■第九章 超常の残照
■第九章 超常の残照
懲天使を倒した後始末は想像以上に面倒くさいものだった。幸いにも凍結空間のキーだった千佳は、直接懲天使から俺の眷属にクラスチェンジしたからだろう、自力で凍結し続けることができている。凍結空間を解く前に全ての後始末をつけるつもりだったが、懲天使と分離したあとのかおりとA子センセ、大森に事情を説明することのややこしさには閉口した。
一応懲天使に受肉憑依された時の記憶とかは残っているのだが、彼女らにしてみれば「突然異世界から来た怪物にとり憑かれて俺たちと戦った」「怪物は俺を懲らしめる為に何者かに派遣された=よく分からないが俺が悪い」などという懲天使側の知識しかないのである。
つまりなぜ俺が……否、アウトサイダーが懲らしめられなくてはならないのか、は知らないのだ。おそらく懲天使自身、知らされていなかった、または知る必要が無かったからなのだろう。
千佳にしても異世界人アウトサイダーの存在は知っているが、詳細はぼやかして伝えたままだ。それでも俺を信じてくれたのは、千佳がいかに信じてくれているかの証左なのだろう。
だが、それを説明するためにはこの世界がアウトサイダーに創造された第二次世界であることを始め、様々な超常的事実を説明しなければならなかった。
既に彼女らは懲天使からの知識をある程度得ているのだから躊躇う必要はないのかもしれないのだが、俺自身が恐怖した宇宙的恐怖をありのまま伝えることに戸惑いを覚える。
「知らない方が良いことはこの世の中、いくらでもある。これもそのひとつだ……と言ったところで引く気は無いんだろ、どうせ」
「当然よ」
「当然でしょ?」
「あったりまえデス!」
「キョオちゃん、教えて。どんな苦難も共に乗り越えると誓ったはず」
俺は軽く髪を掻きむしってため息をつき、女子たちに秘密を告げた。
「まずお前らにとり憑いた『懲天使』どもな。アレらは俺を殺すために世界の外側から送り込まれた刺客だ」
「なぜキョオ君なんかを殺すためにわざわざ世界の外側から来るのよ?」
「千佳には少し話したが、さっきまで俺には『アウトサイダー』と名乗る世界の外側から来た存在がとり憑いていた。懲天使どもの狙いは正確には俺ごとアウトサイダーを討つことだったんだ。もっと正確に言うのなら、アウトサイダーは本体から抽出された分身だった。だから、『分身を討つことで本体を懲らしめよう』というのが懲天使たちを送り込んだ連中の意図ということなんだ。連中にとって俺たちの命は塵芥に等しい価値しかないからな」
「なぜ『懲らしめよう』と思ったの?」
「一言で言えば『仕事もせずに遊び呆けていたから』だ。奴は『黄金の領域』と呼んでいたんだが、要するに高い次元から世界を管理するのが仕事だったんだな。管理を放り出して、その箱庭に分身を送り込んで遊んでたら、そりゃ怒られるわな。」
「皇君が懲天使を退けてしまったってことは、このあと第二陣、第三陣が来てもおかしくないってこと?」
「いや、アウトサイダーの分身はもういない。だから第二陣が来る可能性はだいぶ低くなったはずだ」
「もういないって、どうなったデスか?」
「俺と融合した。その時に俺はアウトサイダーの分身の自我を崩壊させて吸収した」
それは確かに俺の中に残った感触、手応えである。融合した記憶と照合しても間違いない。もしかすると『本体』様が出張ってくる可能性もあるが、正直、対応策が無いしな。
「融合して吸収したって……もしかして、喰った?」
「コラ千佳、人聞きの悪い!」
まあ、確かに旧劇場版みたいな展開だったことは認めるけどな。S2機関っぽいといわれたら否定しきれないし。
「そういえばあんたたちの傷はどうなったのよ? 私の手には千佳ちゃんもろとも突き刺した……うう、思い返したくない嫌な感触が残ってるんだけど」
「アウトサイダーを吸収した時に治した。傷跡ひとつ残らないはずだ。問題は……」
「何か差し障りがあったデスカ?」
俺は溜め息をひとつついて間を取った。
「脳腫瘍まで治しちまった。あとで医者がうるさいぞ、きっと」
「キョオちゃん、それじゃ!」
千佳が最高に嬉しそうな笑顔を浮かべる。俺も微笑みを浮かべて千佳を見つめ返した。
「ああ、死なないで済んだみたいだ。これからもずっと一緒だよ、千佳」
「あら? それじゃ休学する必要はなくなったの?」
「それに今日の『思い出作り』もどうなるのよ?」
問い詰めるA子センセとかおりに、俺は苦笑いを浮かべて答えるしかなかった。
「いや、治っちまったモンをまた戻す訳にもいかないし、医者の経過検査とかあるだろうし。今年度いっぱい休学って方針は医者と学校で考えてもらうしかないんじゃないかな」
「皇君、そういうのを無責任っていうのよ」
「でも俺に決める権限はないし」
「アウトサイダーとやらと融合した超人が、なにみみっちいこといってるデス?」
「融合したし能力取り戻したけど社会的には俺はいち高校生だぞ」
「中二病患者が社会的立場を気にするとはらしくないデス」
「……なあ、千佳。中二病患者と能力者って実際には違う気がするんだが、どう思う?」
「う~ん、社会的に認められていない点では似てるかも。どちらもいち高校生でしかないというのに同意」
「あ、マスターは女の友情より男を選んだデス」
俺は中二病患者ではなく能力者だから、社会的立場を気にしてもいいじゃないか、と言いたかったんだが、何か方向性が怪しくなってきた気がする。しかも俺の眷属になって本物の能力者になった千佳に言われてしまった。立つ瀬がない。
でも高校生に過ぎない、ということは認めてもらえたから良しとしよう。
「でも、それを言ったらお前たちも程度の差こそあれ能力者なんだぞ」
「能力者、デスか?」
「私たちが?」
「皇君、先生怒るわよ?」
「……ああ、そういう意味で。納得」
「千佳なら視えるよな。みんなの服装、良く思い出してみてくれ」
「服装? このヒラヒラした奴?」
「その貫頭衣、物質じゃない。霊気の具現化」
「「「えっ!」」」
「私たち、実は裸。霊気を具現化させてまとってるだけ」
「「「ええ~っ!」」」
「懲天使が憑依したとき、私たちは戦闘モードに入るため服を脱ぎ捨てた」
「やだ、覚えてない」
「言われてみるとそんな気もする」
「気づかなかったデス!」
「懲天使に憑依された時に霊体が変質して活性化したんだ。氣を練れば翼を出すこともできるはずだ。やってみろ」
三人は戸惑っている。確かにいきなり氣の練り方とか言われてもわからないよな、そりゃ。
「肩甲骨に意識を集中させて……こう」
ばさっと音を立てて千佳の翼が羽ばたく。見よう見まねで一様に翼を創るかおりたち。だが精神集中が乱れたのか、翼が生えた代わりにチュニックが分解してしまった。
「きゃっ!」
「なんデス、これ!」
「見ないで!」
A子センセの手の平から放たれた硬貨の礫が俺の視界を塞いだ。バシ! バシ! バシ!
「キョオちゃん、見ちゃダメ!」
千佳が叫ぶ。俺も慌てて後ろを向いて見えないようにして叫んだ。
「センセ、咄嗟に技まで出してる! 痛い、痛い、ストップ!」
「あ、ホントだ」
チャリンチャリンと硬貨が落ちる音が止まる。俺は千佳に声を掛けた。
「千佳、状況報告」
「え~と、大森は飛行練習を開始。A子センセは翼と服の維持に成功。かおりんは……」
「こっち見たら呪い殺すから!」
「……かおりんは翼・服共に維持できず」
「なんで私だけ上手く出来ないのよ!」
「恐らく懲天使の戦闘スタイルの影響。かおりんは霊力をあまり使わず剣を振っていた」
「それを言ったら千佳ちゃんあまり戦ってないっ」
「私はキョオちゃんの眷属にクラスチェンジした。霊力は維持」
「それじゃキョオ君、私も眷属にしてよ」
「ダメ、かおりん。キョオちゃんは私だけのもの」
「かおり、俺が千佳に……その、マウス・トゥ・マウスで息吹を吹き込んだの見てたろ。俺は千佳以外とアレをやる気はない」
アウトサイダーと融合して、その人生経験の記憶を継承しているとはいえ、魂の主導権は高校二年の俺のままだ。俺が照れ臭いものはやはり照れ臭いのである。
「仕方ない、私が霊気を分け与える」
「ちょ、ちょっと千佳?」
思わず振り向きかけた俺にA子センセの硬貨が飛んだ。見ちゃいけない、でも何が起きてるのか気になる! まさか千佳とかおりがマウス・トゥ・マウス!?
「キョオちゃん、変なこと考えてるでしょ?」
「ごめん! お年頃だから!」
「キョオちゃんが私の傷を治したときと一緒。霊気の塊を作ってかおりんに分け与える」
ああ、なんだアレか。良かった一安心。
◆◆◆
そして半人前の能力者に生まれ変わった3人を連れて夏祭り会場へと俺たちは帰還した。
浴衣の着付けとかで更に時間を浪費するが、凍結空間の経過時間はほぼゼロに等しい。敢えて難点を挙げるなら、その間は俺たちだけ時間が流れるということだ。この凍結空間の発生からカウントすると、俺の主観時間は10時間ぐらい経過している。
「お~い、千佳ぁ。着付けまだ終わらないのか? 俺、腹減って眠くなってきたぞ」
「もう少し。みんな、和服の着付けは自分でできるようになると何かと便利」
「あら、小日向さん。あなた和服を『脱ぐ』機会があるの? それはちょっと問題よ?」
「あぅ、違う! 着崩れた時、役に立つ! 和服は行儀良くしないと着崩れちゃうから!」
後ろを向いているから声しか聞こえないのだが、手早く着替えた浴衣の千佳とコスプレ私服の大森が、かおりとA子センセの浴衣を着付けているはずだ。
ちなみに、俺は血みどろズタズタの自分の浴衣を造物主の創造力で再生させて自分で着付けている。男物の浴衣は無地でシンプルだったから楽なものだ。
そして十数分の格闘の後、すべての後片付けはまとまり、凍結空間を解く時が来た。空腹と渇きと眠気で少々ダレ気味だった俺だが、自己暗示(というより自己意識操作なのだが)でアドレナリンを過剰分泌させることは、造物主能力でなら造作もないことである。チート臭いし体に悪そうだから、あまりやりたくはないが。
「みんな、いいか? あと10! 9! 8! 7!」
「6! 5!」
「4! 3!」
そして沈黙。2、1。千佳と視線が交わる。ゼロ。




