第1話 その2
ちょっとしょっぱい夕飯を食べ終えた僕は、お風呂を済ませて自分の部屋に戻っていた。
なんか色々疲れたけど、すぐ寝るのはもったいない。
僕には毎日の日課があるんだから!
そう意気込んで、充電していたEGポータブルを充電ケーブルから取り外す。
そして電源をオン。
僕は今ハマっているゲームを起動させた。
一瞬の暗転の後、BGMが流れてタイトル画面が表示される。
そのタイトルはスペースディフェンスユニオン。
十年続くシリーズで、ジャンルは一貫してTPS。
ファンからは、スペースディフェンスユニオンの頭文字をとって、SDUと呼ばれている。
シリーズ第一作は、アースディフェンスユニオンだったが、シリーズを重ねるごとにスケールアップして、今年出た最新作は遂にスペースディフェンスユニオンと名乗るようになった。
内容も初代から変わらない。宇宙からやって来た侵略者を兵士となって撃ち倒す。
ただこれだけのシンプルなゲームだ。
けど、シンプルだからこその高い中毒性が受けている。
僕もその一人だ。
最初に、このゲームを知ったキッカケを作ったのは父さんだ。
僕の家では小学校に入ってから、毎年お年玉に、父さんがゲームをくれていた。
「強介。これ、面白いからミョウと二人でやってみな」
笑顔でそう言いながら、ソフトを僕に渡してきた。
「わー。ありがとう。とうさん」
新しいゲームがもらえてとても嬉しかったので、言われるまま直ぐにゲームを起動したら、何と言うか、驚愕の一言だった。
現れた敵が、ほんっとうに、虫そっくりだったから。
しかも、デカイ。人間であるプレイヤーキャラの何倍もの大きかった。
更に種類も豊富で、口に出すのも恐ろしい虫達が沢山出てきた。
僕とミョウが、怖くて大泣きしてるのを見て、父さんは大笑いしていたのを今だに覚えている。
全く、なんて父親だよ。
もちろん初代の作品には多数のクレームがあったらしい。
それに懲りたのか、二作目からはリアルな虫はやめてSF映画に出てくるようなデザインになっていた。
それからやっと、このゲームの魅力がユーザーに伝わり今のシリーズにつながっている。
最新作は地球を飛び出し、遂に太陽系が舞台になっていた。
僕は一番最初のミッションを選択し、ソルジャーとして出撃する。
このゲームでは二つの兵科がある。
一つはソルジャー。太陽系を守る人類の兵士達だ。
彼らは銃火器以外にも、様々な兵器 (戦闘機に戦車、ロボットや宇宙戦艦!まで) が使えるのでプレイの幅が広く、初心者から上級者まで遊べる。
もう一つが超上級者向けのフェアリー。
人類に協力するクライト星人の技術を使う女性の兵士で、妖精の名の通りに、背中のウイングパックから羽根が生えて、空が飛べる。
専用の強力な火器と、高い機動性で使いこなせればとんでもなく強い。
けどある理由で使う人は僕を含めて殆どいなかった。
すでに僕はこのゲームの最後面をクリアしてエンディングは見ている。
なのに何故、また最初のミッションを選択したのかというと……。
メーカーが言うには、このゲームには、なんと二つの兵科を合わせて千を超える武器があるという。
しかも、定期的な無料アップデートで、どんどん武器が増えているんだ。
攻略サイトでも、全部把握しきれていないらしく、発売から数ヶ月経っても、今だに新しい武器が発見されている。
僕も、新しい武器を求めて、難しい難易度に挑戦してるという訳。
難易度は一番難しいヘブン。
何故、ヘブンなのかというとプレイしてすぐに天国に行けるからだそうだ。
なんだそりゃ? と僕も最初に思ったが、難易度ヘブンの最初のミッションに挑んだ時、僕は地獄、いや天国を味わった。
僕が一周目をクリアした時の難易度はノーマル。
それからいきなり一番難しいヘブンを選んだ僕が悪いのは分かってます。
けど、難しすぎませんか?
初めて挑戦した時なんて開始数秒で僕のキャラのライフは一瞬にして溶けたよ。
結局、何度も挑戦したけど全くクリアできないので、稼げるミッションでライフも増やし、難易度ハードやベリーハードで強い武器も手に入れた。
いざ、攻略開始!
最初のミッションが始まって数分後。僕は呆然と手に持つ液晶の画面を見つめていた。
そこにはミッション失敗! と大きく表示されている。
始まると同時に、数十もの敵が現れ、仲間のNPCは全滅し僕一人だけとなる。
そして次々と現れる敵の増援。レーダーは敵を表す赤丸で真っ赤に埋め尽くされた。
僕は必死に敵を倒すも、数の暴力に押しつぶされ、最後は敵の集中放火を浴びて力尽きる。
正しく手も足も出ないという言葉がピッタリだった。
僕は絶望に打ちひしがれて電源を切る……事はせずに、オフラインからオンラインの協力モードへ移行。
このゲーム。オンラインにつなぐと最大四人で協力プレイができるんだ。
まず、ある人が部屋を立ち上げてないか検索。
「……いないか。しょうがない」
探している人がいなかったので、次はアイテム稼ぎをしている部屋を検索。
僕はその中の一つの部屋に入って、他の人と一緒にアイテムを稼が事にした。
「『ありがとうございました』と」
二回ほど一緒に遊んでから、僕はお礼のテキストを書いて部屋を抜ける。
そして他の部屋に入って、アイテム稼ぎ。
人見知りの僕はゲームとはいえ、知らない人と長時間やるのは苦手だ。
もちろん複数の人がいると、ソロでは味わえない達成感や面白さもあるけど、それ以上に知らない人と遊ぶのはどうしても緊張してしまう。
結局、楽しさより緊張からくる疲労が勝ってしまい部屋を抜けてしまうんだ。
けど、複数人でやる方がアイテム稼ぎは効率がいいから、結局他の部屋に入る。
そして、一、二回プレイしたらまた部屋を出る。
それの繰り返し。
次はどの部屋に入ろうかと見てる時だった。
「あっ、ここにしよう」
僕はひとつの部屋を見つけて迷わずそこに入る。
その部屋を立ち上げた人こそが、僕が探していた人だったからだ。
部屋はフレンド限定で、合言葉を入力しないと入れないようにロックされている。
僕は合言葉であるナデシコを入力して部屋に入る。
部屋に入ると、僕以外にもう一人この部屋を立ち上げた人がいた。
早速、僕は挨拶するためにテキストチャットを開く。
『こんばんは。ネレジナさん』
『こんばんは。キョウ』
僕が挨拶すると直ぐにネレジナさんからも挨拶が来た。
因みにキョウは僕がこのゲームや他のゲームでも使っている名前のこと。
僕もネレジナさんもボイスチャットは使わずにずっとテキストチャットで会話している。
ボイスチャットに比べれば不便だけど、声よりも文字を入力して会話する方が、ありがたいことに僕としては気が楽だった。
ネレジナさんと初めて一緒に遊んだのは一カ月前の事だった。
最初、僕は他の三人を含む四人でオンラインプレイをやっていたんだけど、一人抜けて代わりにネレジナさんが入って来たんだ。
僕以外の二人は、ネレジナさんが使う兵科を見てすぐ抜けてしまった。
理由は簡単。ネレジナさんがフェアリーしか使わないから。
フェアリーという兵科は、例え最高難易度をクリアしたプレイヤーでも使わない。
動画を見ると分かるけど、みんなソルジャーでクリアしている。
さっきも言ったけど、それはフェアリーが超上級者向けだから。
フェアリーは空も飛べて、全体的に火力も高い。これだけ聞けば、みんな飛びつくだろう。
けどある短所が足を引っ張る。
とても打たれ弱いのだ。
このゲームはアイテムを取ればライフが無限に上がっていく。
けどそれはソルジャー限定の話。
フェアリーはどんだけアイテムを取っても、上がらず数値はずっと1なのだ。
つまりどんな雑魚の攻撃でも、当たれば即ゲームオーバー。
更に空を飛ぶ操作がかなり難しく、慣れないとまともに攻撃も当たらない。
高いところから地面に激突すると、ダメージが入るので、空を飛ぶだけでも神経を使うのだ。
だから攻略サイトでも、低難易度ならともかく、高難易度のフェアリーの記事は殆んど更新されていない。
そんな状態だから、フェアリーを使うネレジナさんを見て僕以外の人は、初心者か何かと思ったらしく、すぐに退室してしまった。
残ったのは僕とネレジナさんの二人だけ。
すると僕に向けてネレジナさんがこんなことを書いて来た。
『あの、ご迷惑をおかけしました』
ネレジナさんはこう続ける。
『すぐ出て行きます』
それを見た僕はすぐさま返事を書き込む。
『待ってください』
とりあえず、これだけ書いてネレジナさんを引き止める。
ネレジナさんは出て行かずに、次の言葉を待っているようだった。
僕はすぐさま次のメッセージを書き込む。
『一緒に遊びましょう』
『いいんですか?』
『はい。もちろん!』
僕は出来る限り明るく返事を返した。
『では、よろしくお願いします』
このネレジナさんの文を見た時、僕の気のせいかもしれないけど、とても喜んでいるように思えた。
僕達が選んだのは、ネレジナさんが難しくてクリア出来ないというミッションだ。
ミッションの名前は、火星の空に舞う死神達。
ステージはテラフォーミングされた火星。
このゲームの火星は地表が海で覆われ、人類は空中都市で暮らしているという設定。
なので、空中都市を襲うのは、空を飛んで動きの早い敵だらけだった。
僕はソルジャーを使っているので戦闘機に乗り込み、空を飛ぶネレジナさんのフェアリーと肩を並べる。
ネレジナさんの動きはとても凄かった。
フェアリーは敵の群れに飛び込み、接近戦で次々と倒していき、攻撃は軽やかに全てかわしていく。
正に蝶のように舞い蜂のように刺す。という言葉がピッタリの動きだった。
その間、僕はというとフェアリーの動きに見とれ、いつの間にか敵に囲まれタコ殴りで撃墜されて戦線離脱。
ネレジナさん一人で奮闘するが、敵の流れ弾が当たってしまい、そのままミッション失敗になってしまった。
ミッション選択画面に戻ると僕が謝る前に、直ぐにネレジナさんからチャットが書き込まれる。
『すいません。もう一回同じミッションでいいですか?』
『……はい。もちろん!』
それから僕達は作戦を練って、再度ミッションへ。
作戦はシンプル。耐久力のある僕が囮になって、ネレジナさんは後方から援護。
僕の操る戦闘機が、機関砲やミサイルを使って空を飛ぶ敵達を撃ち落とす。
かなりの数を撃ち落とすことには成功するが、そのぶん、戦闘機へのダメージも馬鹿にならず、あちこちから煙が出ていた。
レーダーを見ると、死角である背後に回り込まれていることに気づく。
「まずい!」
戦闘機が破壊されても、僕のプレイヤーは生きているがこのステージは下が一面の海になっている。
そこに落ちたら僕のキャラは攻撃できず、強制的に海水浴しながらゲームオーバーを迎えてしまう。
『援護します』
そのテキストチャットが僕の画面に表示された。
直後、僕の背後にいた敵は全滅。ネレジナさんの援護だ。
ピンチを凌いだ僕達は、一気に攻めて敵を全滅させてミッション完了。
「やった!」
僕は思わず部屋でガッツポーズ。
次の朝、隣の部屋のミョウには怒られたけど、その時ばかりはつい大声が出てしまった。
それぐらい二人でクリア出来たことはとても嬉しかったんだ。
ミッション攻略後。
興奮冷めやらぬ僕は、まだ誰にも送ったことのないメッセージをネレジナさんに送った。
それはフレンド申請のメッセージだった。
返事が来るまでの数秒の待ち時間が、数十分も長く感じられた。
帰って来たメッセージは僕の予想外な内容だった。
『はい。喜んで……実は私もフレンド申請、送ろうと思っていました』
それから一ヶ月。僕達は時間が合う時は二人で一緒にミッションを攻略している。
『今日はどのミッションをやりますか?』
一ヶ月前のことを思い出していると、いつの間にか、ネレジナさんがチャットを書き込んでいた。
「おっと、いけない……『ネレジナさんが行きたいミッションに行きましょう』と」
『じゃあ、この武器が入手しやすいミッションはありますか?』
ネレジナさんが欲しい武器をリクエストして来る。
『ちょっと待ってください』
僕は攻略サイトを見て、少ない情報の中、ネレジナさんが欲しい武器を探す。
「これなんかいいかな。 『お待たせしました。コレはどうですか?』」
ネレジナさんに武器の情報を伝える。
『いいですねコレ。取りに行きましょう』
『分かりました。お伴します』
ネレジナさんは、自分が欲しい武器が出やすいミッションを選択。
僕達は持っていく武器を選んで、ミッション開始。
三回目のクリアで、ネレジナさんが欲しかった武器が手に入る。
『良かったですね。ネレジナさん』
『キョウのお陰です。ありがとうございます。貴方の情報はいつも正確で凄い』
『いえいえ。そんな事ないですよ。ネットを見れば、こんな情報すぐに見つかりますよ』
『貴方のところでは、そういう情報がたくさん見つかるんですね。とても羨ましい』
僕はこのネレジナさんの言葉に少し違和感を覚えた。
ネレジナさんはネット環境がないところにいるのかな。
でもそれだったら、オンラインの協力プレイは出来ない。
余り、ネットを見ない人なのかな?
『キョウ。次のミッションなのですが……』
『はい。次はどこに行きますか?』
『次は貴方が行きたいミッションに行きましょう』
僕はそれを見て思わず呟いてしまう。
『僕の行きたいミッションですか?』
この一ヶ月。ずっと僕はネレジナさんが行きたいミッションに同行して来た。
それがとても楽しかったからだ。
ネレジナさんがチャットで喜びを露わにすると僕もとても嬉しかったから。
だから、いきなり自分が行きたいミッションを聞かれると、言葉に詰まってしまう。
今の楽しい空気が壊れてしまうような気がして……。
『キョウ。どうしましたか?』
僕が返事が書かないので、ネレジナさんが再びチャットに書き込んで来た。
『僕の事よりも、ネレジナさんが行きたいところに行きましょう』
だから僕はいつも通り、ネレジナさんに決定権を譲る。
『それならもう決まっています』
ネレジナさんはもう決めていたらしい。これでいつも通りに、ネレジナさんの手伝いができる。そう思っていた。
『貴方が行きたいミッションです』
「えっ!」
『貴方には攻略したいミッションがあるのではないですか?』
「僕が攻略したいミッション……」
確かにある。でもそれはとても難しくて僕一人ではどうにもならなかった。きっと足手まといになってしまう。
『……当ててあげましょうか?』
さっきからネレジナさんのチャットは僕の予想の斜め上ばかり行く。
『貴方はここ一週間で、武器ではなく、ライフ上昇アイテムを取ることばかり優先していました……』
僕はネレジナさんの次の言葉を待つ。
『それを意味するところはひとつだと思います。ライフが大量にないと太刀打ちできない難易度。つまりヘブンに挑戦しようとしているのでないのですか?』
正解だった。僕の行動はネレジナさんに全部読まれていたのだ。
『その通りです。よく分かりましたね』
『当たり前です。もう一ヶ月も一緒に遊んでるんですから』
そのネレジナさんのチャットを読んだ時、僕は顔が熱くなるのを感じた。
『もう一度聞きます。どのミッションに行きますか?』
せっかくネレジナさんがこう言ってるんだ。
僕は自分の攻略したいミッションを書き込む。
『それじゃ、一番最初のミッションに行きたいです』
『難易度は勿論……』
『もちろん難易度ヘブンで!』
こうして僕達二人で初めて最高難易度に挑戦することになった。
出撃準備をしている間に分かったことがある。
実はネレジナさんも、難易度ヘブンで最初のミッションに挑戦したことがあるらしい。
結果は惨敗だったそうだ。
つまりネレジナさんにとっても僕と同じく、今回のミッション攻略は、今までの借りを返すリベンジなのだ。
僕が準備を終えた直後に、ネレジナさんも準備完了していた。
『じゃあ、ネレジナさん。ミッションスタートしますよ』
『はい。いつでもどうぞ……少し緊張しますね』
僕もネレジナさんと同じく、ほんの少し緊張しながら、ミッションスタートにカーソルを合わせてボタンを押した。
画面が暗転してすぐに、場面が切り替わる。
今、ゲーム画面に映し出されているのは、輸送機の機内だった。
視点を動かすと僕の左側にネレジナさん。
僕達の前には、隊長と兵士達がいる。どちらもゲームを盛り上げるためのNPCだ。
今回のミッションの名前は初出撃という。
プレイヤーキャラは行方不明になった民間人を探す捜索隊の一人。
そしてここは、テラフォーミングされた海王星が舞台になっていた。
隊長が部下である僕達に向けて、これから向かうところを話している。
ブリーフィングが終わったら「今回のミッションは楽勝だ」とか、「ここは寒い。早く帰って酒が飲みたい」等々。好き勝手に話す兵士達。
隊長は最後にSDU!とテンション高く叫び出す。
それにつられて周りの兵士達も口々にSDU、SDUと叫びだした。
「SDU!」
びっくりした。隣にいたネレジナさんのフェアリーも叫んだのだ。
僕も自分のテンションを高めるために、負けじと自分のキャラに叫んでもらう。
「SDU!」
「「「SDU! SDU! SDU!」」」
最終的にはみんな一緒になって叫びまくった。
周りから見ると馬鹿なことやってるようにしか見えないだろうけど、少なくとも僕はとても楽しかった。
きっとネレジナさんもそうだと思いたい。
そんなバカ騒ぎをしていると、突然輸送機が攻撃を受けた。
機体はバランスを崩しそのまま氷の大地に墜落する。
そこから、キャラを動かせるようになる。
「来た!」
僕はいつでも自分のキャラを動かせるように両手に力を込める。
墜落した輸送機から、隊長と兵士達、その後を僕のソルジャーとネレジナさんのフェアリーが続く。
敵が来るまで、少しだけ時間があるので、僕は持って来た武器を確認する。
持って来たのは、アサルトライフルとロケットランチャーだ。
確認を終えると同時にレーダーに反応。
僕達の正面、北から赤丸が大量に現れた。
敵だ!
『上空から援護します!』
ネレジナさんのフェアリーが上空に飛び上がる。
『お願いします』
僕も敵が来る方向にアサルトライフルの照準を向ける。
レーダーを見ると近づいて来るのがわかるが、画面には、氷の壁が邪魔をして敵の姿は見えない。
その時、僕の頭上から、赤い閃光、レーザーライフルの光が発射された。
ネレジナさんが射撃を開始したのだ。
『敵が来ました。出来る限り数を減らしてみます』
『お願いします』
ネレジナさんの操るフェアリーは、まだ僕には見えない敵を狙撃していく。
ネレジナさんの活躍を見上げていたその時、僕はあることに気づいた。
今、フェアリーが撃っているのは、ついさっきネレジナさんと取りに行った武器だったのだ。
まさかこの為に? なんて思うのはただの思い上がりか。
「何だあれは!」
NPCの声に僕は視点を正面の氷の壁に戻す。
先程まで何もいなかった氷の壁に、とても大きい虫のようなモンスターがいたのだ。
白い攻殻には二本の緑の線が入っていて、目のようなものはどこにも見当たらない。
そいつが六本足で壁を登りながら、こちらに頭を向けて、口を動かす。
直後、ネレジナさんの狙撃が直撃し、モンスターが吹き飛ぶ。
その後方から、何十匹ものモンスターが現れ、氷の壁を降りてこちらに向かって来る。
「銃を構えろ。あの化け物どもを撃て!」
隊長の号令で、兵士達はアサルトライフルを構えて一斉に撃つ。
僕は距離をとって、ロケットランチャーに持ち替え、敵の群れに狙いをつけて発射した。
ロケット弾は群れの中心に直撃し爆発。
何匹かの虫型モンスターを倒した。
ネレジナさんが、生き残っていた最後の一匹を狙撃する。
それで、レーダーには敵の反応は無くなった。
最初の攻撃は成功。NPCも誰一人欠けていなく、僕もネレジナさんも健在だ。
でもミッションはまだ終わりじゃない。
ここからが本当の始まりだ。
「行方不明になった民間人を探しにいくぞ!」
隊長の言葉に兵士達は返事をしてついていく。
僕もネレジナさんも後に続いて走る。
『ネレジナさん。新記録です』
僕はまだ敵に遭遇しないのは分かっているので、少し興奮気味にネレジナさんにチャットを送る。
『何がですか?』
『僕がソロでやってた時は、いつもNPCは最初の攻撃で全滅していたんですが、今日は誰一人も欠けてません。もしかしたら、今回はクリア出来るかもしれないです!』
『ええ、頑張りましょう』
『はい!』
ステージを進む僕達の前に、墜落したヘリが見えて来る。
そこには何人かの人影も見えて、僕達に手を振っていた。
「行方不明になった人たちだ。救出するぞ!」
「「「了解しました!」」」
隊長と兵士達が民間人の元へ。
その間に僕達は戦いに有利な地形を探す。
ネレジナさんは空に上がり、僕は北側にある岩の陰へと向かった。
すると、レーダーに赤丸が表示される。
敵は東西南北。つまり四方から現れた。
実はこれ、普通は北側しか敵は現れない。しかし難易度ヘブンになると、周りを囲まれてしまう。このミッションの難所だ。
僕とネレジナさんは一番近い北から来る敵を迎え撃つ。
他の敵は一番近いNPCに向かっていく。
言い方は悪いけど彼らは囮だ。
出来る限り敵を引きつけて時間稼ぎをしてもらう。
ネレジナさんの狙撃が始まった。
こっちに来る虫型のモンスターが次々と撃破されるが、数が多すぎて勢いは止まらない。
僕もロケットランチャーを撃つ。
爆発で、ニ、三匹がバラバラになった。
煙が晴れると、その奥からモンスターが僕の方に迫って来る。
僕はロケットランチャーを連射。
敵はこちらの攻撃を気にする事なく、距離を詰め、お尻のあたりから光の球を撃って来る。
敵の遠距離攻撃だ。
「やばい!」
僕は慌てて射撃を中断すると、岩陰に身を隠す。
遮蔽物にした岩に次々と攻撃が当たる。
危なかった。一発でも当たれば、僕のライフは一気に半分近くに減ってしまうだろう。
最高難易度、恐るべし。
その光の球が僕が身を隠す岩に何十発も着弾する。とてもじゃないが反撃できない。
『キョウ。今助けます』
僕が見上げると、ネレジナさんのフェアリーが急降下していた。
狙撃しながら、距離を詰めて武器を交換。近距離用の武器に持ち替えて、敵集団に突っ込む。
無数の針のようなレーザーが、モンスター達を穴だらけにしていく。
敵は、僕からネレジナさんに狙いを切り替える。
フェアリーに多数の光の球が殺到する。
それを全て避けながら、ネレジナさんは攻撃し続け、敵の数を減らしていく。
モンスター達が、フェアリーに気を取られている隙に僕はアサルトライフルに持ち替えて撃つ。
何匹か倒すと、敵が僕の方を向いた。
「おっと」
僕はすぐさま、岩陰に隠れる。
敵が僕に気を取られていると、上空からの閃光に貫かれていく。
僕は回り込まれないように注意しながら、モンスター達を打ち倒した。
その後、北側から来たモンスターを倒した僕達は、落ちているアイテムを回収しながらすぐにNPC達の元に向かった。
いつもなら全滅している彼らも、今回は善戦している。僕達は彼らにまとわりつくモンスター達を遠距離攻撃で倒していく。
さっきに比べれば、敵はこちらに気づいてないので楽だった。
最後の一匹を倒したその時、僕の画面にミッション完了! の文字が表示され勝利のファンファーレが鳴り響いた。
「おおおぉぉぉ……クリアした……?」
画面がアイテム取得画面に切り替わる。
そこには、見たこともない新しい武器の名前が沢山表示されていた。
「おおおお! やった! 難易度ヘブンのミッションクリアだ!クリアしたぞ!」
まだ一面だけど、僕は飛び上がって、大声で喜んだ。
もちろん母さんや妹を起こさないように、心の中だけどね。
『おめでとうございます。キョウ』
『ありがとうございます。ネレジナさん!』
僕は今日の戦果をネレジナさんに報告する。
ネレジナさんも新しい武器を多数手に入れたそうだ。
『キョウ。時間も遅いですし、この辺にしておきましょうか?』
僕はスマホで時間を確認。
「もう、こんな時間か」
深夜零時ごろに始めたのに、いつの間にか三時を回っていた。
起きるのは七時。この辺が限界か。
『じゃあ今日はこの辺で。ありがとうございました。ネレジナさん』
『こちらこそ。楽しい時間をありがとうございます』
画面には『ネレジナさんが退出しました』と表示される。
それと同時に、部屋は解散。
僕もゲームを終了して本体の電源を切って、ベッドに潜り込んだ。
目を閉じると、直ぐに睡魔が襲って来て、僕は数秒と経たずに眠りにつくのだった。
第1話 その3に続く。