プロローグ
ただいま
見知らぬ土地の駅の改札を通り、外に出るとそこは一面の銀世界だった。 スーツ姿のサラリーマンも、制服を着た女子高生も口を開くとみんな白い息を吐いている。
この町に帰ってきたのは何年振りのことだろう。 オッサンの話だと、俺はこの町で幼少期を過ごしていたらしいが、その記憶は霧がかかったように思い出せずにいた。 降り立った駅も、その周囲の施設にも特別な感情が生まれることはなかった。
昔住んでいた町や、思い出のある場所に帰ってくると、目に映るすべてが懐かし感じ、昔の思い出にふけるものだが、そんなものを感じることはなかった。
だけど、なんとなくこの町の空気は好きだった。
「……まだか」
季節は雪降る冬。 目の前を過ぎ去る女性は季節に似つかわしくない短いスカートを穿き、でも寒そうに両手を温めている姿には矛盾を感じる。
しんしんと静かに舞い散る粉雪は俺の肩に積もり始めている。 アスファルトに積もった雪は、多くの足跡を残しては、また新たな足跡をつけられるという流れ作業を繰り返している。
「あの――」
その時、背後から若い女の子の声がした。
「高橋……裕也君?」
振り返るとそこには一人の少女が立っていた。 肩に毛先が触れるかどうかほどの短い髪の毛は雪によって白く染められていた。 その様子からして、彼女もまた、この寒さの中、待ちぼうけをくらっている誰かを探してこの近辺を彷徨っていたのかもしれない。 だとしたら強く文句は言えないな。
「えっと、長野? 長野智子?」
それが彼女の名前だったような気がする。
「うん! 智子だよ!」
少女は屈託のない笑顔を俺に向ける。
「久しぶりだな」
今日から俺はこの智子の家で暮らすことになっている。 この町に住んでいた時はよく智子の家に遊びに行っていたらしい。 だけど、その智子の家まで無事に辿り着ける自信がなかったので迎えを頼んでいた。
だがしかし、待ち合わせ予定時刻はすでに一時間を超え、雪の降り積もる銀世界に放置されたとなると、迎えを頼んだ自分の判断は本当に正しかったのかと思う。 俺が大統領だったらちょっとした外交問題になっているところだ。