運び屋の鬼
夜の騒がしい祭りはどこへやら。ハナマチは明け方になってようやく静かになった。
まだ朝日の登らない薄暗い通りを男四人は歩いていた。
「華菜惚さんの言っていたことは確かに本当だったみたいだね。付き人が迎えにきてピンときたよ。まさか、あの王室御用達だった旅館が潰れていたとはね」
静かにつぶやく東ノは切なそうに遠くを見た。
「東ノ先生は行った事がおありだったんですね」
「あぁ、摘希くんもサクラの住人なら聞いたことあるんじゃないかな」
「もちろんです。だけど、まさか潰れてるなんて…」
「囃し立てられた代物も人々に忘れられたら廃れてゆくってことさ。ここ数年でハナマチへの観光客の数は異常なほど増えた。華菜惚の言った通り遊楽の影響だろうが、そんなことより、サクラに遊楽からのおこぼれを頂戴しようと旅館がわんさか増えたことのほうが痛手だったんだろうさ」
波護も東ノと同じ方を見ていた。街灯の消えた通りに月の光が差し込む。
「でも、僕は少し安心しました。華菜惚さんが悪女ではなくて」
その言葉に波護が大きく溜息をついた。
「摘希くんよ〜君はまだまだお子ちゃまだなぁ」
「へ?僕、間違ってます?」
「あの佐野山さんって華菜惚さんの想い人のご実家は代々王室につかえる、職人さんらしいよ」
「そうゆうこっちゃ。どうして、そんなお偉いさんのご子息が楽女通いなんかしてたのか甚だ疑問だが、それを知らずにいたとは思えねぇな」
「じゃあ、華菜惚さんは最初からお金目当てであの男の人と結婚を?」
摘希の引きつった頬を波護は引っ張り笑った。
「さぁな、そればっかりは他人様がとやかく言えたもんじゃないさ。ただ、楽女は嫉妬深いんだ。あの女たちが人の恋路だけであそこまでの仕打ちをするとは思えねぇ。話を聞いてみりゃ、男を取られただの何人もの男にプロポーズされても受けなかっただの女たちには鼻につくことだらけだったんだろうよ、華菜惚って女は」
「それだけ、モテたってことでもあるけどね」
「おっ、色男東ノさんも華菜惚みたいなか弱い女がお好みで?」
「私は気の強い女がいいな」
肩を落とす摘希を無視して大人二人が盛り上がるのを兎都は白い目で見ていた。
「さて、私たちはここでお暇しようか。摘希君、帰ろう」
「おぉ、帰れ帰れ〜二度とくんな〜」
「また来るよ、波」
そう言って東ノはひらりと手を振った。
「塔のお姫様によろしくな」
その背中に波護が言うと東ノはにこりと振り返り、わかってるよと言って暗いハナマチに消えていった。
「お前は女の話になると更に無口になるな、うさぎ」
二人がいなくなると一気に静かになった夜道で波護が言った。
「女は嫌いだ」
「のわりに、サービスしたもんだな。あのカツラあんま手に入らねぇ毛質なのによう」
「そうなのか、知らなかった」
「お前……その口ぶり、もしや俺をまた遠出させようって魂胆だろ」
「たまには1人でのんびりしたい」
「言ったな、本音が出たな。お前こそ悪女だな。またお姫様の着せ替え人形にしてやろうか」
「それは絶対にいや・・・・・・」
兎都は突然立ち止まり一軒の家の屋根を見つめていた。
その視線の先を波護も黙って見つめると屋根の上に人が座ってるように見えたが暗がりでよく見えない。
「兎都、誰だ?」
波護は低くくぐもった声で言った。
「こんばんわ、カツラ屋さん。いや、情報屋さんかな」
屋根の人影がから声がした。
「誰だ?用があるなら姿見せんのが常識じゃねぇか?」
「これは失礼しました」
そう言うと普通飛び降りたら怪我をする高さの屋根の上から飛び降りたその人影は当たり前のようにゆっくり歩いてくるのを見て二人は身構えた。
こいつ、普通じゃない
「嫌だなそんな警戒しないでくださいよ。こっちは情報を買いに来たんですから」
その時月明かりが照らしたのは、17、8歳くらいの少年だった。髪は薄い銀色で肩につくほどの長さ、細い体にえんじ色の丈の長い上着に中は白い肌がよく見えるほど薄着だった。皮の厚いブーツは膝下まであった。
明らかにハナマチの格好ではない。こんな姿をして街を歩いたら兵隊に補導されるだろう。
しかし、その兵隊の波護はそれについては何も言わない。更にいつもならどんなチンピラが来ても飄々としていたその顔も今では額に汗をかいている。
「お前は、運び屋の…」
波護の声は低く静かでかすれていた。
「おっ!俺のこと知ってるの?それは嬉しいな。あ、そうだ、自己紹介がまだだったね、俺は」
「なんの情報を買いたい」
言い終わる前にさえぎると、少年はニヤリと笑った。
「あの女、何かしゃべったかい?」
「あの女ってのは?」
「君たちがさっきまで騒いでた女の話だよ」
「てことは、お前が犯人か」
「あれ、聞こえなかったかい?俺はあの女が何か話したかどうかだけ聞いてるんだ、情報屋さん?」
とても威圧的だった。少年の目は鋭くこちらを見据えていた。
「何も話してはいない。俺らの態度を見ればわかるだろう」
「そうか」
にこりと笑うと少年はそれならいいやと無邪気に笑った。
「いやさ、俺って約束破るやつって大嫌いなんだよね、だから気になってさ。よかったよかった」
そう言うと、少年は横を通り過ぎようとした。次の瞬間、兎都の隣に回ると上着の中に隠し持っていたナイフを突きつけてきた。
兎都はその一瞬の動きにすぐに対応し逆に少年の上に馬乗りになって持っていたナイフを首につきつけた。
「兎都やめろ!」
波護の言葉に兎都の手は止まった。
下で仰向けに倒れているとゆうのに少年は狂ったように笑っていたが目は笑ってはいなかった。
「すごいよ!やっぱり噂は本当だったんだ!これならハナマチの全ての情報を得るのも容易いよね。それを鍵に王に近ずいたわけだ。なんてこそくな主人を得たんだろう君は。とても勿体無い!」
「何の話をしている?」
「うさぎ、もういい離れろ」
「そんな君のこと裏の奴らはなんて呼んでいるか知ってるかい?暗闇の中、ハナマチを飛び回る白兎」
兎都の腕を掴み少年から引き剥がすと波護は兎都を後ろにやった。
「どうやら相当、飼い主さんは白兎にお熱のようだね」
立ち上がった少年は体についた土埃をはらった。
「情報はやった、さっさと消えてくれないか?運び屋の鬼さん」
「はいはい、あ、今お金はないんだ」
「そんなものはいらない、消えろ」
「そうはいかないさ、じゃあこのナイフを君にやろう」
月明かりに怪しく光るナイフをひらりとした次の瞬間、波護の目の前に兎都の手があった。
「兎都!?」
投げて横したナイフはまっすぐに波護の額をめがけて飛び、兎都はそれを寸前で止めた。
おかげで、兎都の手からは血がしたたっている。
「やはり君は最高だ。また会いに来るよ」
波護がもう一度少年の方を見た時にはその姿は消えていた。
「あれは運び屋の鬼、砂鬼だ」
家に着き、兎都の切れた掌を波護は手当していた。
とても疲れた顔をしている。
「運び屋?鬼?」
「まだ、お前には話してはいなかったが、ハナマチには運び屋とゆうヤバイ一座がいる。その名の通り何でも何処にでも運ぶから運び屋。其れ相応の対価をやれば他国へも赴くことから海賊とも呼ばれてる。噂によると他国のスパイだの王からの命令で他国にヤバイ薬を運ばせているだの噂はつきねぇが、その実態は謎だ。だが、一つだけ言えるのは裏切り者や対価を支払わねぇ客は問答無用で切り捨てる。その番人がさっきの砂鬼って男だ」
「……とても若かった」
「お前とそう変わらないだろうな。何処で生まれどうゆう経緯で運び屋になったのかは知らないが、こんな狭い世界で出生場所が分からないとなりゃステゴ地区の出だろう」
「ステゴ?」
「あぁ、ここハナマチは一つの門無くしては通ることも出ることもできねぇ。外壁に囲まれた特別な場所だが、サクラの端、ハナマチの外壁の外にある見捨てられた五の都の掃き溜め、そこにステゴがある。そこはこことは大違いの荒れた地区で人が住むような場所じゃない。大抵の者が犯罪者になるがステゴ出身とゆうだけでマークされ、何かを起こせば即処刑だ。そんな中で砂鬼は特別なんだろう」
「特別な力があるなら異国とゆうのもあり得る」
「それも確かにそうだな。だがそれにしてはここを知りすぎている。まぁ、見てろ。今日の犯罪者が砂鬼だとわかったら兵は何もしないだろうから」
次の日。カツラ屋に将仁がやってきた。
「昨日の事件は解決した。またいつものようにハナマチの警備に戻ってくれ」
「解決した詳細は教えてくれないんですか?副隊長さん」
波護は俯き解りきっていることを聞いた。
「ただの強盗だ」
将仁はそう言ってすぐに店から出ていった。
波護の言った通りいつものハナマチの1日がはじまった。