記者の話7
副団長は団長と話し合っている。
ざわめく円卓会議に終止符が打たれた。
「判決を言い渡します。」
判決なんて……出た所でたかが知れてる。
それよりも『代償』が気になる。
金か?身体か?それとも何だ?
「『火蜥蜴団員候補』に決定。担当幹部タナカくん」
「やったー!」
ガスマスク少年が嬉しそうに飛び跳ねる。
テーブルを軽々と飛び越えると川崎の鳥籠の鍵を開け、引っ張っていく。
「こっち、こっち!ミヤビさーん!準備してー!火蜥蜴だってー!!」
「ちょっ」
ガスマスク少年に引っ張っられ、川崎は会議室から出て行った。
他の幹部達もそれに釣られるように会議室を出ていく。
後に残されたのは俺と副団長だけだった。
「ちょっと待て!火蜥蜴って、どういう意味だ!おい!!」
「そのままの意味ですよ。」
いつの間にか副団長が俺の鳥籠の鍵を開けている。
俺はその胸ぐらをつかんだ。女だろうが関係ない。
「代償ってのは何だ?川崎に何をする気だ!!」
「代償なんかじゃありませんよ。」
淡々とした副団長は胸ぐらを掴まれているにも関わらず喋る。
「代償というのは伝言ゲームの間違いのようなものです。
実際の条件は『道化師になること』」
「道化師……?」
「はい。当サーカスには道化師がいません。
ですので『道化師審査』あるいは『団員審査』ですね。
『思いの強さ』を見せていただく審査です。」
「なん……だよ……それ……!」
「貴方様は審査の証人です。どうぞ、こちらへ。」
スルリと俺の手から逃れた副団長は前を歩く。
重たくなった足を引きずるように会議室から出る。
そこから案内されたのは例のステージだったが、それまでの道のりが嫌に長く感じた。
中央に並んで座っているのは支配人を含めた少年以外の幹部達。
俺はステージの前に座るように促される。
座ったとたんに、高らかにドラムロールが鳴り響く。
舞台装置が回転し、裏側には演劇の舞台の様なセットがされていた。
17世紀の魔女狩り。
ジャンヌ・ダルクが処刑されたあの有名な火刑を思わせる様な不気味なセットが。
無論、中央にいたのは川崎だった。
猿轡をされ、木製の柱に縛られている。
「川崎!!」
思わず立ち上がってステージに登ろうとした。
しかし、ステージに触れたその瞬間。
ステージの淵から火が上がった。
「っ!?」
両手が焼け、反射的に離した手には痺れる様な痛みが走った。
後ろから支配人の高らかな声が聞こえる。
「レディスー!アンード、ジェントルマン!!コレよりご覧に入れますは、世にも見事な脱出劇!
次々と燃え盛る火の柱から、願いを糧に可憐な女性は脱出出来るのか!
右手に見えますは、当サーカス一の炎の専門家であり、活発な一流軽業師・タナカくん!!」
「はーい!」
ステージ右側から出てきたガスマスク少年は舞台衣装に着替えていた。
しかし、彼には
深緑色のエメラルドグリーンのような鱗がびっしり並んだ、蜥蜴のような尻尾が生えていた。
人魚の歌姫を見た時の事を思い出した。
あれは本当に作り物だったのか?
アイツらが顔を隠すのは、化物だからではないか?
その推測がただしいなら、このサーカスは化物のサーカス。
化物の巣窟だ!
マトリョーシカのように並ぶ柱、最後の大きい柱は川崎だ。
川崎以外の柱には巫山戯た人形が縛られていた。
ガスマスク少年がマスクをずらし、口元を露にしたその瞬間。
「グアアア!」
火を吐いた。
一番小さな柱が燃え上がり、すぐに消し炭になった。
「っ!?」
何か火を消せるもの、火を消せるもの!!
辺りを見回すと、出入口の近くに消火器を見つけた。
コレで火を消して川崎を助け出す。
空になったのは可哀想だが少年に投げる。
そう思うのと同時に走りだした。
しかし、
「お客様、ショーの最中はお静かにお願いいたします。」
目の前に副団長が立ち塞がった。
どうせコイツも化物だ。
殴ったって!
「うああああああ!!」
そう思い、拳を振り上げた。
「はぁ」
副団長のため息の後に拳に痛みが走った。
避けられて他の席を殴った。
そう思ったのもつかの間だった。
拳が深く切り裂かれていた。
血が滴り落ち、生々しい肉が見える。
「あ、が……」
「にゃおん」
副団長の両手は、動物のようだった。
ゴミ捨て場やカフェにいる、人に飼われているあの愛玩動物。
猫。
「にゃおん」
猫であった。
副団長はまた一言鳴くと、鋭い爪に付着した俺の血を汚れをとるように一舐めした。