表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/18

第1話 その6

「ごめんなさいね。外で待たせてしまって暑かったでしょう」

母さんは椅子に座っている撫子さんの前に麦茶を置く。

「いえ。大丈夫です。ありがとうございます」

そう言って撫子さんは麦茶を一口。

あれ、母さん僕にはくれないんでしょうか?

撫子さんの隣に座った僕には何も出してくれない。

すると僕の心の声が母さんに届いたのか、こちらを見て微笑む。

「あなたは要らないわよね?」

氷の微笑だった。一気に僕の体温が何度か下がる。

「はい。いらないです」

母さんは撫子さんの対面の椅子に腰掛ける。

そのタイミングを計ったかのように、撫子さんは麦茶をテーブルに置いて姿勢を正した。

「突然押しかけて申し訳有りません。私は風間撫子と申します。強介さんの妻となる者です。どうぞよろしくお願いします」

撫子さんは学校の時と同じように深々と頭を下げた。

「よろしくね。撫子ちゃん。あっ撫子ちゃんって呼んでも構わないかしら?」

「はい。構いません」

「よかった。それと、そんな畏まることはないのよ。今日から家族なんだから。ね?」

「あ、ありがとうございます」

撫子さんは緊張してたのだろう。母さんの一言で、肩の荷が降りたようだった。

「そういえば私の自己紹介がまだだったわね。私は風間愛子。この子の母親よ」

「愛子さんは、とてもお綺麗ですね」

「やだ、ありがとう。そうだ学校はどうだった?」

「はい。強介さんが親切にしてくれたので、こちらの学校でもやっていけそうです」

撫子さんがそう言って僕に笑いかける。

そう面と向かって言われると結構照れるな。

「それなら良かった。強ちゃんのお嫁さんが貴女ならお母さんも安心だわ」

その時、玄関のドアが勢いよく開かれて、誰かがこちらに走って来る。

「あら、ミョウちゃん帰って来たみたい」

母さんがそう言った直後、リビングに妹のミョウが走りこんで来た。

「お母さん大変。大変だよ!名字が僕たちと同じで、美人で強介のお嫁さんを名乗る人が転校して来て……どちら様?」

ミョウは撫子さんの姿を見つけて首をかしげる。

どうやら今日転校してきた生徒の正体が彼女とは知らないようだ。

母さんが撫子さんを紹介する。

「こちらは撫子ちゃん。今日から私達の家族になるのよ。撫子ちゃん。この子は娘のミョウちゃん。仲良くしてあげてね」

母さんに紹介された撫子さんは、「撫子です。今日からお願いします」と言いながらミョウにぺこりと頭を下げる。

「はあ、ボクはミョウっていうんだ。よろしく……ちょっと待ってあなたが撫子!」

「コラ、ミョウちゃん。年上の人を呼び捨てしないの!」

「ごめんなさい。じゃ、じゃあ。あなたが今日転校してきた撫子さん?」

母さんに怒られて、ミョウは撫子さんの呼び方を改める。

「はい。今日から強介さんのクラスに転校してきました」

「じゃあ、強介のお嫁さん宣言したのは……」

「ええ」

撫子さんは隣にいた僕を立ち上がらせて、いきなり腕を絡めてきた。

「私の旦那様です」

「「…………」」

僕とミョウは固まってしまう。そんな中、助けを求めようと母さんを見ると。

「あらあら。熱々ね」

頰に手を当ててそう一言呟くだけだった。

だめだ。助けてくれなそう。

気づくとミョウが顔を真っ赤にしてうつむき、僕の方に近づいてきた。

ヤバい。兄だからわかるけど、あれは怒っていらっしゃる。

「……強介」

RPGのラスボスのように、地の底から聞こえる低い声がミョウの口から発せられる。

「は、はい。な、何でしょうか?」

それを聞いてしまった僕は哀れな小動物のように、声が震えていた。

いや声だけじゃない。全身がガタガタと震えだす。

「撫子さんに何したの?」

ミョウは相変わらず、顔を伏せたままで表情が分からない。

「え、えっと、何って、何も……」

僕はチラリと撫子さんに助けを求めた。

「ミョウさん。私と強介さんは、とても深い絆で繋がっているんです。何もおかしいところはありません」

撫子さん。その答えは今は違うような……。

「そうなんだ」

撫子さんの言葉を聞いたミョウが顔を上げる。

その目には涙が溜まっていた。

「ミョウ、泣いてるのか?」

「泣いてないよ! バカ強介! こういう時は、人に頼らないで自分で考えて喋れ!」

ミョウはそれから撫子さんをキッと睨みつけて指を指す。

「それと僕は、強介との結婚なんて認めない。絶対認めないからニャ!」

「ニャ?」

「…………!」

僕に言われて気づいたのか、ミョウは顔を真っ赤にして、両手で口を押さえる。

「あっ、ミョウちゃん!」

そして母さんの制止も無視して、ミョウは走ってリビングを出て行ってしまった。


「あの撫……」

「強ちゃん。撫子ちゃん」

僕は何故撫子さんが、あんな事を言ったのか訳を聞こうとするが、それを母さんに遮られてしまう。

「お夕飯の準備をするから二人とも部屋に戻っていて。撫子ちゃんの部屋は二階よ。強ちゃん、隣の部屋だから案内してあげて」

「あの、私、手伝います」

母さんは撫子さんの申し出をやんわりと否定する。

「一人で大丈夫。出来たら呼ぶから、部屋で待っていて」

「分かりました」

「じゃあ、行こうか?」

「はい。失礼します」

僕は撫子さんを連れて、二階の階段を登る。

母さんの言った通り、僕の部屋の隣には朝にはなかった撫子さんの名前が書かれたプレートが下げてある。

「撫子さんの部屋はここだね」

「はい。ありがとうございます」

この部屋はもともと父さんの私物置き場。大量のハードとゲームが置いてあった筈だ。

女性の部屋を見るのは失礼なのは分かってるけど、撫子さんが開けた時チラリ中が見えてしまう。

寝るためのベッド。それと机があり、届いたばかりなのか大量の段ボール箱が所狭しと積んであった。

父の私物はどうやら別の場所に移したようだった。

「強介さん。そのミョウさんを怒らせてしまったみたいでごめんなさい」

「ミョウもいきなりのことでびっくりしてるんだよ。だから謝らないで」

「はい」

撫子さんが扉を閉める。

通路に残された僕は何だかとても寂しい気持ちになる。

撫子さんが僕のお嫁さんという理由が未だにわからない。

いつか教えてもらえるのだろうか。

撫子さんとミョウは仲良くできるのだろうか。

そんな事を考えながら自分の部屋に戻る。

この時は何でミョウは語尾に「ニャ」なんてつけていたのかなんて忘れてしまっていた。


第1話 その7に続く。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ