夕陽と赤い瞳
「へ〜あんたサクラの護衛兵なの」
団子屋を出た後、摘希はお礼をさせてくれと松乃に頭を下げた。しかし彼女は自分の店まで送ってくれたらそれでいいと言ってその道で先ほどの騒動の発端を話した所、意外な返答が返ってきた。
「松乃さんは、その……偏見とゆうか、サクラの住人の僕を疎ましく思ったりしないんですか?」
「まさか!あなたみたいな可愛い兵隊さんを何故私が嫌がるの?」
「か、可愛い!?」
驚いて彼女の顔を見ると長いまつ毛がさらりと風に靡きドキリとする。
「そうよ、可愛いわ」
「ぼ、ぼくはデブでチビです」
「そうかもしれないわね」
「あ、そこは否定してくれないんですね」
「しないわよ、嘘になるもの」
分かってはいるが、美女に言われると更に落ち込む。
「それでも、あなた可愛いと思うわよ。そりゃ、痩せたらあなたはカッコ良くなるかもしれないけど、そんな人間完璧なんてつまらない。ちょっとは欠陥があったほうが愛らしいじゃない」
そう優しく笑う彼女の顔から目が離せない。
「あとはここが男になれば何もいらないでしょ。きっとモテモテになるわ」
松乃は摘希の胸をトンと触るとそう言った。
「ちょ、ちょっと本気にするのでやめて下さいよ」
「あら赤くなって、可愛い」
勢い良く抱きしめられると松乃の胸に頭が埋れ摘希の心臓はもう爆発寸前だった。
「まぁ、兎都ちゃん」
赤く派手な木造の一軒家の前で兎都が少女をつれて立っていた。
「香が切れたから」
短くそう言うと摘希をチラリと見てすっと目を逸らし大きくため息をついた。
「なんか言ってくださいよ!」
「いや、もう話しかけないで」
「どうゆう意味ですか!?」
「スケベ」
兎都の隣にいた少女がまっすぐに目を見てきてそう言った。
眉の上で真っ直ぐに揃えられた髪の下の目は大きく無表情で不思議な雰囲気を醸し出していた。
摘希が呆然としていると、兎都がしっと口の前に人差し指を持ってきて
「クリ、口聞いたらスケベ菌がうつるよ」と言った。
少女はコクリと頷き口をギュっと閉じて絶対口聞かないとゆうように摘希を見た。
「バカやってないで。栗子、店番はどうしたんだい?」
松乃が少女の前に腰に手を当て立つと少女は少し目を泳がせた。
「あ、忘れてた。でも客いない。大丈夫」
「あんたの店はどこだい?」
「そこ」
と言って指差したのは真向かいの店だった。今二人ほど客が入ってゆくところだ。
「あれ〜今のは客じゃないのかな?」
栗子は自分の店をじっと見つめた。 すると、中に入って行った客が誰もいない店内から出てきてキョロキョロしているところを一通り見て
「あれは…たぶん違う」と真顔で言った。
「客だよ!おばかさんが!」
松乃が怒鳴ると栗子はそそくさと店にかけて行った。
「ほんと、兎都ちゃんが来るといつもこうなんだから」
「僕は何もしてないよ」
兎都は松乃の横をするりと通り過ぎお香のいい匂いのする店内へ入って行った。
「兵隊さんも入って」
暖簾をめくりながらニコリと色っぽく笑う松乃に摘希はまた顔を赤らめた。
「うちの店はお香専門でやってんだ。大きかないけど、自信作ばかりだよ」
「うわぁ、素敵なお店ですね」
五脚ほどならんだ丸いテーブルと椅子、テーブルの上には沢山のお香がまるで花のようにつまれている。天井からは幾つもの銀色の皿がゆらゆら揺れてそこから煙がゆったりと天井へと渦を巻いて立ち上っていた。勘定するテーブルには黒いレースのカーテンが垂れ下がり、床は松乃の着ている着物と同じく鮮やかなすみれ色だ。
「ありがとう。座って」
一番手前のテーブルに座るとお香の花から香りが漂ってうっとりする。
「まるで花を愛でるためのテーブルですね」
「あら、わかる?」
「はい!本当に素敵な感性です」
「嬉しいわ。私の周りの男は誰もこの良さをわかってくれないのよ」
「それは勿体ない」
二人が話しているのを気にせず兎都は慣れた手つきで棚からお香の入った筒を手にとっていた。
「兎都君はどうやら常連のようですね」
「そうでもないのよ。よくしてあげてるのに、本当にお香が無くなった時しか来てくれないのだから」
「そうなんですか?兎都君」
「僕より波の方がいいかと思って」
「波?波護さんとも交流があるんですか?松乃さん」
「狭い世界で生きてるからね。大体が幼馴染よ。あのバカとは特に腐れ縁みたいなところあるわね」
「へ、へ〜」
摘希は少し嫌な予感がした。松乃が波護と聞いてすぐに煙草を吸い始めたからだ。
「これ頂戴」
兎都は両手にいっぱいお香の束を持って松乃に見せた。
「毎度」
「金は波護に持ってこさせるよ」
「兎都ちゃん、別にいいのよ」
「よくないでしょ、夫婦は仲良くしてなきゃいけないってクリが言ってたよ」
「夫婦!?」
摘希は立ち上がって目を丸くし松乃を見た。
「違う違う。おままごとよ。うちの栗子がまだ幼い時に二人でおもりしたのよ。それで栗子はそんな風に言っているだけで」
「え、じゃあ栗子さんは松乃さんの」
「それも違うわよ?まぁいろいろ事情があんのよ」
「そ、そうですよね、はは、まだお若いし。すいません勘違いしてしまって」
「もう三十路だけどね」
「兎都!!」
松乃は立ち上がり兎都に掴みかかろうとしたがその脇をするりと抜けると入り口に立った。
「ま、松乃さん!と、歳なんて関係ないで、ですよ!」
「ちょいと、完全に動揺してるじゃないの。それより、兎都!歳の話しは禁句だってあれだけいっておいたのに!説教するからそこ座りなさい!」
「嫌だ。帰るよ」
そう言ってドアの方を向いた途端に兎都は後ろに飛んだ。それと同時に物凄い音とがしてドアが何者かに蹴破られた。
「な、なんだ?」
摘希は後ろに転がり松乃はすっと立ち上がった。
「ちょいと、帰ってきて早々舐めた真似してくれたもんね海賊さん」
壊れたドアからぬっと大きな体の傷だらけの男が入ってきた。
「おい、お前んとこのチビが暴れてんだ。早く止めねぇと殺すぞ」
「栗子!?」
松乃が飛び出す前に兎都が男を飛び越え外に出た。そこには10人ほどの男がたむろし皆柄が悪く傷だらけで武器を持っている。その中、1人で栗子が奮闘していた。
男の脛を蹴り、背中に飛び乗り、顔を殴りつけている。そこを別の男がひょいと栗子の首根っこを掴むと地面に叩きつける寸前で兎都が男の脇腹を蹴り栗子を救う。
「なにしやがんだ!このクソガキ共が!!」
「俺らが運び屋、海賊と知ってのことだろうな?あ!?」
「どうせ、ハナマチの子供だ!親なんていねぇ!殺してやれ!」
男どもの怒号が響き渡り周りには野次馬がたかってきた。しかし、誰も栗子と兎都を救おうとしない。
「どうして、皆見てるだけなんですか!?」
摘希が駆けつけようとしたところ、松乃が止める。
「松乃さん?」
「兎都ちゃんがいれば大丈夫よ」
「でも、見てるだけなんて」
「兵隊さん?絶対にあいつらに手を出しちゃダメよ。あいつらは運び屋。あいつらの怒りを買ったら最後、ハナマチでは生きてけないわ。それに、鬼を起こしたら」
「鬼?鬼ってなんですか!?」
その時どこからともなく風鈴の音がした。その音に海賊の男どもは体を強張らせ静まり返る。ゆっくり、その風鈴の音の先を見るとそこには波護が立っていた。
その後ろを風鈴売りが通りすぎてゆく。
「おいおい、久しぶりに帰ってみたらこの騒ぎか。人が疲れてるって時に勘弁してもらいたいね」
不思議なことに、運び屋は静かにその場から離れてゆく。
「おい!謝れ!」
栗子が怒鳴っている。無表情の顔だった先ほどとは打って変わって怒りをあらわにしている。
よく見ると店先には先ほど栗子の店に入っていった女の客が足を抑えて座っていた。その隣で恋人らしき男が心配そうに彼女の肩を抱いている。
海賊の男は舌打ちすると懐から汚い金袋を女の前に置いて何も言わず去っていった。
「おい!謝れよ!」
その背中に栗子がまた怒鳴るが、客がそれを止めた。
「もういいです。私は平気ですから」
「栗子、とりあえず店の中で手当てしなさい」
松乃がそう言って女の腕を自分の肩に回した。
「ほいほい、お開きお開き〜帰れ〜」
波護は野次馬を追い払う仕草をすると皆それぞれの持ち場へと帰って行った。
「波護さん、凄いです!やはり貴方は凄い人です!あの恐ろしそうな男たちを一睨みで追い払うなんて!」
摘希がキラキラした瞳で波護を見上げた。
波護は真剣な顔をしたまま海賊がいなくなった方とは逆方向を見ていた。
「なんだか嫌な予感がしやがる。兎都、行ってこい」
兎都はため息をついて屋根に登ると波護の見つめる方向へと駆け出して行った。
「と、兎都君はどこへ?」
「ん?……おお!東の…えーと葉巻?」
「摘希です!嘘だ、今僕に気がついたんですか?!」
「おぅ、悪いなチビっこくてわからんかった。ははははは」
「酷いです。カツラ屋は、二人とも毒舌です」
兎都は屋根から屋根へと軽々飛び移り走り抜ける。
波護の考えていることは大体わかった。だからこそ、海賊のチンピラを追わせるのではなく〝何故海賊のチンピラが大人しくなったのか″を探らせようとしているのだ。
あの時、風鈴の音がした。海賊はそれに反応していたように見えた。ならば、あの時いた風鈴売りが怪しい。
しかし、すぐに追いつくかと思いきやまったくその風鈴売りが見当たらない。大量の風鈴を荷車に乗せていたとゆうのに、もう見失うなんて益々怪しいと兎都は思った。
「どこへ行くのかな?白兎くん」
すぐ後ろから声がしてすぐ振り向くとそこには砂鬼が屋根の上に立っていた。
「砂鬼…」
「ねぇ、そんなに急いでどこに向かってるのかな?」
「わかってるくせに、わざわざ聞くのか?」
ぶっきらぼうに兎都がそう言うと砂鬼はくぐもった笑い方をした。
兎都は足に力を入れる。
「確かにそうだね、じゃあ言い方を変えよう」
空気が変わるのを感じた。冷たく音もなく彼の少し高めの声だけが耳元で聞こえるような気がした。
「深追いするな。この先をゆくなら殺す」
威圧的な砂鬼の存在感に押されそうになる。こんなこと、この世界にやってきて一度もなかった。兎都は戸惑う。
「なーんてね!」
さっきの空気は何処へやら、砂鬼は手を顔の前に持ってきておどけてみせた。
「嘘嘘!君を殺すなんてしないよ!」
「は?」
まさかの言葉だった。あの裏切り者は誰であろうと殺すと恐れられていた運び屋の鬼が意図も簡単にそれを否定した。
「だって俺、君のこと好きだもの」
「……。」
「あ、何その顔〜。別にへんな意味じゃないよ?だってさ、この世界ってとっても退屈だろ?その中で君は特別な気がするんだもん」
それはまぁ、この世界の人間じゃありませんから
と、心の中で兎都はつぶやいたが言うつもりはない。
「あのさ、俺らって」
一瞬だった。砂鬼は兎都の肩に手を回し近づいてきた。
「似てると思わない?」
兎都は肘で砂鬼の顔を殴ろうとしたがそれも簡単によけられた。
本当に身のこなしが軽い。
「お前の言ってることがわからない」
「本当に?本当に何も感じない?」
「何が言いたいんだ」
兎都は完全に怒っていた。こんなにも腹の立ったことはない。
「俺らは同じ穴の狢ってことさ。力を持っているとゆうのに誰かに付き従い自分の能力を発揮する。そして1人殺すたびに思う。なんてつまらないんだろう。自分の居場所はここじゃないと実感するがどう見つけていいのかさえ分からず、また同じことを繰り返す。それがこの先に繋がると信じてね。でも果たしてそんなものこの先にあるのだろうか?考え出したら切りが無い。だから俺はこう思うんだ。命令されたこと全てに従い、そしてそれをクリアしたら最高の褒美。最高の世界へ行けるゲームだって!!」
砂鬼の目は爛々と光、そして狂気地味ていた。
兎都は腿に隠していたナイフを取り出し砂鬼に飛びかかっていた。しかし、砂鬼はするりと逃げいつの間にかはるか後方に立った。
「どうやら認めたくないみたいだね。でも大丈夫。そのうち俺の言ったことが正しいってわかるからさ」
砂鬼は風に運ばれる砂のように消えていった。
後には乾いた笑い声を残して。
「よう、随分と荒れてんな」
波護はまるで狂った狂犬のような少年の有様を見て冷静に言った。
兎都は帰ってくるなり自分の部屋をめちゃくちゃに壊し始めたのだ。
「珍しいじゃねぇか、ポーカーフェイス代表が」
「うるさいなぁあ!ほっとけよ」
これまた珍しく兎都が叫ぶ。
波護は可笑しくて仕方なかった。波護にとって兎都はまだ幼い子供だ。 しかし、滅多に感情を表に出すことはない。波護自身、彼に出会ってから一度も荒れた所は見たことがなかった。そんな彼をここまで乱す人間は一体何者なのか。興味と共に警戒心が湧き上がり彼を守らなくてはと思った。
「で?まだ報告してねぇぞ」
「何もない」
「ん?なんだその意味のわからん報告は。ちゃんとお勉強したろ?順序良く話せ」
「だから…何もないんだよ!こんな世界には!!」
兎都が投げたナイフが左頬をかすめる。血がすっと流れた。
「運び屋の鬼に会った。あいつは僕と似てる。こんな世界に生きてちゃいけない奴だ。この世界は狭い醜い煩い!どれをとっても僕の勘にさわる!それに僕はどれだけ我慢しなくちゃいけないんだ?この先に何があるんだ?ずっと進めないでこの狭くて醜い世界で終わるのか?馬鹿馬鹿しい!ほんと馬鹿馬鹿しすぎる!こんなにも馬鹿馬鹿しいならいっそうのことここで自分で死んで」
ナイフを自分の首に押し当てたその手を波護が止めて思いっきり兎都の左頬を殴った。さらに馬乗りに襟をつかみ目が合う。
「何をそんなに焦ってんだ?僕はどんな傷もすぐ治るとゆうのに」
それに対して波護は何も言わずに体を離した。
それからズルズルと兎都を引きずってゆき窓から屋根へとよじ登り屋根の瓦に叩きつけられた。
「いった!何すんだ」
「よく見てみやがれ」
波護の目の先を追うとそこには夕日が今まさに五の都の下に沈む所だった。
赤く染まる五の都とその反対からは夜が迫ってくる。もう既に月も星も見えた。
記憶の片隅に懐かしさを感じた。
「俺の生きてきた世界は本当に汚ねぇか?お前の過ごしてきた二年間は本当に汚ねぇか?もちろん醜いことばかりだよ、ここは。他の世界だって大して変わらないはずだ。もし、お前の言ってる世界が綺麗なことばかりならそれはお前が汚い部分を見てないだけだ。お前が綺麗な水をすすってた裏側で汚ねぇ泥水すすってる子供がいるんじゃねぇか?いや、気がつくわけないよな。それさえお前は気にしたこともなかったんだろうから」
波護の真っ直ぐな視線は五の都から兎都の赤い瞳へと向けられた。
「今この時をお前が生きているならごちゃごちゃ言ってねぇでなんでも意味があると信じ込め。そして忘れるな。全部ひっくるめて故郷に持ち帰って思い出した時に広げてみるんだな。きっとその時になって解ることもある。そしたらお前は必ず目の前の人間を大切にしようって気になるんだ。それが助けになる。忘れるなよ兎都」
兎都はなにも言えなかった。口を開いたら何かが零れ落ちそうかな気がしたからだ。
だけど、どんなに的をいた砂鬼の言葉より波護の言葉の方が心に響いた。
兎都は五の都に沈む夕日を最後まで見つめていた。