第1話 非日常は宇宙から降って来た。 その1
僕、風間強介は自分で言うのもなんだけど平凡な高校二年生だ。
家族は父、母、そして妹が一人。
趣味はゲーム。特技はこれといってなし。
むしろ特技がある人が羨ましい。
そんな僕の一日は、朝起きて朝ご飯を食べたら、学校に行って授業を受け、帰って来たら夕飯を食べてゲームをして寝る。
次の日が休みだったら徹夜でゲームする時もある。
そんな毎日を送っていた時、いきなり日常を破壊する存在が現れた。
彼女はいきなり僕にこう言った。
「初めまして強介さん。私はあなたのお嫁さんです」
困惑する僕を他所に、とても満面の笑顔で。
スマホのアラームが、僕を起こすために鳴り響く。
僕はそれを手探りで掴み、アラームを切った。
「もう少し寝れるかな……」
時間を確認して、頭からタオルケットを被って再び眠りにつく。
もうちょっと寝ていても遅刻にはならない。
大丈夫。もうちょっと、もうちょっとだけ……。
すると、ドンドンドンと誰かが勢いよく僕の部屋のドアを叩いた。
僕はその音で目を覚ますけど、まだ余裕があるから再び目を閉じる。
「こら! 強介! さっさと起きろよ!」
「うわっ!」
僕は耳元で聞こえた怒鳴り声で、幸せな夢から現実に引きずり出された。
一瞬にして夢の内容を忘れてしまったよ。
僕が寝てる間に、いつの間にか少女が部屋に入っていた。
「……ミョウか。おはよう」
僕はタオルケットから頭を出して、キーンと耳鳴りがする左耳を抑えながら、怒鳴り声の主に目を向ける。
まず、スカートが見え腰に手を当てていることがわかった。そこから視線を上げると半袖の制服。
さらに視線を上に向けたら、猫のヘアピンを留めたショートカットの少女がこちらを睨みつけて仁王立ちしていた。
とても怖いです。
「すぅー。起きろ強介!」
彼女は、深呼吸するかのように大きく息を吸って再び怒鳴って来た。
「も、もう起きてるよ。さっきおはようって言っただろ!」
僕はタオルケットをはねのけて、ベッドの上で正座をして彼女の顔を見る。
目の前にいるのは、風間ミョウ。僕の妹だ。
高校一年生で、僕と違って運動が得意な元気な女の子だ。
「何こっち見てるんだよ。キモい!」
「す、すいません」
この通り、妹は僕に辛く当たります。誰か理由を教えてくれると、とても助かります。
「ボク。部活があるからもう行くよ。全く無駄な時間使わせないでよね! バカ強介! ゲームばっかしてるから起きれないんだよ! 」
「はい。起こしてくれてありがとうございました!」
僕は、部屋を去るミョウの背中に、ひれ伏しながら彼女が出て行くのを見送った。
「さてと、着替えるか……」
僕は妹がいなくなり、ひとり静かになった部屋でそう呟きながら着替え始める。
ミョウと僕は中学生くらいまでは、とても仲が良かった。
妹もゲームが好きで、よく二人で遊んだのに、何故か今はこんな状態。
いつからだっけ。ミョウとゲームしなくなったのは。
ああ、彼女が高校に入ってからだ。
未だに僕が、何か悪いことをしたのか、全然思い当たらない。
本人に聞こうにも絶対怒って教えてくれないだろうし。
僕としては、また一緒にゲーム出来ればいいなって思っているんだけど、ミョウはもう一緒に遊んでくれないんだろうな。
「強ちゃ〜ん。まだ寝てるの〜?」
「あっ、やばい」
母さんの声で思考が現実に戻る。よく見るとパジャマを脱いで制服を持ったまま固まっていた。スマホを見ると五分ぐらいずっとこのままだったみたいだ。
「ご飯食べないの〜?」
「今そっちに行くよー」
僕は母さんに返事しながら、着替えを終えて、二階の部屋からリビングに向かった。
僕が一階のリビングに降りると、テーブルには美味しそうな朝食が並ぶ。
その傍にエプロン姿の女性が笑顔で僕を出迎えてくれた。
この人は風間愛子。ぼくの母さんだ。
「おはよう。母さん」
「おはよう強ちゃん。ご飯出来てるわよ」
「ありがとう」
僕はお礼を言いながらテーブルについた。
「いただきます」
「はい。召し上がれ」
テーブルの上には、トースターで焼いた食パン。目玉焼き、ウィンナーにサラダが二人前ある。
うん、朝からたくさん。
「母さん。なんか量が多くない?」
「ああ、ごめんね。今日ミョウちゃんの分も間違えて作っちゃったの」
なるほど、ミョウは週三回。平日に朝の部活がある。
彼女は部活がある時は食べないで行くのだ。
それを母さんは忘れてミョウの分も作ってしまったと。
夜中までゲームしていた僕が悪いんだけど、寝不足の人にこの量はキツイよ。母さん。
僕はチラリと母さんの方を見た。
「どうしたの?」
母さんは微笑みながら首をかしげる。
やばい。もし残したりしたら、きっと母さんは泣いてしまうだろう。
ありえないと思うかもしれないが、うちの母さんはそういう人だ。
僕は視線を母さんから、テーブルの上の朝食達に戻した。
すると……ぐうううう、とお腹が鳴った。
うむ。今日も僕の胃袋は健康だね。
「では、改めていただきます」
僕は、両手を合わせてから、食パンを手に取りマーガリンを塗って齧り付く。
マーガリンが染み込んだ食パンは、サクサクの食感としっとり感が楽しめて美味しい。
ただ、トースターで焼いただけなのに、なんで自分が焼くよりこんなに美味しいんだろうか。
そんなことを考えながら、僕は目玉焼きをパンに乗せて挟み込む。
塩胡椒が効いて、黄身の濃いな味わいを堪能しながら口いっぱいに頬張る。
その後、残っているウィンナーとサラダをひとつ残さず平らげた。
「ごちそうさまでした……もうこんな時間!」
僕は朝食を食べ終えて立ち上がった。
二人分を全部食べ終えた頃には、もう出かける時間ギリギリだった。
「強ちゃん。麦茶!」
「ありがとう……行ってきます」
「いってらっしゃい。今日も暑いから、気をつけてね」
「分かってるよ」
僕は手を振る母さんにそう声をかけながら、慌ただしく家を出ていく。
「暑い……」
思わずそう独り言を呟いてしまうほど、外は暑い。
天気予報では、六月に入ってから気温はどんどん上昇しているらしく、まるで真夏のようだった。
夏休みとかになったらどうなるんだろう?
僕は溶けてしまうじゃないんだろうか?
自分がおもちゃのスライムのようにトロけているところを想像しながら、最寄りのバス停にたどり着いた。
しばらく待つと、時間通りにバスがやって来たので僕はそれに乗り込む。
「おっ、今日も空いてる」
そして何故かいつも空いている運転席の後ろの椅子に座った。
バスが発進。
車内は人が多く、最初は外より暑く感じたが、クーラーが効いてきてだんだんと涼しくなってきた。
僕は鞄から携帯ゲーム機。EGポータブルを取り出す。
バスが学校の最寄りの停留所に着くまで、十分。
僕はその間に、アイテム稼ぎができるところを見つけていた。
ゲームを起動しミッションを攻略する。
そして数分後。
「よし、クリア」
もちろん周りに聞こえないように小声ですよ。
クリアした頃には、いつの間にかバスは後少しで到着するところだった。
よくあることだけど、集中していて気づかなかったな。
これで乗り過ごしたらシャレにならない。
僕はEGポータブルを鞄にしまって、バスの降車ボタンを押し込んだ。
停車したバスから降りてすぐ、僕の目の前に校舎が見えて来る。
ここが僕が通う高校。星界高校だ。
他の生徒達と同じように正門を通り、上から見るとコの字型をした校舎の中へ。
下駄箱で、靴から上履きに履き替え階段を登る。
僕の教室は二階にある。
二階の二年C組。その窓側の一番後ろの席に座った。
「よっ。キョウスケ」
僕に声をかけてきたのは、中学、高校とクラスまでずっと一緒の高橋恵一くんだ。
「おはよう」
恵一くんは僕と違って友達も多いけど、僕と共通の趣味があった。
それはゲームだ。
ただ彼はもっぱら一つのジャンルをとことん極めるタイプだ。
そのジャンルとはRPG。
恵一くんがやってるのはドラッヘストーリー略してドラストと呼ばれるファンタジーRPGだ。
彼は後一ヶ月ほどで発売されるシリーズ最新作の予習のために、今までのシリーズ十作の全てのエンディングを見るために遊んでいるのだ。
もちろん僕もシリーズは全部クリアしたし、最新作のイレブンは予約済みだ。
「恵一くん。ドラスト7クリア出来た?」
「おお、昨日ラスボス倒してエンディング見たぞ」
「あっ、クリアしたんだ。セブンのエンディングは個人的にシリーズ一番だと思うんだよね」
恵一くんは何度も頷く。
「確かに良かった。主人公とヒロインの結婚式。とっても幸せそうで良かった。あの二人の子孫が続編であるエイトの主人公になるんだよな」
「うん」
このドラスト。シリーズの主人公は全員、初代主人公の子孫なんだよね。
「それでだ。そのエイトの事で聞きたいことがあるんだけど」
「えっもう、ナイン始めてるの?」
昨日ドラスト7をクリアしたとSNSで知らせてきたのは深夜二時とかだったのに。
かくいう僕も、その時間まだゲームやってたから人の事言えないけど。
「おう。クリアしてすぐにエイトをプレイしてるぜ。けど一面のボスが強すぎて倒せん! おかげで今日は一睡もしてないんだ!」
なるほど、よく見ると恵一くんの目の下に隈があるように見える。
「だから今はレベルを上げてるんだが、全く勝てない。一体何レベルまで上げれば勝てるんだ? せめてヒントだけでも教えてくれ」
僕は何故、彼が一面のボスを倒せないのか、その理由は予測できていた。
「うーん。これは、多分ヒント言ったらすぐわかっちゃうと思うんだけど……」
「構わない。このままじゃ、一面で進まなくなってしまう」
「……分かった。じゃあ教えるよ」
僕は少しもったいぶって話す。
「教えてくれ。どうやれば倒せるんだ?」
恵一くんは食い入るように寄って僕を見つめて来る。
ちょっと顔が近い。
「恵一くん。ボスの直前で、あるキャラに会わなかった?」
「ん、そう言えばいたな。ルクレア族の少女だったっけ」
ルクレア族とはドラスト8に出てくる猫の耳に似た耳が頭から生えている種族の事だ。
「うん。そのキャラから質問されなかった? 『ボクを助けてください』って」
「ああ、質問されたな。『はい』『いいえ』の選択肢が出てた」
「それそれ。なんて答えたの?」
僕は恵一くんがなんて答えたか分かっているけど、確認のために聞いてみる。
「もちろん。『いいえ』って答えてやったぞ。あいつ、主人公を罠にはめてアイテム奪ったからな。助ける義理なんてない……もしかして?」
そう、このルクレア族の少女。初登場シーンで何と主人公を騙して持っている装備とお金を全て盗んでしまうのだ。
「そう。恵一くんが選んだ反対の選択肢を選べばいいんだよ」
実はその少女を助けると、仲間になって一緒に戦ってくれるのだ。
しかもかなりの重要な位置を占めるヒロインの一人で人気も高い。
けど、最後はもう一人のヒロインと主人公が結ばれてゲームはエンディングを迎えてしまう。
その為ファンからは、ルクレア族のヒロインが不憫だ! リメイクしたら彼女も幸せにしてやって下さい! と言った意見がネットに溢れている。
もちろん僕も同意見だ。
まあ、これを言うとネットを見ない恵一くんにはネタバレになっちゃうから黙っておこう。
「これで、一面のボスは簡単に倒せるよ」
「マジか。それでいいのか……」
なんか恵一くんは納得してないみたいだ。何でだろう?
まあ、全然攻略できないイベントとかあって、自力で探してもどうにもならない時は確かにある。
そういう時に限って、ネットで調べると、そんな事でいいの!って驚くほど簡単な時がある。
きっと今の恵一くんもそんな心境なんだろう。
ちょうどその時、チャイムが鳴り響いた。
「おっと、じゃあまた後でなキョウスケ」
そう言って恵一くんは自分の席に戻るのだった。
今日一日の授業が終わり、部活をやっていない僕はまっすぐ家へ。
途中、部活に向かうのであろう、友達と一緒に歩くヒョウとすれ違ったけど、完全に無視されてしまった。
まあ何時ものことだから、もう慣れたけどね。
も、もう慣れたはずなのに、なんか目から水が出て来そうになるのは何故なんだろう?
家に帰った僕は着替えて、夕飯までゲーム。
そして夕飯の時、三人でリビングを囲んでいると母さんがこう切り出して来た。
「そうそう。聞いて聞いて」
母さんはとても嬉しそうに僕たちに話しかけて来る。
今の椅子の位置は僕と母さんが対面で、母さんの隣にミョウが座っている。
「どうしたの。何かいい事でもあったの?」
僕は食べながら母さんの言葉を待つ。
ミョウはというと、一応耳を傾けているみたいだけど、二人前はあるんじゃないかってぐらいの大盛りのご飯を掻き込むことを優先していた。
「あのね。もしかしたら勇さんがそろそろ帰って来るかもしれないんだって。今日連絡があったのよ」
勇さんとは僕の父、風間勇壱郎の事だ。
「そうなんだ。もう一年前だっけ。父さんが冒険に行ったのって」
「ええ、そうよ」
父さんは冒険家をやっていて、ほとんど家にはいない。帰って来るのも年に一回あるか無いか。
それでもうちの両親はとても仲がいい。
仲がいいって、いい事だな。
そんなことを思いながらチラリと妹の方を見ると……。
目があった瞬間。彼女にギロリと睨まれてしまった。
「……そ、そういえば、父さんは今どこにいるの?」
僕は妹を怒らせないように慌てて目を逸らして尋ねる。
「ん〜と。確か、くらいとって所にいるって行ってたわ」
「クライト?」
僕はその場所を聞いたことがあった。
「強ちゃん。知ってるの?」
「……ううん。ごめん知らないや」
僕が聞いたことがあるのは、あるゲームで出て来る星の名前だった。
いつもそうなのだが、父さんの行く場所は全く聞いたことがないところばかりだ。
僕が地理に疎いから、知らないだけかもと思い、ネットで調べて見たけど結局見つからなかった。
そういえば、お土産もどこで買って来たのかわからない物ばかりだったな。
うちの父さんは一体どこに行っているんだろうか?
「ごちそうさま」
気づくと、ミョウは自分の分のご飯を残さず全て食べ終えていた。
「そうだ。お母さん。明日も朝は部活あるからご飯はいらないよ」
「ごめんね。今日はすっかり忘れちゃって。今度から間違えないようにするわ……」
あっ母さん今にも泣きそうだ。
ミョウも気づいたみたいで慌ててフォローする。
「ちょ、ちょっと、そんなに泣きそうな顔しないでよ! 別に怒ってないし……そう。もし作っちゃってもボクの代わりに、コイツが全部食べてくれるだろうし」
と、僕に指差しながらそういう妹。
「ええっ!」
僕が抗議の声を上げると、ミョウが睨みつけて来る。
その目は「文句ある?」と言っていた。
「……うん。大丈夫だよ母さん。その時は僕が責任持って食べるから!」
僕は半ば自棄になりながら自分の胸を叩く。
それを聞いた母さんの表情が和らぐ。
「ありがとう強ちゃん。いい子いい子」
お母さん。高校二年の息子の頭を撫でるのはやめて頂きたい。
恥ずかしいを通り越して死んじゃいます。
「じゃあ、ボク寝るよ」
ミョウは母さんの機嫌が直ったことを確認して自分の寝室に戻る。
「おやすみ。ミョウちゃん」
「うん。おやすみ」
「……お、おやすみ」
「……フン」
母さんには返事をして、僕には返事をしてくれない。
それどころか「フン」って言われちゃった。
「強ちゃん。泣きそうだけど大丈夫?」
「うん。僕泣かないよ」
僕は母さんに慰めてもらいながら、夕飯を食べ終えるのだった。
第1話 その2に続く。