 「さっ最初から切断モードじゃなく・・・膨張モードで受け止めておけば・・よかったんですかね?」

 「ヘレナ!ヒールをかけてやれ!初日から魔剣を使いこなす訓練をやっているから察しも付いているだろうが魔剣を使いこなすのは難しい。特に長さ、太さを変化させるのは慣れが必要だ。変化させるのが出来ても、その時の間合いの変化にも付いていかなければならない。出来れば最初は 切断⇒長さ⇒太さ の順で慣れていった方がいい。その先もあるがベヒモスくらいなら切断⇒長さまで出来れば退治できるだろう!まずは、その剣で切断に慣れてくれ!」

 「分かりました。精進します。」

 

 次の魔物はチェインスタッグ。2m位のクワガタだ。巨大な顎は一度挟まれると細かな歯が動いて口へ吸い込まれていく。俺は剣を大きく振りかぶり・・・まただ。魔剣に吹き飛ばされる。

 「上段から剣を振り落とすのはいいのだが、今回のように背後まで振りかぶるのは駄目だ。剣を長くしていたら背後の仲間まで切断してしまう。慣れてきたら普通の長さで振りかぶりインパクトの瞬間だけ長くする事が出来る。巨大岩熊の時に見てたよな!まあ、慣れるまでは、コンパクトなスイングで切断になれることに心掛けろ!」

 その後、クリケット、ドラゴンフライ等の大型魔物達に訓練相手になってもらった。小さいのは見逃しているので殲滅はしていない。していないはずだ!


 七日目の夜、池のほとりのテントでヘレナの周辺探知〈レーダー〉が一匹の魔物を捕らえた。外に出てみるとベクター達は既に待ち構えていた。

 「アレックス!そいつを切って見せろ。訓練の集大成だ!そいつを切れたら、魔剣をくれてやる!」

 森の中からキラーマンティスが現れた。好戦的な魔物で捕食中でも動いているものが間合いに入ると攻撃してくる。今回の奴は体長6m。前脚は4つの鎌になっており4方向から同時に、又はタイミングを替えて襲い掛かってくる。この鎌には麻痺効果があり、捕まると動けなくなり、意識のあるまま〚 丸かじり 〛だ。3対の後脚は、細かな棘があり樹でも崖でも軽々と登る。細かく静かな足さばきで、森の中でも音はしない。成長して大きくなるとともに足の数が増える。記録では他領になるが全長30m5対の鎌持ちが確認されている。

 一本の剣で4本の鎌をさばくことは出来ない。さあどうするか?と思っていたら、作戦を考える暇はなく真っ直ぐ襲い掛かってくる。ギリギリで4本の鎌の下をかいくぐり横一線に剣を振る。上下2つに分かれたキラーマンティスの上半身は羽ばたき、白色の体液を振りまきながら、オーバーヘッドキックの軌道で回転している。頭部が一番下に来たタイミングで2の剣は縦に唐竹割だ。コンパクトな振りを心掛けているのでスムーズに切ることが可能だ。空間感知〈エアチェック〉が、死に体のキラーマンティスに反応する。割れた頭から槍が飛び出してくる。手首を返して槍を正面から受け止める。剣の受ける角度を浅くしているので

切った槍は俺の上方に流れていく。漸く、空間感知〈エアチェック〉と闘気感知〈オーラチェック〉に反応が消える。


 事が終わってから分かった。槍の正体はパラサイトワイヤー。寄生魔蟲だ。魔蟲の脳に寄生する魔物だ。

 「水辺にやって来る大型の魔蟲は大概、こいつに寄生されている。探知とコンパクトな剣の振りを獲得できていないと、こいつにやられる。最初の先の先がまだまだだが、まあ及第点だな!翌朝、街に戻り、魔剣を譲る。お前たちはそのままベヒモス討伐へ向かえ!ギルドから魔剣持ちの俺宛にベヒモス討伐の指名依頼が入っていた。現地ではかなり被害が出ているらしい。ギルドには説明済みだから指名はアレックスに変更されているはずだ。」

 俺とヘレナは抱き合って喜びを表現する。只、この時も探知は切らしていない。俺達はそれぞれのテントに別れ、朝になってから街へ向かう。道中、話をすると魔剣持ちはその実力から指名依頼が多いそうだ。ベヒモス討伐も現地の人々の事を考えるならベクターが、サクッと片付けるべきだろうが、ベクターは『知るか!』と魔剣譲渡を優先したらしい。実力と実績があれば我儘は許されると言う。但し、それは魔剣を持っている間だけだから、魔剣を渡した後は姿を消すそうだ。

 「俺は嫌われているからな!まあ、今までの行動が招いたのだから仕方ないが、お前はこうなるなよ!本当なら魔剣の伸縮操作なんかの訓練も付き合うべきだろうが、これ以降は魔剣を受け取ってからでないと出来ないから、まあ自分で頑張れ!今までの訓練でお前が死ぬことは無いだろう。後は先手必勝を心掛けろ!」

 

 街に着くと、教会の前であっさり魔剣を譲り受ける。心に焦りは全く湧かない。呪いは感じない。

 「俺達はすぐ結婚式だ!その後、商人の護衛をしながら街を出る。お前達はギルドでベヒモス討伐の依頼を確認してから自分達の本願を果たせ!」

 「ありがとうございました。私達も結婚式に参加して祝福してもよろしいでしょうか?」

 「駄目よ!」

 なんと、教会から出てきて声を掛けてきたのはマザーアリシアだ。

 「貴方達は今では魔剣持ちでしょう!魔剣持ちは教会に入ってはいけません。すぐにこの敷地から出ていきなさい。」

 「お前たちとギルド酒場で飲んだ日に王都教会に出張依頼を出しといたんだよ。だから、俺達の準備は済んでいるから、お前たちはお前たちで頑張れよ!」

 「・・・アリシア。」

 ヘレナが寂しそうにつぶやく。

 「分かりました。すぐに出ていきます。」

 俺はアリシアからベクターに振り向きお礼の言葉を紡ぐ。

 「ベクターさん、この数日間ありがとうございました。もし、宜しければ今後も魔剣のことを指導していただきたいので連絡の伝手を欲しいのですが難しいでしょうか?」

 「駄目だ。鞘から抜けば分かるから指導は不要と思う。最初は人がいない所で抜けよ!想像以上の力と思う。くれぐれも自分自身とヘレナを切らないように!魔剣を所有し続けるにはヘレナの存在が必要だ!忘れるな!」


 ベクター達は教会の中へ、俺達は冒険者ギルドの方へ足を向け別れる。俺達の方は冒険者ギルドに着くとギルマスに呼び出される。ギルマスからは魔剣獲得の祝福とSランクへの昇格を告げられた。魔剣所有者、そしてSランク冒険者としての権利と義務について説明され激励される。その後、受付によってベヒモス被害にあった村の情報をもらい、そのまま出発。なんと馬をギルドから無料で提供された。魔剣所有者は一般人とのトラブル防止の為、乗合馬車の搭乗規制があり、Sランク冒険者はその戦力を発揮させる為、その移動は最優先されるそうだ。


ベヒモスの目撃情報の場所までもう少しだ。この辺りの村人は避難済みで人はいないし本番前に一度、魔剣を抜いてみようと思う。何だかワクワクすっぞ!

 「大丈夫?浮かれてるっぽいけど、呪いは精神に影響するみたいなのだから、いつもの自分と違うようなら気を引き締めてね!」

 やべ!見抜かれている。そうだな。呪いの正体は分ってないのだしネガティブ方向だけでなく、ポジティブ方向に気持ちを誘導されているのかもしれない。気合を入れなおそう!

 「了解。ベクターの助言を思い出して自分自身とヘレナを切らないことを一番に考えてーー抜きます!」


 凄い。身体中に付けていた重しがはずれたように、身体が軽い。サングラスを外したように世界が明るく、ピントの合った眼鏡に変えた瞬間のように近くも遠くもくっきり見える。耳栓をはずしたように詰まった鼻が通じたようにはっきり聞こえ、匂う。しかも何処から聞こえているか、匂っているかも分かる。探知も今までと段違いだ!短距離、中距離だけでなく長距離探知まで出来る。俺は鞘に魔剣をしまう。

 「どうしたの?大丈夫?」

 ヘレナが心配そうに覗き込む。

 「これは凄い。が、情報量が多すぎる。土の中のミミズまで、大空を飛ぶ鳥まで動きが分かってしまう。本当に自分に必要な情報の取捨選択に慣れなきゃだめだな!」

 「そう。心は大丈夫なの?魔剣を抜いた時、【 威圧 】が凄かったわよ!私の周辺探知〈レーダー〉でも鳥が羽ばたいていったのがわかったわ!」

 「ああ!高揚感はあるが、呪いって感じはしないな。【 威圧 】は抑えてみる。」

 もう一度、魔剣を抜く。【 威圧 】は抑えられたみたいだ。探知も俺に対して無関心なものは反応しないように選択する。

 「じゃあ、行ってくる。」

 「うん。気を付けて!」

 馬が【 威圧 】で逃げていってしまったのだ。魔剣が俺に力をくれる。探知で馬の位置も直ぐに分かる。身体が軽い。風を切るように走れる。馬までのルートも俯瞰しているように分かる。馬にあっという間に追いつき捕まえることが出来た。今は【 威圧 】を切っているので馬もおとなしい。正直いって馬より速いのだが往復には距離があるし、荷物も載せっぱなしだ。第一借り物だしな。


 ヘレナの所に戻って次は伸縮を試してみる。100mほど先にいるゾンビを見つけたので狙ってみた。多分ベヒモスの被害者だろう。間合いを気にしてゾンビの後方まで魔剣が届かないように気を付けてコンパクトに振ってみた。

 しゅっ!『ごお!』とすごい音がするのかと思っていたが実際には50cm程の棒を振った時と同じ感じだった。手に切った感触は無かったが、ゾンビを切ったのは何故か分かった。間合いも思った通りでゾンビの後ろは被害がない。   が・・・


 「あっ!」ヘレナも〈レーダー〉で分かったみたいだ。上から鳩が落ちてきた。魔剣を伸ばすタイミングが早くて上空を飛んでいた鳩を切ってしまったようだ。

 「やばいね!距離だけじゃ駄目ね。タイミングも計らなきゃ!ベクターさんがいたら、また、すっ飛ばされているところね!」

 ゾンビのいた付近も調べてみたらゾンビの後方は被害無しだったが、切り口が薄すぎて一瞬気づかなかったけど、ゾンビの足元から手前の地面が切れている。確かにベクターに飛ばされているところだ。ベクターの言う所、俺は痛みを伴わなければ学習しないらしいが、俺に痛みを与えるベクターはもういない。心に強く反省を刻み込み、魔物を見つけては練習を続ける。


 夕方になり、だいぶ距離も進んだ。ここらはベヒモスの被害があったところだ。大型の竜巻が通過した後のような痕跡がある。ヘレナが心配そうに尋ねてくる。

 「ねえ、大丈夫なの?魔剣の影響はないの?」

 「ああ。大丈夫だ。少なくともベクターが言っていた不安感や焦燥感は無い。」

 俺は魔剣の力を手に入れたが、この力でみんなを救ってやりたい。とか、ヘレナとの未来が開けて浮かれている。等の気持ちの方が大きい。ワクワクドキドキだ。王都から流れてきてゴブリン一匹狩れなかった頃の方が、よっぽど焦燥感に満ちていた。

 「クライムさんが言ってたように、魔剣の呪いには時間がかかるんじゃないかな?今のところは平気だよ!」

 俺はヘレナにキスをしながら安心させる。長距離探知まで出来るようになって、ここまでは安全地帯とわかるから余裕があった。ここまでは!その長距離探知がいよいよベヒモスを捕らえた。


 「いよいよ、ベヒモスの尻尾に追いついたみたいだ。この方向で3km位だ。多分、ここからでも切れると思うけど、もう少し近づいてみるか!」

 「遠くから安全に仕留めた方がいいんじゃないかしら?」

 「俺は今、魔剣の身体強化で短時間なら馬より速く走れるけど、ベヒモスより速く走れるかは分からない。せっかく見つけたのだから逃したくはない。ここで仕留めなくては被害がまた増える。」

 「貴方が魔剣に負けないで皆を思いやれている事が嬉しいわ!静かに近づきましょう!」

 500m位まで近づいた時、急にベヒモスが振り返った。巨大岩熊より一回り大きな巨体はこの距離でもはっきり視認できる。奴はカバに似た口を体が隠れるほど大きく開ける。

 「まずい。気づかれた。ここで仕掛ける。」

 大きく開いた口内に向け魔剣を振る。俺の見切りでは伸びた魔剣はベヒモスの口の中、上顎から喉までを切り裂いているはずだった。が、その感触がない。魔剣を伸ばしてみるが突き当たる感触がない。虚空に向けて剣を突いている感じだ。次の瞬間、俺とヘレナはベヒモスの口内に引き寄せられる。やばい。ベヒモスのスキル【 暴食 】だ。俺は左手でヘレナを掴み、一緒に吸い込まれている馬を足場に体制を整え、右手で魔剣を振り切る。地面が切れようが知ったことか!ベヒモスの口から顎が切ら裂かれるとともに暴食スキルも解け俺達は地面に投げだされる。なんと、500mはあった距離は数メートルまでになっている。ちくしょう!馬は吸い込まれてしなった。被害があった竜巻の後のような痕跡はこのスキルの跡だったんだ。


 ベヒモスの下顎はみるみる再生していく。俺はベヒモスのヘイトを俺へ集中させてヘレナとは左右に別れる。ベヒモスはヘレナを無視して俺を正面に捉えている。再生が終わったようだ。同時に大きく口が開く。大きく広がった口はベヒモスの体を俺から隠す。口内は闇だ!先程の感触で判断するとベヒモスの口内はスキル【 暴食 】の影響で亜空間になっているのだろう。魔剣を伸ばしても先端が届く気配はなかった。先程飲まれた馬は、ばらばらと崩れるように分解していった。吸い込まれる前に何とかしないと今度は足場(馬)はもう無い。俺はベヒモスの正面から側面に移動するがベヒモスの回転速度の方が速い。

 

 「ファイヤーボール!」

 ヘレナの魔法がベヒモスを直撃するが、ベヒモスに効果はない。しかし、暴食スキルは発動が止まる。ヘイトがヘレナに移り、ベヒモスはヘレナを正面に捕らえるべく体を逆方向に回転する。見えた!ベヒモスの体が見えた瞬間、魔剣を発動!ベヒモスの左頬から右下へ魔剣を振り落とす。が途中から口内に剣が入り魔剣が無効化される。再びベヒモスは俺の方へ向き直り攻撃できる範囲をなくす。すぐに再生が始まる。再生が終われば、また、暴食が発動するだろう。ヘレナがファイヤーボールを撃つが、まるで無視される。ヘイトは俺に固定されたままだ。何処か弱点はないのか?空間感知〈エアチェック〉、闘気感知〈オーラチェック〉を全開にする。魔剣の力も借りて細かく感知を深めていく。俯瞰で捉えているベヒモスの両頬奥、顎関節付近に魔力が集中しているのが分かる。今まで出来なかった魔力感知〈マジカルチェック〉だ。すごいぞ、魔剣!こんなことまでできるのか!恐らく両頬奥を同時に切り裂けば何とかなると思うのだが、生憎、俺の角度からはどちらも見えない。

 

 俯瞰で観察し続けているとベヒモスの尻尾がヘレナを襲い始めた。あ、ヤバい!尻尾がヘレナを掠める。キングボアより大きく速い一撃は掠めただけでヘレナを吹き飛ばし、その意識を剝ぎ取る。ヤバい、なんとかしなくてはヘレナが死んじゃう!ヤバい、ヤバイ、ヤバイ。何かにないか?俺が手にしているのは魔剣だけだ。魔剣に何ができる?伸ばす。太くできる。感覚加速付与。身体強化付与。ベクターは何をやっていた。魔剣により思考が加速される中、俺は走馬灯を伴い考える。回り込んでヘレナを助けるか?多分ベヒモスはその展開を待っている。今、二正面から攻撃しているのが、一正面になると2人揃って暴食に吸われてしまうだろう。回転速度はベヒモスの方があるのだから!別方向から攻撃しているから、まだ戦えるのだ。別方向から・・・その時、それが出来ることが分かった。俺は魔剣に力を籠める。次の瞬間、魔剣の剣先が3つに分かれた。真ん中の剣先はベヒモスの上空を山なりに越えドロップして尻尾の付け根に、左右の剣先は真横に伸びてカーブを描き両顎関節の魔力だまりに同時に切り裂いた。ベヒモスの両頬が裂けて口内の亜空間が外に洩れると思ったらベヒモスの体が亜空間に吸い込まれていった。一陣の風を残し、ベヒモスは消滅した。


 魔剣は伸ばしたり太さを変えたりするだけでなく所有者の想像通りの形になってくれる。クライムさん達は魔剣を折れず曲がらず長さ太さも自在と言っていたがベクターは訓練の時、魔剣にはその先があると言っていた。魔剣の限界は想像力の限界だ。しかし、想像力に限界はない。ベクターの訓練は魔剣の限界よりオーバーキルを気にしていた。フレンドリーファイアが起きない訓練ばかりだった。ベクターの考えでは元々、ベヒモスは敵ではなかったのだろう。俺が勝手に魔剣に限界を設けていただけだった。危ないところだった。


 俺はヘレナを抱き起す。

 「う~ん。ベヒモスは?」

 「大丈夫か?ああ、終わった。ベヒモスは魔力の暴走で消滅した。」

 「うん。少しめまいがするけど大丈夫。ホブの耳を焼いちゃった私が言うのもアレなんだけど。残った尻尾で討伐の証拠になるのかしら?」

 「魔石まで消滅しちゃうんだもんな!これで討伐クエスト達成を認めてもらえないと割が合わないよ!」

 「結婚認めてもらえるわよね?」

 「大丈夫だろ!教会は神託で分かるみたいだし!ベヒモス討伐も神託で決められたみたいだし!だけど魔剣を手放さないと教会は中に入れてくれないだろうね!」

 「そうね。マザーアリシアの態度は寂しかったわ。」

 「あら、仕方ないじゃない。街中というか、人前で教会の人間が魔剣持ちと仲良くできるわけないじゃないの!」

 「「マザーアリシア!!」」

 「ベヒモス討伐、お疲れ様でした。後は魔剣と縁を切るだけね!」

 「教会の時といい、神出鬼没ですね!」

 攻撃の意思と力がないマザーアリシアは探知に引っ掛からなかったのだ。さすがに戦闘終了で探知を切るような油断はしない。ハイエナリーフに、オークに、ベクターに教わったことだ。

 「いやね~聖職者を魔物みたいに! 神の癒し〈ヒール〉!」

 ヘレナに治癒魔法をかけてくれる。

 「ありがとうございます。ベクターさんは?」

 「結婚の祝福は無事に終わって、商人ギルドの前で別れたわ!多分、護衛の依頼を受けてそのまま領外へ移動してるわね!昨日が市だったから護衛依頼の商人は大勢いるでしょうから。」

 「詳しいですね。」

 「一昨日から、この町にいるからね。馬車代も宿代もベクター持ちよ!依頼料の他、お小遣い付きのお大臣様ね!そうそうベクターから手紙を預かっているわ!外ではなく宿に帰ってから夜に見なさいと言ってたわ!」

 「分かりました。わざわざ王都からマザーアリシアを呼ぶなんてベクターはよっぽど魔剣を手放したかったんですね!」

 「そうね!貴方達も結婚の準備ができたらいつでも呼んでちょうだい。もちろん、足代、宿代、更に他の用意も忘れずにね!」

 「ありがとうございます。その時はよろしくお願いします。出来るだけ早く実現できるように努力いたします。俺達は一旦ギルドへ向かいますがマザーアリシアも御一緒に。護衛しますよ。」

 「いえ!私は直接、王都へ帰ります。教会の聖衣を着ている私は魔物に攻撃されないし、盗賊も襲ってこないわ!」

 確かに聖衣から発する聖なる波動は魔物を寄せ付けないだろうし、盗賊もわざわざ教会の人間を襲わないだろう。なんせ、襲ったら『これも運命なのでしょう。』とすぐ死んじゃって人質にできないし、その後、信徒による徹底的な盗賊狩りが始まる。

 「分かりました。ではお元気でお過ごしください。」

 別れ際、ヘレナがアリシアに抱きつき泣きながら何か話していた。先日、ヘレナは教会の祝福なんて要らないと話していたが、やはり、この選択は正しかった。俺はヘレナに幸せになってもらいたい。その為皆にも認められ祝福されたい。さあ、後は魔剣を誰かに譲渡するだけだ。


 ギルドでベヒモス討伐を報告すると尻尾は討伐クエストの証明と認められ莫大な依頼報酬をもらえた。借りていた馬の賠償金を払っても十分なほどに!俺達はそのお金で新しい宿に移る。風呂もあり、ベッドも大きく、声も漏れない高級宿だ!俺達はその宿で一番高いメニューをいただき、王都以来の風呂で汚れを落とし、声の漏れない部屋へ閉じこもる。


 「ねえ、ベクターが話してた焦燥感はないの?今となっては心配なのは貴方の事だけよ!」

 「いや?大丈夫だよ!まあ、先日のベクターが10年目の状態で俺はまだ1日目。周りにイラつくことなんてないし、むしろ巨大な力を手に入れた今、子供達を助けなきゃならない親のような保護者の気分だよ!それほどまでに魔剣の与える全能感が素晴らしい。だいたい、自分の方が明らかに強いと分かっている状況で当たり散らすものかね?ツインズの新人君なんか、軽い突っ込みで大けがだよ。」

 「そうね。この力関係で周囲にイラつく事は想像しづらいわね!やっぱり、理由なく魔剣のせいでイラつくのかしら?」

 「あはは!女性の月一の病いみたいだね。王都の狂い薬師の言うホルモンバランスが何とかって奴かい?」

 「あの異世界何とかの話はよく分からなかったけど、薬師のアドバイス通りに月一病いでの治癒魔法を辞めたら上手く懐妊できた人が続出したって話なのよね!だとしたら焦燥感も必要なモノなのかしら?」

 「まあ、自ら追い込んで焦ることもないから、じっくり魔剣の後継者を探していこう。」


 魔剣の話を棚上げしておくことにした俺達の話題はこの高級宿の話に移る。

 「こんなに高い宿に泊まれるなんてベヒモス討伐はお金目当てじゃなかったけど嬉しい誤算ね!」

 「これからは魔剣の力も探査も使えるようになったし、以前よりは稼げると思うよ!」

 「ベヒモスほどの褒賞は無理でしょうけれどビッグロックベアークラスの討伐を狙っていけますね!」

 「ベクターの話だと魔剣の所有者には指名依頼が絶えないとの話だから、今後お金の心配はないよ。」

 「お金が全てでは無いけれど悩みの一つが無くなるのは嬉しいわね。」

 「お風呂もゆったり入れて疲れもとれるし飯もうまい。確かに心の安定に一助があるな。」

 「あとね~!騒いでも大丈夫みたいよ~。流しちゃったけどまた、汗かいちゃうね!」

 ベッドの上で向かい合って座っていたヘレナが俺の股間に手を伸ばしてきた。


 「あれ!どうしたの?元気がないね!まだ悩んでることあるの?疲れてるなら回復魔法をかけようか?」

 「いや、そういう訳じゃないんだが変だな?」

 「今日は色々あったから、こんな時もあるのかな? あーそう言えばマザーアリシアから手紙を貰ってなかった?」

 無理やり話題を変えるヘレナ。気を使わせているなー 俺はアリシア経由のベクターの手紙を出す。

 「あれ?二通ある。こっちはエレンからヘレナ宛だ。」

 俺達はそれぞれ自分宛の手紙を読むことにする。衝撃的な内容だった。


 エレンからヘレナへの手紙

 『先ずはごめんなさい。魔剣の呪いは貴方達のようなカップルにはとても苦しいものです。ですが、いずれ解放されることを信じてアレックスを支えてください。ヘレナに負担を求める事になり申し訳ないのですがパートナーに見放された魔剣の所有者はベヒモス、フェンリル以上の災害になります。正に魔剣なのです。アレックスの暴走を防ぐのはパートナーであるヘレナの愛だけです。あなた方の未来に祝福があることをお祈りいたしております。』


 ベクターからアレックスへの手紙

 『この手紙を読んでいるということは無事にベヒモスを討伐できたという事だろう。先ずはおめでとう!そして、最後まで呪いの真実を伝えずに申し訳なかった。今更ながら呪いの話をしよう。人間の、いや、生物の最終的な目的は子孫の繁栄だ。そして魔剣の呪いはその目的を阻害するものだ。つまり、勃起不全をおこす。それだけでなく精通もおきない。子供を作る手段は完全に断たれる。魔剣を譲渡した後で告白するのは反則だということは勿論分かっている。お前達の年齢でこの事実は絶望的だと思う。申し訳ない。本当に済まない。エレンの出産年齢を考えると俺達の限界は近づいていた。全ては言い訳だ。短い期間を共にしてお前達が仲睦まじくしていることを見て迷いもしたが・・・いや、すまない。やはり、言い訳だ。俺達を恨んでいい。本当に申し訳ない。お前達が魔剣を次の所有者に譲渡できることを祈っている。』


 沈黙が部屋に満ちる。高級宿らしく外の音はまるで聞こえないはずなのに耳鳴りが響く。エレンがベクターからの手紙を読み終えた。怒りでなく只、悲しい瞳で俺を見つめる。

 「そうか・・・これが魔剣の呪いだったんだ。」

 ヘレナにしか届かないそのつぶやき。暗い部屋の中、俺の声は力なく絶望に包まれている。俺はようやく自分の状況が理解いや実感できたのだ。

 ヘレナもまた、呪いを実感している。

 「大丈夫。きっと方法はあるはず。2人で探し出しましょう。」

 言葉でそして態度で励ますが、魔剣の前所有者は長い間、呪いに苦しんできた。解決までの道のりは、遠く厳しいものになるだろう。

 「お願いだ!見捨てないでくれ!」

 アレックスには、ヘレナがこれからの苦労を想像しているのが分かる。それはこの数日間、ベクターの苦しみを見てきたからだ。

 「もちろんです。これは貴方だけでなく2人の愛を試される私達の戦いなのです。」

 まだ夜は始まったばかり太陽はまだまだ昇らない。


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