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■第八章   バトルVS懲《ちょう》天使《てんし》

■第八章   バトルVS(ちょう)天使てんし


 突然大気が沈黙した。キンとした静寂が祭り会場をおおう。軽薄けいはくなまでに赤かった祭り提灯が色を失い、静止した。のみならず全ての物体が時が止まったかのように静止したのである。

 色を持ち、動いているのは俺だけだった。首の裏側、ぼんのくぼとかいう部位がチリチリした感覚で危難を告げる。俺は静止した人ごみを縫って千佳の元へ急いだ。だが凍結した町並みは迷路そのものであり、その内に俺は完全に迷ってしまったのである。

「千佳! 千佳ぁっ!」

 呼べど叫べど返答はなかった。この超常の中で、一般人である千佳は背景と化しているのかもしれない。ならばよいのだが……。


 静止した時間の中で足掻く俺の視界に、突然はためく純白の裾が割り込んできた。それに目をやると、そこにはギリシャ風の貫頭衣チュニックを羽織ったかおり「らしい」存在がいた。「らしい」と言ったのは、彼女の背中に天使のような白い翼が生えていたからだ。

 彼女の手に光る銀煌ぎんこうを認めた次の瞬間、剣風が俺をブンと薙いだ。とっさに後方に跳躍した為にその切っ先から逃れることができたが、さもなくば俺の肉体は縦に両断されていた事だろう。しかし跳躍と一言で片付けるには遠く、高すぎた。

 俺はふわりと電柱の上に降り立ったのである。

「アウトサイダー! また俺に干渉しやがったな!」

――緊急回避だ。平常でないのは分かっているだろう?

「あのかおり『らしい』女はなんだ?」

――かおりに受肉じゅにく憑依ひょういした懲天使だ。

「超天使?」

――懲らしめの天の使い・懲天使。いずれかの黄金の領域から遣わされたものだろう。

 懲天使・かおりは飛翔しながら俺目掛けて剣を振るう。アウトサイダーに強化ブーストされて電柱の上を逃げる今の俺を追うには少々遅い。だが俺の逃げる先に白い翼が再び現れた。今度はA子センセである。

ビシ! ビシ! 懲天使・A子センセの手からは黄金色のつぶてが放たれた。跳躍中だった俺は正面から突っ込み、腕を交差させて顔面を守る。痛みは忍耐可能なレベルだった。

「何人いるんだ! 何で俺を狙う! どうすれば倒せる!」

――人数は不明。キョオを狙うのではなく私を狙っている。肉体は人間だから殺せば倒せる。

「それじゃかおりや先生も死ぬだろうが! まさかお前、造物主だから殺しても蘇らせるとか言うんじゃないだろうな!」

――死者蘇生は黄金の領域の特技だ。気に病むことはない。

「気に病むよっ! 俺を人殺しにする気かっ!」

――彼女らも我々を殺す気でいる。気に病むことはない。

「だからお前と融合するのは嫌なんだよ、アウトサイダー! 今はっきり分かった。お前は造物主で死者蘇生もお手の物かも知れないが、倫理観が俺とは違いすぎる!」

 俺は逃げた。殺し合いを要求する懲天使たちから。だが懲天使はふたりではなかった。それも最悪の懲天使だった。

「千佳! それと……大森だっけ?」

 よりによって懲天使は千佳に受肉憑依しやがった! ダメだ、絶対に殺せない相手だ! 俺は逃亡に逃亡を重ねた。冗談じゃない、俺に千佳を殺せと言うのか!? 冗談じゃない!

「4人を殺さないで倒す方法は無いのか!?」

――彼女らの能力の源は体内に注入された霊力だ。それを使い果たせば、あるいは。

「じゃ、攻撃をかわしつづければ勝機はあるんだな?」

――否定。私がブーストアップしてもお前の力だけでは不可能だ。私と融合しろ。それが唯一千佳を殺さずに救う方法だと推測する。

「ダメだ! 信用できない! 融合したらお前はみんなを殺す!」

 ビュン! 高高度に跳躍して市街地を飛び越える。象徴化していて危害が及ばないと分かっていても、一般人を巻き込むのは嫌なものだ。異界化地帯は遠く彼方までつながっているようで、市街地を離れても脱することはできなかった。

「ライトニング!」

 懲天使・大森が叫ぶ。大森本人のイメージが実体化したのだろうか、アニメ劇中そのままの撃鉄が付いた巨大ハンマーが振り下ろされるとイナズマがドドドン! とほとばしった。一発、二発、三発。

「ぐうっ!」

 跳躍して滞空中だった俺は回避できずに三発目の落雷の直撃を被る。激痛と痺れが残るものの一命をとりとめたのはアウトサイダーの加護のおかげなのだろう。忌々しいが仕方がない。

 そう思いながら俺は墜落した。あのイナズマは対空技だったのだろうか。ちょうど林の茂みに着地した俺は落下のスピードを殺さずにそのまま疾走した。この中ならあのイナズマは使えまい。彼女らの翼もここにいる間は邪魔なだけだ。このアドバンテージをどう活かすか、を俺は考えていた。

 だが俺の発想は少々甘かったようだ。目の前の茂みをかき分けて懲天使・千佳が至近距離に迫っていた。どうやって?

 千佳は眼帯を外している。金色に光る邪鬼王瞳が剥き出しだ。目に悪いからあまりやるなと言っておいたのだがカラーコンタクトの上に眼帯をしていたのだろうか。

 いや、恐らくは。懲天使の霊力で邪鬼王瞳が具象化したのだろう。その証拠に千佳の瞳がギン! と光った。反射光ではなく、発光したのである。

 俺の背後でピシリと枝を踏み折る音がした。振り返ると剣を振りかざしたかおりが襲いかかってきている。ブン! 回避、間に合わない! 俺は下がるのではなく前に出た。ブーストアップされた脚力でかおりに体当りしたのである。その手の中の剣を弾き飛ばしてかおりを突き飛ばす。ズシャア! 女子に暴力なんて振るいたくないが、そうも言っていられない。

「はうっ!」

 かおりの悲鳴を聞きながら俺は林の中を逃走する。と、背中に衝撃を受けてそのまま地面を転がり、俺は倒れ伏した。チャリン、と音がして何かが背中から落ちる。金色のコインだ。

 シュッと風切り音がして俺の顔面に何かが当たる。やはり金色のコイン。A子センセの礫は硬貨だったのか。ソード硬貨コイン、ハンマー……いや、ワンドか。タロットカードの小アルカナに例えた能力らしい。すると千佳はカップだろうか、だが意味するところは?

 どういう訳か俺の居場所は彼女らに丸見えのようだ。俺は林の上に跳躍してA子センセの狙撃から逃れたが、上空は大森が滞空・制圧していた。

 木の枝を蹴って横へ跳躍、イナズマを避ける。枝をバキバキと音を立てて折りながら地表へと落ちた。大森はともかく他の3人からは距離を取った筈だ。これをしばらく続ければ、まずは大森の霊力を枯らすことができるだろう。

 だがそう思った次の瞬間、俺の背筋は凍った。またも目の前に千佳が現れたのだ。瞳が光ると同時に再び至近距離からかおりが剣を振るう。油断が危機を呼んだ。足元がおぼつかない。左腕で剣筋を払い、致命傷を避けた。ザン! 刃が浴衣を切り裂き、血が流れる。

 そうか、そういうことか。

 千佳は攻撃を放つことがない。それは千佳の能力が攻撃向きではないからだ。千佳の能力は恐らく遠隔知覚と瞬間移動。千佳は俺の居場所を知り、そこへ懲天使たちと共に移動する能力の使い手なのだ。いわば、懲天使たちの司令塔である。

どこが杯なのか分からなかったし、対応策も思いつかない。杯を当てはめたのは俺の勝手な思い込みだったようだ。それに惑わされた俺。ちくしょう、どうすれば良い?

 剣の刃を避けるためかおりの腕をガシッと掴み、剣を奪い取る。かおりは一歩引き下がったが、次の瞬間その右手には新しい剣が握られていた。剣を作らせることで霊力を浪費させられそうだと思ったのだが、その為の策が出てこない。

 ガキン! 斬りかかるかおりの剣を奪った剣で受け止め、鍔迫つばぜいに持ち込むと、素体の腕力差なのだろう、うまく押し込むことができた。体重を加えて上からのしかかる。ふと思い立ち、体裁きを使って剣を弾くと、その剣に向けて一撃を放った。キン! かおりの剣は宙を舞い、太い木の幹に突き刺さる。すぐに新しい剣が創出されるのは分かっているのだが、これを繰り返す以外に懲天使たちの霊力を枯らす方法が思いつかない。

 だがかおりは不用意に踏み込んでこなかった。腕力勝負では俺に敵わないことを学習したのだろう。ならばこちらから打ちかかるのみ。狙いは一点、武器破壊!

 腕力に物を言わせた力技でかおりの剣を攻撃する。ガキン! と金属音を立ててふたたび鍔迫り合いに持ち込むのに成功した。だが剣を弾こうとした瞬間、かおりが消えた!?

 代わりに正面やや離れた位置にA子センセが既に射撃態勢で構えている! 金貨の礫が顔面にバシバシと連射され、俺の目を塞いだ。と同時に背中にザン! と熱い痛みが走る。

 線状の痛み?……斬撃?……俺は千佳がかおりを背後に転移させたのだと直感した。第2の斬撃を避けるため、俺は前方に跳躍する。A子センセを飛び越えてそのまま走った。

 背中から腰の方へと熱い血が流れる。確かにこんなペースでは懲天使たちの霊力を枯らす前に力尽きてしまうかもしれない。

――力が欲しいか?

 アウトサイダーがささやいた。それじゃ造物主じゃなくて悪魔の誘惑だぜ。

「断る」

 俺は短くそう言い放つと立ち止まり、膝を着いてあえいだ。イナズマの火傷やけどと剣をさばいた時の左腕の傷、そして背中の斬傷。3発で大ダメージとはゲームみたいにはいかないものだ。だが喘ぎながらも思考をまとめる時間が得られたのは幸いだった。

 大森とA子センセは技を放つ度に霊力を使う。かおりは剣を創出させ続けることで浪費させられる。では千佳は? 

 遠隔知覚だけで使われる上に人間3人を瞬間移動させるのだから霊力の消費量は少なくない筈だ。彼女らのキャパシティがどの程度かは判らないが、霊力を使わせ続けていることは間違いない。それだけが俺の希望だ。

 だがフォーメーションを使われるとさっきみたいに窮地に陥るだろう。フォーメーションを崩すには……フォーメーションの要……司令塔……そうか。

 ガサリ。茂みを分けて千佳が現れる。この瞬間を待っていた。

 俺は剣を捨てて千佳に飛びつき、抱きしめたまま連続で跳躍する。千佳と、かおりとA子センセを分断すればフォーメーションを崩せる筈だ。千佳が俺の腕の中でもがいて暴れる。

「放せ……放せ、キョオちゃん」

 まだキョオ『ちゃん』と呼んでくれるか。絶対お前を助けてやる。待ってろ、千佳。

 だが俺は千佳の能力を把握しきれた訳ではなかったのだ。俺に抱きしめられたまま、千佳の邪鬼王瞳がギン! と光る。しまった、瞬間移動できるのは懲天使だけじゃなく……俺をも含むのか!

 俺たちはさっきの場所――かおりとA子センセを置き去りにした場所まで戻ってしまっていた。即座にかおりが斬りかかってくる。躱せない! ズシャ! 俺の背にかおりの一撃が加えられた。刃は肩甲骨に食い込んで止まる。そして、その痛みは千佳を放させてしまった。

 そして千佳の瞳が光る。次の瞬間、俺の体は林の上空へと飛ばされていた。そしてそのまま自由落下する。アウトサイダーのブーストアップは身体能力を高めたが、物理法則を捻じ曲げるまでは至らないのだ。従って懲天使のような飛行能力などはない。せいぜいがところ、風を掴んで姿勢を保つのがやっとである。

 そして、森の上空に出たからには当然大森が待っていた。横方向の動きが無い今、俺は静止目標に等しい。バリバリバリ! 大森のイナズマを連続で浴び、俺は意識を失いかけた。手足も感電で硬直して動かない。ヤバイ! 意識の底で恐怖が危険信号を発した。が、体が言うことを聞かない。

――そろそろ限界か?

『嫌だ!』

 全身硬直して、意識もほぼ落ちて、声も出なくなっても、俺はアウトサイダーを拒絶した。

 奴の倫理観を受け入れたら、俺は千佳に合わせる顔がなくなる。千佳の為なら俺の命を賭けられるからこそ、そうであり続けたいからこそ、俺は受け入れられなかった。

 だがここで切られるからこその切り札――『確率変動』なのだ。

 木々の枝がクッションになり、俺は『偶然にも』新たな傷を負うこともなく地表に着いた。イナズマの火傷が傷を焼き塞ぎ、出血も止まった。少々引き攣るが大儀ない。アドレナリンが一時的ではあるが、意識を回復させた。ここからが反撃だ。


 俺は格闘技を習ったことはない。人一倍腕力があるわけでもない。それでも番長グループを蹴散らせたのは、『確率変動』を使った技を身につけていたからだ。傷付ける技ではないのだが、これを女子に使うのは気が引ける。だがそれでも今はこの技の封印を解かなければならなかった。


 ガサガサと音がして、千佳が転移してくる兆候が見えた。拳を軽く握り、人差し指と中指を揃えて伸ばす。その構えは一子相伝のアレに似ているが、その影響を受けて編み出した技なのだから、まあ当然と言えば当然だ。

 そして千佳が現れる。間髪を容れず俺の指が伸び、千佳の体を突いた。人体には押されると痛みを感じるあっ痛点つうてんという物がある。そこを突き、その激痛で動きを封じるのが俺のオリジナル技「圧痛あっつう人倫じんりんけん」だ。相手を傷付けることなく痛みだけを与えて制圧する倫理的な拳法である。もちろん圧痛点を正確に打ち抜くには本来必要な修行が足りなかった。その精度を補う為に『確率変動』が必須になる。

 特に今回、懲天使たちを制圧するには、番長グループとの喧嘩で使った時のように痛みで隙を作ってそこを攻撃する、というような卑怯な応用は使えないのだ。

 千佳の胸と腹をピシピシと軽く突く。痛みでうずくまる千佳。即座に振り向いてかおりの腕を掴み、ギュッと捻り上げるとかおりは剣を落とす。無防備になった胴に突きを入れ、かおりを倒すと次はA子センセだ。

 今回A子センセは比較的近距離にいた。A子センセの礫は痛いがダメージは大きくなく、隙を作ることにその能力の主軸が置かれているように見受けられる。だから千佳とかおりが痛みで動けない今、その力は全く脅威にはならなかった。3人を倒して出来た隙で、俺はビュンと跳躍してまた距離をとった。圧痛人倫拳で制圧する、という戦術要素が加わったものの、霊力の消耗を待つ消極的戦略は変わらないのである。それを考えれば今は上空で待機している大森を放置するという策が上策であると言えた。

「千佳、みんな、すまん」

 だが激しくなる鼓動と逆に研ぎ澄まされていく意識。その冷静さが感じたのは両者のギャップがもたらす不快感だった。この戦術的有利が長続きしないのは明らかである。まず、体力の回復が一時的な物であること。出血が止まるまでに流れた血の量だけで既にまずかった。アウトサイダーがやらない所をみると融合なしに俺の傷を治癒することはできないらしい。

 次に肉体的コンディション。出血量ともつながるが、今はアドレナリンで痛みを抑えているに過ぎず、アドレナリンの分泌が途絶えた時には覚悟しなければならない。

 しばらくは継戦可能だが、その間に根本的対策をしてこの消耗戦を戦わなければならない。

そもそも懲天使たちの霊力がどれだけ残っていて、どれだけ戦えば枯らすことができるのか、全く判らないのである。悠長に消耗戦を仕掛けられない状況で消耗戦を仕掛けざるをえないのが現状だ。無理を通して道理を蹴飛ばすのは無茶・無謀の誹りを受けるだろう。気合でフォローできるのは今のうちだけだ。それでも戦い続け、勝たなければならない。俺と千佳の幸せはその先にしかないのだから。

 ガサリ。

「何? 早い!」

 俺の予想を超える早さで千佳たち懲天使は回復して追ってきた。回復に霊力を消費していると見て良いだろう。つまり圧痛人倫拳はかなり有用な攻撃手段ということだ。

 懲天使たちがなぜ人間の肉体に憑依したのかは確定情報が無いが、それによって弱点をも身につけた事になる。懸念材料は霊力を駆使すれば圧痛人倫拳の痛みをその場でキャンセルできるのではないか?ということだが、これは試してみる他ない。


 そして五回、十回と交戦を繰り返すことで懲天使も俺も疲弊と学習を重ねていった。

「なぜ、まだ立つんだ! まだなのか、まだ霊力は尽きないのか!」

 千佳たちに苦痛を与える度につのる後悔。指先で触れる華奢な柔らかみへの罪悪感。彼女らの動きが最初より鈍く感じるのは俺の慣れか、彼女らの疲れか。或いは警戒による慎重さか。

 逆に懲天使たちのフォーメーションは戦い始めよりこなれたものになっている。俺の跳躍の距離を把握して、あえて踏み込まないのだ。

 司令塔・千佳を守るかおり。その横にA子センセ。上空の大森は相変わらずだが、多少林が開けて視認できる状態になると遠慮なくビシビシとイナズマを降らせてくる。

 俺はだんだん悪夢を見ている感覚に襲われた。この凍結空間に取り込まれてからほんの1時間程度しか経っていないと腕時計は告げているが、何日も戦い続けたような疲労感が蓄積している。ついさっきまで千佳とたこ焼き食ってイチャイチャしていたはずなのに。

――疲れたか? 代わろうか?

 呼吸を荒げている俺が気弱になるたびに襲いかかるアウトサイダーの誘惑。最大限好意的に解釈すれば俺の負けん気を焚きつけているように思えなくもないが、だとしても断じて受け入れる訳にはいかないアウトサイダーへの怒りも湧き上がる。

「ふざけるな! 俺はお前とは相容れるつもりはない!」

――そう邪険に扱うな。私の力を借りねば既に死んでいたものを。

「お前もな。そもそもお前を懲らしめに来たんだろう、懲天使たちは。俺も、千佳もそれに巻き込まれたんじゃないか!」

 アウトサイダーは沈黙した。と、同時に全身から力が抜ける。あの野郎、図星を指されたからってブーストアップを切りやがった! 正気か、あの馬鹿!

 ガサリ。来たか! その時、初めて懲天使たちと生身で戦う恐怖が俺を襲った。

 南無『確率変動』! 

 突然千佳が目の前、極至近距離に現れた! こんな時にフォーメーションを変えてきただと! 近すぎて圧痛人倫拳が使えない!

 千佳は俺に飛びつき、ギュッと固く抱きついてくる。この細腕にこれほどの力があったのかと驚く程千佳の力は強いものだった。

 千佳の邪鬼王瞳が光る。千佳の背後にかおりが転移してきて、千佳もろともにザックリと俺を貫いた!ヤバイ、致命傷か? 腹が、傷口が熱い! 

 千佳は脱力して崩れ落ちた。自分を犠牲にして俺の動きを止め、共に貫かれる捨て身の策だと!? 懲天使は死をもいとわぬというのか? 

「千佳! しっかりしろ、死ぬな千佳ァッ!」

 俺の膝もガクガクと震えている。俺は地べたを這いずって千佳を抱きしめた。ぬるりと暖かい千佳の血潮が手にまといつく。だがそれはだんだんと温もりを失い、冷たくなっていった。

「ちくしょう、アウトサイダー! 俺の命をくれてやる! 今すぐ千佳を生き返らせろ!」

 俺は悪魔の……アウトサイダーの誘惑を受け入れた。奴が千佳を死なせる訳が無い、俺と融合しなくても生き返らせるだろう。だがそんなことは関係ない。千佳の命が俺の手の中で消えてしまうなどという理不尽は受け入れられない! 千佳を救うためなら何でもする。お前と合体する位、屁でもねえ! 何が円環の理だ、何が連関天則だ! そんなもんまとめてひっくり返してやる!

――良かろう。望む対価だ。その対価、認めよう。

 ザク。背中に何かが刺さった。痛みはないが痺れた感覚がある。そしてそこからメリメリと俺の中に入ってきた。これが融合か。これが合一か。痺れは背中から腹、肩、腰、腕、足、と全身に広がっていく。そして首から後頭部、頬、顔と包まれた。


「「これが合一!」」


 万能感が全身を満たす。力がみなぎり感覚が研ぎ澄まされた。

 全身の傷は癒え、視界が情報に満ち満ちた。意識が燃え上がる。相互浸蝕により重合うふたりの人殻と神殻。その思いはひとつ。千佳を救うこと。

「う……」

 千佳が虚ろな瞳を薄く開いた。良かった、まだ命の火は消えていなかったようだ。

「待ってろ、今助ける」

 右手の平に癒しの光がボウッと結集する。その光球がスゥッと千佳の胸の傷に吸い込まれていった。千佳の傷は塞がり、呼吸も深く落ち着いた物に変わる。

「くっ……ふぅ……」

 そして『俺』は千佳に俺の息吹を吹き込んだ。そう、『俺』だ。『俺』は『俺』だ。アウトサイダーとの融合の間際まぎわで防衛本能が発動させた『確率変動』が、融合のために解体・再構築されていた俺たちの意識に作用し、融合後の意識の主導権を『俺』にもたらしたのである。

 俺は俺自身の意思で千佳に口づけ、息吹を吹き込んだ。その生命波動を受けて、千佳の魂が活性化する。そこへ『確率変動』で干渉すれば……共に死にかけていた千佳と懲天使との意識のバランスを主客転倒した状態で再構成、生まれ変わらせることができるはずだ。

「キョオちゃん、キスした……」

 千佳は再び自我を取り戻した。その右目には邪鬼王瞳が開眼し、輝いている。これで千佳は俺の眷族けんぞく、本物の能力者になったのだ。

えるか、千佳」

「うん、視える」

 俺たちは今、視覚で懲天使たちの霊力が視えるようになっている。位置、霊圧、技のモーションまで把握できる。融合前の俺が逃げきれなかった訳だ。

 こうして視ると、懲天使たちの霊力の減少量はあれだけ苦労したのにせいぜい1/4といったところか。確かに融合せずに戦うのは無謀だったようだ。

 だが今の俺たちは違う。別世界から遣わされただけの懲天使たちと、世界の造物主(俺だ)ならびにその眷族(千佳だ)では霊力の桁が違う。

 霊力で圧倒しているなら、圧倒しているなりの戦い方があるのだ。そしてアウトサイダーがやろうとした通り、瞬殺して生き返らせるのが一番簡単なやり方ではある。だが俺は奴とは違う。俺は俺の意思で戦う。俺の意思で不殺を選んだのだ。

「過負荷で懲天使を焼く。千佳はかおりの脳を保護。いくぞ!」

「うん!」

 俺たちはかおりに向けて跳躍/飛翔した。ギュン! 覚醒した俺たちのスピードは懲天使たちの追随を許さない。俺はかおりの剣をへし折り、両手で頭を掴んで霊力を流し込んだ。千佳もかおりの額に手を添え、霊波で包む。脳を傷つけず、憑依霊体……懲天使だけを焼き尽くすのだ。

「やめて! やめて、やめて、やめて!」

 懲天使・かおりが悲鳴を上げて悶絶する。だが俺の心に動揺はなかった。アウトサイダーと融合した影響なのかもしれない。奴の倫理観に毒されたのか、と思うと忌々しく思うが、今はそれが必要な非情な戦場に存在るのだった。

 やがてかおりは糸が切れた人形のように倒れた。俺の手にはかおりから抜け落ちた霊力の塊――懲天使の正体――が残ったが、憑依が解けた今、存在を維持できずにブスブスと雨散霧消し始めている。

 俺たちがかおりと戦っている間に有利な狙撃ポイントを確保したA子センセが金貨を打ち込んできたが、時はすでに遅かった。牽制以上の効果を持たない狙撃に意味はないのだ。

 俺はかおりに憑依していた懲天使の残骸に霊力を込めてA子センセに打ち込んだ。不活性化していても霊力の塊である。霊的因子の濃い懲天使には効果抜群だ。

「キョオちゃん!」

「応!」

 バシィッ! A子センセは直撃弾を喰らって体勢を崩しながらも金貨の散弾を乱射してくる。千佳はその礫を転移させ、センセの頭上から雨のように降らせた。自分の技で己が足を止める不覚を犯した懲天使・A子センセに苦もなく近づいた俺たちは、彼女に霊力を流し込む。ふたたび千佳のオーラが脳を守り、俺のオーラが懲天使を焼き払った。これで残るは大森だけだ。

「キョオちゃん、大森は賢い子。私の造反を知った上で逆転の策を練っているはず」

「超常事象への適応力が高いのがアダになったか?」

「そうかも。恐らく地上には降りてこない。空中戦になると思う」

 千佳は翼で飛べる。航空力学的な無茶を何らかの手段で代換しているのだろうが、眷族にできることが造物主にできないはずがなく……俺は自分の背中に白い翼を生やした。バサッと音を立てて様子を見る。

「旧劇場版?」

「『槍』は持ってないけどな」

 恐らくは『地』なのだろう、こんな時にまでアニメネタを引っ張るのは。だからこそ安心できる。ここにいるのはもう懲天使じゃない。俺の大事な恋人・千佳だ。

「キョオちゃん、学ランだったら黒い翼が似合うのに。コウモリの翼でも可」

「闇堕ちさせる気か?」

「……うふふっ」

「……はははっ。さて、懲天使を抜いたら大森が落ちる。だからその前に引き摺り降ろさにゃならんな」

「いっそ羽根を切り落とすとか」

「墜落させたら本末転倒だろ。」

 持ち慣れない力に俺たちは少々おごっているようだ。いずれ力の封印も考えねばなるまい。俺たちは大森を救う方法を、ああだこうだと簡潔に検討した。

「じゃ、この手で行くか」

「ん、詳細が判らない以上、打つ手を打った上で出たとこ勝負」

 俺たちは翼を使わず跳躍で林の梢まで登った(千佳には俺のブーストアップを付与した)。

 周囲を見渡すとはるか向こうに大森の翼が見える。千佳の手には大森のハンマーと対になる武具『夜の女王』(杖というべきか傘というべきか)が握られているのではあるが正直なところ虚仮こけおどし以上の意味はないと思われた。

 ガラガラガラ! 遠くから大森がハンマーを振ると俺たちの至近距離にイナズマが落ちる。遠雷。やはりそれが大森の策だった。次のこちらの手は千佳による転移だ。そして大森は待ち受けてのハンマーで格闘戦&一撃離脱、そして遠雷。それは融合前の俺の作戦となぞるかのように同じだった。

 故に作戦の危うさ、もろさは良く分かっている。待ち受け攻撃での読みあいとその対処をしくじった時のダメージコントロール。狙いが千佳の転移能力の封殺であることまでそっくりだ。

 俺との違いは遠距離攻撃手段の有無であろう。だがその一点で戦術は一変する。かおりがそうしたように敵との間に立って千佳を守る、という戦術が成り立たなくなるからだ。

 ただひたすら距離を取り続け、千佳にイナズマを放ち続けるという消極策と、距離を詰められた時の猛反撃。危うい綱渡りではあるものの、傷つけたくない心理を逆手にとったかのような状況に俺たちは苦戦を強いられた。

 A子センセの時のようにそのまま攻撃を跳ね返すには攻撃が強力すぎる。かと言って俺たちには遠距離攻撃能力が無いから転移しての肉薄攻撃しかない。こんな状況で千佳に負担を強いる戦い方をさせられていることに苛立ちを覚えずにはいられなかった。何か手段は、何か良い手はないか……あるじゃん。

 アウトサイダーなら簡単に気づいたであろう、創造力を使った簡単で安直な答えがそこにはあった。チートだろ、これ? と思いながらも俺は躊躇わなかった。

「いでよ、壁!」

 ゴゴゴゴゴ! 大地が割れ、岩塊が壁となって逃げる大森の眼前に立ちはだかる。避けきれずに大森は壁に激突した。少々手荒いが、まあ撃墜するよりはマシだと思ってもらうしかないだろう。

「キョオちゃん、ぐっじょぶ」

「さすが造物主の力、何でもアリだな」

 大森はそのまま壁を転げ落ち、岩塊にハンマーを引っ掛けて踏みとどまった。だが俺たちはその隙を見逃さない。

「「いやぁああああああああああああああああああああああああああああっ!」」

 俺と千佳は互いに手を握り締め、諸手合わせて大森に叩きつけた! 霊気の杭が大森を岩塊に縫い付ける。ハンマーがその手からこぼれ落ちた。大森の額に手を添えて千佳が呼ぶ。

「キョオちゃん! 今っ!」

「消えろ、懲天使!」

 ボボボボボッ! 俺が霊気を流し込むと確かな手応えが返ってきた。懲天使が焼ける感触だ。かくして戦いは俺たちが逆転勝利を納めたのである。


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