茶屋毒盛り事件 壱
次の日、ハナマチは朝から異様な空気が漂っていた。
いつもはだらけた人間ばかりのこの街が突如人が入れ替わったように、皆身なりを整え、店の派手な装飾を取り何時もの下品な言葉はまるで飲み込んでしまったかのように腹の中に隠された。
「うさぎ、よく見ろ〜これが猫かぶりってやつだ」
街の変わりように波護は兎都の肩に腕を回して言った。
その腕を兎都は跳ね除けて無視する。
そんなこと言われなくても二年も暮らしているのだから、ここの住人のしたたかさは重々承知だ。
今日、王直属部隊、五人大将の一人がハナマチの視察を行うのだ。その理由は近々王が他国の偉人を招くにあたり、不備がないか調べるためのものである。
もちろん、前持って住民に知らせたのは情報屋である波護だ。
それなのに、他人が猫を被るのを疎んでいるのだからたちが悪い。
「そんなことより、早く終わらせて帰るんでしょ。今、店誰もいないのだから」
兎都は土産屋通りとは別の入り組んだ家屋の間を迷路のように歩いた。
そしてとある通りに差し掛かった時、背筋をそっと撫でるような違和感を感じた。
「いつ来てもお前ここで立ち止まるな」
波護はそう言うと立ち止まって見つめている兎都の視線の先の店へと入って行った。
その店は四角い箱のような店で、黒く固い壁はいつでもひんやりとしていた。
葬儀屋と書いてある看板を兎都は見つめ、軽く深呼吸して波護の後に続いた。
「毎度〜カツラ屋だ」
店内は昼だとゆうのに更に暗く、蝋燭の火が二本ゆらゆらと揺れるだけで物音一つしない。
「あれ、留守か?」
「いや、いるよ」
兎都の目が赤く光る。
兎都には特殊な能力があった。常人離れした運動神経や記憶力の他に暗闇でも人の居場所がわかる能力だ。
「地下に一人いる」
足元を見つめる兎都を波護は見ていた。
この能力ばかりは人間としての領域を超えている。
波護がはじめてこの兎都の能力を知った時、はじめて彼は違う世界から来たのだと実感した。
「壁を越えて人の存在がわかるのか」
「わかる。動いてる」
「……よし、行こう」
部屋の隅にある階段を下ってゆく。
するとすぐに地下の部屋が露わになり、そこには黒い袋を持った痩せ細って顔色の悪い男が立っていた。
「あぁ、くると思ったから用意しておきましたよ」
男はそう言うと麻袋を持ち上げた。
地下には黒い棺桶が幾つも並んでいて中にはちゃんと人間の死体が入っている。
兎都は手で鼻を抑えた。
死臭ってなんでこんなに臭いんだろう。鼻を通り越して口の中まで広がり死人の味がするようだ
男から黒い袋を受け取った波護は代金を払い早々に葬儀屋を出た。
「これでやっと新しいカツラが作れるな」
袋の中の黒い毛玉を眺めて波護は満足そうに笑った。
ハナマチは先ほどよりも更に緊張感が高まったようで、兵隊の数も増えていた。
「波護は行かなくていいのかよ」
「いいのいいの~今日は休日だから~」
と言っていたが、兵に見つからない場所を選んで歩いているのを兎都は知っていた。
家の前に着くと、ハナマチの兵隊が一人立っていた。
スラリとしたスマートな体格に短く綺麗な金髪が兵隊帽から見えた。眼鏡の奥の瞳は鋭くこちらに気がつくと大きく見開いた。
「な、波護…さん」
「おう、どうした?副隊長さん」
呆然とする将仁の横を通りすぎ波護は家の鍵を開けた。
「いや、ちょっと道に迷って」
「ほう、その割りには随分待ったようじゃないか?」
「いや、でもここは」
「俺の店だが?」
ドアを開けると鈴の音が鳴り響き客を歓迎した。
将仁が兎都の存在に気がつき更に目を見開いた。
「ま、まさか、白兎?」
「いらっしゃい、何をお探しで?」
兎都は営業スマイルで将仁を見上げた。
「とりあえず、中で話を聞こうか将仁」
波護がドアに寄りかかりそう言うと、将仁は一瞬うつむき、それから何も言わずに中に入って行った。
「んで、何を買いたい」
どかりとソファにふんぞり返る波護を見て将仁は何時もと彼の様子が違うのを感じていた。
隊内での波護はふざけたり、下っ端の兵の面倒を見たりと優しい一面を持ちつつ人を見透かすような物言いをする食えない奴だと将仁は思っていたが、目の前に座る男は着物をだらしなく着崩し、タバコを吸い、足を大きく開くチンピラにしか見えない。
何より目の奥に明らかに敵意と警戒心と殺意とまではいかないが、何かしようものなら容赦はしないと言っているような狂気を滲ませている。
「まさかカツラなんてこたぁ、ないよな」
ニヤリと笑うその横には無表情の少年が立っていた。
その無表情の少年を見た将仁は確信してしまった。
――闇を飛び回る白い兎。それは彼の二つ名で情報屋が情報を集めている証拠。と言ってもそれを見た者はほとんどいない。特徴は白い肌に赤い瞳。
まさか、こんな少年だったとは・・・・・・
将仁はごくりと生唾を飲み下す。
今自分は、世の噂の真ん中にいるのだ。
「じょ、情報が欲しい」
かすれる声を必死に絞り出す。
「よくぞ言った。うちはそう言ってくれなきゃ始まらんのよ。うさぎ、将仁副隊長さんにお茶を」
兎都は面倒そうに店の奥の暖簾をくぐっていった。
「彼の名前ですか」
「ん?違う違う、あいつは兎都だ。うさぎはあだ名だ」
「本当に情報屋なんですか」
「あぁそうだ」
「知る者は少ないのか。それとも俺が鈍感なのか」
「おいおい、あんたそんなことを聞きにこんな所に来たわけじゃないだろ?まぁ、座れよ」
将仁はいつも以上にぶっきらぼうな物言いをする部下を見つめてから近くにあった椅子に座った。
「実は今朝、茶屋で殺人事件があったんです」
「茶屋?紅の所か」
「殺されたのは漁師の菊田とゆう男。死因は毒殺」
「毒?茶にでも毒が入ってたってか?」
「いえ、茶には何も。同席していた男が加害者に何か薬のようなものを渡していたのを店の少女が見ていました。その薬を渡した男は薬を渡すとすぐに店を出たそうです」
「その男の顔を紅は見てないのか?」
「はい。はっきりとは見えなかったそうで。何やらフードを深く被っていたらしく……ただ」
「ただなんだ?」
「フードの隙間から長い銀髪が見えたとか」
それを聞いた波護の顔色が明らかに変わった。
お茶を洒落た茶器に入れて持ってきた兎都は将仁に手渡すと波護の隣に座った。
「おりしも今日は五人大将の偵察の日。早く事件を解決させたい。ですが、まったくその男の足取りがつかめていないのです。そこで、情報屋に銀髪男に心当たりがあればと」
波護はじっと将仁を見つめたまま動かない。
隣にいる兎都は立ち上がり今度は逆の暖簾をくぐって行った。
「将仁、あんた昨日覚悟を決めたなら最後まで突き通せって言ったよな」
海岸の丘での言い合いを思い出す。
「えぇ」
「ならこれは覚悟決めてから聞きにきな。あんた1人でどうこうできる話じゃない」
「はっ?じゃあ、この話は無かったことにするつもりですか?」
「いや、あんたの要望が〝大将達が来る前に解決″ならできる」
「どうゆうことですか?」
「簡単な話だ。それこそ無かったことにすればいい。加害者の身元をもっと詳しく調べてみろ。家族なんていやしないだろう。なら、不慮の事故死にでもすればいい。それをハナマチのやつらに話して、ちゃんちゃんだ」
「それって…犯人がいるのに無かったことにしろってことですよね?」
「そうだ」
驚いた。本当にここにいるのは波護だろうか?
正義感が強く、困っている人をほおっておけないお人好しだと思っていた将仁は心の中で言い知れない感情が湧き上がってきたが、ぐっとそれを堪えた。
「わかりました。それならば情報屋の手を煩わせる必要もありませんので」
将仁は立ち上がりドアに向かった。
「将仁」
外に足を踏み出した時、波護に呼ばれた。将仁は振り向かずに立ち止まる。
「冷静なのが、お前の長所だ。きっと、これ以上踏み込んじゃいけねぇってことも解ってるはずだ」
だから、傍観者になれとゆうのか? ハナマチに配属されると知らされた時、大きなチャンスだと感じていた。
サクラの人間は〝落ちた大将の息子″と噂したが、将仁はそうは思わなかった。
五の都の悪の根源を知り、巣穴を見つけ駆逐する。それができるのは、自分だけだと信じていた。
だからこそ、父親の七光りを捨て自らこの地を選んだ。
「お前など息子ではない」
絶対的存在の父。その父にはじめて意見したその日に言われた言葉だ。
元から父だとゆうことを知らされているだけで、親らしいことをしてもらったことがなかった将仁にとってその言葉は完全に父とゆう存在を幻滅させ憎しみにも似た感情へと変わっていった。
「覚悟なら」
将仁は振り向き波護を真っ直ぐ見つめた。
「覚悟ならとうの昔にできています。覚悟ができていないのは、貴方の方なんじゃないですか?」
波護は明らかに驚いた顔をしてすぐに声を出して笑った。しばらく波護は笑っていたが、すぐに笑うのをやめ波護は鋭い眼光で将仁を見た。
こんな顔を見るのもはじめてだった将仁は後ずさりしたくなる気持ちを堪えるように下半身に力を入れた。
ここで負けてはこの先に現れる悪に立ち向かえない
「覚悟なんて簡単に口にするんじゃねぇ」
低くくぐもった声で波護は言った。将仁はその一瞬でチンピラではなく本物の悪を見た気がした。
修羅を見てきたかのような瞳の奥はどうなっているのか気になったが、それこそ踏み込んだが最後、戻ることはできない底に落とされるだろう。
「簡単かどうかはこれから判断していただきたい」
背中に汗がすっと流れるのを感じながら将仁は必死に彼の目を見つめた。
「ほう、どう判断しろと?」
「安心して下さい、貴方の手など借りずに自力で犯人を見つけます。なのでもし、自分の身に何かあっても貴方はなんの責任も感じなくていいですから」
将仁はそう言うと扉を閉めた。
振り向くことはできなかった。またあの瞳を見て平常心でいられる自信がなかった。
波護から逃げたのだ。あの瞳から逃げたかったのだ。
それを自覚しているからこそ、悔しくて仕方がなかった将仁の背中にまた汗が流れた。