第一回イベント開始③
数学って難しい。
国語スキー。
「……砂漠、到着しましたね」
「そ、そうだね。えっと……どうする?」
「どうもこうも、先輩はその格好暑くないんですか?」
ジリジリと焼けるような熱を地面と太陽から感じながら尋ねる。普通蒸し焼きになっていいレベルだ。
あーうさぎのソテー美味しかったなー。
「あ、暑いことは暑いんだけど、脱ぐってわけにもいかないし」
「?そうですか。回避率に影響が出るんじゃないかなと思ってたんですけど」
このゲームには、『熱中症』『凍傷』という状態異常があるらしく、熱中症解消には水やポーションを飲んだり、凍傷は服を着込まなければならないのだ。
アディルのように砂漠で着込んでいれば、熱中症の状態異常が起きやすい。
実際砂漠では肌が焼けるので肌を出すのはご法度だそうだが、このゲームではそれは再現していない。フィールドの寒暖のみが影響するということだ。ハニー先輩さすがっす。
ちなみに自然現象系のバステは、VIT依存で耐性上昇する。
敵からの攻撃だとINT依存とは、またなんともややこしい。運営無駄に細かいぞ。
「う、うん……ほら、僕……その、体……に、自信がないから……」
「ああ、ヒョロイですからね」
立派にもやしっ子である。そうか、脱いだら線がそのまま出ちゃうもんな。
あんまり考えたことがなかったから、あまりチクチクしないでおこう。
「……うぅっ」
胸を抑えようと左手を上げるアディル。だからやめんか。私の右手も同時に上がるんだぞ。
「あ、あうあうああっ、ごめん!」
「いえ別に」
「お、怒ってる……?」
「大丈夫ですけど、気をつけてください。それより、何か変じゃないですか?その……」
アディルは首をかしげるけれど、私は周囲にチクチクと人の気配を感じる。嫌な視線だ。
「……砂漠……砂漠……ぉわ!?」
目の前にいきなり生じた女性に、私は驚いて一歩だけ下がる。アディルがふらついた。
くっ、自分だけならこれ余裕でなんとか出来るのに!
こんなことならさっき適当にあしらっておけばよかった。あーまともに相手したこっちが損だったよ……。
多分だが、蜃気楼のようなものか?
水魔法などで地面を冷やすことで、下が冷たく上が暖かい空気の層を作り出して、光の密度の差によって光景を捻じ曲げたのだろう。
ただ使うだけでは細かい操作はできないから、おそらくスキルとして存在していたんだろう。
しっかし抜き身の剣のような人だ。待ちきれなかったのか、全身で気配がトゲトゲしている。銀のポニーテールは肩のあたりでゆらゆら揺れ、装備は最低限のもののみ。紫紺の切れ長の瞳が、私を射抜く。
◯リオのトゲ◯ーのようだ。
伏せ字すぎて何言ってっかわからんな……。
「傑作だな、他のプレーヤーと一心同体か?年貢の納め時だな、ジョンソン」
プレイヤー名、オケアニスか。私は相手が剣を片手にじわじわ迫ってくるのを感じていた。
この人、そこそこの腕をしている。
アディルセット付き手錠の今の私で、勝てるかどうかだ。勝率は高くて3割くらいかな?万全で6割ちょっとくらいか。
苦戦はしたいけど、ものすごく相手したくない。こういう相手とは、ガチでやって見たい。
HP制がなかったらよかったのに。
「わ、私は、フォルフィフォーケン。よろしく」
「あ、あああっ、え、えっと……アディル・リムですっ!」
「複合魔法戦士オケアニスだ。あとは無いがな、一応よろしく頼む」
おおお!?
話せたーっっっっ!!!!!
私のテンション急上昇だぜ!
私はアディルがいる手を動かさないようにと決めた。怪我をしていると考えればいい。
今までにも母や父からはそんな訓練も受けたことがあった。落ち着いて、相手の初動を見破ればいい。
「スゥ……シャァアアアアアアア!!!!!」
気迫のこもった声に、私は腰を落とした。
——来る!
「メェエエエエンヤァアーーー!!!!!」
まっすぐに踏み込まれる。鋭い剣速。
私はギリギリで避ける。アディルは空気を読んだか、なんとか私に合わせて動く。
正面から風をまともに叩きつけられるが、幸いにHPは減少しない。アディルはちょっと減ったが、ご愛敬程度だ。むしろ避けなきゃ今頃二人でミンチである。
……転がり起きると、アディルの顔は青くなっている。私は一つため息をついた。
「アディル、大丈夫?」
敬語は勘弁しろ。戦闘中だし。
「問題あり……」
「シャァアアアアアアア!」
気迫に飲まれちゃったかー。しょうがない。
なんてったって、目の前の人は初心者では確実にビビるくらい鋭い踏み込みをしてくるのだ。うさぎなんて目じゃ無い。
普通に対処しろというやつがいたら、殴ってもいいと思う。
アディルからの助けは、まずないとして良いだろう。
「あの人結構強い……」
「わ、わかってるよう!」
「キィェエエエエエエエ!!!!!」
猿声を出しながら、剣を振ってくる。私はそれを奪っていた剣を一本壊してもいいつもりでそれを受け流そうとしたのだが。
ガリガリガリ!パキィ!
「な、」
剣に触れないうちに、その耐久度を削った。私は舌打ちしながら裂けた頰を撫でる。エフェクトだけなので血は流れないが、とても痛い。
じくじくと痛むそのダメージに、私は後ろに抜けていったオケアニスを見る。
彼女は腹部を抑えていた。
「ってて……まさかあの攻防の隙間に、腹部に一発叩き込まれるとは、思わなかったぞ」
「オケアニスさんも。右手自由だったら寝技に持ち込めた」
「おそらくその右手の奴がくっついていなければ、私は早々に負けていたが……ふふ、ツイている」
私は一瞬瞑目して、そして右手の先にあるアディルを引っぱった。
「アディル、紐か何か持ってないです?」
「え?あ、えっと……ごめん」
「仕方ないか」
うーん、どうすべ?
オケアニスさんと戦うには、武器がちょっぴり頼りない。いや、使えないというべきだろう。相手がリーチがあり、しかも剣の周りには何かしら魔力っぽいものをまとっている。
迂闊にさわれば、すっぱり行かれる。
剣に触れずにどうにか動きを止めるには、帯で相手の動きを止めるのが良いのだが、あいにく私は道着じゃない。
何本か奪った武器は、全く役に立っていない。吟味して捨てたのが、あだになったか?
せめて、チェーンか何かあれば……。
チェーン?
私は首元に手をやった。短いが、それは明らかにパーツがいくつか繋がった武器と言って良い。
チョーカー?
いや、今はチェーンってことにしてくれ。
私はそれを外すと、左手に構えた。
30センチくらいの長さか。これだけあれば、相手の剣を落として別の武器を叩き込める。
こういう武器の扱い方も、習った。アウトローだけれど、今はルール無用だしこれで良いか。
「……なんと、それも武器だったのか?」
「いや、そういうわけじゃ無いけど」
「ほう!素晴らしい思いつきだな。よし、ではやろうじゃ無いか?」
オケアニスが正眼にその剣を構えた。私は息をフッ、と吐いて、その動きを見つめた。
ちりちりと、何かが違うと勘が叫んだ。
常識を全て引き剥がして、私は勘に従った。こういう感覚の時に従うべきなのは、『勘』。父との仕合の時に、幾度も身に染みて教えこまされたそれ。
私は振り向かずに腕だけを操って、そして。
「か、はっ……な、んて、奴……だ、ふふ」
「また、試合でもしよう」
狙い通り、オケアニスの武器は手元を打って落とさせて柄が飛んでこないようにすると、そのまま喉元近くに敵から拾ったダガーを叩きつけた。
HPがなくなったのか、亀裂が入る。
でも、わずかな予感だけれど。
この人とは、なんとなく、仲良くなれそうだ。
砕け散った残骸がキラキラと消えるのを見ながら、そんな気がした。
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「なんで、そんなっ……蜃気楼用意してたのに、どうして負けちゃったんですか!姉さんが、負けるなんて……」
エルフの少年が、ショックを受けたように立ち尽くす。
幸いに、彼とその敵の距離は十全にあった。彼は歯ぎしりをしながら、その幼さの残る顔立ちを歪めた。
「姉さんが大丈夫だって言った時は、いつもそうじゃ無いか……くそッ、すぐにあいつらぶっ殺してやる!」
彼は『光学迷彩』を展開しながら、ジリジリとその距離を保ったまま動き始めた。
脳筋同士で殴り合って分かり合っただけの話だった。
大丈夫かこれ。




