記者の話4
「いやー、面白かったな!」
「目的はどうしたよ。目的はよ。」
能天気野郎に付き合わされたこっちの身にもなれ。
祭りの屋台のように並ぶ土産物屋を軽く物色しながら人ごみの中を歩く。
「谷口は楽しくなかったのか?」
「…………楽しんださ。人並みにはな。」
仕事柄、ゴシップ記事の記者なんてしているせいか『楽しい』なんて感覚が歪んでいる。
子供の頃なら純粋に楽しいと思えたかもしれない。
いや、その可能性はなかった。
昔から厳しい両親が娯楽なんて物を許す訳もなく、娯楽を求めれば優秀な兄と比べるだろう。
家で許された書籍はベストセラー小説に参考書、そして新聞だった。
子供から見れば分厚いハードカバーの小説なんてちんぷんかんぷんで参考書なんて論外。
それ故に新聞に載せられたニュースだけが楽しみだった。
そんな因果もあり高校では新聞部に所属した。大学では文芸サークルに所属した。
どちらでも『人のネタ』で新聞を作り続けた。
ゴシップネタで注目を勝ち取り続けた。
いつからか新聞は『楽しみ』から『娯楽』に変わっり、今や記者という天職に就いた。
「で、どうするんだよ。」
「ふっふっふ。これから潜入するぞ。」
悪戯っ子のようにニンマリとした川崎はさっきまでいたテントの方へ戻っていく。
同じく俺もついていく。
薄暗いテントには誰もおらず、既に清掃を終えた後のようだ。
「よっと」
川崎は軽々と最前列の観客席側からステージに降り立つ。
俺もそれに続く。
記者は体力勝負。このくらいは余裕だった。
「こっちだ谷口」
団員達が入れ替わりで現れたであろう舞台袖のカーテンを少し引っ張り手招きをする。
足音をたてないように、舞台袖から裏方へこっそり移動をする。
裏方にある大きな扉、恐らくあの扉から巨大な金魚鉢を出し入れしていたのだろう。
大きな扉の側には人が出入りするための一般的サイズの扉があった。
一般的サイズの扉まで2人で移動し、聞き耳をたてる。
「いざ、都市伝説の正体はいかに」
小声で実況する川崎。
「早く終わらせてくれ……。」
「扉が分厚いせいか聞こえにくいな……。」
「実際、分厚いですからね。開け閉めが大変ですよ。」
「「!?」」
音も気配もなく背後にいた第3者の声に驚いて後ろを見る2人。
「支配人ももう少し配慮して欲しいです。開演中に開けっ放しにしないと行けなくなりますからね。」
その相手は、
注意事項を述べていた副団長であった。
「……ああ、そちらの方はファミリーサイズをくださった方ですね。
支配人とタナカくん、それにヨツバちゃんが大喜びしてました。代わりにお礼を申し上げます。」
深々と礼をする副団長。
やはり川崎のファミリーサイズ菓子はインパクトが強かったらしい。
よく見れば副団長は女性らしく、しかもフードパーカーの帽子の下は髪で右半分が隠れているだけで仮面をしていない。
「それで、何かご用でしょうか?」
唯一見えている顔、左半分に輝く金色の左目が腰を抜かした2人を見下ろす。
「わ、私達はこういった者です。」
川崎は礼儀正しく正座すると畏怖と好奇心の混ざった声音のまま、名刺を渡す。
「…………雑誌記者、ですか。」
「はい。当社では今、サーカスの特集記事を計画しております。
なので現在、様々なサーカス団に伺いお願いをして回っています。
私個人としても、先程見せていただいた素晴らしいショーを多くの人に宣伝したいと思いまして…………泥棒のような真似をしてすみませんでした。」
記者らしい臨機応変の対応と持ち前の饒舌でさらに丸め込む川崎。
流石の俺も脱帽ものだ。
「ふむ…………」
川崎、俺の順に視線を向ける。
「支配人に掛け合ってみましょう。ついてきてください。」
一般的サイズの扉を体重をかけて開ける副団長。
確かに分厚い扉だ。
川崎に「いざとなったら逃げれるように」っと、アイコンタクトを送られた。
扉の向こうはテント内であるため足元は簡易型の廊下だったが、壁のように見える布はホテルのような高級感ある物だったが薄暗いせいで不気味な雰囲気が漂っていた。
扉の左手側に曲がり、真っ直ぐ進んで行く。
途中にいくつか扉があったが恐らく団員の部屋か何かであろう。
気付いたことと言えば、副団長と川崎の身長差があまり無いくらいなものだ。
「ここです。」
突き当たりの黒塗りの扉。オレンジ色のカボチャ形のプレートには奇妙な書体で“在室”の二文字。
副団長が軽くノックをするとすぐに応答があった。
「ハイハ~イ♪イマスヨ~」
「クロネコです。お客様をお連れしました。」
宣言するのと同時に扉が開かれる。
支配人────パンプキン団長────の部屋はゴシック感溢れる書斎のような部屋だった。
本当にサーカスのテント内か疑いたくなる。
くつろぐ前だったらしく燕尾服の上着はハンガーに掛けられ、シルクハットは帽子掛けに引っ掛けられていた。
パンプキン団長はワイシャツ姿だったが、カボチャ頭はそのままであった。
今さら気付いたが、カボチャ頭の後から銀色の長髪が黒いリボンで結ばれていた。
「………………………………oh!!最高のチップのお客様ではアーリマセンカ!!」
パンプキン団長は川崎を見るなり両手で強く握手をした。
よほど嬉しいチップだったらしい。
「どうぞお座りください。支配人はいつもこんなテンションですから。」
「クロネコちゃんは変わらず無愛想さんデスネ。」
しょんぼりしたパンプキン団長を他所に、備え付けのソファーに座るように促す副団長。
いつも苦労している様子が目に見えて分かる。
これまた高級そうなソファーに腰を下ろし、カップで出されたお茶(緑茶)を1口飲んだところで話を切り出す。
川崎がでまかせの企画話をしている中、パンプキン団長はストローでアイスティーを飲んでいた。
「……と、言うわけなんですが……。」
流石の川崎も顔の見えない相手には自信がないようだ。
「どうでしょうか支配人。」
「……イインジャナイですかね?」
川崎の嬉しそうな表情が見て分かる。
「ただし、」と付け加えるパンプキン団長。
「『円卓会議』をしてから決めマショウカ。」
「…………分かりました。至急、幹部を収集します。」
「もう1人の方は『証人』としてお願いシマスネ♪」
どうやら俺も巻き込まれたらしいが…………『円卓会議』がどうも気になる。
「は、え、それってOKってことでしょうか?」
「“仮決定”という風に捉えてください。お2人を待合室にご案内します。
こっちです。」
半ば無理矢理、退室を促される。
「大丈夫デスヨ。」
慌しく退室する間際、パンプキン団長が言う。
「貴方の願いは叶います。」
扉を閉める音で最後の言葉は聞こえなかった。
しかし、嫌な予感だけはしていた。