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■第六章   アウトサイダー

■第六章   アウトサイダー


 布団に入るなり俺は夢に落ちた。見なかった先週一週間分の夢が一気になだれてきたようなめまいがしそうなほどのめまぐるしい夢だった。

 やはり千佳の夢と繋がっているのだろうか? 声を上げて呼んでみようとしたが、夢雪崩に飲み込まれて声が出ない。夢って奴はなかなか思い通りにはいかないものだからな。

 昔『イマジニウム』という謎物質について考察したのを思い出した。日常生活で蓄積されたストレス物質『イマジニウム』が脳に作用して夜の夢を見せる。寝すぎると自然に目が覚めるのはイマジニウムを使い果たすからであり、そのときに頭痛を伴うのはイマジニウムの刺激で脳に負荷がかかった為、という設定だ。

 イマジニウムというネーミングセンスはともかく、精神的なストレスを脳が夢という形で処理するのは事実だ。だからなのだろうな。夢雪崩は徐々にどす黒い感情を振りまく不安な色に染まっていった。

 それでも俺は怖くない。昨日までだったらうなされて嫌な汗と共に目覚めていたかもしれなかったが、千佳に話せたこと、謎の声の主の存在、『命運奏者』の力の復活といった好材料が今の俺を支えているのだ。光明が一筋見えたのである。

 一週間分のイマジニウムをぶちまけた夢のあと、俺の前にはひとりの『光る人型の影』があった。臨死体験の時の奴だ。

「よお、『誰かさん』。まずはプールの時の礼を言おうか」

――礼には及ばん。お前の想像通り、お前に死なれては困るのだよ。

「じゃあ昼間の苦情を言わせてもらおう。千佳の唇を奪おうとしやがったな?」

――おのが精神を乗っ取られたことよりそちらを優先するか。

「自分の苦痛なら耐えられる。だが千佳への危害は耐えられないし耐える気もない」

 俺は『奴』を挑発しつつ情報をさぐった。とにかく情報が足りないのだ。

「俺はあんたが何者か知らない。呼び名すら。それは不公平とはいわないか? 呪詛を吐くべき相手の名前すら知らないんじゃ文句のつけようがない」

――好きに呼べ。

「ふざけるな。それじゃあ『お下劣ポンスケ』とか呼ぶぞ」

――……キョオは歪んだユーモアの持ち主なのか? では『外に属せし者』、アウトサイダーと呼べ。

「外……?」

――『部外者』だ。私はお前たちの世界の外側アウター・プレーンから来た。

 ほほう。宇宙人でも未来人でも超能力者でもなく異世界人か。ならば俺たちの世界で何かを手に入れる為に来たのかな? そう思った俺は唇の端を少し持ち上げた。

「何の為に?」

――気に入ったからだ。

「何が?」

――お前たちふたりが、だ。

「俺たちだと!?」

 これは予想だにしていなかった。俺たちが気に入ったから異世界からやってきた、だと?

意味が判らん。俺たちはそんなに重要人物だったのか?

――そう、お前たちだ。私はお前たちのファンなのだよ。

 ??? どういうことだ? 

――お前たちの物語を上方世界から『読んで』いたのだ。それを『て』お前たちのファンになったのだよ。そしてお前たちの物語に参加したくなったのだ。その為に世界を越えてここに来た。だからこそお前を死なせる訳にはいかないし、チカを泣かせたくもないのだ。

「……? それで俺と融合? あ、まさかお前! 千佳に惚れたな! それで俺に成り済まして千佳にキスしようと……」

――成り済ましてはいない。お前の願望でもあるだろう? チカと結ばれるべきはお前だ、キョオ。だが確かに私もチカに恋をしている。お前とチカが結ばれ、かつ、私とチカが結ばれるという二律背反アンビバレンスを満たすために、キョオ、私はお前になりたいのだ。

「狂ってる……アウトサイダー、お前、狂ってるよ」

――正気と狂気の定義などにさしたる意義は無い。私にはそれを成したいという願望があり、成しうる能力があり、成す機会があった。だから成す。それだけのことだ。

 俺は戦慄を隠し得なかった。恋――それも横恋慕よこれんぼもいいところだ――のためにここまでするアウトサイダーの妄執と、それに狙われているのが俺たちだということに戦慄した。

――本来ならお前に悟られることもなく合一を果たしていた筈なのだがな。失敗の原因は、やはりお前の『確率変動』だろう。合一した私とお前が定着する前に生じた数パーセントの誤差を『確率変動』の能力が押し広げ、完全に分離させてしまったのだ。

「では……では何故『確率変動』の能力が復活したんだ? 千佳の手術の時に使い果たして消えてしまったものと思っていたのに……?」

――おそらく再創世リ・ジェネシスの折に……。

「何だよ『再創世』って!」

 夢の中では思考と言語の境界が不明瞭になる。不用意に漏れたアウトサイダーの思考が俺に疑念を抱かせたのだ。

――これは知られたくなかったが……いや、いっそ知らせたほうが良いのかもしれん。だが知ってしまったら後戻りはできないぞ。

「構わない。言ってみろ」

――ならば語ろう。実はこの世界はお前たちが本来属していた世界ではない。お前たちの世界を真似て私が創った箱庭世界だ。もともとのお前たちの世界を第一次世界、この世界を第二次世界と呼ぶこともできる。第一次世界は私ではない他の『外に属せし者』の所有する世界だったのでな。複写して再創世したのだよ。私はこの第二次世界を自戒と自嘲を込めて模倣者の世界エピゴーネン・プレーンと呼んでいる」

「何だよそれ……『宇宙的コズミック恐怖ホラー』って奴かよ……冗談じゃねえ……」

 気付かない方が幸せだったという事象はコズミック・ホラーにはありがちなシチュエーションだが、それが今ここで起きるとは思わなかった。確かにここは夢の中、幻夢境ドリーム・ランドではあるが。

SAN値が下がる感覚とはこういうものか。実感したくはなかったぜ。

――だから知られたくなかったのだ。だが知ってしまった以上後戻りはできないと言ったはずだ。どうだ?お前は造物主に互し得る存在か?

「何で……何で造物主サマが千佳に入れ込むんだよ!? 適当に都合のいい女を創造してはべらせりゃいいだろ!」

――自分を慰めて何とする。意味がある行為とは思えぬな。それに言った筈だ。私はお前『たち』のファンなのだ、と。つまりお前のファンでもあるのだよ。私はお前たちの物語に連なりたかったのだ。

「造物主サマなら俺の体を乗っ取っても良いのか?」

――造物主とは善悪を超越するものだと認識しているが?

「俺の脳腫瘍もお前のせいか?」

――いや、それは私にも想定外だった。第一次世界からそうだったのだろう。

「……千佳は……千佳もこの夢を見ているのか?」

――否。片思いの相手を怯えさせてどうする。

「そうか……だが自作自演の一人遊びの為に世界丸ごとコピーしちまうとはスケールがデカいな。デカすぎて馬鹿馬鹿しい」

 軽口を叩きながらも概念やスケールの大きさの違いに戸惑っている内に、今度はアウトサイダーの方から切り出してきた。

――では今度は私から問おう。お前に示された道はふたつ。私と融合して脳腫瘍を治すか? それとも融合を拒絶して脳腫瘍に倒れるか? いずれを選ぶかはお前次第だ。

「二択か。融合を拒絶して脳腫瘍を治すという選択はないのか?」

 それは精一杯の強がりだったが、俺はニヤリと不敵な笑みを浮かべて見せた。だが、

――問いに対して問で返すのは褒められたものではないが答えよう。その選択は無い。『確率変動』は消耗性の能力だ。今回は再創世の時に私のミスで消耗がリセットされたが、いずれは消耗されて無くなってしまうだろう。その時までに治療が終わる可能性、そして再発が起こらない可能性、いずれも『確率変動』無くば100%ではなくなるだろう。加えて告げておこう。再創世はもはやできぬ。消耗した『確率変動』を再生することはできないのだ。

 アウトサイダーはにべもなくそう答えた。

「融合せずにお前が治すという俺に都合のいい展開はなし、か」

――お前の自我が拒絶する間は、無理だ。お前が重篤化して魂が肉体を離れた後なら私が替わって病を癒しうるが……。それを選ぶならひとつ願いを聞いてくれ。チカを抱いてやるのだ。チカとの間に子をもうけてやってくれ。私の子ではなく、お前の子を……。

「お前と融合したら俺の意識はどうなる? 融合すれば俺は元の俺ではなくなってしまう!」

――案ずるな。森羅万象しんらばんしょう変幻流転へんげんるてん。変わらぬ物などない。そして最初に私と融合した時のように違和感はないはずだ。チカへのキス未遂が無ければ、あのまま定着していただろう。両方の意識が混在し、一個の人格に統合されるはずだ。

「保証は?」

――実証された通りだ。お前は融合されたことにすら気付かなかった。

「融合しなければ、どうなる?」

――医者の見立て通りなら、お前は50%の確率で5年以内に死ぬ。その場合、魂が抜けると同時に私が肉体を乗っ取りチカと共に生きる。そしてお前の魂は……エントロピーの領域に飲まれて消滅するだろう。だが、繰り返すがそれは本意ではないのだ。私は『お前たち』のファンである。お前たちが結ばれて幸せに暮らすことを望んでいるのだ。だから、何度でも言おう。私はお前になりたい。成り代わりたいのではなく、なりたいのだよ。

「リスクはほとんど無い上に確実に脳腫瘍が治る……美味すぎる話でかえって信用できないな」

――あらかじめ言っておこう。最優先はチカの幸福だ。次がキョオ、お前の幸福。そして私の幸福の順だ。チカが幸せであればお前の幸福は次善なのだよ。

「違うな。お前が最優先にしているのは千佳の幸福を願う自分だ」

――そうかもしれん。だがそれは修辞学レトリック上の問題だな。

「ここは討論するだけ無駄だな。……俺に考える時間はあるのか?」

――腫瘍がお前の脳を食い尽くすまで、好きなだけ考えるがいい。

 腫瘍が見つかるのが早かったからまだ良かった。まだ多少の時間はあるようだな。そう思った時、『キョオちゃん、死なない?』と言って俺を見つめた千佳の瞳が脳裏に浮かんだ。そして千佳への愛しさと切なさが込み上げてくる。だから俺はアウトサイダーに大切なことを問い正さねばならなかった。

「……千佳の気持ちはどうなる? 嘘をついて騙すのか?」

――知らぬが仏、嘘も方便と言うぞ。

「認めない! 千佳を騙すなんて許さない! 俺は千佳を幸せにしたいのに……千佳はな、千のいことがありますように、と願われて名付けられた子なんだぞ! 俺は千佳を騙してごまかすなんてことはできない!」

――ではどうする?

「……答えは先送りにさせてもらう。千佳に話すかどうかも含めて少し考えるさ。腫瘍が脳を食い尽くすまで、時間はまだあるんだろう? 『偶然にも』早期発見されたんだからな」

――良かろう。『偶然にも』拾った命、悔いなく生きよ。

「あんた、造物主だからってどこまで上から目線なんだよ、アウトサイダー!」


◆◆◆


 俺が自分からキスを求めることは、俺の矜持にかけてありえない。つまり昼間俺がキスしようとしたことは、奥に俺の願望があったとしても俺の意思ではなくアウトサイダーの意思に引きずられた結果だ。と言うことはやはりアウトサイダーの言うことは詭弁きべんで、違和感に気づかなかっただけで、そしてあの時の俺はやはり本来の俺ではなかったことになる。

 そう考えたところで俺の意識は眠りの闇に飲まれてしまった。この「気付き」もアウトサイダーに知られてしまったかも知れない。そう思うのが精一杯だった。


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