■第七章 日常の終焉
■第七章 日常の終焉
「イマジニウムが足りねえ……」
翌朝俺は頭痛と共に目を醒ました。午前五時半。頭痛が脳腫瘍に悪影響を及ぼさなければ良いが。まあ、多分、この程度なら大丈夫だろう。
覚醒と同時に失われていく夢の記憶。これをすべて覚えていられるなんて奴に圧倒的有利なルールじゃねえか。何このクソゲー。造物主だからってチートし放題とは恐れ入るぜ。
だがそのチートを上書きする超チート、それが俺の『確率変動』だ。これが、これだけが俺の武器だ。あと知恵と、愛と勇気と希望。武器意外と多いな。
覚えていたことを片っ端から書き連ねて、そこから拾った意味のありそうな単語を結んで考える。奴が、アウトサイダーが異世界人で造物主なのは分かった。そんな奴を相手にどうすればいいのやら。どうするも何も、まずどうするのかから決めにゃならん。敵対して倒すのか、交渉して取引するのか、あるいは受け入れるのか。そこから考えなくてはならない。
トゥルーエンドの為に出会った相手を最終的に全滅させるゲームとは違う。それ以前の選択からして俺たちの自由意思なんだ。
その問題をああでもない、こうでもないと考えている内に時間が過ぎて、時計はもう七時半を指していた。そろそろ朝食を食わないと昼飯のコンビニ弁当を買う時間が……いや、千佳が作ってくれるから買わなくて良いんだった。
一週間ぶりの通学路。この光景も今週いっぱいでしばらくお別れである。肺炎では退院したが、急を要さないとはいえ俺は脳腫瘍の患者なのだ。お盆が過ぎたら再入院する手筈になっているのである。夏期講習は今週いっぱいでお盆休みに入り、お盆明けの講習後半戦は俺が入院してしまう。だからしばらくお別れ、ということだ。むろん俺は帰ってくる。だから『しばらく』だ。俺は絶対に帰ってくる。どれだけ時間がかかろうとも。
「キョオちゃん、おはよう!」
「おはよう、千佳」
夕べ千佳には再入院のことは話してある。なのに気丈に振舞う健気さに、「俺がこの娘に惚れたのは間違っていなかった」と確信した。
「朝一でA子センセとB子センセに話を付けなきゃならんから、一時間目は俺出られないよ」
「休学の話? キョオちゃん、がんば」
「休学するから夏期講習に出る必要はないんだがな。みんなに挨拶は済まさないと。千佳、来年から俺は一年後輩だ。よろしく頼むぜ?」
「うん、ちゃんと勉強みてあげる。先輩に任せたまえ」
俺は闘病のためにとりあえず今年度いっぱい休学することになったのだ。この件については病院と学校と親の三者面談で決まったことだから、A子センセもB子センセも知っていることなんだが、挨拶って奴は面倒でもしなくちゃならないことだから尚の事面倒くさい。
能力で腫瘍を一瞬で消滅させることができれば速攻で復帰できるんだが、それはそれで「なぜ治った」と検査に追われることになるだろう。普通の世界には魔法も奇跡もないのだから。
「あらキョオ君。一週間ぶりに来たと思ったらまた同伴出勤?」
「ああ、今日も同伴出勤だ。悪かったな、独占取材すっぽかして」
声をかけてきたのはかおりだった。アレがまだ一週間前の出来事とは意外な気がする。人生波乱万丈、だな。
「改めて今日の放課後にでも取材させてよ。千佳ちゃんも一緒に」
「いいけど……ニュースバリューは無いと思うぞ」
「じょぶじょぶだいじょぶ。先週溺れた奴って全校に知れた有名人だよ、キョオ君は」
「今日、もっと有名になって、多分すぐ忘れられると思う」
「??? どゆこと?」
「すぐに分かるさ。千佳、いこうぜ」
「うん、キョオちゃん」
俺たちは頭上に浮かんだ疑問符が見えるようなかおりを置いて学校へと走った。
「……というわけで、俺、休学する。来年よろしく、先輩方」
2時間目の授業が始まる時に先生が時間を割いて皆に挨拶する場を作ってくれた。脳腫瘍という病名と休学という聞き慣れない単語がもたらすインパクトは絶大だ。クラスの皆は口々に頑張れよ、見舞いにいくぜ、と声をかけてくれた。
数ヶ月前までは中二病の副作用でクラスから浮いた存在だった俺を想像以上に暖かい声で送ってくれるこのクラスに、俺自身が思っていたよりも愛着を感じていたことに驚いてしまう。
そう感じる感性は千佳との出会いが育んだものなのだろう。その時、呆然としていたかおりが突然我に返り、提案した。
「みんな、キョオ君と一緒にどこかに出かけない? 『青春の思い出』って奴を作りに!」
このノリでこんな提案がでたら、否決するクラスはまずあるまい。夏期講習は臨時ホームルームになり(特進カリキュラムの連中は残念ながら欠席だったが)、その場で週末の夏祭りにクラスで繰り出すことになってしまった。俺は千佳とふたりっきりで廻るつもりだったのだが、こういうのも悪くないな、というノリに巻き込まれてしまったのである。
昼休み、体育館の音響室で弁当を食いながら、俺は千佳に謝った。
「すまんな、千佳。ふたりでいく約束だったのに大事になっちまった」
「仕方ない、想定外の事態。……かおりんの莫迦」
やはり千佳も少し悔しいようだ。もしかすると今朝置き去りにされたかおりの仕返しなのかもしれない。なんか俺の葬式が前提って気もするし。
「キョオちゃん、気付いてた? 私たちの初デート、ことごとく潰れてるんだよ?」
「え?」
「水着買いにいけなかったし、お祭りふたりきりじゃないし」
え!? 水着の時って、デートのお誘いだったの!?
「すまん、気付いてなかった。そういえば俺たち照れくさくてデートってしたこと無かったもんな」
「……キョオちゃん、にぶちん」
◆◆◆
そして放課後。かおりの独占取材が俺たちを待っていた。
――さて、学校一のアツアツ・イチャラブ・バカップル、皇恭一郎君と小日向千佳さんの独占インタビューを始めたいと思います。
「ひでえ言われようだな」
「そこはかとなく悪意がほの見える」
――はい、ここカットね。さておふたりの馴れ初めですが、先に好きになったのはどちらですか?
「私」
「千佳が俺に告白したんだ。でも、心臓が弱いのに告白で緊張して、発作を起こしたんだよ」
――ほほう。それじゃ千佳さんはキョオ君のどんなところを好きになったんですか?
「優しいところ。ゴミの焼却炉の蓋が重くて熱くて開けられなくて困ってた時に開けてくれたの。あと中二病なところ。私、中二病のアニメ大好きだから」
――……蓼食う虫も好きずきと言いますしね~。では心臓の発作を起こしたあと、どうなったんですか?
「好きだといわれた直後にぶっ倒れたものだから、救急車で運んでもらった後も心配になって付き添ったんだよ。で、なんやかやがあって俺も千佳に惚れて。で、今度は俺から告白したんだ」
――なんやかや、とは?
「ノーコメント。プライバシーポリシーは守ってくれ」
――前に「この暑いのに何で学ラン着てるのか」って聞いたときにもノーコメントだったけど関係あるの?
「ノーコメント。独占インタビューっていっても言えないことはある」
――じゃ、オフレコにするから私にだけ教えて?
「ダメ。言うと迷惑がかかる奴がいるとだけいっておこう」
――信用ないのね。ジャーナリストとして傷つくわ。それじゃ話題を変えましょ。おふたりの関係はどこまで進んだんですか? キスまでは私も目撃しましたからノーコメントは無しですよ。
「そこまでだよ。その後何も無しだ」
――またまた。先週溺れる前にも体育館でふたりきりでネコ耳付けてイチャついてたという情報があるんですよ?
「弁当食ってただけだ」
――ネコ耳付けて?
「……ネコ耳付けて」
――やっぱりバカップルですねー。千佳さん、間違いないですか?
「ネコ耳付けてお弁当食べただけ」
――今日もお昼はふたりでどこかへいってましたね。またネコ耳付けてお弁当ですか?
「今日はネコ耳は付けてない。お弁当だけ」
――最近の千佳さんのお弁当、大きいですけどもしかして二人分?
「何で分かったんだよっ!」
「キョオちゃん、うかつ。誘導尋問」
「またか!」
――お手製愛妻弁当とはアツイアツイ。そうそうB子センセの証言も得てますよ? 保健室のベッドでふたりで夢心地だったとか?
「俺は溺れた後で仮眠してたし、千佳もプール疲れでうたた寝しただけだ。本当に夢みてたんだよ。B子センセの脚色だ、抗議する!」
――抗議はB子センセまで。当方は公正な取材を心がけております。では最後に。貴方がたにとってお互いとはどんな存在ですか? まずはキョオ君から。
「千佳と暮らす幸せ。それが俺の人生だ」
――おおっと、これはもはやプロポーズか? では千佳さん。
「キョオちゃんと同じお墓に入るの。それが私の人生」
――……相互プロポーズごちそうさまでした。
「こんなので良いのか?」
――報道部にも取材コードがあるのよね。これ以上のプライバシーは報道しないわよ。
翌日には記事がまとめられ、校内新聞号外として配布された。恐らくかおりは徹夜だったろうが疲れを見せる様子がなかったのはさすがである。一躍時の人となった俺たちは、しかし職員室や生徒指導室に呼ばれることはなかった。ここら辺の事情はとうの昔に教員に知られていたからである。報道部の中でもゴシップ色の濃い校内新聞号外だったこともあり、特に問題視はされなかった。
◆◆◆
そして更に時は流れて週末である。夏期講習もお盆休みになり、クラス総出で夏祭りに繰り出す日になった。結局、千佳にはアウトサイダーの話を曖昧にぼかしたまま伝えるしかなかった。そりゃまあ奴が異世界人だってことはともかく、この世界が奴に創られた複製世界だなんて宇宙的恐怖をそのまま伝える訳にはいかないもんな。
ちなみに夢のシンクロ現象はピタリと止まっている。同じ夢を見てうっかり宇宙的恐怖を伝えてしまうことをアウトサイダーが恐れたのだろうと思うが、これに関してもはっきりしたことを言えないでいた。アウトサイダーめ、まったく面倒な役回りを押し付けやがって。
「最近同じ夢を見ないけど、アウトサイダーがいなくなった訳じゃないんだよね」
「ああ。奴は今も俺たちを狙ってるはずだ。気配を絶って、俺のそばに……」
「やはり悪霊。キョオちゃんが祟られたせいでいつまで経っても……うにゅ、何でもない」
「デートできないのは奴のせいだけじゃないけどな」
「なあに?呼んだ?」
デートができないのはむしろコイツのせいではないかと思われる、かおりがチョコバナナとデジカメを持って現れた。そう、ショッピングの時も今回も、コイツの割り込みで話が一歩斜め上に逸れたのだ。まあ、ショッピングに関しては俺自身行かないつもりでいたのだが。
「呼んでねえ。つか何この混沌」
クラスの面々は俺との『青春の思い出』作りをほったらかして遊び呆けているのである。俺のことはキッカケで口実だったようだ。
「まあ、まあ。キョオ君も思わぬところでキューピッド役を果たしたってことで」
「ほへ?」
「今夜の祭りで生まれた即席カップルも結構いるみたいよ~w」
……それはそれで『青春の思い出』だな。俺なんかとの思い出より、今は即席とは言え今後も続くかも知れない彼氏・彼女との思い出の方が大切だよな……。うん、俺も開き直って千佳とのデートだと思って出直そう。
「キョオ君のおかげで次の新聞、ラブてんこ盛りだよ~w」
「それはやめろ、可哀想だろ。てかお前、それが目当てでこの企画おっ立てたな!?」
「まっさっか。そこまで考えてる訳ないじゃん。でも取材機会を逃さないのが私のポリシーだから、全力で取材するわね。では、バッハハ~イ」
あ……行っちまった。そのうちしっぺ返し喰らうぞ、あいつ。どうなっても知らんぞ?
「それじゃ俺たちも行こうか、千佳。たこ焼きでも食おうぜ」
「うん、行こう。私、たこ焼き大好物」
「よし、今日は俺がおごってやるよ」
「キョオちゃん、ありがとう。じゃ、あっちの店行こう」
「ん? そこの店じゃダメなのか?」
「ん~、店員がタバコ吸ってる」
なるほど、生地に灰が混じったりしたら嫌だもんな。俺たちは下駄をカラコロ鳴らして歩行者天国になっている祭り会場の道路を歩いた。ちなみに今夜は、ふたりとも夏祭りに合わせて浴衣姿である。
「皇恭一郎に小日向千佳! またけしからんことしてるのか!?」
「だ、誰だいきなり他人の人格を踏みにじるようなトンデモ発言をぶちかますのは!」
「担任教師の声を忘れたか!」
「あ……A子センセじゃん」
「『ひでこ』だ! キミが溺れたせいで管理責任を問われてる英子先生だ!」
そこにはやはり浴衣のA子センセと……一緒にいるのはB子センセと、あと誰だ?
「琴浦詩子、通称C子センセだよ、キョオちゃん」
ああ、このひとがC子センセか。音楽教師だっけ。選択科目の関係でめったに会わないから分からなかったよ。千佳サンクス。あれ? 千佳、音楽選択してたっけ?
「聞いてる? 今夜祭りの見回りに引っ張り出されたのもプールが一般開放禁止になったのもキミの責任なんだからね!」
「いや、あの事故は偶発的なもので不可抗力というかなんというか……センセ、もしかして酔っ払ってます?」
「校務よ? 飲む訳ないでしょ。見回りにならないじゃない」
「そういえば高品先生はご一緒じゃないんですか?」
「フッてやったわよあんな疫病神! そういう意味ではキミも疫病神なんだからね!」
あー、悪いことしちゃったかな高品先生に。なぜかA子センセに悪いことした気にはならないのが不思議だが。
「でも『けしからん』はないでしょ、A子……ひでこセンセ。俺たちそんな関係じゃありませんから」
「公衆の面前でキスして抱き合っておいてけしからなくないと?」
「それは、その、キスじゃなくて人口呼吸だし、抱き合ったというのもあの場の勢いと言いますか……」
「勢いでイチャコラして良いの?」
「キョオちゃん、脱出ッ!」
「応!」
俺たちは尻尾をクルンクルン巻いてA子センセたちから逃げ出した。カラコロカラコロ下駄が鳴る。
「こら、皇! 小日向! 逃げるなあっ!」
俺はとっさに千佳の手を取って人ごみの中を突っ切った。振り向くとセンセたちは人ごみの向こう側でよく見えない。今だ! そう判断した俺たちは裏通りへと逃げ込んだ。
俺達はセンセたちの視界からは完全に消えて、撒くことには成功したようだ。しかし千佳が望んでいたたこ焼き屋からは離れてしまった。
路地を迂回して元の屋台まで戻れるだろうか? もしくは別の店にするか?
千佳と相談しようとしたとき、千佳が向こうにむけて手を振っているのに気がついた。
「??? 千佳、どうした?」
「マイ・サーバント。トールハンマー」
見るとブンブン手を振りながら近づいてくる小柄な少女がいた。サーバントって、例のアニメのキャラだろうか? よく見ると彼女は浴衣ではなく軽く脱色した髪色のツインテールにゴスロリ的な衣装で、明らかにそのキャラクターのコスプレをしていた。
「マスター、ご無沙汰デス! む? そのひとがマスターの命運奏者デスか?」
「そう、我が宿命の契約者。キョオちゃん、この子は大森澄江。漫研の1年生にしてコスチュームプレイヤー」
「そうデス、漫研の1年デス。やっぱりマスターにも漫研に入って欲しいデス!」
「何度もいうけどそれは無理。ウチは私の病気のために部活をする経済的余裕がない。それに今はキョオちゃんと一緒にいることが大切。時間的余裕はそちらに回したい」
「聞きましたデス、休学するそうデスね。命運奏者と来年は同輩デス!」
「ああ、よろしく頼む」
「新聞も読んだデス。マスターにプロポーズとは大それたことデス!」
「アレは本心だからな。怖じるものじゃないぞ」
「私のも本心。心から願っている本心」
「むう、そこまで言われたらおとなしく祝福するしかないデスね」
「劇場版?」
「安心するデス、邪魔しないデス」
どうやら結婚式に乱入されてぶち壊しになるのは避けられそうだが……そういや劇場版本編では「あれから2年」っていってたけど、冒頭の夢から2年ってことだよな。その時期までに俺の方が準備を整えられるか、自信はない。確かにアレはアニメで夢だけど、さ。
「おお、そうだ。大森に偵察任務を依頼する。A子センセ一行の所在を索敵、監視せよ」
「イエス、マイマスター!」
「我々は大十字路脇のたこ焼き屋に向かう。目標が接近した場合、連絡せよ」
「了解したデス、マスター! グッドラックでご武運を! デス! チャチャチャ チャ~チャ~チャッチャッチャッチャッチャ~」
大森は景気の良いBGMを口づさみながら偵察に出撃していった。そして数分後。大森からのメールで先生らが祭り会場外れのコンビニでたむろしていた連中に説教中であることを知った俺たちは急いでたこ焼き屋へ向かった。件のたこ焼き屋は行列ができるほど人気があり、焼きあがるのを一から待ってもしばらく待たされるのだ。その間に先生らが巡回を――A子センセの場合は私怨も混じってる気がするが――再開しないとも限らない。俺たちは急いで数メートルに伸びた列の最後尾に着いた。
「結構並ぶなぁ」
「この程度、狂宴に比べればさほどのものではない」
「狂宴? ああ、そうみたいだな」
狂宴とやらは夏と冬の休みに開催される同人誌の即売会のことだろう。俺は行ったことはないが、伝え聞くに「気合いで台風の進路を逸らした」とか「会場に汗の熱気で雲ができた」とか尋常ではない催しらしい。口振りから察するに千佳は行ったことがあるのだろう。
「みたい、って……キョオちゃん、行ったこと無い?」
「ああ、無い。いつなんだ? 余裕があるなら行ってみても……」
「今日」
「え?」
「狂宴、今年は昨日・今日・明日」
キョオじゃなくて今日と言ったのか。ちょっと待て? それじゃ千佳は……。
「今年は行かない」
「どうして? 俺に遠慮とかは要らないぞ」
「今年の貯金は水着になった」
! そういえば俺の為に新しい水着を買いたいって……それじゃ俺の為に、貯金してた狂宴の予算を使っちまったのか……。あれ? それって例のアニメの第2期のメインテーマ『中二病と恋愛の両立』に似てるよな……。
『中二病かつ恋人』という境地に至ったヒロインは理想的だけど、現実的には両方を取るよりも、より好きな方にリソースを全部振り分けたくなるものなのだ。
そしてどちらを選ぶべきか甲乙つけがたかったヒロインの迷いは俺の現状と合致する。
俺の場合はアウトサイダーと融合して生き延びるか、排除して生き延びるかの二択だ。二律背反するこのふたつの両方を同時に選ぶことはできない。そこが例のアニメとの違いかもしれないが、どちらを選ぶべきか判断できないでいる点では同じだ。
心情で言えば絶対排除だ。俺だって千佳ともっと深い仲になりたい。そこにアウトサイダーを差し挟むことには当然抵抗を感じるのだ。嫉妬、悋気、独占欲。どう呼ばれようと千佳は俺の、俺だけの恋人だ。なぜアウトサイダーと分かちあわなければならない。
理性で言えば融合やむなしだ。確かに融合してしまうと元のままの俺ではなくなるが、俺だった部分の因子は残る。それは……千佳が俺の子を欲したことと何ら変わらない。俺がいなくなっても残る俺の因子。俺の一部。俺が因子を残せず死んでしまうよりマシではないか。
そして結局問題になるのはアウトサイダーの信頼性だ。奴はアウタープレーンから来た造物主であり、千佳に横恋慕している。三角関係だ。造物主と被造物の三角関係だ。誰だこんなスケールだけデカくて中身がセコいこと考えた奴は……って、アウトサイダーじゃん。
奴は『俺たちのファンだ』といった。俺と千佳が結ばれることを望んでいると。ただし、奴は俺になりたいと願っている。そして一度は強引な手段で俺の意思を乗っ取った。それが不信感の源になっているのだ。信じることができない以上、思惑に乗ることは危険に見える。
更には俺の脳腫瘍。アウトサイダーは知らなかったと言っているが、命の期限を決められた俺は奴との交渉のテーブルから逃げることができない。奴にとって都合が良過ぎる話ではないか。本当に知らなかったのかどうか。奴の言以外に証拠がない。兎にも角にも「証拠がないが信じてくれ」を繰り返すのみだ。
最近は小細工らしい小細工も仕掛けてこない。俺と千佳の夢を繋いだのは、恐らく千佳の、俺への(そして俺と融合した奴への)依存度を高める策だろう。だがそういう小細工は入院の翌日以降、ぱったりと途切れている。
奴の策がさっぱり見当つかないというのは、或いは次の策に困っているから、というのは希望的観測に過ぎるかもしれない。だが向こうが何も手を打たなければ、反撃するしか手のない俺の手詰まりを意味する。千日手? 堂々巡り? いずれにせよ『埋め合わせ』を待ち続ける千佳には申し訳なくて仕方ない。
――ちゃん
――キョオちゃん
「キョオちゃんってば、たこ焼き焼けたよっ!」
頬っぺたを千佳に思い切りつねられて気がついた。思索(ある意味妄想)にふけっている間にたこ焼き屋の列はずんずん進んでいたようだ。
「それ、キョオちゃんの悪い癖だからね。考え事に熱中すると他のことが目や耳に入らなくなるの」
「すまん、千佳。……もしかして、おこ?」
「えっ? あ、うん、おこです。あは、キョオちゃんがそんなこと言うとは思わなかった」
代金を払って千佳とひと皿ずつ食べながら歩く。外はふんわり、中はアツアツ。舌を焼きかねないほど熱いたこ焼きをハフハフいいながら味わう美味さは他に例えようがない。
「あぅ、これタコ入ってなかった」
「ハズレ引いちゃったか。ほら、一個やるよ」
「あーん、はむっ、ハフハフ」
あの伝説のリア充シチュエーション『あーん』をいとも自然にやってしまうとは……いやはやなんともイチャラブバカップルであることよ。いえいえ言われなくても自覚してますので、御意見は無用に願います。爆ぜろリア充? 脳腫瘍持ちのリア充とはこれいかに。もげろ? まだ使ったことがないのでご勘弁を。いや、使ってからでも大事なんで……って何を考えてるんだ俺は?
「キョオちゃんごめん、手がソースで汚れちゃった。洗ってくる」
「おう、行ってこい」
千佳と一時離れた隙に大事なことに気付く。大森の偵察連絡を受信できるのは千佳のスマホだけじゃないか! 俺はひとりでは先生から逃げることすらできない!
「先生の巡回の目を掻い潜る確率」っていう奴はランダム性が無いから変動させられないのだが、おとなしく隠れてしまえば「見つからない可能性」を変動させられる。
だがそれじゃ千佳ともはぐれたままになってしまう。応用範囲は広いのだが成立条件がややこしいのが『確率変動』の難点である。だがそんなことにこだわっている場合ではなかった。
先生らとは比較にならない難事、世界の外側からの刺客が迫っていたのだ。




