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名も知らぬ君に

作者: 黒カミ
掲載日:2016/03/05

 この背の低さは父から譲り受けた。矯正をいとわない眼力然り、眼鏡を支える小さな山も然りだ。私が母からもらったのは愛くるしい目と慎みを忘れぬ胸のふくらみぐらいであろう。この慎み深さは忘れぬように持っていくつもりだ。

 愛は両親から授かった。父は今でもくれる。父母からの愛は未来の我が子に渡すのが筋であろう。もっとも、その運命を共にする人はまだ見つかっていない。私と同じで恥ずかしがり屋なのだろう。

 母は小さな私を大きな愛で包んでくれた。窒息しかける私は母の愛を押しつけがましいと常に拒んできた。それもまた良い思い出だと大きくなった今の私は懐かしんでいる。少し前の小さな私は大いに悔やんだものだ。大人になるにつれて後悔の念が記憶になっていくのだと考えると、一抹の寂しさを拭いきれない。私は過去から目を背けようとして、現実からも逃げようとしているのだろう。

 私は子供なのだ。

 父の愛を理解するのに私は幼過ぎた。愚か過ぎた。私は彼が私を愛しているのか疑問であった。初めて空を見上げた時から心に浮かぶ雲は何のことは無い具門であったのだ。

 彼は平素から無口なのだ。

 しかし、塞ぎ込んでいた私に再び空を見せたのは他でもない父の愛である。その日の空を思い浮かべるのは容易だ。目を瞑ればすぐに現れる、曇天であった。

 そんな空でも見れただけよかったと思っている。お父さんありがとう。

 もとより私は明朗な子ではなく、そいつが落ち込んでいようとも気付ける者は皆無であった。先生は敢えて気付かなかったのかもしれないけれど。

 父はただ見ること、聴くことによって、ありのままの私を愛してきた人だった。これからもそうであってくれと切に願う。

 私は今、京都のとあるホテルにてこの手紙を書いております。大学受験を控えた学生さん達で賑わったホテルです。部屋は3階です。

勿論宿泊客は学生さんだけではありません。チェックインの後、私が部屋を楽しみにしながらエレベータに乗り込むとお父さんより先に大きな人が乗ってきました。近くにあるコンビニの袋を二つ下げています。学生にしては小汚く、不審者にしては小奇麗な方で、両の眼が離れた魚の様な顔立ちをしていたので少し覗かせて頂いていると睨まれてしまいました。父が間に入ってくれたのですが、私がボタンの近くに居たがために近づかれてしまい、体が固まってしまいました。頭の中は真っ白です。幸いすぐに反対の壁まで戻っていきましたが、コンビニのお弁当を持っていなければ食われていたやもしれません。京都はとても怖い街です。

 でも、2階で止まったエレベータに疑問を抱き、父を呼ぶしかなかった私にその生き物は声を掛けて降りていきました。当時は怪奇に思われた現象も、あの生物が塒に帰っただけのことで、帰り際に掛けてきた言葉も呪詛ではなく「お先です」程度のものだった気がします。礼儀正しい不審者でした。

 お父さんは今、お風呂に入っています。最上階に大浴場があるのでそちらまで行っています。私は部屋についているシャワーで済ませました。テレビの中では芸人の立てた仮説を検証しています。制服と外套はシワがつかないようにハンガーに掛けているので、今は寝間着です。ホテルが寝間着を用意してくれるのはとてもありがたいことです。

 お母さん、そちらはいかがお過ごしでしょうか。周りの人とは仲良くしてますか。私と父は上の通り仲良しです。お母さんのことなので初対面の方ともすぐ仲良くなって、今ではお友達がたくさん居ることでしょう。貴方はそういう人でしたから。

 もし独りぼっちでもご安心ください。すぐに私とお父さんもそちらへ向かいます。また家族三人で仲良くしましょう。独りぼっちでなくとも仲良くしてください。


娘より愛を込めて

お母さんへ

手持ちのメモ帳に冒頭部分が書かれていたので続きを書きました。この文章の下には「天津飯買ったのに蟹玉と白米を分けて食べてしまった」「サラダが必要だと買ったのがラーメンだった」など書かれております。どうやら美味しかったようです。


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