側近の誤算-中
―*―
「――お前が、魔王か。」
「いかにも。余が魔族を統べる王、魔王だ。」
「俺は勇者だ。」
「知っておるぞ、そなたのことは。」
ついに勇者パーティが魔王様のいる謁見の間までやってきました。
お決まりの台詞を言い合う両者を横目に、私は頭の中で『和平条約締結について』のスピーチ文を暗唱していました。
うう、何度もシミュレーションをしましたが、やはり本番は緊張しますね…。
しかしこの件について魔王様は全部私に丸投げだし、発案者としてここはひとつ、びしっと決めなければ!
両者の長ったらしい前置き台詞(これを聞くのも一体何十回目でしょうか)が終わった後、私は震える足を一歩出し、魔王様と勇者の間に立ちました。
くっ、怪訝そうな眼差しで見ないでください!『なんだ、この弱そうな奴は』とか言わないで!私が一番よく知ってるから!
失神しそうなくらい緊張しながら、私はすうと息を吸い込み、昨夜徹夜で暗記した文章を話し始めました。
「―ようこそいらっしゃいました、勇者とその仲間の皆さん。魔王様と戦いになる前に私n「ではお前たちの実力を見せてみよ!」
「臨むところだ、魔王め!!」
って、ええええ!?
定番台詞、食い気味に入ってキターー!!しかも私の言葉、完全に無視られた!?
「ま、魔王様ぁ!?」
「エルファニア、下がっておれ。」
「――え?あ、あの和平条約のお話は…」
「こやつと戦って、勝ってからにしよう。…くく、これだけ強大な魔力を持つ人間は久しぶりだ…楽しませてくれよな?」
うわ、完全に別スイッチ入っちゃってます。
乙女心よりも戦闘意欲が勝るってどういうことなんですか、この脳筋魔王が!!
結局、戦闘は始まっちゃうのですね。穏便に済ませましょうねと私が事前に行ったリハーサルはなんだったのか…。
…うう、しかし巻き込まれればタダでは済まないことも事実。
ここは大人しく隠れていることにしましょうか…。
派手な魔法をぶっ放す魔法使い、仲間の防御力を上げる僧侶、多彩な技を繰り出す武闘家、そして聖剣を振りまわしながら果敢に魔王様に立ち向かっていく勇者。
見事に連携の取れた動きを見せながら戦う勇者パーティの脇で、私は完全に見物人に徹していました。わあ、すごいなあとありきたりな感想を抱きながら『魔王との最終決戦』を見学。それに飽きたら計画書を読み直したりして。
しかし、これほど白熱した戦いはここ数年見たことがありません。心なしか魔王様も嬉しそうです。
…まあそうは言いましても、人間が魔王様に勝てる訳ないんですけどね。あ、今一人倒れました。
戦闘開始から一時間が経過しました。戦いは思ったよりも長引いているようです。
流石は人類最強の勇者、と言うべきでしょうか。あの魔王様を相手に未だ一度も倒れていません。彼の仲間たちはもう瀕死状態のようですが。
ま、そろそろ勇者も限界のようです。戦闘も終わりそうですね。
予定は少し狂いましたが、ようやく和平条約の話ができそうです。今一度プレゼンの準備をしておきましょうかね。
―しかし、勇者をボッコボコにしてから和平の話を持ち出すって、なんか…強制しているみたいですね。というか、強制してますよね、状況的に。
うわあ…最初どうやって話しかけたらいいんでしょう。どうやっても気まずく――
「…ぐっ!」
「――きゃあ!!?」
と思っていましたら、私の隠れている椅子の近くで爆発音がしました。
思わず私も何十年かぶりに悲鳴を上げてしまいました。あら嫌だ、恥ずかしい。
もうもうと立ちこめる煙と徐々に露わになる瓦礫の山。
ああ、また派手に壊れて!壁紙新しく張り替えたばかりだったのに…!
恨みがましく粉砕された壁と装飾品を見やると、勇者が壁にめり込んでいるのを発見しました。
苦しそうにひくいうめき声をあげていますが、起き上がる様子はありません。
どうやらかなり負傷しているようです。
「わ、ゆ、勇者!大丈夫ですか!?」
冗談じゃない!貴方が死んだら困るんですよ!交渉役がいなくなる的な意味で!!
私が駆け寄ると、勇者はギラリと睨みつけてきました。
う、人間の癖になんて鋭い視線!
「…っお前、だれだ…」
「誰だっていいでしょう。今治癒魔法をかけますからね。」
「………。」
言いながら、私は少ない魔力をしぼって彼を癒すことに専念しました。
ちなみに私は魔族の癖に魔性が薄く、下手な冒険者よりも非力です。
まあおかげで魔族の苦手な治癒魔法を使いこなせるのですが。
あ、完全に余談でしたね。
そうこうしているうちに、勇者は自分の力で起き上がれるほど回復しました。
剣を支えに立ち上がり、助かった、と呟きながらまた魔王様に立ち向かおうとします。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「…なんだ」
「なんだじゃありませんよ!これ以上戦ったら死んでしまいます!」
「それでも戦わねばならない。俺は勇者だから。」
「え…」
瀕死にも関わらず果敢に悪に立ち向かっていく勇者、なんてかっこいいの…
きゅんっ
――とでも言うと思いましたか!このド阿呆!!
いや死ぬから、貴方普通に死ぬから!勇気と無謀をはき違えていいのは、愛と勇気だけが友達の某ヒーローぐらいですよ!
「ああもう、ストップストップ!魔王様、攻撃をやめてくださー…ってひえええ!?」
「っ!」
どうにも止まらなさそうな勇者の説得を諦め、魔王様の方へ声をかけようとしたところ、どごーんと大きな音をたてて瓦解した壁の一部が吹っ飛びました。
一瞬前まで勇者が立っていたところです、そして私も。
間一髪のところで勇者が私を抱えて飛び上がり、双方無傷ですみましたが…魔王様、負傷した人間相手に本気過ぎません!?
「ま、魔王様!やり過ぎです!やめてくださーい!!」
「なんじゃ、いいところであったのに。」
「もう十分でしょう?早く例の話をしませんと!」
必死に叫ぶと今度は魔王様から返事がありました。
いいところって。貴方、本来の目的を忘れたんですか!?
この戦闘狂が!これだから嫁に行くあてもないんですよ…なんて命が惜しいので口には出しませんけどね!
「…どういうことだ、これは。話とは?」
と、勇者が怪訝そうな顔で私を見下ろしてきます。
魔王が攻撃をやめたのを見て、彼もようやく私の言葉に耳を傾ける気になったようです。
よかった。
「とりあえず、剣をお収めください。説明いたします。」
タイミングよく勇者のお仲間さんも起きだしてきたみたいですし、そろそろ私の計画を聞いてもらいましょうか。
はあ、やっとこれで話が進みますね…
…条約が無事に締結されたら、しばらく有給取ろ。
―*―
「…つまり、勇者と魔王の結婚を条件に、和平条約を結ぼうということですか。」
「その通りです。」
僧侶のオニーサンが私の計画を簡潔にまとめてくださいました。
流石、知性ある人は理解力が高くて助かります。
あ、回復薬まだありますけど要りますか?
「その条約、我らにとっても破格といっていいくらい好条件だが…なにか下心があるまいな?」
「いいえ、そんなことはございません。」
「とか言ってさあ、気が緩んだところで人間界に攻め込むつもりなんでしょー?」
「いいえ、魔物たちが人間を攻撃することはございません。約束します。」
屈強な武闘家、ロリっ子魔法使いの順で発言したのを私は淡々と返答しました。
まったく、人間という種族は疑り深くて面倒ですね。その癖若干の上から目線具合がむかつきます。
あ、毒薬ありますけど要りますか?
しばらくの間、そんな感じの私と勇者の仲間たちとの押し問答が続きました。
ええい、質問はひとりひとつずつ!私は聖徳太子じゃないんですよ!?
「―わかった。条件を飲もう。」
「勇者!?」
と、私の営業スマイルにも段々限界が来ていたときに、ずっと黙ってこちらを見ていた勇者が口を開きました。
仲間の制止もなんのその、勇者は二つ返事で了承したのです。
その瞬間、『勝った』と思いました。
よく決断してくださいました!流石は世界を救う勇者!よっ、イケメン!聖人!
魔王様も顔を輝かせています。やはり彼は魔王様の好みど真ん中だったみたいですね、ますますラッキー!
これで晴れて人間界とのいざこざ問題と魔王様の嫁ぎ先という悩みの種がダブルで一気に片付く……
「ただし、相手はお前だ。」
…へ?