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ハナマチの女事情

 

 

 ここは五の都の東にある小さな街、ハナマチ。

 首都サクラはどんどん発展して行くにも関わらず、ハナマチは家屋も商売も更には着ている服でさえ昔のまま。

 

 まるでそこだけが時代に取り残されているようにポっと赤い提灯が灯る。


 これらすべては王からの命令で違反したものは即刻牢屋行きとゆう徹底ぶり。

 何故そこまでするのかとゆうと、五の都では以前大きな内戦があった。

 ‘‘サクラばかりが他国からの支援を受けている’’

そう思い込んだハナマチの住民は暴動を起こし、サクラをめちゃめちゃにした。

 実際は、王族ばかりが贅沢をしていたのだが、城がサクラにあるとゆうだけでサクラの住民までもが大きな被害を受けた。

 負の感情が大きくなってゆけばゆくほどに、人々は憎しみ合い殺しあった。

 しかし、王の率いる兵には敵わず内戦を起こした者は見せしめに処刑され終わった。

 このようなことがないようにと王はハナマチを五の都の観光地に指定し、表面上ではハナマチが国の利益の要となっているように見せかけた。

 もちろんサクラの住民は納得しない。ハナマチの暴動のせいで家族や家を失った者も多くいるからだ。中には、ハナマチの生まれのものを皆殺しにしろとゆう意見もあった。

 荒れる五の都の住民の前に王は現れこう言った。

「ハナマチの罪は大きい。よってハナマチの住民は金輪際一度も街から出てはならない。そこで生きてそこで死ぬのだ」

それについて、リーダーを処刑され、サクラから迫害されたハナマチの住民には反論する力さえ残っていなかった。

 それがほんの数年前の話である。

 そんな理不尽な法にもハナマチの住民は負けていなかった。

 もともとハナマチの人間ときたら大変派手で、恥ずかしく、荒々しい奴ばかりで働くのが毎日の生き甲斐といったものも多かったためこうなることは結果的に良かったのかもしれない。

 その一方で闇の商売をする者も跡を絶たないので毎日、兵が警備をしていた。

 見た目には自由に生きているようだが常に監視されていてハナマチは自由とゆう言葉とは縁のない街になった。


「おばちゃん。その煙草を三箱」

 煙草屋は木造の古い家に似合わない頑丈な格子を付けてその奥に派手に着飾った老婆がタバコを燻らしながらこちらをチラリと見た。鼻をフンと鳴らして面倒そうに煙草を三箱格子の間から出した。

「そんな若くして吸ってたら早死にするよ。嬢ちゃん」

「僕のじゃないよ。波護なみもりのだ」

 胸のあたりを着崩した着物から金を出して渡す。真っ赤な菊柄の鮮やかな高級な着物を着ているが帯は今にも外れそうだし、長く綺麗にまとめていたのであろう髪はぐしゃぐしゃだ。

 それに僕は男なんだよな

 兎都ととは溜息一つついてポックリ下駄を引きずるようにして歩いた。長い仕事が終わり、くたくたでこのハナマチの門を通った時には出発してから三日が過ぎていた。食事もろくに摂っていないし、全く寝ていない。兎都にとって食事や睡眠は大して重要じゃないのだが流石に今回の仕事は大変であった。

 王の一人娘の姫の護衛兼、城内の探索兼、姫の遊び相手。王が他国に訪問している間、姫を任されたのだ。

 情報屋であることがバレては仕事にならないので、この件は王と他数名しか知らなかったため兎都は悪魔で八歳の姫の遊び相手として少女の格好で向かった。姫の遊び相手はかなりの重労働で着せ替え人形のように弄ばれ、四六時中一緒にいたがったので城内の探索や男だとバレないようにするのに必死だった。

 王が帰り金をしこたま貰うことができたが、兎都は今にも気絶しそうだった。

 帰るまでに身が持つだろうか。こんな大変なら受けなければ良かった。クソ、波護なみもり

 ハナマチの情報を王に売っていた波護はその飾らず人間味溢れ頭も切れ、尚且つ他国を旅してまわったとゆう経験もあり王にいたく気に入られていた。そうでなくては一人娘を他人に任せたりしないであろう。波護もこの繋がりを大事にしていたため、王の専属の情報屋になること以外王の頼みは聞いていた。

 兎都は紺色の空を見上げた。

 ここで生きてくためにはこれくらいしなくてはいけないのは解っているが、自分のいるべき場所はここじゃないといつも感じていた。

「あらー?兎都ちゃんじゃない?」

 兎都は自分が立ち止まってしまったところがハナマチきっての名物、遊楽ゆうがくの前だとゆうことに今気がついた。遊楽はハナマチで唯一の旅館で旅人をもてなす楽女がくじょつき宿である。

「なぁなぁ、今日は波ちゃん一緒じゃないの?」

遊楽一番の稼ぎ頭の桃椿ももつばきが抱きついてきて兎都の白くて綺麗な頬を撫でた。

「一緒じゃない」

 兎都は女が苦手だった。お香の匂いは好きであったが、女そのものの匂いが嫌いだった。

「あー!姉さん、兎都ちゃん独り占めなんてずるい!」

 後ろからまた楽女がやってきた。

「あ、今日は楽女の格好してるの?超かわいい!!」

「ちょいと菜矢なや、兎都ちゃんは私と話してるの。邪魔しないでくれる?」

「姉さんだけずるい。ねぇ、兎都ちゃん、髪結い直してあげるわよ。お店来なさいな」

「あ、それいいわ!!寄って来なさいな」

「いや。疲れてるから」

「なーによー。波ちゃんだって今日も帰ってきてないのでしょ?」

「いると思う。…たぶん」

 その時後ろで桃椿を呼ぶ声がした。

 桃椿ともう一人の楽女が振り返りよく通った声で返事をし、もう一度兎都のいる方へ首を戻す。

「あれ?兎都ちゃんは?」

 そこにいたはずの兎都の姿はなく、提灯で照らされ店が並んだ通りには多くの観光客が賑わっていた。


 街は木造ばかりの家屋が続いていたが、所々流行りを入れたゴシック調の看板やレースのカーテンや細かい模様の入った扉など、皆注意されない程度に自己主張している。

 細い路地を通り下水が足の下で流れる音とコロロンコロロンと鳴るポックリ下駄だけが暗い道に響いた。迷路のような路地を抜けるとポッカリと空いた場所に小さな家があった。木造の家に小さな鈴がドアの前に幾つも垂れ下がっていて開けるとシャリシャリと騒がしくなった。家に入るとランプに火を灯す。ピンク色の光が部屋を照らした。部屋の端から端まで並んだ人型の人形の頭には色んな種類のカツラがのっている。赤いカーペットに部屋の奥には金と赤の凝ったソファ、小さな硝子細工の飾りが幾つも天井から垂れ下がってユラユラと動くたびに綺麗に光った。

 兎都は家に入ってすぐに帯を外しフラフラ歩きながら着物を脱ぎ、カツラを脱いだ。短い黒髪を掻き毟り部屋の奥にあるカーテンを開けた。すぐ近くの扉を開けると狭い部屋に大きすぎるベッドを見る。

 なんだ。やはり帰ったきてないのか

 兎都は裸のまま倒れこむように眠りについた。


「君と僕は二人きり。ずっとここで暮らしていくんだ」

 少年が笑った。オレンジ色の髪にエメラルドグリーンの瞳がどこまでも澄んでいて美しい。

 辺りには宝石のような花たちが丘一面に咲いていて、そこから滝が見えた。虹の出た滝の下には少年の瞳色の湖があり、それを囲むように深い森がこの丘まで続く。丘には小さな小屋しかなく小屋の煙突からはピンクやら緑やら青やらの光が吹き出している。

「それには僕ら協力しあわなきゃね」

 兎都には目の前の少年が自分の双子の兄だとゆう認識はあったがどうしてか名前が出てこない。それに自分の本当の名前もそこだけが抜け落ちたかのように思い出せないのだ。

 焦った。何がなんだか解らない。息が苦しい。眩暈がする。辺りがどんどん暗くなってゆく。思い出せない兄の名を呼ぶがそれは喉から抜けたヒューヒューとゆう音になった。

 首に手をやるとべちゃっと何かが手について急いで手を離す。

 それは真っ赤な血で自分の首が裂けている。

 首を必死で抑えたが時すでに遅く頭はポロリととれて自分の足元に落ちた。

 何故死ねない?

 頭をなくし暴れる自分の体を見つめながら兎都は恐怖で叫んだ。

 やめてくれ!早く殺してくれ!帰りたいよ!帰してくれ!

ハッと目を開ける。見慣れた木の天井がそこにはあった。

 首がずしりと重い。横を向くと、髭面でだらしない顔をした波護がいびきをかいて寝ていた。

 兎都は首に乗ったそいつの腕をどかすとゆっくり起き上がった。何時の間にか裸で寝ていた体には毛布がかけられ、それを見て安堵する。

 先ほどの悪夢がまだハッキリと脳裏に浮かぶ。よく昔のことを思い出すことはあったが悪夢を見るなんてめずらしい。やはり少し疲れていたのだろう。

 ベッドからおりると波護がもぞりと動いてこちらに気がついた。

「おお、起きたか。朝飯よろしく」

「……いつ帰ってきたの?」

「あ?夜だよ」

 夜?僕が帰ってきた後だろうか・・・・・・。

「ちなみにお前、一日丸々寝てたからな」

「え?」

 一日?とゆうことは、帰ってきてからずっと寝ていたのか。確かに疲れはとれたが、空腹なような気がする

 兎都は空腹に鈍感なので、ほっておくといつまでも食べないままでいられる。そして倒れる。

 ここに来たばかりの時はそんなことがしょっちゅうでその度に波護に叱られていた。そのからは、料理をするようにしつけられ今では自炊するようになった。

「おい。全裸で店出んなよ」

「…めんどくさい」

「いちいち、めんどくさがらない。俺のベッド一日貸してやっただけでも有難いと思えよ」

 酒臭いベッドなんてバテてなきゃつかわねぇよ!

「おい。お前今心の中で毒づいてんだろ?無表情な振りしてるが俺には解るんだからな」

 兎都は軽く舌打ちした。それにたいして「おい!」と波護は声を張ったが無視して部屋を出た。

 部屋を出てすぐ隣に梯子がありそこを登っていくと物置兼、兎都の部屋があった。波衛の部屋よりも広いが物がごった返しているので狭い。カツラや変装用衣装、その他に物騒な武器が木箱の中にあったりする。その箱に囲まれるように兎都のベットがあり三面鏡の上には化粧道具が並べられていた。

 自分の私物は特になくこだわりもない。物置同然の部屋だ。

 ベットの上に無造作に置かれた黒のフードつき甚平を着る。

 大きな窓を開け朝の空気を吸い込んだ。この二階は他の家より頭一つ高い位置にありハナマチ、そしてその向こうの城壁、王の住む城が見渡せた。その先には巨大な蓮の花が見えた。

 あれはいったいなんなのだろう・・・・・・

 兎都はまだその巨大な蓮の花の正体を知らなかった。

 朝陽と心地よい風を感じる。

 ハナマチは夜の街。朝は静かで人も少ない。

 王はここ数年でハナマチは大分暮らしがよくなり落ち着いたと聞かされた。争いがあったことも。それは、まるで今は平和になったような響きだったがそれは違う。

 毎日のようにどこかで犯罪は起きているし、街の治安を守るべき兵隊ですら旅人やサクラの住人が多く来た時だけいかにも偉そうに動くばかりで実質、犯罪はほったらかしにされている。そんな適当な兵隊に紛れて波護はハナマチの情報や他国の情勢を知ることが出来た。

 表面上ではカツラ屋でやっている。こちらも月に一度遊楽に高値で売りに行くので商売として成功はしていたが場所が解り辛いため店に来る者は滅多にいない。それでも何処かの伝手で知り来るものは大体情報を欲しがっている‘‘裏の住人”だった。

 今日教えた裏の住人の情報を次の日違う裏の住人に教える。なんとも馬鹿馬鹿しい世界だと兎都は思っていたが、それでハナマチの裏事情を操る波護のことは尊敬し、同時に恐ろしい奴だとも思った。

 波護は昔、海に出て他の島を旅したこともあったのだとゆう。ハナマチの住人は海に出ることを許されない。王の命令がなければサクラにも行けない。小さな世界で一生を終わらせるしかない。だからこそ波護の話を聞きたがる者も多くロマンがあり、それは女も男も惹きつけられた。

 そんな男の一番弟子、兎都もいつか世界を知るために海に出るのだと周りの者は言うが、兎都は全く興味がなかった。

 僕は旅をしたいわけではなく、帰りたいのだ。こことは全く違う世界に

 兎都は眉を顰め《ひそ》、窓を閉めた。


 朝食を摂り終わると、波護は兵隊服に身を包み大きなあくびをして玄関の前にいた。

「今日は観光客がわんさか来るんだってよ。面倒なこった」

「なら行かなきゃいいのに」

「他国の事情を王に売るネタができんのに行かないなんて馬鹿だろ?」

 なら文句言わずにさっさと行けばいいのに

「また悪態ついてんだろ?」

頬をつねられた。

「だ-か-らぁ、あんま今日は外に出るなよ。見たかったら屋根を使え」

「別にいいよ。興味ない」

 そう言って手をはらう。

「そうか。店番頼んだぞ」

 はわれた手をヒラっと振って波護は出て行った。

 兎都は鈴の音を聞いてから、大きく溜息をついた。

 やることは沢山ある。まず、部屋の掃除だ。波護の部屋にはいつも空いた酒瓶が何本も転がっているので臭いし汚い。それをさっと片付けベッドを整える。それから二階を軽く掃き、窓を開け空気を入れ替える。あとはキッチンと地下の風呂場を綺麗にして掃除は終わり。

 洗濯はキッチンの床を開けると地下に通じ、そこにある風呂場でする。薄暗くまるで洞窟の中にいるようだ。そこにポツリとおかれた湯船の中にお湯を入れ手で洗う。それが終わると二階に干し、あとは店の手入れをす。

 こき使われすぎだと思うが、仕方ない。身寄りもなく、正体不明の子供を置いてくれている。なにより、あの時波護に拾われていなかったら死んでいたかもしれない。

仕事も全て教えてくれた。1人で生きていけるほどにだ。

 それでも兎都は出ていかなかった。それは、波護が他の奴らより居心地のいい男だったからだ。

 いつかは出て行くとわかっていても今ではない。

 波護も全てわかった上で置いてくれている。

 自分のいた世界のことを話した時真剣に聞いてくれた。

 そんなに帰りたいのなら、ここで情報屋になって帰り道を探ればいいと言ってくれた。

 本当のところは、あまり信じていないのかもしれない。なんせ、兎都なんて名前をつけたのは波護だ。

「うさぎの都から来た。」

とゆう意味らしい。

 誰がうさぎだクソじじい

 兎都はまた毒づいた。

 

 店の片付けをしていると鈴の音が聞こえて扉の方を見た。

 そこには地味な着物に不自然なほどに汚れた足、頭には布を被って顔がよく見えないが恐らく女だろう。

 珍しく客が来たようだ。

「いらっしゃい。何をお探しで?」

 兎都が決まり文句を言うと突然、客は泣き崩れた。

 兎都はそっと近づいて布を取った。やはり女だった。しかし髪をほとんど剃られ所々残った毛が何本かあった。顔には大きな痣がありそれは目を覆いたくなるほど醜い姿だった。

 兎都は気にせずあぐらをかいて彼女が泣き止むのを待った。

 少しして女は落ち着いたようで、小さくごめんなさいと言って顔をあげた。

「私、華奈惚かなほとゆう名の楽女なの。昨晩、姐様方のいじめに合いこのような姿に…こんな姿じゃ遊楽においてもらえない。そしたら、こんな女はどこも雇ってはくれないから飢え死ぬに決まってる。お願いします。カツラを作ってください。お金は出しますから。」

そう言ってまた大きな瞳からポロポロと涙を零した。

 兎都は何も言わずにぎゅっと華奈惚の頭を抱いた。ふいのことだったので華奈惚はキョトンとして兎都を見た。

 しかし、兎都はまた何も言わずに今度は沢山あるカツラ達を眺めたあとその中から一つ取り出して近くにあった丸いテーブルに置いた。

「こちらへ。」

 手招きされる方へ華奈惚は向かいソファにそっと座った。

「どうぞ。」

と手渡されたのは小さな変わった茶器だった。中には赤い茶が入っている。華奈惚は一口飲むと、甘く果実の味をしたそれは不思議なほどに安心でき、心も体もジワジワと温まるのを感じた。これは何とゆう茶か気になった華奈惚だったが兎都は1人、テーブルに置いたカツラと睨み合っていて口を出してはいけないとわかったので黙っていた。

「華奈惚…さん」

「は、はい」

 突然呼ばれたので驚く。

「楽女とゆうのは皆髪を上げてなくてはいけないの…です、か?」

 何やら敬語が苦手なのか妙に片言の話し方をする。それが可笑しくて華奈惚はクスリと笑った。その姿に兎都は首をかしげる。

「ごめんなさい。あまりに話ずらそうだったから。敬語なんて使わなくていいわ。きっと私達同じくらいの歳だもの。」

「はぁ・・・・・・」

「そうね。決まってはいないけど、姐様達がそうしていたらそうするわ。女ってのは面倒だから1人、違うのがいるとそれだけでいじめの対象になり兼ねないの」

「…僕は下げた髪の方が好きだけど。そうか…それなら仕方ない」

 その言葉に華奈惚はドキリとした。

「ちょっと待って!」

 ハサミと違う手にブラシを持った兎都を止めた。

 振り返る兎都に華奈惚は頬を熱くし目を逸らす。

「それなら、貴方が思う素敵な髪にして頂戴な。このまま帰ってもどうせいじめの対象になるのは明らかだもの」

 また兎都は何も言わずにカツラと向き合い一つ息を吸ったと思った瞬間すごい速さで腕が動いた。

 その姿を唖然と見ていた華奈惚はあいた口が塞がらない。

 一分もたたないうちに兎都の腕は止まった。先ほどまでなんでもなかったカツラは綺麗に整えられ更に前髪は幾つも編まれた束が綺麗に横に流れ耳の辺りには髪で作られた花が咲いていた。

「うわ!素敵だわ!」

 華奈惚は歓声を上げた。

 兎都は持っていたハサミとブラシを腕にしまうとすっと近づき華奈惚の持っていた茶器にそっと口を当てて茶を飲み干した。

 その様子を呆然と見ていた華奈惚に兎都は気がついてばっと体を離した。

「ごめん。飲みたかった?」

「え?い、いいのよ。あんなに速く動いたらそれは喉も乾くわ」

「そう。よかった」

そう言うと兎都はカツラを華奈惚に被せた。カツラは丁度痣ができた右目をかくしたし頭を振ってもずれることはなかった。

 華奈惚はまた歓声を上げた。

「すごいわ!まるで何も被ってないみたい!それに綺麗な髪だわ。崩さないようにしなくちゃ」

「崩れたらまた来て。それにずっと被ってるのは頭皮に悪くて新しく生えて来る髪にもよくないから、寝る時は外した方がいい」

「えぇ。また来るわ!これで夕方にくる団体客に間に合うし、もしまた髪を切られても此処に来る楽しみになるわ!」

そう言うと華奈惚は兎都の手を取ってニコリと笑った。

 その後、帰る服や下駄を貸してやり更に美しくなった華奈惚は扉の前でまた笑った。

「ここを教えてくれた人に感謝しなくちゃ。私、何十年もここに住んでいたけどこんなとこ知らなかったの」

「解り辛いところにあるからね」

「…そうね。でも見つけられたのは本当によかった。これで・・・・・・」

 何かを思い出すように華奈惚は俯いて何処かを見つめていた。

「ちなみに貴方の名前、教えてくださる?」

 顔を上げると同時に笑顔でそう言った。

「兎都」

「…と、兎都!?あの兎都!?」

 あのの意味がわからず兎都は首をかしげた。

「女装家で女より美しいって評判の兎都!」

 女装家になったつもりはないが仕方ない。この家から出て行く時は大抵情報屋の仕事で目立たない格好か女装して出て行くからだ。

「あ、ごめんなさい。つい興奮してしまって。楽女達みんなあなたのファンだから。そう。これが貴方の本当の姿なのね」

「まぁ。そうですね」

「やはり、元がいいとあんなにも美しくなるものなのね。私ももっと女を磨かなきゃ」

 ガッツポーズをした彼女を兎都は無表情のまま見つめた。

 華奈惚はまたニコニコ笑って鈴を鳴らし出て行くと店はまた静かになった。

 華奈惚からもらった金袋を金庫にしまい華奈惚の脱いだ服に手を伸ばした。


 女とゆうのは美しく着飾るために醜くなる。

 さも自分が弱々しい女であるのを装って、仮面がずれないのを必死で隠す。それがどれだけ罪深いことかも気づきもせずに…


兎都は華奈惚の服を捨てた。

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