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担任が言ったように、そのクラスは職員室の真横にあった。 もちろん俺はこのクラスの中に入ったこともないし、実際にどんなところなのか知らないが、言葉の雰囲気から感じる先入観、もしくは偏見なのかその教室がとても寂しい場所のように見えてしまった。
智子以外にも生徒がいるのだろうか? 先生もいるのだろうか? そんな色々な想像をしながら俺は教室の扉を開けた。
「失礼します」
扉の前で一言挨拶をした。
「いらっしゃいです!」
教室の隅の方から聞こえた声は、一足先に春を感じさせるような、のんびりとした女性の声だった。 少なくとも智子の声ではない。 もっと大人の声だ。
「あれ~あれ~。 はじめましての方ですか?」
椅子から腰を上げた人物は長い髪の毛を左右にゆっさゆっさと一定のリズムで揺らしながらこちらに向かって歩いてくる。
「おはようございます~」
そう言ってニコリと白い八重歯を見せて笑顔をくれた。
「お、おはようございます」
「どうなされましたか~?」
なんだか調子の狂う声だ。
「こ、ここに長野智子という女子生徒はいますか?」
「智ちゃん~? 智ちゃんは外に出ていますね~」
「あーそうですか」
俺は壁にかけてある時計に視線を向けた。 授業が始まるまでもう五分とない。 このままここで智子を待っていたら授業に遅れてしまう。 転校初日の最初の授業に遅れるわけにはいかない。
「すみません、またきます」
「あれ~そうですかー」
なぜだか女性教師は残念そうな顔をした。
「私は春野モモって言います~。 以後、よろしくお願いいたしますね~」
春野先生は俺が教室の扉を閉めるまで笑顔で手を振ってくれていた。
昼休み、俺は売店でアンパンと牛乳を買い、特別教室に向かうことにした。
「失礼します」
朝と同じように教室の中へ足を踏み入れた。
「あ~あなたは今朝の~」
「どうも」
朝からずっとその笑顔を保っていたのかと疑いたくなるぐらい今朝と何も変わらない笑顔で俺を出迎えてくれた。
「またいらしたのですか~」
「一般生徒はここでご飯を食べたらダメな感じですか?」
だったら一度教室に戻り、出直そうと思う。
「いえいえ~! そんなことありませんよ~。 くる者拒まずです~! うぇるかむ! ですよ~!」
「あ、ありがとうございます」
どうもその話し方に慣れない俺がいた。
「智ちゃんですか~?」
教室の中で視線を散らかせる俺にそう問う。
「あ、はいそうです。 ちょっと休み時間では顔を見せることができなかったのでここで一緒に昼飯食おうかなって思って」
「はは~ん」
その表情が小悪魔的な笑みへと変わったのを俺は見逃さなかった。
「彼女じゃないです」
俺は発言を先読みし、そう言った。
「あれまー。 違うんですか~……」
どうしてか春野先生は残念そうな顔をしている。
「お兄さんですか~?」
「それもぶっぶーです」
「お父さん~?」
「制服来た親父がここにいるのはおかしいでしょ」
「じゃあいわゆる体だけの」
「やい」
「冗談ですよ~」
笑えない。
「智ちゃんならもう少しで帰ってくると思いますよ~」
春野先生は時計を見ながらそう言った。
「じゃあちょっと待とうかな」
と、その時、教室の扉が開いた。
「あ、智ちゃんかも~!」
俺は扉の方を振り返った。
しかし、そこいたのは。
「え? 先生、誰そいつ」
現れたのは智子とは真逆の雰囲気を持つ女子生徒だった。
「えー今日からの新人君? 私、何も聞いてないんだけどー」
僅かに肩にかかる程度の赤く短い髪の毛と、スラりと伸びた脚の長さを際立たせるには十分過ぎるほどの短いミニスカートを揺らしながらヤンキー風の女子生徒はこちらに向かって歩いてきた。 その表情はかなりめんどうくさそうな顔をしている。
「何? 新人?」
女子生徒の鼻先と俺の鼻先が触れるぐらいの距離まで顔を近付け、女子生徒は俺にそう訊いた。 いきなり喧嘩売ってんのかこいつ。
「新人っていうか……」
「智ちゃんに用事があるそうですよ~」
春野先生がいい感じにフォローをいれてくれた。 グッジョブ、ティーチャー。
「へー。 智子さんに用があるんだ」
智子――さん? こいつ俺や智子よりも年下か?
「彼氏?」
「いやだから違う」
「あ、そ。 まぁあんたが智子さんとどんな関係でもあたしゃ気にしないけどさ――」
突然身体が軽くなった。
いきなり女子生徒は俺の胸ぐらを乱雑に掴みあげると、にらみつけるようにして俺を見た。
「え」
「あの人に手ぇ出したらこの私、田川小夏が許さないよ!」
ギリギリと首が絞めつけられていくのが自分でもわかる。 人は見た目によらない! ヤンキーは実は意外と優しい! とよく聞くけど、目の前で俺をにらみつけるこの子に限っては見た目通り暴力的で優しくなんかなかった。
「ほらほら小夏ちゃん~。 いつもの悪い癖が出てるわよ」
「ふん、すまん」
「いやお前謝る気ないだろ」
「んだとこらぁ!」
「やんのか!」
俺の怒りの沸点も頂点に立とうとしていた。 女にここまでやられて笑ってなんかいられない。 それが男ってもんだ。
「はいはいストップ~。 小夏ちゃん、この子は今日初めてここにいらっしゃったのよ~。 いわばお客さんなの。 だから優しくしてあげて~」