ハナマチ殺人事件
また扉の鈴が鳴ったので振り返ると、そこには背の高い綺麗な男が立っていた。長い髪を後ろで一つにまとめ、すその長い着物はハナマチでは見ない姿であった。
「いらっしゃい。何をお探しで?」
兎都はまた決まり文句を言うと男は優しい笑みを浮かべて
「あぁ、客じゃないんだ。波は、波護はいるかな」
と言った。
「今日はいません」
「そうか…まいったな。いつ頃帰ってくるかね」
兎都は少し男を眺めて考えた。
波護には客じゃないものとは話すなと言われているからだ。
波護は兎都が外の者と接触するのをあまりよしとしない。理由は分からないが、あまり顔を広めるなと言われている。
自分はやたらあちこちと顔がきくとゆうのに。
人と話すのは得意ではなかったため兎都はそれでもよかったのだが、波護の言うことを何でも聞いてやるのはごめんだった。
なかなか、口を開かない様子を見て男は優しく微笑みかけた。
「おやおや、波は客じゃなきゃ口をきくなとでもいっているのか?」
「…はぁ」
「本当かい!?それは驚いた!」
男は大袈裟に驚いて見せた。
「過保護だな」
「…かほご?」
「君を大切にしているってことだよ」
それとはまた違う気がするが、そうだとしたらなんて気色の悪い。
「あ、そういえばまだ名乗っていなかったね。私は東ノ宗吾。僧だ」
「僧?」
東ノの髪を見た。薄茶色の綺麗な髪は天井にぶら下がる硝子細工色に染まっていた。
「あぁ、坊主のイメージがあるんだね。まあ、本来ならそうするべきなのだけど、私はちょっと特別でね。身なりは自由にしていいと言われているんだよ。それに、サクラの僧って言ったら呪いの森の近くにある寺にいるものだろ?でも私は五の都全域、はたまた呼ばれれば他国にも行く忙しい僧なんだ。その途中で波とも出会ったんだんだけどね」
「じゃあ、偉い人?」
「いや、本来偉い人と呼ばれる人は玉座に座って何もしないものさ。私はその真逆。偉くないから走り回るのさ」
「でも、普通じゃないね」
「お、わかるかい?」
「人間じゃないの?」
兎都の問いに少し驚いてから東ノは大きな声で笑った。
「人間だよ。ただ、生まれた時から少し変わった力を持っているってだけさ。霊が見えるんだ」
「・・・・・・ここにも何かいる?」
「いや、悪いものは何もいない。ただ、ここは少し見えずらくてね」
「どうして?」
「何年か前、カツラ屋はこことは別のところにあって泊めてもらったことがあるんだ。物凄く霊が寄り付きやすい場所だったから、泊めてもらった駄賃として悪いものが寄り付かない場所を教えたんだよ。それがここ」
「だから、客が少ないんだ」
それを聞いた東ノはまた大きな口を開けて笑った。
「そんなつもりじゃなかったんだけど、そうだったら悪いことしちゃったね」
兎都は悪いと思ってはいなかった。幽霊には興味はなかったが、悪い輩なんて一歩外に出ればたくさんいる。呼んでいなくても当たり前の顔をして入ってくるのだから厄介なものだ。
「よかったら、霊視してみせようか?何か君のこれからおこる罪悪を防げるかもしれないよ」
兎都は目を大きくして東ノを見上げた。もしかしたら帰り道がわかるかもしれない。
「……探しものとかもわかる?」
遠慮がちに兎都が言うと東ノは優しく頷いて「うまくいけばね」と言った。
「でもここじゃ見えにくいんじゃないの?」
「いや、頭をかしてくれたら見えるよ」
兎都は大きな瞳で東ノを見つめてから黙って頭を差し出した。
「力を抜いて。探しているものを頭の中で強く思うんだよ」
東ノの手がゆっくり兎都の頭に触れた。しかしすぐに東ノは弾かれたように手をはなした。
兎都が彼を見上げると、さっきまで涼しい顔をして立っていた男が今の一瞬で汗をかき、目を見開いて兎都を見下ろしていた。
「き、君は」
と何か言おうとして扉の鈴が鳴った。
「ちょっと、先生!勝手にウロウロされては困ります!」
そこには、隊服を着た小さな兵隊が立っていた。少し太った体につぶらな瞳が親しみやすさを感じさせ汗を必死にハンカチで拭っている。
「摘希君。もう少し待っていてくれたらすぐに行くつもりだったのに」
先ほどの余裕のない顔はすぐに元の優しい表情に戻っていたが兎都を触った手を裾に隠したのを兎都は見逃さなかった。
「嘘おっしゃいです!いつも目を離すとあなたは!サクラの偉い僧の貴方に兵をつけるようにと王からの命令なんですから、そうさせていただかないと首が飛ぶのは自分なんですからね!」
「これこれ、店の中で騒いでは迷惑ですよ」
やっと兎都の存在に気がついた摘希は短い足を揃えて敬礼した。
「これは、失礼いたしました。自分はサクラの兵隊、摘希であります。東ノ宗吾先生の専属の護衛兵として参りました」
兎都はすっと摘希に近づいてきたので摘希は握手するのかと思い手を差し出したが、彼の手はそれを通り過ぎ摘希のよく出た柔らかい腹をつまんだ。
「ちょっと!何をするのですか?」
「柔らかい」
その対応に東ノは必死で笑を堪えている。
「大きなお世話です」
「人が紹介してんだから自分も自己紹介すんだよ。アホ」
開け放してあった扉の前に波護が顔を出して兎都の頭を軽くこずいた。
「波!」
東ノが嬉しそうに声を上げた。
「よう、東。久しぶりだな」
二人は狭い玄関で強く抱き合った。
「波…波護さん!?」
摘希が目を輝かせて波護を見上げた。
「なんだこのちんちくりん。つーか、人の店でギャーギャー騒ぐな。迷惑だぞ」
「酷いな。はるばる、お前に会いにきたんじゃないか。それにちんちくりんじゃなくて摘希君だよ。摘希君は波のこと知ってるようだね」
「はい!もちろんです。波護さんと言ったら最近入隊したとゆうのに既に王様に会っていてしかも気に入られているとか!しかも、それを鼻にかけることもなく、いろんな偉い隊長クラスの方とも仲がいいとかもうすごい噂なんですから!何者なのか!?って」
波護もよく話す摘希の腹をつまんで
「おい。ここのことバラしたらこの肉そぎ落とすぞ」
と物凄い形相で見下ろすと摘希は素早く頭を横に何度も振った。
「い、言いません!こんな誰も知らない情報、簡単には話してやりませんよ。で、こちらの方は・・・・・・」
まだ摘希の腹をつついている兎都を見た。
「こいつは、兎の都から来た兎都だ。ほら白い肌に赤い目してんだろ?だから夜になると兎に戻って」
「いいいててててて!痛いです!兎都くん!」
波護の言葉に怒った兎都は何故か摘希の腹を強くつねった。
「こらこら、二人ともいい加減にしないと摘希君が泣き出してしまうよ」
東ノが割って入ると摘希の腹は解放された。摘希はへたりと膝をつき腹を抑えた。
ニヤニヤしている波護を見上げた兎都は何故こんな時間に戻って来たのか気になった。
「なんだ?うさぎ、文句あんなら言ってみろよ」
「うさぎじゃないし。早く仕事戻れば」
「それがそうもいかなくなったんだな~。おいお前ら上がれ」
波護は店の前に出て閉店の看板を扉にかけるとソファにどかりと座った。
この日殺人事件があった。
波護は犯罪の起きた薄暗い路地に立っていた。
他国からの観光客の警備をするはずだったのだが、波護含め数名の兵隊がこちらに廻されたのだ。
タバコに火をつけて死体に近づく。首を刃物のような鋭い何かで切られた男は目を見開き苦しそうに横たわっていた。大量の血が男を挟んだ家の壁まで赤く染めていた。
「金品を持ってないところを見ると、やはり強盗ですね」
若い兵隊が男の服の中を調べる。 眼鏡をかけ細身でハナマチでは珍しい上品な男だ。
「あんたもこっちだったのか。副隊長さん」
波護は若い兵隊を見てタバコをふかした。
「はい。波護さんもこっちだったんですね」
切れ長の目がチラリとこちらを見てすぐに逸らされた。
何時もながら鋭い眼光でらっしゃる
波護は若い兵隊の横顔を見た。
将仁副隊長。かなりの若さで副隊長の座につき尚且つ父親は王直属の護衛兵‘‘五人大将”の一人。身体能力が高く、細くしなやかな身体からは想像できない力で敵を一瞬でなぎ倒す凄腕の剣豪だ。
そんなすごい人間がなぜサクラではなくハナマチの兵隊なのかは謎で、噂では何かとんでもないことを仕出かしたとか、父親に逆らって勘当されたとか言われている。性格は無口で冷淡で何を考えているのかわからないので周りの兵隊からは距離を置かれている。
誰とでも仲良くなれる波護でさえこの男だけは例外だった。ことあるごとにちょっかいを出して見るのだが、話は続かずいつも上手く流され終わる。波護だけでなく、他の者にも冷たい態度をとるので評判は悪い。
「…お前、よく躊躇なく触れんな。慣れてんのか?」
「兵隊なら当然です」
「ほほ~言うね。ならその言葉をそのまま後ろのサボってる奴らに言ってくれよ」
現場からかなり離れた位置に三名こちらの様子を伺っている。
「あいつら何しに来たんだ?」
「知りませんよ」
将仁は本当にどうでもよさそうに黙々と死体を調べている。
その姿を見て波護はまた溜息をついて立ち上がった。
「ちょいと聞き込み言って来ますわ。副隊長さん。」
もちろん返事が返ってくることはなかった。
「と、ゆうわけで」
「何処が聞き込みしてるってゆうんですか!」
摘希がソファに踏ん反り返っている波護を指差した。摘希とは対象的に東ノはハハハと爽やかな笑い声を上げた。
「一応、死体の転がってた周辺の家はまわったが誰も声を聞いちゃいねぇとこを見ると」
「即死ですね」
摘希が太い腕をくんで言った。
「その場ではなく他で殺して現場に捨てたとゆうのでは?」
東ノが変わらない表情でそうゆうと波護は頭を横に振った。
「あの血の着き方はそこで殺られなきゃつかねぇもんだ」
「男の身元はまだわかってないんですよね?」
と摘希。
「あぁ。だがあの身なりはサクラの人間だな」
「サクラの住人がハナマチに来る理由なんて遊楽くらいじゃらないですか! それなら」
「私も摘希君もサクラの住人ですけどね」
東ノがそうゆうと摘希は手を横に振った。
「自分は東ノ先生の警護で」
「わかってるよ。君が遊楽に行くなんて想像出来ないしね」
「ば、馬鹿にしないでください!自分だって楽女の一人や二人」
「あー、うっせ。うさぎ追い出せこいつら」
兎都は波護の言葉を無視してそっぽを向いた。そして、今日来た楽女を思い出していた。
「おい、うさぎ。お前なんか知ってるだろ」
「え?兎都君、犯人を知ってるんですか?」
兎都は波護を睨みつける。
仕事柄からか波護はこうして人を見透かすのが得意だ。だから、この男の前で嘘をつくことは不可能に近い。それが悔しくて兎都は重要なことがあっても口をつぐむことにしている。だが、今度もことごとく見透かされたようだ。
三人が期待の眼差しでこちらを見つめているのを見て兎都は店に来た楽女のことを話した。
「じゃあ、その華菜惚って楽女が犯人なんですね!」
話し終えるとすかさず摘希が身を乗り出してきた。
「そうとは限らないさ。波の話からして辺りを汚すほどの血の量ならば殺した本人にもかかるはず。でも、その楽女には血はついてなかったのでしょ?」
その言葉に兎都は彼女が持ってきた金袋をテーブルに置いて見せた。
「これは?」
と東ノ。
「華菜惚が持ってきた金袋。血の臭いがする」
その言葉に三人は緊張した顔をした。東ノがゆっくり金袋に鼻を近づける。
「かすかにお香の匂いはするが血の臭いはわからないな」
「じゃあ、自分が」
「やめとけ」
波護の言葉に摘希が金袋を持った手を止めた。
「こいつの五感は俺らと作りが違うんだ。俺らが嗅いだところでなんもわかりゃしねぇよ。それより、その女んとこ行って洗いざらい聞き出せばいいだけの話だ」
「兎都君て…いったい」
「摘希くん、野暮なことは聞くもんじゃないよ。じゃあ、今夜は遊楽遊びだね!楽しみだ」
「お前は行かなくてもいいだろ」
「何行ってるんだい波。せっかくハナマチに来たのだから行くに決まってるじゃないか」
「…お前、楽しんでるだろ」
「え?そんな人聞きの悪い。私はただ波と酒が飲みたいだけよ。楽女はオマケ。てことで」
東ノは向きを変え扉を開けた。
「今のうちに野暮用を済ませなくちゃね。さ、摘希君。行くよ」
「え、あ、待って下さいよ!東ノ先生!お、お邪魔しました」
さっさと出て行く東ノの後を追うように摘希も出て行った。
二人が出てゆくといつもの静かなカツラ屋に戻った。
兎都はなんだか疲れて波護の隣に寝転ぶ。
「おい。何くつろいでんだよ。うさぎ」
波護の方に向けていた足を掴まれ彼の方を見た。
「さっさと行って来い」
兎都はあから様に嫌な顔をした。
「そんな顔したってダメだ」
「なんで僕が行かなきゃいけないんだよ」
「その方が早いし楽だからだ」
「嫌だ。遊楽は嫌いだ」
「お前も男なら女の一人や二人知っておいたほうが」
「女も、嫌いだ」
「ふ、お子ちゃまが」
「お子ちゃまで結構」
掴まれた足を波護の顔に押し付ける。
「いいからつべこべ言わずに行って来い!」
足を叩かれソファから蹴り落とされた。
本当にこいつは人使いが荒いと思いつつも結局は彼の言うことを聞いてしまう兎都であった。
二階の自分の部屋で仕事用の服を着る。全身黒づくめに身にまとい顔は黒のマスクで鼻まで隠す。
兎都の白い肌は夜でも映えるからと波護が用意してくれたものだ。
体の至る所にナイフや銃を隠し持つ。
「準備はいいようだな」
後ろで波護が呟くように言った。
「俺も東と一緒に行くがそれまでに聞き出せ。あとは」
兎都は二階の窓を開け放した。
「ほどほどにだ」
「……」
軽々と屋根に登り消えゆく兎都の姿を見送ると波護はタバコの火を消した。
街の中央、遊楽はいつになく賑やかで大きな門から続々と観光客が入ってゆくのが塀の上から伺えた。兎都は客をもてなす遊女たちを見下ろし華菜惚を探した。
どうやら入口にはいないようだ。
遊楽は大きな門をくぐると街一番の大きく派手な宿がありその中からは女たちの明るい笑い声が聞こえた。その派手さはサクラからも見ることが出来、一晩中明るく光るのでハナマチの住民は雨戸を閉めないと眠れないほどに街を照らしていた。
宿の中に入るにしても正面からではまずいと考えた兎都は裏の少し暗がりの庭園から入ることにした。
その庭園も広く少し薄暗いので星を見たり散歩したり出来る雰囲気のある場所だった。
兎都は池の周りにある草むらを歩いていると聞いたことのある声がして立ち止まる。
「華菜惚、綺麗だよ」
「そんな、これは仮初めの姿。本来の私を見たら貴方は私からあっとゆう間に遠ざかってしまうのでしょうね」
池の上の赤い橋に華菜惚と若い男が二人で話している。本来ならば団体客をもてなす側にいるはずの華菜惚が何故ここにいるのか兎都は少し疑問に思ったが、目当ての獲物がすぐに見つかったのは有難かった。
「何を言ってるんだい?そんなはずないだろ。君がどんな姿でも私は心から君を愛している。今すぐにでも結婚しよう。そしてこんなところから出るんだ」
「あぁ、なんて幸せな言葉」
そう言うと二人は抱き合った。
「お取り込み中悪いけど、こっちもちゃっちゃと済ませたいんでね」
そんな二人など気にもせず兎都は橋の上に腰掛けた。
突然の黒い服の男に華菜惚は叫び声を上げようとしたがすぐに兎都が口を塞いで顔を見せた。
「兎都…さ、ん?」
「毎度。どうやら役に立ててるみたいだね、うちのカツラ」
「カツラ?」
男が驚いて華菜惚を見た。
「そうだよ、これはうちで作った特注品。お兄さんも頭髪に自信を無くしたら来てくださいな」
「そ、そうか。華菜惚が世話になったみたいだね。それで?君は突然なんの用なんだ?」
不服そうな顔で男が言った。
「えっと、単刀直入に言うと、華菜惚さん、あなた人が殺されてるところ見たでしょ?」
「えっ」
華菜惚の片目が明らかに泳いだ。
「今日のカツラ代もあんたのお金じゃないね」
「な、何を根拠に君は!華菜惚、行こう」
男は華奈惚の手を握って兎都に背を向けた。
「ちょいちょい、待ちなさいなお二方」
逃げようとしたところに波護と東ノそして息を切らした摘希が現れた。
「すごいや、波、ほんとに兎都君の場所がわかるなんて」
東ノが手を叩いて喜んだ。
「馬鹿ゆうなよ、俺はこのお嬢さんの居場所を予想したんだ」
「な、なんなんですか!?貴方がたは!?兵を呼びますよ?」
「残念ながらその兵隊さんだよ」
波護はタバコに火をつけた。
「自分ショックです。波護さんはともかく、僕は隊服を着ているのに」
摘希の落ち込む姿を見て東ノはクスクスと笑った。
「まぁ、落ち着け。今ざっと説明してやるよ」
そう言って兎都の頭を軽くはたいた。波護はいかにも、お前が先に説明しとけよ面倒くせぇなと言わんばかりに兎都を睨んだ。
兎都は知らん顔でそっぽをむいた。
「今朝方、ハナマチで殺人事件があった。見たところサクラの住人だ。その容疑者にあんた、華菜惚さんが上がってんだ」
「だから、どうして華菜惚が?」
「華菜惚さんは事件当時、現場を通ってうちのカツラ屋に来てんだ。それにあんたがよこした金の入った巾着からは血の匂いがした」
「匂い?匂いだけで犯人にするのか!」
「いいや、それだけじゃねぇさ。悪いがうちのカツラは一級品でね、更に特注ときたら相当値は張る。それをあんたは躊躇もせずに金を出した。華菜惚さん、あんたまだ新米の楽女らしいじゃねぇか」
その問いに華菜惚は俯き黙ったままだ。
「新米楽女はまず姉さんの傍でその作法を知りその期間中はほとんど金は貰えねぇそうだな。そのかわり、三食の飯と寝泊まりする部屋に綺麗な服も買ってもらえるのだからハナマチの住民しては贅沢な方だ。それに見習い中は客をとっちゃいけねぇ決まり。そこのあんたは客なんだろ?他にも何人か決まりを破って客をとってるとか。それが知れたから姉さん方から厳しすぎるとも言えねぇ折檻をくらったわけだ。それにも拘らずまた」
「いい加減なこと言うな!僕らは結婚を誓い合った中だ。客ではない!そりゃ、華菜惚への気持ちをお金で表すこともあるが、か、華菜惚はそんな阿婆擦れではない!」
男は怒り怒鳴った声は庭園内に響き渡った。
「あんたが騙されてようが今の俺たちにはどうでもいいことだ。それよりさっきから黙ってんのは華菜惚さん、あんたが犯人だって認めるとゆうことか?」
すると華菜惚は突然泣き崩れた。
「か、華菜惚?」
「ごめんなさい。確かに私は見習いの身でありながら客をとってお金をもらってました。どうしても、どうしてもお金が必要だったんです。私の家は由緒あるサクラの旅館でしたがハナマチの遊楽が有名になるにつれ旅館は倒産、多額の借金を残し父は他界、残ったのは母と私でした。しかしその母も過労で倒れました。だから一人娘の私が稼がなくてはならなかった。憎い根源の遊楽で働き言いつけを破りどんなことでもしました。おかげであと一歩で全てが元通りになるところだった。それなのに、それなのに、姉様方は私をこんな姿に。しかしお金はほとんど借金に回して手元にはいくらも残っていなかった。でも、今夜はどうしても、どうしても見栄えをよくしたかった。特別な日にしたかったんです。佐野山様と一緒にいられる日だったから」
「華菜惚」
2人は見つめ合った。
それから華菜惚は涙をぬぐい強い意志を目に宿し続けた。
「それから、姉様方からカツラ屋のことをたまたま聞き、そして半信半疑であの通りに入ったところで人が殺されるのを見ました」
「それって、犯人の顔を見たってことですか?!」
摘希が乗り出した。
「はい。私に気がつくと殺された男の懐から金袋を取り私に、口止め料だ。誰にも言わないでおくれと言ってきました。私は恐ろしさのあまり立ち尽くしていると、カツラ屋ならあっちだよと教えてくれました。私はもう無我夢中でその場から逃げ出しそしてカツラ屋についたのです」
「そして、その殺された男の金でそのカツラを買ったわけだ」
波護はタバコの煙を吐き華菜惚のカツラを指差した。
また華菜惚は泣き出した。
「波、彼女そこまで追い詰めることはないだろう?この話が嘘か本当かは彼女の実家に行って調べればいい。あとは兵隊さんにまかせてさ」
そう東ノが笑顔で鏑希に託すと摘希は大きく頷き華菜惚にこちらへと言った。
「華菜惚!」
背を向け歩いてゆく彼女を男は呼んだ。
「私は待っているよ」
華菜惚は何も言わずまた前を向くとしくしくと泣き出した。