どす恋
読んでみてください。
押し出しで終わった恋をどれほどしただろうか。
高校二年相撲部の吉田は、そうつぶやいた。夕日は下校中の彼女を正面から容赦なく照らす。。吉田は、ため息とまぶしさに下を向いた。二重あごになった。思わず、自分でも笑ってしまった。その時、一滴のしずくが、頬を滴り地面に落ちた。すぐさま首にかけていたタオルでふき取る。それでもしずくは、どんどんあふれ出す。拭いても拭いてもしずくはとまらない。いつの間にか顔中が、濡れていた。
「汗、私も拭くよ」
並んで帰っていた同じ相撲部の加藤が、そう言った。相撲部にとって秋は、まだ夏だ。タオルと着替えは、部活がない日も欠かさなかった。
「悩みでもあるの?」
幼稚園からの相撲仲間の加藤は、吉田が落ち込んでいることを分かっていた。幼馴染ってすごいな、と吉田は、思った。
「…ううん、別に。。なんでもないよ。」
いくら同じ釜のちゃんこを囲った親友とはいえ、失恋したなんて言えるわけがなかった。いや違う。失恋したたびに彼女は、加藤に慰めてもらっていた。理由はそうじゃない。加藤に迷惑をかけるわけにはいかなかったのだ。実は、告白した相手は、加藤の彼氏だったのだ。もちろん最初から知っていて告白したわけでなく、断られたときにそう言われた。
今回ばかりは、もうどうすることもできなかった。いつもなら加藤に言って慰めてもらうのになぁ、心の中でつぶやいた。もやもやとした思いでいっぱいだった。
『パシッ!!!!』
当然、特大の張り手が彼女を襲った。
「よっちゃんのバカ!!!!!!」
その声は、加藤だった。
「なんでもないじゃないよ!!よっちゃん絶対悩んでるよ。私分かるよ!今日だってお昼ごはん三合しか食べてなかったもん!いつものよっちゃんじゃなかった!何で話してくれないの?いつも一緒に悩みを話して泣いたり笑ったりしたじゃん!」
加藤の顔は、真っ赤になり涙と汗と鼻水でもうしっちゃかめっちゃかだった。
「ぷぅ…笑」
吉田は、思わず笑ってしまった。
「なによ!何がおかしいのよ!」
加藤が言い返す。あぁ、私のことこんなに考えてくれてたんだなぁ、と吉田は思った。
「じ、実はね…」
すこし口が滑りそうになりあわててとめる。もう一度、加藤の顔を見る。もう我慢は、できなかった。
「実は、ケイタ君に告白したの!…振られたけどね。。」
「け、けいちゃんに?!」
加藤が、驚くのは当然のことだった。
「ご、ごめんね。親友の彼氏とろうとして。あはは、もう親友じゃないか…」
本当のことを言っても言い訳に聞こえてしまうだろうと思い嘘を言った。しかしこうするしかなかった。事実、結果だけ見れば親友の彼氏を取ろうとしてたのだから。怖くて加藤の顔が見れない。夕日がさっきより強くなった気がする。そう思い込んでいっそう下を向いた。
当然、加藤が、手を引っ張り帰り道を戻り始めた。
「ちょっと、加藤!そっちは、学校だよ!」
しかし彼女は何もしゃべらない。仕方なく吉田は、夕日に照らされた大きな背中を眺めてた。結局道中で彼女は一言もしゃべらなかった。
「着いたよ。」
加藤がそう言い、吉田は、はっとした。
「ここは…」
「土俵だよ。」
確かに目の前には、夕日に照らされた学校の土俵があった。今日は部活がなかったが、いつもはここで稽古を重ねている。
「私の彼氏がほしいんでしょ?なら、相撲で奪ってみろよ!」
加藤は、きっと本気だった。吉田もそれに気づいていた。彼女たちは、土俵にあがり向き合った。吉田は、加藤の顔を見ようとしたが夕日の逆光でよく見えなかった。
「一本勝負だから!行くよ!はっけよーーーい…」
突然のことにびっくりしたが、やるしかなかった。
「のこった!!!!!」
相撲において最初の激突は重要だった。吉田は組み合おうと突進したが、加藤が張り手を繰り出した。その張り手には見覚えが合った。
(さっきのだ…)
吉田は、一度見た技は忘れない。加藤の張り手をするりとかわし、得意の組み合いに入った。いけると思ったが、加藤もしっかり粘った。ひと時の沈黙。汗の滴りとともに吉田は、加藤の涙に気づいた。心臓の鼓動が聞こえる。加藤のだ。いままで無我夢中であったが、ふと我に返った。私が勝っても、彼氏は取れない。この試合にやる意味はない。そう思えてきた。勝ち負けなんてどうでもいい。すると自然と力が抜けていった。
「諦めちゃだめ!!!!!!」
加藤が叫んだ。
!!!!!!!!!
自分に衝撃が走るのを吉田は感じた。諦めてはいけないんだ。吉田は、力を入れなおした。しかしもうこれ以上、加藤の涙を肌で感じるのがいやだった。だから彼女は、張り手を使い押し出しに持ち込もうとした。
「だめ!!!!私と向き合って!!!!」
加藤がまた叫んだ。加藤は、吉田が押し出そうとするのを必死にこらえ体を離さなかった。吉田は、向き合うことを決心した。がっちり組みなおし、本気でぶつかり合った。そしてそのまま二人同時に土俵の外に倒れこんだ。寄りきりであった。その場で二人は、寝転んだ。やっと加藤の顔が見れた。泣いていたが笑っているように見えた。
「どっちが勝ったのかな」
「分からないね」
「よっちゃんの勝ちで良いよ。でも彼氏はあげなーい。」
「それゆーと思った。」
「「ハハハハハ」」
二人して笑った。吉田にもうどこにも悩んでる様子はなかった。夕日は、いつまでも彼女たちを照らし続けた。