表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/11

茶屋毒盛り事件 弐



 兎都は黒装束を身にまといハナマチの屋根から屋根へと飛び回っていた。

 真昼間からこの格好は逆に目立つことは分かっていたが、ハナマチの住民は空を見上げるほど余裕はないだろう。

  しかし、同じ屋根を行き来する者ならばすぐに気がつくはずだ。

 兎都はそれを狙ったのだ。

 若い兵隊から聞いた茶屋での毒殺事件の犯人は砂鬼だ。波護も共に確信していただろう。だからこそ、言われる前にこうして事件現場に向かっている。

 華奈惚が巻き込まれた殺人事件を思い出す。

 砂鬼は姿を見たことを話せば殺すと言っていた。

 華奈惚の時は幸いそのような強行に走らなかったようだが、今回はわからない。

 それにあの時は、砂鬼が華奈惚に会った時、彼女は酷い姿をしていた。 カツラ屋を出た時とは大分姿が違ったため、標的の的が絞れず砂鬼は華奈惚を仕留め損ねたのかもしれない。だとしたら、茶屋の娘が危ない。

 例えるならば、草原に隠れる木の陰、洞穴一つないところに兎が一匹いるようなものだ。 頭上に腹を空かせた鷹がいるのにも気がつかずに……。

 茶屋の屋根が見えてきた。

 そして兎都は見た。臙脂色がその下へと降りてゆくのを。

 砂鬼だ。やはり茶屋の娘を殺しにきたか

 兎都は更にスピードを上げた。


 さぁ鷹狩りのはじまりだ


 茶屋は兵隊に囲まれ、今朝から慌ただしかった。さらに野次馬が店の周りを囲い、皆店内を覗こうと必死だった。

 店内では茶屋の店主が事情聴取を受けている。

 その変わり果てた店内を見渡し溜息をつくお下げ髪の少女は背を向け店の裏に入った。

「紅ちゃん、もう少し待っていてくれ。副隊長がきっとなんとかしてくれる」

 店内にいた兵隊に肩を叩かれたが紅はこの世の終わりのような顔をして裏から出られる扉を開けた。

 まさかこんなことになるなんて。せっかく父と子2人で頑張ってやってきたとゆうのに、よりによって大将視察の日に事件が起きるとは思いもよらなかった。

「もしこのまま、大将が来て事件のことを知ればうちの店はどうなってしまうの?」

 独り言を口にすると更に絶望的な気持ちになり、店と店の狭い路地に立ち尽くした。

「それはないから心配いらないよ」

 突然話しかけられ横を向くと、そこには臙脂色の長いコートに奇抜な服を着た男が立っていた。

 フードで目まですっぽりと隠しており顔は見えないがその隙間から銀色の髪が見えた。

 それだけで紅はすぐにわかった。


 犯人だ。うちの店で人を殺した犯人だ


 紅は後ずさりする。恐ろしくて歯がカタカタと震えた。

「この先の心配なんてしなくていいんだよ。君はここで俺に殺されるのだから」

 彼から 金属がこすれるような音がした。

 それが無数のナイフだと気がつくのに数秒もかからなかった。

 臙脂色のコートをひらりと翻した時に、鈍く無数のナイフが光ったのが見えた。

 あぁ、殺される

 助けを呼ぶ前に殺されると確信した紅の脳裏にはもうこの世にいない母が浮かんだ。

 その時、男は頭上を見上げた。つられて紅も見上げる。

 烏だ

 紅は突如頭上から降りて来た人間がまるで烏に見えた。

 かなりの高さから降りて来たにもかかわらず、華麗に着地し紅と銀髪男の間に立った。

 ちらりとこちらを見た時、赤い瞳はまるで宝石のようだと紅はこんな状況にあるのにうっとりした。

「おやおや、お仕事中かい?白兎くん」

 銀髪男がナイフを両手にユラユラとおどけるように振ってみせた。

 白兎?今、この男は白兎と言った?

「また人を殺したんだな、運び屋の鬼さん」

 淡々とした口調で白兎。

 運び屋の鬼!?今、白兎はこの男を運び屋の鬼と言った!?

 そして紅は自分が思っているよりずっとずっとことの重大さに気がつく。

 店の存続以前に自分の命が危ない。

「あれ、もうバレてる?おかしいな…あっ、そっか!その女が全部口走りやがったのか!うわぁ、誤算。あの時、店にいた奴ら皆殺しにしとくんだった」

 紅はゴクリと生唾を飲み下した。緊張で気がどうにかなりそうだ。

「ま、これからそうすればいいか」

 運び屋の鬼の目が変わった。これが殺気なのだろうか。空気が変わり、まるで首を閉められているような、圧力で押しつぶされているような錯覚に陥った。

それに戸惑う暇もなく運び屋の鬼は一瞬にしてこちらに近づいてきた。

「扉に走れ!」

 白兎に言われた通り涙ぐみながら紅は必死にほんの二歩の扉に手を伸ばした。

 そこから起きたことはあまりの速さと恐怖で逆にスローモーションのように目の前を過ぎていった。それが自分までのろくなるものだから悪夢から逃げたいのになかなか体が動かないような夢をみているようだった。

 取っ手に手をかけ回すのと同時に彼等を見る。

 運び屋の鬼が白兎の目の前でナイフを突き立て迫り、それを白兎は持っていたナイフで防ぐ、その時ニヤリと運び屋の鬼が笑ったのを紅は見逃さなかった。

 ナイフがゆっくり目の前に迫ってくる。

「紅ちゃん」

 後ろで誰かに呼ばれてすぐに紅は後ろに倒れた。

 顔を上げるとそこには先ほど声をかけてきた兵隊が立っていた。紅を呼びに来て扉を開けたのと紅が開けようとしたのとそれは同時だった。力なく倒れこむ、彼の胸にはナイフが突き刺さっており、ぶくぶくと血を吐いた。

「ぼさっとしてるな、早く行け!」

 驚き叫ぶ暇もなく白兎にそう促され紅は店内へ走った。

 後ろでは二人が争っているであろう音がしたが振り向いたら最期、殺されると必死で走った。

 店内に入ると数人の兵隊や野次馬達が紅を飛び越え噂の二人の攻防に釘付けになった。兵隊は銃を構えたが皆手が震えている。

 逃げて!みんな逃げて!

 恐怖で声が出ない。紅の必死の表情に誰も気が付かない。

「あぁ、うざったいな」

 運び屋の声がまるで耳元で囁かれたようにはっきりと聞こえた。

 そして背中に生暖かい水を浴びせられた。

 それは入り口のところまで来たところだった。

 紅は自分の手を見た。震えるその手には赤い血がねっとりと付いていた。

「べ……に……逃げ…ろ」

 ゆっくり後ろを振り向くとそこには口から血を流し、数本のナイフが腹を貫通している父の姿があった。

 それだけではなく店内にいた兵隊も全員ナイフで刺されて店は血の海と化していた。

「お父さん?」

 その声は野次馬の叫び声にかき消されるほど弱々しかった。

「うそ…そんな、嫌だ」

 息ができない。これは悪い夢だと信じたい。しかし、血の匂いは生々しく鼻腔を刺激しこれは夢ではないとあざ笑うようだった。

「はぁ、まいったな。観客が多すぎるよ。人殺しも楽じゃないんだよね」

 血だらけの運び屋の鬼が近づいてくる。

 人間じゃない。人間がこんなことできるはずがない。本当にこの男は鬼だ

 紅はその場に膝から崩れ落ちた。もう逃げる気力は残っていなかった。

「おやすみ、まぁ天国で家族仲良くまたお店でも開きなよ」

 ナイフが振り上げられる。紅は目をつぶった。

「お前が死ね」

 その声に目を開けるとそこには血を吐いた運び屋の鬼がいた。

 その後ろには血まみれの白兎がナイフを片手に男の脇腹を刺していた。

「おやおや、そんなことして後で後悔するのは君だよ?」

「悲しいことにここに来てから後悔ばかりで、感覚が麻痺してるんだ」

「あまり舐めた真似しない方がいいな」

 鬼の振り上げたナイフは白兎へと向けられた。

 白兎は更に鬼の傷を蹴り上げ店の外へと追いやった。

 あれほどたくさんいた野次馬は皆に逃げ、遠くの方でこちらを気にしているようだ。そして彼らの視線は一人の男に注がれていた。


 そこには巨漢の男が一人立っていた。


「何事か、この有様は」

 男は白い高級そうな兵隊服を身に纏い、腕には五とゆう腕章があった。顔も体もゴツゴツしていて、目は鋭くその瞳は運び屋の鬼を真っ直ぐ見下ろしていた。

 王直属部隊五人大将の一人だ

 紅はホッとした。五の都最強と呼ばれる大将クラスの人間だ。たとえ運び屋の鬼とは言え倒せるわけがない。

「あちゃ~まずいなこれは」

 全くそんな風に思っていないような口ぶりで運び屋の鬼は笑っていた。

「観念しろ。大人しくした方が身のためだぞ」

「はいはい。どうぞご自由に」

 運び屋の鬼がそうゆうと周りにいたサクラの兵五人が彼に手錠をはめた。

「娘。他に怪しい奴はいなかったか?」

 ドスの効いた声で五人大将に話しかけられた紅は声も出さずに頭を横に振った。

「そうか、ならよい」

 それだけ言うと五人大将とサクラの兵は殺人鬼を連れてあっとゆう間に消えて行った。


 あとには、血にまみれた店と息をしていない父を残してハナマチはまた動き出す。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ