第2話 その2
「いってきまーす」
「はい。いってらしゃい」
僕がトイレから出るとそんなミョウと母さんの会話が聞こえてきた。
「あら、おはよう。ミョウちゃんはもう出ちゃったわよ」
「……おはよう。ミョウはこんな朝早くからどこ行ったの?」
「今日から部活の合宿よ。聞いてなかったの?」
「話しても避けられるから、僕が知ってるわけないだろ」
合宿があるなんて、今が初耳だよ。
「強ちゃんも、今日から夏休みだからって、ぐーたらしてたら、お母さん起こりますからね」
「分かってます」
「はい。じゃあ顔洗ってきなさい。朝ごはん用意できてるから」
僕は朝ごはんを食べ終えてから、自分の部屋に向かわずに、父さんの部屋に向かう。
理由は昨日、父さんに言われた物を取りに来たからだ。
ドアを開けると、古今東西のゲームハードとソフトが僕を出迎えた。
海外でしか発売されてないハードや、もう生産終了したソフトまで、全てがダンボールに詰め込まれている。
「さて、どこにあるんだろうか?」
幸いにしてハードの方は大きいのですぐ見つかったが、ソフトはいっぱいありすぎてどこにあるのか分からない。
「……ここにもないな」
どれくらい経ったのか分からないけど、未だにゲームソフトは見つからない。
部屋の主人はいないので、エアコンは壊れたままで、部屋の中はとても蒸し暑いし、ダンボール箱も一つ一つが重いので、鍛えてない僕にはとても辛い事この上ない。
因みに撫子さんは、朝は僕にうちわで涼しい風を送ってくれていたんだけど、そのあと用事があるそうで、出かけてしまった。
後は母さんが家で家事をしているけど、これはほとんど力仕事なので僕一人でなんとかするしかない。
そんな事を考えながら、僕はダンボールを取り出し、ひとつずつ中を確認していくのだった。
「あったー」
やっと目当てのソフトを見つけて、僕は床に倒れこむ。
全身汗だくでとても疲れてしまった。
時計を見ると、もう正午。探し物を見つけるまでに半日も使ってしまったことになる。
取り敢えず、お風呂に入ってサッパリした僕は、お昼を食べてから部屋に戻った。
僕は父さんの部屋から持って来たハードをモニターに接続。
ハードの名は、ハイパーステーション。三十年以上前に発売された物で、沢山の名作ゲームが発売された大人気機種だ。
モニターに繋いだハイパーステーションを起動させるとちゃんと動いた。
さすが父さん。ちゃんと保管してるんだな。
僕は感心しながら一回電源を切ってから、ソフトをパッケージから取り出し、ハイパーステーションに差し込んで電源オン。
モニターに映し出されたタイトルの名前はドラッヘストーリー8。
そう友人の恵一君が今ハマっているドラッヘストーリーシリーズの八作目だ。
何故これをやることになったのかと言うと、父さんに聞いたミョウとの仲直りの方法がこれのエンディングを見ることだったのだ。
僕も一度クリアしたことはあったけど、それは最近出たリメイク版だ。
今始めたオリジナル版はプレミアがつくほど入手困難で、恵一くんにSNSでこの事を話したらとても悔しがっていた。
更にこのソフト。父さんが言うにはオリジナル版とも少し違うらしい。
ドラッヘストーリー8のタイトルには小さくスペシャルと表示されている。
何がスペシャルなんだろうか? 父さんに聞くと、これはある雑誌の企画のプレゼントだったらしく、何と八人分しか用意されていない超レア物らしい。
恵一くんにその事を教えると、ビックリマークが十個並んだメッセージを最後に音沙汰がない。
それほど、衝撃的だったんだろう。
取り敢えずこれをクリアすれば、ミョウと仲直りができるという。父さんの言葉を信じて、僕はゲームをスタートした。
ドラッヘストーリー8。略してドラスト8のストーリーはこうだ。
主人公は勇者の子孫で、様々な困難を乗り越えて頼もしい仲間たちと出会い、魔王を倒すという王道なストーリーだ。
最初にセーブデータを作成すると、前の持ち主のセーブデータが残っていた。
それはこのゲームの持ち主である父さんのデータだった。
「主人公の名前はユウって。そのままじゃん」
僕は父さんのデータを見ながら新しいデータを作成。
それから僕の分身となる主人公の名前を入力する。
「名前は……キョウ。うん。こっちの方が父さんの主人公の名前より断然カッコいいや」
名前を決定して本編スタート。
始まりは、幼い少年がベッドの上で目を覚ましたところからスタートする。
僕がクリアしたリメイク版にはないシーンから始まってちょっとビックリ。
画面は、今はほとんど見ないドット絵で構成されていて、僕にとってはどこか新鮮な感覚だ。
目覚めたキョウは家にいる母と話す。どうやら父は家にはおらず、王様に呼ばれて城に行っているらしい。
家を出ると、誰かが近づいてくる。
「おはよう。キョウ」
話しかけて来たのは幼馴染のツェカ。
同じ年の同じ日に生まれて兄妹のように育って来た。と説明書には書いてある。
「ねえ。今ヒマ? だったら一緒に川で遊ぼうよ」
キョウはツェカに無理やり連れられて川で遊んでいる。そんな時だった。
「なんか音がしない? ほら、この音、馬の蹄の音だよ!」
ツェカは慌てたように動き回るが、主人公は無口。
基本的にこのシリーズの主人公はみんな喋らないのだ。
「村の方から聞こえてくる。行ってみよう!」
ツェカはそのまま村の方へ走っていく。
絶対何か大変なことが起きてるのは分かっていても、僕は主人公を操作して彼女の後を追いかけた。
到着すると、村は炎に包まれ、馬に乗った兵士達が、逃げ惑う村人達を襲っていた。
「お父さん。お母さん!」
ツェカが自分の家に向かう。けど、その途中で馬に突き飛ばされてしまう。
何て酷い奴だ!
僕は憤りを感じながら、ツェカの元へ主人公を向かわせる。
「キョウ。逃げて。あなたも殺されちゃ……う」
ツェカはまだ生きているみたいだけど、かなりの重傷みたいだ。
キョウは彼女を連れて村から脱出しようとする。
しかし後ろから兵士が迫って来た。
キョウは必死に逃げるけど、馬の脚に勝てるわけもなく追いつかれ……剣で切られてしまった。
キョウが倒れると、画面が暗転する。
次の場面は、どこかの家のベッドの上だった。
部屋に男の人が入ってくる。
「目が覚めたのかな。まだ起きてはいけないよ。かなり深い傷だったのだからね」
どうやら、キョウは目の前の老騎士に救出してもらったようだ。でも他の人は? 母やツェカは助かったのだろうか?
僕は次の言葉を待つ。
「助かったのは君だけだよ。他の人達は……」
老騎士の言葉は最後まで続かなかったが、村で生き残ったのはキョウだけのようだ。
キョウは一緒に女の子がいなかったと老騎士に尋ねた。
そうだ。僕も気になっていた。ツェカはどうなったんだろうか?
「女の子? いや君は一人だけだった。近くに女の子はいなかったよ」
ゲームを始めて数分しか経ってないのに主人公のキョウは、一瞬にして家族や幼馴染を亡くしてしまった。
初めてこのシーンを見た僕は度肝を抜かれてしばらく画面を見つめていた。
第2話 その3に続く。