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叙事詩 タロットラプソディー  作者: fengleishanren
6/6

Canto 5. 新しい日常

 契約でひと騒ぎあった後、期待と憧れ、深謀遠慮が入り混じった奇妙な共同生活が始まる。それぞれが自らの思いを噛み締めながら、新しい日常に身を投じていく。大精霊たちは、そんな人間たちをあたたかい目で見守っていた。

【Canto 5. 新しい日常】

-新たな同居人を3人も得たルナ。ルナの住まいは社宅だが

カアンが増員しないので部屋は沢山余っていた。

住む場所は問題無いので日常の衣食に関する買い物と

生活習慣の説明など、適応準備に余念がない。


それにしてもホンモノのお姫様と暮らすって、

どんな人生歩んだらこんな事になるのやら。


「ところでマヤちゃん、あなたまで

 来る必要があったっけ?」

マヤちゃん、ぶぁっと涙顔。


「わたし、お邪魔だったでしょうかぁ?」

「そういうわけじゃないけれど」


少し慌ててしまったが、彼女を拒む理由は無い。

それにしてもこの三人。生活力は無さそうだ。

二人は王宮暮らしだし、一人は人ですら無い。

果たしてやっていけるのか私自身が気になって

先行き不安が増すばかり。やっぱり、。社会常識を

教えていくしか無いのかな。ゆっくり焦らず

確実に歩みを進めていきますか。


「では皆さん、居間に集まって下さい」

「居間とは何処の事なのだ?」 フラーマ様は分からない。

「一番広い部屋ですわ」 マヤちゃん、素早くフォローする。


他の二人はそれなりについてこれてるみたいだが、

戸惑い気味でいるようだ。そりゃあ城とは違うよね。


「これがルナ様のお住いで?」

「会社の寮です。私しか今のところはいませんが」

「いいなあ、みんなで共同生活」

マヤちゃん、瞳がキラキラだ。

「泊まってくならお家にはキチンと連絡しなさいね」

更に喜色を溢れさす。

「ルナ様、大好きです!」


飛びつかないだけマシなのか、こんなに喜んでいるし

たまには弟子を喜ばすのもいいかもね、と思って

思考を次に巡らせた。


「皆さん、お金はわかります?」

「分かるが遣った事は無い」

「こちらの貨幣は少ししか」

「お二人は弊社の社員です。いずれ給与が支給され

 生活基盤を確立して頂きますが、

 それまで一人20000ルピ毎週仮支給しますので

 それで生活してください。これはカルラム国民の血税です。

 大事に遣ってくださいね」 二人は黙って頷いた。

「マヤちゃんは給与貰っているわよね?」

「はい、

 弟子になれただけでなく給与までいただけたので感激です」

「いいなあ、弟子になっちゃって」

フィデッサ殿下がこぼすのを聞いた私は持ちかけた。

「いつまでになるか分かりませんが、無事に滞在出来た時

 結果が出せたと認められたら二人の事も弟子にする、

 と約束します」

二人は同時に飛び上がり、満面の笑みを向けてきた。

「ホントに、ホントに、、」

「だからしっかり結果を出してカルラム初の弟子入りを

 果たした後に帰りましょう」

「はい、必ずや!」

またもや二人、息ぴったり。


この上二人、弟子をとり、私に何が出来るのか

今は直ぐには分からない。それでも前を向いてなきゃ。

この子たちなら必ずや私の背中を乗り越えて

立派に巣立ってくれるから。


「わっ、

 ルナ様、突然涙を流されて、どうされました?」

「お二人の、行く末案じておられるのです」


フィデッサ殿下が心配そうに私に声をかけてきた。

返事をしたのはマヤちゃんだけどフィデッサ殿下は心配そう。

どうも私はこの手の事を考えてると泣くらしい。


「お二人の面倒見るのが私だといらぬ苦労もするでしょう。

 なのにこうしてここに来たからには覚悟してください。

 明日から向こう5日間ここの様子を見てもらい

 果たしてやっていけるのか自分で判断して下さい。

 とても無理だと思ったら素直に弟子にはなれないと

 認めていただくつもりです」

「厳しすぎると思いませんか?」


マヤちゃんが手を揚げながら食い下がる。

それでも支持を曲げなかった。


「私のときはすんなりと弟子入り許して下さった。

 今度は何が違うのか説明して欲しいです」


マヤちゃん両眼いっぱいに涙を浮かべ講義する。

当の二人は神妙に私の言葉を聞いている。

どうやら私の考えを二人は分かってくれている。


「マヤちゃん、あなたは特別よ。二人の方が普通なの。

 強力な眷属を持ち、精霊と契約出来る

 初心者なんてあり得ません。

 普通はじっくり適性や才能の有無を調べつつ

 安全確保も行なって歩みを進めて行くものよ」

「マヤ、ありがと。私たち、ちゃんと分かっているからさ。

 気長に待っててくれるかな」


フィデッサ殿下は大人だな。さすが、公人やってると

そういう事に聡くなる。社会的な規範とか

安全性とかリスクとか。


フィデッサ殿下は追加する。

「でも一つだけ覚えてて。すぐ追いついてみせるから」

「分かった、きっと、待ってるよ」

マヤちゃんだって負けてない。後輩たちが頼もしい。

何やら眩しい雰囲気だ。この意気込みならとりあえず

挫折の恐れは無さそうだ。


「それでは今日のミッションを発表するからよく聞いて」


たとえ相手が王女でも仕事になればただの部下。

そこは普通に扱うと私は既に決めていた。


「では、今からはこれまでと違って仕事モードです。

 二人はただの新人です。気を引き締めてくださいね」

「はいっ、み心のままに。元よりそのつもりです」


「二人の最初のミッションは、ここでの生活空間を

 構築する事になります」

「具体的にはどういった事をやったら良いですか?」

質問したのはユメカさん。

「先ずは買い物、そのあとは部屋づくりになると思う。

 今から開始、締切は、明日の夕方6時まで」

「但し今夜のお食事は私が提供致します。

 二人は着替えや備品など必需品を揃えること」

「了解しました。ユメカ、これから作戦を

 考えるから来てちょうだい」

フィデッサ殿下は自分の部屋へユメカさんと消えてゆく。

残った私とマヤちゃんは暫しの間沈黙し

目が合ったのを皮切りに暫くじいっと見つめ合う。

「ぼっ」

マヤちゃん、いきなり発火して部屋中火焔に満たされた。

やっぱりこの子のイメージはとてつもないなと思ったが

も少し制御出来ないと危険な事もあるだろう。

燃え盛る炎の中でつらつら考え巡らせて

マヤちゃんの顔を見ていたら彼女は益々火を吹いて

俯いたまま固まった。私、何か、やらかした?


「ご、ごめんなさい。止まらないです、しばらくは」

一旦激しく感情が動揺するとここの様にイメージまでも暴発し

制御不能になるようだ。この子、意外に難しい

タイプの子かも。

今後はもっと慎重に接しなければいけないな。


「なかなか凄い事になっとるね。チカラが強いと暴走も

 ハンパじゃないというわけか」

これまで見守るだけだったフラーマ様が話し出す。

「そろそろここらが潮時か」

マヤちゃんは少し苦しそう。小さく喘ぐ声がする。

「よくぞここまで頑張った。あとは我に任せるが良い」

大先生が右腕をひと振りするとイメージが

静かに消えてマヤちゃんは脱力するとテーブルに

突っ伏したまま動かない。


「マヤちゃん、あなた、大丈夫?」

「もうたべられません」

突っ伏したままこぼれ出た言葉に私ははっとする。

「お姉様ぁ。私とっても幸せです」

寝言の類か、ホッとする。

この子はやっぱり大物だ。何といってもかわいいし。

しみじみ寝顔を見ていると何だか妙に愛おしく

なってきたので隣に座ってテーブルに突っ伏したままの

マヤちゃんを引き寄せそっと膝枕。そして頭を撫でてもた。

髪はとっても柔らかく、サラサラしてて気持ちいい。

『これはまさしく小動物』

なんて感想抱きつつ彼女の髪を撫で回す。

「もうたべられません。ホントです」

まだ何か食べてる夢が続いてる?

「あ、ルナ様。そんなこと。それは余りに大胆な」

ちと雲行きが怪しいな。起こした方がいいのかな。


「起こすなよ。面白いからもうちょっと

 様子を見るとしようかの」

フラーマ様が悪趣味な事を言いつつ注視する。

ああは言ってもマヤちゃんに危険が及ばないように

よく見てくれているんだな。ほんとに不器用なんだから。

暫くするとそよそよと心地よい風吹いてきて

私もついつい寛いだ。

ん?風?エアコンもついてないのになんでまた?


「ここですよ」

小声で話しかけてきたのは風のウェントゥスだ。

「かわいいもんじゃないですか」

「お主なんぞの出る幕じゃ」

「まあまあ、ここは今少し、鑑賞続けていましょうよ」

フラーマ様を宥めつつ寝息をたててるマヤちゃんの

髪を撫でると私でもこみ上げてくる幸福感。

私に娘や妹がいたらこんなに可愛がる

事になるのか、なんて思っていた時だ。


「ううん」

マヤちゃんの声。ふと見ると、少しうなされかけていた。


「悪い夢でも見たのかな」

頬に手を当てさすったら、声はすぅっと静まった。


「ルナ様、今後の作戦を、立てましたので一通り

 説明、、」

フィデッサ殿下とユメカさん、戻ってきたまま立ち尽くす。


「膝枕」

「この子もちょっと疲れちゃってね」

「弟子入りするとこんなにも差がつけられてしまうのか、、」


思い込み姫なんかまた、とてつもない事思ってる。


「ルナ様もしや膝枕、大賢者様にもして、、」

「絶対しません。させません」

やっぱりこれだ。困ったな。

「ちょっと霊力使い過ぎちゃって休んでいるだけよ」

ザッと説明したものの二人はちょっと不服そう。

「二人も後でしてあげるから」

苦し紛れに適当に一言言ったらたちまちに

二人は見事に満面の笑顔になって頷いた。

やれやれ、娘も妹もちょっと面倒臭いかも。

二人の話はマヤちゃんが目を覚ましたらと言うことで

一旦部屋に帰らせた。


「うう」

またマヤちゃんの呻き声。

見れば僅かに両の目に涙を滲ませ少しだけ

苦しそうに喘いでる。


「大丈夫。私がいるから」

頭を撫でると静かになった。

実は、この時マヤちゃんは、大変な事をしていた事が

後で判って大騒ぎになるのだが、今はまだ誰も

予想すらせずのんびりとスローな日常の中にいた。


三十分ほど経った頃、フラーマ様がもじもじと

「なあ、ルナよ」

「ダメです。絶対却下です」

「まだ何も言っておらぬぞ」

「マヤちゃん見てたら羨ましくなったんでしょ」

「さすが、話が早いのう」

「だから嫌です、やりません。大体子どもに張り合って

 どうすんですか、いい歳なのに」

「我には年齢など無いぞ」

「屁理屈はご無用に」

「さすがのお主も形無しよのう」

からかい気味のウェントゥスに

一応釘を刺しておく。

「ウェントゥス様も程々に。」

そういう私も大精霊相手に何やって

いるのか知れたものじゃない。


更に暫くマヤちゃんの髪の手触り愉しんで

いると彼女がくるくると体の向きを仰向けに。

そしてぱっちり目を開く。


「気がついた? で、気分はどう?」

彼女はすぐには状況が分からないでいるようだ。

「えっ、あれっ、これはどうなって、、、」

みるみる顔を赤らめて起き上がろうとしたようだ。

手足をバタバタさせてるがきちんと動作にならないで

もぞもぞもがくだけになり息を切らし始めてる。

「まあまあ、急に起き上がると危ないからゆっくりね」

「私、暴走を起こして、ルナ様にご迷惑を、、」

「はい、そこまで」 私は遮って、

彼女の頭をまた撫でた。癖になりそう。いい気持ち。

彼女も気持ち良さそうにされるがままになっている。

この子一人位なら娘や妹いてもいい、かな。


「あの」

「ん?」

「もう少しだけこのままでいさせて頂けませんか?」

「構わないわよ、その位」

「有難う御座います」

マヤちゃん、ホントに嬉しそう。私の方こそ嬉しいぞ。


そこに再び登場の、フィデッサ殿下とユメカさん。

「あのー、そろそろ、って、あーっ、起きてるー!!」

フィでッサ殿下が指差した。

「えへへへ」

マヤちゃん何故か得意顔。少し頭を掻いている。

私が撫でると目を閉じてうっとりしながらすまし顔。


「私だってそのうちにカアン様に膝枕して頂いてみせますわっ」

してあげるわけじゃなさそうだ。師匠も先々大変だ。

ユメカさんはもう少し冷静そうに構えてる。

もう床に座ろうとしなくなったし、良い傾向。

それはそうと、彼女今、師匠の名前を呼んだよね。

今まで大賢者様って言ってたのに。

これは結構意味深だ。うへっ。高まる期待感。

「今の、結構意味有りげ」

マヤちゃん、ぼそっと呟いた。

子どもと思って見ていたが

こういう事への感覚はなかなか鋭い様だけど

ある意味末恐ろしいか、とも思えそうな手応えだ。

私にゃちょっと遠い世界。

私がこの位の歳だった頃、同年代の友人は

一人もいなかったからね。今でも後悔してはいない。

人生設計の問題だ。


その後フィでッサ殿下から色々書類を渡されて

チェックする事一時間。子どもとはいえ公人が

作った文書はなかなかだ。

それでもいくつも指摘して、より完成度を上げさせた。


「それじゃあフィデッサもユメカも頑張って」

マヤちゃんの声に気がついたフィでッサ殿下が抗議する。

「あー、マヤったらまだしてもらってるー」

「ちゃーんとお許し貰ったもん」

マヤちゃん、答えは準備済み。お主もなかなかワルよのう。


精霊たちは二人ともマヤちゃんだけを気にかけて

様子をじっと見守って時折ヒソヒソ話してる。

彼らは必要以上には人に干渉しないのだ。


「ルナ様、

 私、そろそろお暇します。

 今日はホントに有難うございました」


マヤちゃん、ゆっくり起き上がり、

フィデッサ殿下をじっと見て

「じゃあね、私は帰るから」

「うん、色々ありがとね。正直心細かった。

 お陰で随分元気出た」

「いいっていいってお互い様」

笑って答えるマヤちゃんに、一応一声かけておく。

「泊まっていってもいいのよ」

「これ以上ご迷惑はかけられません。それに、、

 私、幸せ一杯です。」


ニッコリ笑うと一礼し、彼女は静かに立ち去った。

ウェントゥスが後に続いたがマヤちゃん自身は気付かない。

ホントに面倒見がいいな。


「そりゃあ幸せよねえ。なんてったってルナ様の膝枕」

フィでッサ殿下が愚痴っぽくユメカさんに話しかけ

チラリと私の方を見た。

「ルナ様、マヤを大事にして下さり有難う御座います」

突然深々頭を下げた。

あれ? なんだか風向きが違ってきたの、気のせいか?


「あの子、昔はか細くて、どこか儚げな子だったんです

それが随分元気になっててびっくりしました」

「私たちが出会ったのはほんの数ヶ月前のことです。

 その時既に元気でお茶目な子でしたよ」

「そうでしたか。元気になったんだ、、、」

フィでッサ殿下が呟いた。よっぽど気にしていたのだろう。

「有難う御座います」

「えっ?」

「体だけ元気になってもそれだけじゃ人は生きていけません。

 あの子があんなに明るくなったのはあなた様のお陰です」

フィでッサ殿下がしみじみと私に向かって微笑んだ。

隣で頷くユメカさん。


「みんなそれぞれ抱えてる物があるのよ。当然ね。

 それをグイッと呑み込んで笑顔を一つ作るんだ。

 だから笑えるって凄い事、と私はいつも思ってます」

何を私は偉そうに、思いながらも言ってみる。


「その通りです、頭ではわかったつもりでいるんです。

 でもそれだけじゃ、駄目なんです。

 私、強くなりたいです。もっと、もっと、もっと強く」

この子が背負っている物もきっと重いに違いない。

何といっても王族で単身ここまで来るだけで

かなりの覚悟を決めただろう。護衛はたった一人だけ。

心細かっただろうな。二人とも、強いよ、とても。今だって。

「あなたは強い人ですよ。フィデッサ殿下」

「あの、それなんですが、、特に人前では、、」

フィデッサ殿下が言いにくそうに上目遣いで切り出した。

「今は素性を知られたくないので」

「そうでしたね。気をつけます。私も王族相手の作法なんて

 からっきしなので」


突然フラーマ様が光った。

「おっと、すまんな、驚かせたか」

事も無げに言ってはいるが今霊力をごっそりと

持ってったのは何の為?


「まさか」

大先生を見てみると満足そうに笑み浮かべ、

少しおどけて宣った。

「この建物の周りには、少し前から敵らしき者が徘徊しておるぞ。

 先程、18人ばかり消してやったがちょろかった」

「そんなことされたら騒ぎになります」

「人間なぞに見つかるか。我は焔の大精霊。わっはっは」

「どうして敵って分かるんです?」

「殺意まる出しだったから間違いは無い。その点は」

「それにしたって酷いです。人の霊力掠め取り大量殺人するなんて」

「まあそう言うな、とりあえず今の敵ならもういない」

フィデッサ殿下とユメカさん。二人は暗い表情で

じっと話を聞いてたが、突然床に土下座した。

「申し訳ありません‼」

「きゃっ。どうしたの、 二人とも?」

私は思わず声上げた。

「それは私たちを狙った刺客です。

 私たちが来たせいで、皆様を危険に晒して仕舞いました」

今度はすっくと立ち上がり、ドアに向かって走り寄る。

ところがドアは開かない。


「無理だ無理。ここには結界を張った」

大先生がフォローした。

「なんでまた、、、」

「そなた等を逃さぬ為に決まっとろう」

さも当然と言わんばかり。でもぐっじょぶです、大先生。

「ここにいれば安全です。悪いようにはしませんよ」

私も続いてフォローした。

「でも、皆様にもしもの事があったら、私は生きていられません」

フィデッサ殿下が半泣き声でまくし立てる。

「そうなっても誰かを恨んだりしないから」

私は諭す様に言う。

「それが占術家というものだから」

「でも」

「我らもついておる。気にするな。これも(えにし)というものだ」

大先生もいいこと言う。

「どんな事情があるにせよ、こうして私が関わった

 からにはただでは済まさない。ってね」

私も一口乗っかって少しばかり畳み掛け、

二人を押し留めようとしてみたのだがなかなかに

フィデッサ殿下も頑なに出ていく事に拘った。

フラーマ様の結界が人に破れるはずもなく、

力尽くしてふらふらとその場に崩れて泣き伏した。

私はそっと近寄って、背中に手を当て言い聞かす。

「あなたの事はお父上からも宜しく言われてます。

 安定収入確実の大口契約取ったのに

 みすみす手放す事はない、と師匠も言ってたことですし。

「随分しょぼい動機よのう。小遣い稼ぎが魂胆か」

大先生が呆れ顔。

「零細企業の生き死にの切実極まる問題です」

私が思わず抗議する。

「やれやれ、人の世の中は相も変わらず世知辛い」

「私たちはその中で活きていくしかないのです」

「まあよい、我のする事に変わりは無いし、

 今更変える意思も無い」


その時視界の片隅に光が走った気がした。

フィデッサ殿下の背中から何やらぼうっと輝きが

発せられた気がしたが、着ている物のせいなのか

体が発光してるのか、私に分かる術もなく

思わず観察していると彼女はゆっくり身を起す。

「皆様のご恩は生涯忘れません

 全てお話し致します」

皆改めて席につき長い話が始まった。


「我がカルラムには元々は異種族先住民がおりました。

 そこに後から人族が乗り込み建国したのです。

 人族たちは異種族を「亜人」と呼んで蔑んで

 事あるごとに戦争をしかけて領土を拡げては

 先住民を追い詰めて多くを奪っていったのです。

 私はこれを恥ずかしいと思っています。切実に」


私たちには表向き開拓団が開いたと言う事になっている。

歴史は勝者が作るって、こういう事を言うのだろう。


「そこまで聞くと、想像がついてきますね、その先は」

「そういう物なのですか?」

「あなたのそういう考えは理想的ではありますが

 恐らく敵はヒト族の中から湧いてくるでしょう」

「その通りです。やはりそなるのでしょうか?」

「それがヒトというものです。さっきの敵もヒト族の

 放った刺客なのでしょう」

「その通りです」と、ユメカさん。

「国を出る時ひと騒ぎあったのですがかろうじて

 敵の監視をかい潜り脱出できたはずでした。

 でもここも嗅ぎつけられてしまったからには

 余りのんびりしてられません」

沈痛な面持ちで彼女は声を絞り出す。

「ではまず変装しましょうか」

「よし、心得た。我に任せるがよい」

私が一言言うだけで大先生が光り出す。

「もうよかろう」 の一言と共に光が収まった。

「何も変わった事がない様ですが」

フィデッサ殿下がきょろきょろと周囲を確かめ呟いた。

ユメカさんも腑に落ちない顔をしながら私を見た。

「敵側の人からはあなた方は別人に見えてるはずです」

「何故そんな事が」出来るのか、と言いたげなユメカさん。

「幻影加護を仕掛けたからな」と答え先取り大先生。


大先生は私の心が読めるからこそ出来た技。

まさしく私がイメージ浮かべた通りの効果を顕わした。

これも一種のコラボかな。なあんてちょっと思ったが

「これは全てそなたの力。我はただの通り道。

 思う存分誇るがよい」

大先生が大袈裟に勿体つけて宣った。

「ルナ様、私たちの為に、、、」

あーあ、また二人が跪いちゃったよ。

「ともあれ一応身内には普段と同じに見えるはず。

 ですから普通にしていればバレる事はありません」

「なに、また来てもこの我が、ちょちょいと燃やしてくれるわい」

「余り過激にしちゃだめです。

 後が大事になるだけ厄介事が増えますよ」


そこへふわふわ飛びながら風のウェントゥスが戻った。

「おかえりなさい」 と私が声をかける。

「そなたも色々ご苦労であったな」 と大先生。

「あの、どなたかいらっしゃるのですか?」

フィデッサ殿下が尋ねてきた。

可視モードじゃないウェントゥスはこの二人には見えないか。

「我の同胞ウェントゥスだ」 大先生が答えたが

私は話を進めたい。ウェントゥス様に問いかけた。

「マヤちゃんは無事に帰宅した、という事ですね」

「途中、怪しい輩を見たが儂が成敗してやった」

「あのー、成敗したってどうやって、、」

「なあに、ちょちょいと、、」

ほんに言う事そっくりな、、

「まさか跡形もなく吹き飛ばしたと」

「おお、よく分かったな、その通り」

「まさかマヤちゃんの霊力をごっそり使ってその技を?」

「お陰で楽勝だったわい」

「そうだろ、こっちもおんなじだ」

大先生が珍しく意見が合致しているが

その原因が私たち人の霊力にあるとは。

「あのーちょっとよろしいですか?」

フィデッサ殿下が腰を折る。

「ウェントゥス様というと、風と叡智の大精霊の、

 嘗て地上に魔が溢れた時勇者と共に戦って

 これを破って退けた。といわれる伝説の

 風のウェントゥス様ですか?」

「ええ、まあ。」

それにしても殺人が行われたという割に

外は静かだ。何よりも、私の力が使われた

という事なのに私には動揺ひとつ起こらない。

私も存外ワルなのか。

自分で思っているよりも命を軽く見てるのか。

自分で自分がわからない。

「これって犯罪になるのでは、、」

「消えた奴らはいるはずのない者たちだ。それにまた

 そなたが殺した証拠も無い。人の社会の犯罪になる訳がない、

 違うかや?」

フラーマ様は妙に人の世の事に詳しい。

言われてみればその通り。

客観的な証拠がなけりゃ犯罪として成り立たない。

しかし殺らなきゃ殺られてしまう。ここまで来たら戻れない。


密かに思いを巡らせる。話の続きが始まった。

「国の様子は深刻で

 人も亜人も融和派と強硬派に割れ対立し

 小競り合いすら起きていて治安も悪化しています」

「それはちいっとおかしいな。

 いかに長年軋轢があったとしても影響が及ぶ範囲が広すぎる。

 別な陰謀のせいだろう」

フィデッサ殿下の説明に異を唱えたのは大先生。

精霊はもっと人間に関心無かったはずだけど

なんでこんなによく見てる?

「我も長年人の世を傍から見てると自然とな

 分かる様にもなるのだよ」

相も変わらず平然と事も無げに言い放つ。


精霊族はもともとは宇宙の覇者であったとか。

精霊支配の世界の事を第一世界と言うのだが

人が台頭してくると面倒を避け移動して

はち合わせを避け遠方で密かに暮らしていたそうだ。

ともあれ人が第二の世界を作った事に違いはない。

ところが長い時が過ぎ大きな変化がやってくる。

増長しきった人族が彼らを見つけて攻撃し

宇宙の果てへと追いやった。

精霊族にも抵抗を主張する者多くいて

袂を分かって魔と化して人に対応し始めた。

これが第三世界となったのは自然な流れというものだ。

精霊族の大半は昔も今も他種族と関わる事を嫌うもの。

しかしどこにも例外はいる所にはいるもので

敵意を持たずに共生が出来る人と精霊が

出会って作る新世界。第四世界のはじまりだ。

この宇宙にはこのように4つの世界があるという。

しかもこれらは物理的空間ではなく精神の

深い階層を介してスピリチュアルに繋がった

とてつもない程広大な世界となっているらしい。

その上慣れれば階層を通って別の世界へと

自由に移動も出来るのだ。どんな仕掛けかは分からない。

これはとんでもない事だ。

太古の昔、それが可能な機械があったという事だ。

どんなメカなら出来るのか見当もつかない私。

昔の人は優秀だ。それならなんで滅んだか。

謎だ、ロマンだ、私にもちょっとだけなら興味ある。

大先生なら分かるかな。何しろ下手すりゃ目撃者。


「ルナよ、何を固まっとる?」 と大先生の声。

「ちょっとばかり妄想を」

「スピリチュアルウェイの事か」

ああ、そういう名前なんだ。

「あれは便利なものだ。ただちょっとばかり効率が

 悪くてのう。いつでも誰でも使えるといった物では

 ないのだよ。そなた達ならそれ程は問題無いとは

 思うがの」

「またまた私の霊力をあてにしてはませんか?」

「もちろんだとも。先日もちょっと遠出をしてきたぞ」

「実行済みでしたか」

はあーとため息一つつき、フィデッサ殿下を見てみると

まだ沈痛な面持ちで私に視線を向けてきた。

「我が国の精神風土はもともとは第4世界に当たります。

 多くの種族が入り混じり平和に共存してました。

 しかし近年他世界の工作員が流れ込み

 社会基盤を揺るがせてあわよくば国の転覆を

 狙っている事が分かったのです」

「つまりお国は多世界のせめぎ合う最前線という事ですね」

「その通りです」

「フィデッサさんは」

「フィデッサと呼んで下さい、これからは」

「私もユメカと呼んでいただけると嬉しいです」

「じゃあ、フィデッサ」

「はい」

「ユメカ」

「はい」

何故か二人は嬉しそう。うっとり顔で俯いた。


「恐らくこの国の人々もほとんど第4世界に属するわね」

「私もそう思います」

「精神世界の事なので、表面上は同じでも

 人の心を変えてしまうのが怖いのです」

「でも自分が気に入らないからって排除したら

 それこそ彼らと変わらない」

「そうなんです」

「ちょっと待ってね」

私は端末取り出して、カードを一枚引いてみた。

 【星の正位置】

 理想とはこんなに遠く切なくて

 現実(うつつ)では届かないのに何故望むのか。

 理想にはどんなに遠く辛くても

 現実(うつつ)さえ変える力も生み出せるから。

 崩壊と再生。

 現実に向き合って目的の為に最も有効な選択を。

 色々思いを馳せてみる。


「それは、私たちの為に」とフィデッサ殿下。

「もちろんよ」と私は返す。

「まだまだ秘密はありそうね」

「え?」

フィでッサ殿下はきょとんとしたが

私はもやっとしたものを感じて思わずもう一枚。


 【(つるぎ)の10の逆位置】

 重いなあ。この子たちが背負ったものは。

 重くても、この子たちなら負けはしないか。

 定めなら敢えて進むという事なのか。

 定めでも敢えて留まる事もあるはず。

 終焉と始まり。

 一つの時代が終わりを告げて次の時代が造られる。

 心して道を選べよ改革者。


どうやら先は長い様だし私も腹をくくらなきゃ。

「ルナ様?」

「何かが変わり始めてる。フィデッサ、あなたの周囲にも

 潜伏してた者たちが皆それぞれの目的に

 応じた動きを見せてくる。余り平和じゃ無い策で」

「何処の誰かは分かるのか?」

大先生が聞いてきた。

「かなり高位の人物が敵に内通してますね」

「で、では国元は、、、」

と、気になる様子のフィデッサ殿下。

「3ヶ月程で表にも動きが見えてくるでしょう。

 適切な手を打てさえすれば大事に至る事は無い

 と、今のところは思います」


不安そうな二人の顔を交互に見ながら問いただす。

「お国で最も陰謀や、軍事に疎く見える人。

 心当たりはありますか?」

「無いことは無いのですけど」

戸惑い気味のフィデッサ殿下。

「疑念を向けるには無理がある気がすると?」

「はい。ジグムント公爵という人物がいて、

 人格者で通ってます。とても国家の転覆を

 企むなんて」

「あり得ない、と誰もが思う人物なのですね」

「はい」

「一応覚えておきますね。白か黒かはいずれまた。

 今は判断材料が沢山欲しい時なので

 何でもいいから情報を寄せてくれると助かるわ」

「かしこまりました。ルナ様」

片膝ついて礼をする二人の肩に手を置いて

私は諭す様に言う。

「二人には、師匠に頼んで特別な任務をお願いする事に

 なるので宜しくお願いします」

「何なりと。仰せのままに」予想通りの反応だ。

二人はとっても嬉しそう。

このノリ私にゃちときつい。さっさと師匠に押しつけて

私は平和を取り戻す。我ながら良い計画だ。


ここまできたら少しだけ芝居がかってしまうけど

二人を使うフリをして

目の行き届く処に置いて安全確保を確実に

しておく事が優先だ。師匠もひと肌脱がせよう。


色々あったが次の朝、私は早めに目を覚まし、

用意するのは朝ご飯。完了したのでお茶を飲む。

二人はそろそろ起きるかな。大先生はその辺で

たそがれてるに違いない。

窓から外を眺めれば雲ひとつない良い天気。

足の先がぶらぶらと気持ち良さげに揺れている。

『足?』

窓から首を出してみた。大先生が浮遊して遠い空を見つめてた。

思わず下を見てみたが誰も気づいていなさそう。

ため息一つついたあと、ちょいと一声かけてみる。

「フラーマ様、そんな所で」どうされました?

大先生は、スルスルと目の高さまで降りてきて

開いてるとこから入らずにわざわざ壁をすり抜けて

首だけぬうっと突き出した。普通に部屋に戻れんのか。

思いながらも見ていると、ドアが開いて声がした。

フィデッサ殿下とユメカさん。

「おはようご。。ひゃん」 当然二人は驚いて

中途半端に悲鳴を上げた。

「何を朝から騒いでおるか?」

「あなたのせいです。人騒がせな」

「我はなんにもしとらんが」

「壁から出てきてくださいな」

「良いではないか、これ位」

「普通に部屋にいて下さい」

「そなたも固いことよのう」

「朝ご飯なんですけれど」

大先生は、何も言わずに壁から抜け出て席につく。

二人も程なく席につき、ん?

何故か二人は涙顔。

「どうしたの?」

「これはルナ様が私たちの為に」

「え? 朝ご飯位誰だって作るでしょ?」

「か、か、感激至極ですぅ」

ユメカさんがぼろ泣きになって暫く止まらない。

フィデッサ殿下は懸命に涙を堪えているのだが

大袈裟過ぎるよ反応が。もっと普通にして欲しい。


「はい、ではいただきます」

「いただきます」

皆口々に唱えてる。これは問題無いみたい。


朝食後、10分くらい経ってから、

私たちはオフィスに向かった。


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