理想と現実
あの惨状、左腕の激痛、しっかり憶えているはずなのに、目の前にはいつもの教室がある。
確かめる様に腕を掴み、実体のある痛みを感じる。
これもまた現実だ。
まるでファンタジーに有りがちのループの様だ。
「顔を洗ってきます。」
と伝え、重い足取りでトイレへと向かった。
無くなった筈の左腕を眺め、呆然としていると廊下から足音が近づいてくる。
「まさかフードの!」
と、慌てて飛び上がる。
「俺だよ、俺。」
クラス唯一の友人が教員に言われ、様子を見に来たそうだ。
安堵し、扉に手をかけた瞬間、戦慄が走る。
「誰だお前?」
友人がそう言い切るや否や、何かが落ちる音と、赤い液体が個室下の隙間から流れ込む。
そして、聞き覚えのある声と共に閃光、爆音をあげた。
「君、退屈だね。」
扉という扉が吹き飛び、背後の壊れたトイレのタンクからは赤く濁った水が体を濡らす。
意識が遠退く。
「ああ、これもまた夢なんだ...」
そう願いつつ、瞼を閉じた。
暗闇の中に何十分居たのだろうか。
「...か、大丈夫ですか?」
甘い声に誘われ、目を開くとそこには一人の少女がいた。
淡い黄緑色の髪と瞳、幼げな顔に少し長めのローブから伸びる細い手は雪の様に白かった。
「理想と現実、どちらを選びますか?」
と少女は言う。
「貴方は理想を選びますか?現実を選びますか?」
カズヒロは困惑しつつ、「そもそも夢の中じゃないのか?」と質問を投げ返そうとすると、少女は再び問いかける。
「理想と現実、どちらを選びますか?」
自分でも驚く回答をした。
悪夢から覚めることもできたであろうに。
しかし、実際は怖かったのだ。
この少女に問いかけられるまでの事象が現実なら、目を覚ましてしまえば恐怖からは逃れられないのではないか。
ならば、覚めぬ悪夢であろうと生きていたい。
「畏まりました、主。」
そう言うなり、両手を合わせた。
やがて手の中から光が溢れ辺りの暗闇を照らした。
「...か、大丈夫か!」
教員の怒鳴り声と周囲の冷たい視線。
「戻ってきたんだ。」