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最終話

邪竜神を倒してから数ヶ月後が経った。

世界の平和を取り戻した勇者キョウは生まれ育った村に戻り、ロワイ王国の援助を受けて復興していた。

村の様子を見ていくキョウ。焼け落ちてそのままになっていた家は新しく作り直し、新しくやってきた人々の中には、十年前に生き延びた人も戻ってきていた。

皆、笑顔で仕事をしていて、勇者を見かけると手を振り声を掛けてくる。

キョウはそれに応えながら、ある人を探していた。


村の中央の広場でその人の姿があった。

キョウが歩み寄ると、向こうも気がついたらしい。

「あっ、キョウ。こっちだよ」

猫耳と尻尾を持つ黒髪ショートカットのルクレア族の女性がキョウに手を振る。

彼女は勇者キョウと共に世界を救ったミョウだ。

世界を救い、村を復興した二人は結婚していた。

彼女の周りには、同じように猫耳と尻尾を持つ子供達がいる。

世界を救った勇者一行にルクレア族のミョウがいることがわかり、同じルクレア族の人々が村に移住してきていた。

「みんなごめんね。今日のお話はここまで。さあ、遊んできなさい」

「「「はーい!」」」

子供達は元気よく返事して、散らばっていく。

広場にはキョウとミョウの二人きりだ。

「全くみんな元気で困っちゃうよ……何? 小さい頃のボクもそうだった? そ、そんな事ないもん! バカキョウ」

頰を膨らませて抗議するミョウ。

「……ごめん怒ってないよ。村や、あの子たち見てると、本当に平和を取り戻せてよかったよね」

キョウは笑顔で頷いた。

「もう! こういう時でも無口なんだから! まあいいや。それがキョウだもんね。さあ家に帰ろう!」

平和を噛み締めた二人は、手を取り合って自分たちの家に帰るのだった。


「ああ、終わっちゃった……!」

エンドロールを見終わった僕は、眼鏡も外さずそのままベッドに頭から倒れこむ。

流石に何時間も休まずにやっていたので疲れた。

けど、ゲームをクリアした達成感が上回っていた。

このまま、そのまま心地よい達成感に浸りながら寝ようかなと一瞬思ったが、僕にはまだやる事がある。

時刻はすでに寝静まった時間だが、きっと出てくれるだろうと半ば確信し電話をかける。

かけた相手はもちろん、このゲームを薦めたあの人だ。

一、二回コールするとすぐに父さんが出る。

まるで来るのが分かってたみたいな早さだった。

「俺に電話してきたって事はドラスト8クリアしたな?」

「うん。たった今ね」

「スペシャル版。面白かっただろ?」

「とっても面白かった」

「それで、ミョウと仲直りする方法は分かったのか?」

「ううん。分かんない」

僕は正直に答える。

すると電話の向こうで、何かがひっくり返る音がした。

「そうか。ちょっと分かりにくかったかな」

「というよりも、父さん。あのゲームでなんでミョウの名前が出てくるのさ。何か関係あるの?」

僕は一番、気になっていた事を尋ねる。

「ああ、関係あるぞ」

「えっ!」

サラリと出たその言葉に僕はつい大声を出してしまい、慌てて口を抑えた。

「ど、どういう事なの?」

「落ち着け落ち着け。今から話すから……」


父さんの話に僕は黙って耳を傾けていた。

「俺の親父、つまりお前の爺さんの話からするか……」

父さんが言うには、僕のおじいちゃんも同じ冒険家で、様々な星を巡っていたらしい。

僕が生まれる前に亡くなってしまったので直接会ったことはなかった。

「でだ。ある時、爺さんは新しく見つかった星に降り立った。そこには人間や、人に似ているが違う特徴を持つ異種族が住んでいた」

おじいちゃんはそこで、様々な人と交流し、詳しくは分からないけど、その星の危機を救ったらしい。

「それで、地球に帰ってきた爺さんは知り合いのシナリオライターにその事を話した。そのライターはあるRPGの製作に携わっていたそうだ」

「それって、ドラッヘストーリー?」

「ああ。最初はドラッヘストーリーもあまり売れてはいなかった。けれど爺さんの情報を取り入れた事で、人気が爆発したらしい」

なるほど、ドラッヘストーリーの人気にはそんな秘密があったのか。

「でも、ミョウとの関係は?」

「慌てるな。俺も爺さんからドラッヘストーリーの事を教えてもらい、今も遊ぶほど大好きなゲームだ。そして中でも一番好きなのはお前もプレイした……」

「このドラスト8……」

「ドラスト8は出た当初から、猫耳盗賊の人気は高かった。けどエンディングがああなった事で、ファンから抗議があったそうだ……因みに俺も抗議した一人だ」

そこでメーカーは解決策として、勇者と盗賊が結婚すると言うスペシャル版を製作したらしい。

「当選した八名には、自分が考えたヒロインの名前が採用されるって事で、俺は名前を書いて応募し、そして当選したんだよ」

「そのヒロインの名前がミョウ」

父さんはその後、おじいちゃんの後を継いで、冒険家になった。

「多分爺さんは俺を冒険家にしたくて、ドラッヘストーリーを薦めたんだろう」

父さんは昔を懐かしむように、笑いながらそう言っていた。

「俺も爺さんがいったその星に行くことになった。爺さんがいった通り、そこはまるでファンタジーの世界だった。一瞬ドラッヘストーリーの世界に迷い込んだかと錯覚したよ」

楽しそうにその時の事を話す父さんの声を聞いて、僕はちょっと羨ましいなと思っていた。

「ただ、楽しい思い出ばかりでもないぞ。モンスターもいて何度か襲われたこともあったからな」

羨ましいと思った事は撤回します。

「ある時だ。……街道を歩いていると、目立つ所に赤ん坊を見つけたんだ。理由は分からないがその赤ん坊はそこに置いていかれたらしい」

その子は黒い髪の女の子だったそうだ。そして調べると、女の子はルクレア族という猫の耳と尻尾を持つ種族だったそうで……って!

「待って父さん。それってドラスト8に出てきたルクレア族と同じ?」

「うん。その赤ん坊はルクレア族の女の子だった。彼女をどうするか考えているうちに、その子が俺の顔を見て笑ってな」

最初は他の町か村に預けようとしたそうだが、その笑顔を見て、父さんは決意したらしい。

「俺達、家族で育てようってな」

「父さん。それはかなり無茶な方法なんじゃ……」

「実際、周りの仲間達からは反対されたよ。他の星で生まれた子供を地球で育てるなんて、とんでもないってな。でも一人だけ賛成してくれた人がいた」

それは父さんの父さん。つまり僕のおじいちゃんだったそうだ。

「爺さんはこう言ったよ『お前がちゃんと責任を持って育てるなら反対はしない。ただしちゃんと幸せにしてやるんだぞ』」

それで父さんはその女の子を家に連れて帰った。

もちろん母さんは快く受け入れたそうだ。

その時には僕も生まれていたけど、一歳なので何も覚えていない。

「俺はその子に名前をつけた。ドラスト8のヒロインからとって……ミョウと名付けたんだ」

「……それが僕の妹のミョウ」

「そうだ。お前の妹は血の繋がっていない妹のミョウだ。もう一度言うぞ。血の繋がっていない妹だよ」

「なんで『血の繋がっていない』を二回強調するのさ」

「分かってるだろう。ミョウの気持ち。特に撫子さんが来てからは、以前より分かりやすいんじゃないのか?」

「……うん」

「分かったならいいんだよ。さてと、こっちも忙しい。もう切るぞ。愛ちゃんに宜しく!」

「ちょっと待ってよ……」

「そうだ。最後に一言。まとめて二人共幸せにしてやれ。俺も愛ちゃんも反対しないからな!」

そう言い残して電話が切れた。

またとんでもない事をためらいなく言うんだからな。父さんは。


さて、僕はある行動に出ようとしていた。

父さんの話を聞いてから、彼女に会いたくてたまらない。

いつの間にか太陽が昇っていて、外は明るい。

僕は後先考えずに部屋を飛び出した。

リビングにはもう母さんが起きて、朝ごはんの準備をしている。

「あら、おはよう……強ちゃん! そんな格好でどこ行くの?」

母さんが驚くのも無理はない。僕は寝間着であるスウェット姿だから。

「ちょっと学校まで!」

「学校? 忘れ物でもしたの?」

「違う! そうだミョウ帰ってくるの今日だよね?」

「そうね。もうそろそろ学校に着く時間ね」

「じゃあ、迎えに言ってくるよ!」

「ええっ!強ちゃんがそんな事するなんて……でもその格好じゃ……」

「今は、一分一秒が惜しいの!」

「待って下さい強介さん!」

僕を呼び止めたのは母さんではない。

いつの間にか、寝間着姿の撫子さんが、二階に続く階段の所にいたのだ。

「撫子さん?」

「そんな格好で、ミョウさんに会いに言っても、はっきり言って嫌われるだけです!」

「うっ」

ズバッと言われて、僕は、なんの反論も出来ない。

「愛子さん。時間はどれくらいありますか?」

「ミョウちゃんが学校に着くのはあと一時間くらいかしらね」

「じゃあ強介さん。こっちへ」

撫子さんは、僕に有無を言わせずに腕を掴んで引っ張る。

「身体を洗ってください。今の強介さんはちょっと……」

撫子さんが言い澱むので、僕はなんとなく気がつく。

「臭う?」

「いえ。ほんの少し不潔なだけです」

ニッコリ笑う撫子さん。

「洗って来ます!」

僕は言われるままにシャワーを浴びた。


出来る限り、素早くかつ丁寧に身体を洗ってから、浴室から出た。

洗っている途中で気づいたのだが、着替えを用意していなかった。

このままタオル一枚で服を取りに行くのかと思っていたら……。

「……着替えがある」

脱衣所に綺麗に畳まれた僕の下着と服が置かれていた。Tシャツと膝丈のカーゴパンツだ。

誰が置いたか考えるのは後だ。身体を乾かした僕は素早く服を着て行く。

脱衣所を出ると撫子さんが待っていた。

「うん綺麗になりましたね。これならミョウさんも避けたりしないでしょう」

「因みに服を用意してくれたのは?」

「私です」

それを聞いてちょっとホッとした。

撫子さんが用意してくれたのも恥ずかしいけど、母さんが用意した物なら、もっと恥ずかしくて死んじゃうかもしれない。

「いってらっしゃい。強介さん」

「うん。いってきます」

僕は手を振る撫子さんに見送られながら、家を飛び出した。


運動不足の僕が全速力で走って、学校にたどり着いた時には、校庭にバスが止まっていた。

きっと合宿から生徒たちを乗せてきたバスだ。

さて、ここまで来てどうやって妹に会おうか、僕は考える。

いきなり走って近づく? いや不審人物として捕まるのがオチだし。

どこかで近づいてくるのを待つ。いやこれも不審人物として捕まるのがオチ……うーん。

頭の中に出た方法が全て捕まる結末しか考えられない。

「あっ」

そんなことを考えながら、近くの電柱の陰から見ていると、正門から大きめのバッグを持った生徒達が出て来た。

ミョウの入ってる部活は陸上部なのだが、男子が一人も見当たらない。

見送ってる先生も女性のようだ。

そこだけ見てると、女子校と間違えたかなと思ったけど、やっと見知った顔を見つけた。

「いた。ミョ……」

妹のミョウを見つけたけど、彼女は友達と思われる二人の女子と一緒に正門を出て来た。

これで声を掛けたら、嫌がられるんじゃないか? そう思うと声がかけられなくなってしまう。

どうしよう? と考えれば考えるほど、何も出て来ず、走った以上に全身から汗がダラダラと流れ出す。

頭が真っ白な状態でミョウを見ていると、彼女がこっちを見た。

「あっ……」

やばいとんでもないところを見られている。

このまま無視されて、また仲悪くなるのかと諦めていると、ミョウは予想外の行動をとった。

「ごめん二人共。ちょっと急用思い出しちゃった。先に帰るね」

ミョウは友達二人に手を合わせて謝りながら別れると、僕の方に近づいて通り過ぎざまに小声で囁いた。

「ボクが通り過ぎたら、ついて来て」

僕は頷いて、ミョウが電柱を通り過ぎてから、後を追いかける。


「後ろじゃなくて隣に来たら?」

しばらく歩いて、周りに生徒達がいなくなってから、ミョウが話しかけて来た。

「失礼します」

ミョウの許可をもらったので、彼女の隣に並ぶ。

その間には大きめのスポーツバックがあり、それが妹との心の距離みたいに思える。

「何しに来たんだよ? もしかして、早朝から女子高生を観察してたとか?」

「そ、そんな変態じゃないよ! 何言ってるんだよ!」

「だって、強介がこんな朝早くにしかも夏休みなのに、学校の前にいるなんて、それしかないじゃん」

妹よ。なんで断言するんでか?

「違うよ。ミョウを迎えに来たんだよ」

そう言ったらミョウの顔が真っ赤っかになった。

「な、ななな、何言ってんだよ! バカ強介!」

ブオンと、ミョウのスポーツバックが僕の顔面に飛んで来たので慌てて避けた。

「危ない。いきなり何するんだよ!」

「それはこっちのセリフだよ! いつも迎えになんて来ないのに……なんで今回は…む、迎えになんて来るの……」

顔を赤らめて、ちょっと俯くミョウ。

それがすごい可愛く見えて来て、僕も青空に視線を移して、平常心を保つことにした。

「やっぱり嫌だったかな?」

僕が聞くとミョウは首をブンブンと横に振る。

「そんな事はない。けどさ、なんで迎えに来てくれたの?」

「そのミョウと仲直りしたかったから」

少しでも早く会いたくなった。とはさすがに恥ずかしくて言えない。

「? 仲直り? ボクと強介が何で?」

「何でって、ほら、最近ミョウに話しかけると、避けるように逃げちゃうし、それに朝起こしてくれなくなったし」

「そういうことか。朝起こさなくなったのは、撫子さんがいるからだよ。だって強介いつも起こしてもらって、鼻の下伸ばしてるんだもん。ボクが起こさない方がいいのかなって思ってさ」

「鼻の下伸びてた?」

「うん。朝はいつも伸びてた。ヘンタイ強介」

「それはお見苦しいところを見せました。ごめんなさい」

そして、撫子さんにも心の中で謝っておこう。ごめんなさい。

「それで、ミョウは何で最近話してくれないのかな?」

「えっ? いつも通りだと思うけど……」

ミョウは目をそらす。自分でも分かってるみたい。

「いや、いつも以上にミョウは僕を避けてる。理由を教えてくれよ。僕に悪いところがあるならちゃんと直すから」

「ええ〜言いたくない」

ミョウは頰を膨らませる。そんな顔も可愛く見えてしまうから不思議だ。

僕は何度も説得すると、ミョウは渋々といった様子で話し出した。

「うーん分かった話すよ。けどさ、笑わないでよ……」

「? 笑わないよ」

「ならいいけど……その、撫子さんが家にきたじゃない」

うん? ここで撫子さんの名前が出てきたぞ。

とりあえず黙って聞くことにした。

「撫子さんが来てからさ。強介いつも楽しそうに話しててさ。それに告白したりしてさ……幸せそうな二人……見てたら、邪魔しちゃ悪いかなって……」

段々ミョウの目尻に涙が溜まっていく。

「それに、仲がいい二人を見てたら、イライラしてきて、口を開いたら、二人に悪口というか何というか、とにかく二人が仲良くしてるのが、嫌だったの!」

ミョウはそこまで言ったことで、我慢するのをやめたのだろう。

堰を切ったように言葉が溢れ出す。

「撫子さんが羨ましかった。だってさ、宇宙から来た人だからって血が繋がってないからさ。恋人にもなれるし結婚もできるじゃん! でも、ボク達兄妹だから、そんな事できないじゃん! 」

ガバッとミョウに胸ぐらを掴まれてしまった。

でも、僕は抵抗せずにミョウの告白に耳を傾ける。

「ボクは強介が好き! なのに兄妹とか血が繋がってるとか、そんな理由で撫子さんに取られるの嫌だよぅ」

そこまで言い切って、ミョウは泣き出してしまう。

僕はミョウな胸を貸したまま、彼女が落ち着くのを待っていた。


しばらくすると、ミョウも落ち着いたのか泣き止んだようだ。

「ごめん。変な事言っちゃった。今の忘れていいからね」

ミョウは乱暴に涙を拭うと、僕を置いて、歩き出そうとするので、肩を掴んで止める。

「な、何っ?」

ミョウが震えた瞳で僕を見つめる。怒られるかと震えているみたいだ。

でも、僕からも言わなきゃいけないことがある。ここで言わなければ、チャンスはもうないだろう。

だから、ここが道の真ん中でも気にするものか!

「ミョウ聞いて。とても大事な話だ。僕も今まで知らなかったんだけど、ついさっき父さんから聞いたんだ」

「お父さんから……?」

僕は包み隠さず、父さんから聞いた事をすべて話した。

ルクレア族の少女で、父さんに拾われて地球にやって来たこと。

そして僕達は兄妹として育って来たが、実は血が繋がっていない事を。

「うそ……」

ミョウの顔は何と言っていいのだろうか、嬉しいような怒っているような……そう困惑していた。

「ボクと強介は血が繋がっていない。本当に?」

「ああ、本当だよ」

実は父さんが嘘をついているとは思いたくない。

もしついてたら、今すぐ飛んでぶん殴ってやる。

「じゃ、じゃあさ……強介の事好きでもいいの?」

「うん。もちろん」

ミョウの拭いたはずの目尻から涙が溢れて溢れる。

「うそつき」

ミョウはそう言うが、本心から言ってないのは僕でも分かる。

「嘘じゃない」

僕はそっと、ミョウの流れる涙を指で拭う。

嫌がられるかなと思ったけど、拒絶されなかった。

「うそ、つき」

「嘘じゃない」

涙を流すミョウとそんな押し問答を繰り広げた。

「例え、うそじゃないとしても、もう強介には撫子さんがいるじゃん……」

ミョウが拗ねた口調で言う。

「普通、彼女がいる人とは付き合えないでしょ」

「確かに世間一般はそうかもしれない」

ここでミョウの目を覗き込む。このセリフを、ふざけているわけではない、と分かってもらう為にだ。

「けど僕は違う。二人とも幸せにして見せる!」

「…………」

ミョウは目を丸くして沈黙。

「あれミョウ?」

「……カ」

「か、蚊がいるのか? クソ、ミョウの血はやらないぞ!」

僕は蚊がミョウを刺さないように周りを手で払う。けど蚊らしきものは見当たらない。

「ミョウ。蚊はいないみたいだぞ」

ミョウの身体がプルプルと震える。

あれ、怒ってる?

「バカ強介!」

「うおっ!」

突然の大声で僕の鼓膜が破ける寸前だ。

「ぐふっ」

更にスポーツバックのコンボ。これは避けられず顔に直撃した。

「何言ってるんだよ。『二人とも幸せにする』って、そんな事無理に決まってるだろ!」

「無理じゃない!」

僕は顔からスポーツバックを引き剥がして答えた。

「僕は撫子さんもミョウも絶対に幸せにする」

「ちょっと、そんな大声で言わないでよ。恥ずかしいよ」

「いや、まだまだ言い足りない。僕はここで宣言する。ミョウの事も絶対に幸せにしてみせる!」

僕は住宅街に響き渡るほどの大声で宣言した。

「うわー! ちょ、ちょっと落ち着いて、強介落ち着いて。声大きい……」

「ミョウ。まだ分かってくれないのか? じゃあもう一度……」

「お、落ち着けニャ!」

三度目のスポーツバック攻撃が、僕のアゴを捉えた。

「分かったから、ちょっと落ちついてニャ……ニャ? 何でボクさっきから語尾にニャってつくのニャ? ってまた!」

ミョウは突然、自分の語尾にニャとついて驚いているようだ。

「イテテ……ミョウ、それは大丈夫だよ……」

「強介。なんかボク変になっちゃったニャ。ああ、またニャ!」

スポーツバック攻撃から回復した僕の視界には、猫耳と尻尾を生やしたミョウの姿があった。

「可愛い」

「こんな状況で何言ってるニャ!」

しまった率直な感想がつい口から出てしまった。

「落ち着いてミョウ。さっきも言ったけど、ルクレア族は十代後半くらいから、その耳と尻尾が生えるんだって」

「この言葉遣いもニャ?」

あーもう、一言喋るたびに可愛いな。

「そう、最初は誰でも戸惑うそうなんだ。けど自分で制御できるようになるから、まずは落ち着こう。ね?」

「そんなこと言ったって、こんな格好恥ずかしいニャ。恥ずかしすぎて一歩も動けないニャ〜」

頭がパニック状態のミョウの代わりに僕は必死に脳を働かせる。

「……そうだ。ミョウスポーツバックの中にフードがついた服とかないの?」

「えっ、確かパーカーが中に……」

「それだ……へぶっ!」

僕はスポーツバックに手をかけようとして、思いっきりパンチされた。

「バカ強介。何女の子のバック漁ろうとしてるんだニャ! このヘンタイ!」

「違うよ。パーカーを取り出そうと思って」

「ボクが出すから大丈夫ニャ!」


僕たち二人は家まであと少しのところまで来ていた。

ミョウはバックからパーカーを取り出して、それを着込み、フードを被って頭の猫耳を隠し尻尾は何とかパーカーの中に押し込んだ。

猫耳がフードを下から押し上げている。

これはこれでなんかいいな。

「うーまだ猫耳と尻尾、元に戻らないよ〜」

語尾のニャはどうやら収まったようだけど、耳と尻尾はそのままらしい。

「……勿体無い」

「何か言った?」

「言ってません」

語尾のニャがなくなって勿体無いとは言ってません。

「もう少し経てば元に戻るよ。あっ家見えて来たぞ」

「お母さんにこの姿を見られるの? 恥ずかしいよ〜」

大丈夫。母さんの事だからすごく喜ぶよ。

「それより強介。近いよ。誰かに見られたらどうするのさ」

ミョウのスポーツバックを持っているのだが、予想以上に重い。

何が入ってるのか聞いたら、すごい睨まれたし。

軟弱な僕は持って数分でバテてしまい、今はミョウに助けられている状況だったりする。

「助けてくれるのは嬉しいけど、強介はもう少し筋肉つけたほうがいいよ」

「そうします」

家の前に着いたので、僕は扉の前の門を開ける。

そして扉を開けようとしたその時だった。

「あっ!」

「どうしたミョウ」

振り向いた僕にもはっきりとわかる変化があった。

フードにあった二つの膨らみが無くなっていたのだ。

「元に戻ったのか?」

「うん。やっと収まったよ。一時はどうなるかと思ったけどよかった〜」

「そうだねよかったな……」

しまった写真に収めておけばよかったな。可愛かったのに……。

「何ニヤけてるんだよ」

「嫌、なんでもありません」

僕はそう言いながら鍵を開ける。そして扉を開けようとしたその時、ミョウに止められた。

「待って」

「どうした?」

「その、さっきの返事、まだしてなかった」

「返事? ああ……」

僕が大声で幸せにするって言ったアレのことか? そういえば返事もらってなかったのか。すっかり忘れてた。

「その、強介の気持ち嬉しいよ。ボクも同じ気持ち。けどね、ひとつ言っておくよ」

グイッと顔を近づけてくるミョウ。

「お、おお」

「ボク撫子さんに負けないから」

そう言って、頰に柔らかい感触。ミョウの唇だとわかった瞬間。僕は顔が熱くなって動けなくなってしまう。

「強介と結婚するのボクだからね……たっだいまー」

そう僕の耳元で宣言して、ミョウは先に家の中へ入っていく。

「はっ!」

気づくと、道路でおばあさんがこちらを見てニコニコしていた。

僕はそこで我に返って、おばあさんに会釈しながら家に入る。

「お帰りなさい強介さん」

僕を出迎えてくれたのは撫子さんだ。

「ただいま」

「ミョウさんと仲直りできたんですね。良かった」

「うん」

このあといろいろ大変そうだけどね。

「これで、みんな幸せです。めでたしめでたしですね」

確かに以前と比べれば、今の状態の方が全然いい。

それに色々な問題も解決したし、やっと夏休みを満喫できる。

良かった良かった。

僕はそう思っていたんだ。この時までは……。


ある日の夏休みの朝。早起きする気もないので、お昼ぐらいまで寝よう。

そう決意して僕は寝ていた。

一瞬だけど複数の人の気配を感じた。けど気のせいだろう。きっと。

「強介さん。まだ寝ているのですね」

「早く起きてもらわないとやること沢山あるんだから!」

うーん。二人の女性の声が聞こえる?

「まずは私から……強介さん。朝ですよ起きてください」

僕の右耳に優しい声が染み込んでいく。うん。いい夢見れそう。

「あら、起きないですね」

「じゃあ、次はボクの番! 強介起きろよ。おい強介!」

左耳に元気一杯の声が飛び込む。更に身体を揺さぶられる。

「むーこれでも起きない」

「彼女二人に起こされる夢のシチュエーションなのに一向に目を覚ましませんね。むしろどんどん眠りが深くなっているような?」

「しょうがない。ここは奥の手で」

「分かりました。少し恥ずかしいけど頑張ります!」

今度は僕の身体が左右から柔らかい感触に包まれた。

すごいリアルな夢だな。

「強介さん。起きてください。ふ〜」

耳に息を吹きかけられて僕の身体がビクビク。

「な、撫子さん。ソレずるいぞ。だったらボクも奥の手出すもんね」

奥の手?

「……強介。起きてニャ。早く目を覚ますニヤ」

うわっ。ミョウのにゃんこ言葉だ。って待った!

僕はガバッと起きた。

「うわっ!」

「きゃっ!」

視線を左右に巡らせると、ベッドには撫子さんとミョウの姿が。

「な、何してるの二人共」

「何って、ねえ?」

「はい。ミョウさんと二人で、強介さんを起こしに来たんです」

時計は朝の六時を表示していた。

「起こすっても何でこんな早くに? 何か急ぎの用事あったっけ?」

「特にはないよ。けど、忘れたの強介」

ミョウがグイッと顔を近づけて来た。またキスか!

「強介を鍛えてあげようとも思って」

「へっ?」

そういえばこの前、僕の体を見て筋肉が足りないとか言ってたな。

「だから今から走りにいくよ!」

「えっ!」

「ちょっと待ってくださいミョウさん」

驚く僕を尻目に、撫子さんが割って入る。

「どうしたの撫子さん?」

「強介さんは今日一日は私とゲームする予定なんです。だからほら早く朝ごはん食べて、一緒に遊びましょう」

撫子さんが僕の左腕を引っ張る。

「あっ。独り占めは許さないぞ! 強介は今日一日、ボクと一緒に運動するの!」

ミョウには右手を引っ張られる。

「二人共落ち着いて、いて、いてて。僕の腕が引っこ抜けちゃうから!」

「「ちょっと黙ってて!」」

「……はい」

どうやらまだまだ僕の夏休みはベリーハードみたいだ。

そんなことを思いながら、二人の彼女達の戦いの行く末を見守るのだった。


最後まで読んでいただきありがとうございました。

今回の物語はいかがだったでしょうか?

楽しんでいただければ有難いです。

もしつまらないと思った方すいません。次回はそんな気持ちにさせないように頑張ります。

ちょこっと裏話を書くと、最初は撫子の話しで完結し、ミョウの設定は作っていたけれど、書く予定はなかったのですが、ある大作RPGをクリアしてから話しを思いつきまして一気に書き上げました。

なのでドラッヘストーリーはすぐ分かると思いますが、あの有名RPGからヒントを得ています。

さて次回作はファンタジーが舞台の物語を書こうと思いますので、もしよろしければ、そちらも読んで見てください。

最後まで読んでくださってありがとうございました。

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