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アフィニア航界日誌  作者: 皇 圭介
第一部 クリスタ王国編
8/10

第007話 「セラフィナ」

 騎士たちの鍛錬場。

 だだっ広い部屋の中、彼女の声が聞こえる。


「あなたの噂は聞いているわ。オクスタン士爵家の深窓の令嬢・アフィニア」

「・・・・・・」

「めったに表に出てこない、病弱で気弱な娘」


 まわりに人影は無い。セラフィナ姫と2人っきり。


 彼女は、セラフィナ・フォースフィールド・クリスタ。

 この国の王女さまだ。


「噂が本当ならば、あなたは私には必要ないわ」

「・・・え、と」

「そして、あなたにとっても私の存在は重荷となるでしょう」


 勝気な翠色の瞳に見つめられて、いや睨み付けられてつい視線が逸れてしまう。

 目に入るのは、壁近くに整理されて置いてある、練習用の武具の数々。


「だけど、あなたには密かに流れるもう一つの噂があるのも確か」

「・・・はぁ」

「王国でも3本の指に入る、ベルフェ・オクスタン卿の秘蔵っ子という、ね」


 彼女は壁際から木剣(ぼっけん)を二振り取ると、一本を投げて寄越した。


「・・・わわ」

「だから、確かめさせてもらうわ」


 木剣を俺に突き付け、そう宣言をする。


「・・・ドレスですよ?」


 一応は抵抗してみる。

 だが、彼女はこちらの言葉を聞くつもりはまったく無い様だった。


「はっ!」

 

 木剣を振り上げ、突然飛び掛ってくる。


 うわ・・・!

 だが、混乱する頭とは関係無しに、父さまに鍛えられた体が攻撃から身を(かわ)した。

 ひらり、と効果音を付けてもいいぐらいだ。


「・・・え、あ、きゃあぁ!」


 突然の目標の消失。

 唯でさえ、床を引きずりそうなスカート丈のドレスだ。靴だって歩きにくいものに違いない。

 意外にかわいらしい叫び声をあげて、彼女はばったりと倒れた。


「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・えーと」


 気まずい。


 セラフィナ姫は、もそもそと起き上がると元の位置に戻った。

 そして再び木剣を突き付けてくる。


「あなたの力、確かめさせてもらうわ」

「えーと、セラフィナ姫?」

「うるさいうるさい黙れ!」


 ここは照れてくれる所ではないの?

 顔を真っ赤にしながら、必死に言い訳する所ではないの?


 姫様にはがっかりだ。


「いくわよ」


 さすがにもう一度倒れたくはないのだろう。最初よりは若干慎重に動き打ち掛かってくる。

 彼女の太刀筋は鋭いが・・・、それだけだ。

 (とう)さまの剣には遠く及ばない。


 そうであるならば、どうやって終わらせるか、だ。

 女の子を木刀で殴る趣味はない。

 次々打ち掛かってくるセラフィナ姫を、適当に受け流しながら思案する。


 どうしよう?





  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 このアフィニアって()、強い・・・!?


 私にとってみれば、この苦戦は予想外だった。

 確かに私は正式に剣術という物を教わった事がない。だが、冒険者である母親に憧れて、小さな頃から我流とはいえ剣の鍛錬をして来たという自信があったのだ。

 実際、剣の速さや太刀筋の鋭さを、私の護衛たちは褒めていたではないか。あれが全てお世辞だったとは思いたくはなかった。


 だが、このアフィニアという娘は私の繰り出す連続攻撃をあっさりと受け流している。

 いっそ無造作ともいえる剣捌きで。

 なのにまったく反撃してくる気配が無い。

 遊ばれていると感じた。そして心の奥深くから怒りが湧き上がってくる・・・。


「馬鹿にして!! 本気でかかって来なさい!!!」





  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 姫様が怒っている。


「えっと・・・後で殴られたとか文句言わない?」

「あたりまえでしょう!!」


 そっか、ならば遠慮はいらないな。女の子を殴る趣味は無いが、だからといって本気で来いと言う相手にお茶を濁すような真似は出来ない。


「だったら僕の本気を見せるね」


 彼女の上段からの一撃を見切って紙一重で(かわ)し、胴へ軽く当てるような攻撃。

 わずかだが、痛みに動きが止まる姫様。

 そこへ。


蜘蛛の網(スパイダーネット)


 何もない空間から、まるで漁業で使われる投網(とあみ)のようにひろがる網。

 

「えっ!?何っっ!?」


 一瞬あっけにとられた彼女を絡めとる。

 糸に絡めとられたまま、ばったりと倒れる彼女。


「何これ!?魔法!?」


 クモの糸に絡まり、ジタバタするセラフィナ姫。


「はい。そうですよー」

「お前・・・いや、あなた。まさか魔法使いだったの・・・?」

「ええまあ。こちらの方が得意なので」

「・・・魔法使いに私は剣術で、軽くあしらわれていたっていうわけね。・・・(へこ)むわ」


 いや、そんな状態で(へこ)まれても。


(とう)さまに鍛えられていますからね、僕は」

「・・・・・・悔しい・・・!」

「ええと、・・・でも姫様の動きに・・・そう、キラリとした才能の片鱗が見えたりしたような気がしないでもなかったですよ?」

「本当に・・・?」

「それに僕は筋力が無いですから、木剣ではなく本物の剣でしたらあんなに振り回せませんでしたね」

「そうなの?」


 うっ。床に腹ばいで寝そべったままで、その上目使いは反則です王女殿下。


「で、これ(・・)はいつ頃解けるのかしら?」


 蜘蛛の網(スパイダーネット)の呪文の効果は3、4分といったところだ。


「もうじき解けますよ」

「・・・・・・ほんとだ」


 スゥ――、っとまるで最初から存在していなかったように消える糸。

 セラフィナ姫は1つため息をつき。

 ドレスを軽くはたいてホコリを落とすと立ち上がった。


「合格よ。文句なく合格」

「では、姫様に忠誠を誓いましょうか?」

「・・・ん」


 じっとこちらの目を覗き込んでくる彼女。

 うん。やはり彼女は綺麗だ・・・はっ!?いやいや。


「忠誠とか、忠義とか言われても、実際私にはよく分からない」

「・・・」

「それに、今の私にはその忠誠とやらに返せるものもないわ。だから、こうしましょう」

「・・・友達とかですか?」

「いいえ。あなたには私と、私がいずれ手に入れる物の半分をあげましょう。だから、私にあなたを頂戴(ちょうだい)


 頂戴(ちょうだい)って。

 ええと、くれるっていうのはつまり・・・でも女の子同士だし。ええい、混乱するな。

 いや、そもそも俺には先輩が・・・、そうだ!


「ええと、僕にはやらなければならない事があるので」

「駄目。絶対に逃がさないわ」

「駄目と言われても」

「私には、絶対にあなたが必要なの。だから・・・私のものになりなさい」

「・・・」


 強引な()だ。だが、あまり嫌いになれないのは何故だろう。

 それならば・・・、いいか。


「いつか・・・は分かりませんが、その日までなら」

「その日?」

「ええ。僕がやらなければならない事が分かる日までです」

「・・・それでいいわ」


 おずおずと手を差し出してくるセラフィナ姫。

 俺はその手を取って。


 しっかりと握手した。


「これからよろしくお願いするわ」

「僕もよろしくお願いいたしますね」

「ところで先程の呪文だけど。呪紋が見えなかったけれど、いつの間に?」

「秘密です」





  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 帰りの馬車の中。


 ライズさんの操る馬車に揺られながら。

 つい、思い出し笑いをしてしまう。


「どうやら、姫様と仲良くなれたようだな」

「はい」

「変わり者だという話だったので、それならお前と気が合うだろうと思っていた」

「それは、僕も変わり者だということですか?」

「そうだ」


 そうだ、って言われても。

 悪口ではないようだから気にしない事にしよう。


 あの後、俺は彼女のことを『(ひめ)』と呼び、彼女は俺の事をアフィニアと呼ぶ事に決めた。

 楽しくなりそうだ、とは思うが。


(とう)さま。セラフィナ姫の状況を聞かせて下さい」


 これを聞いておかなければならない。

 今後のためにも。


「分かるのか」

「あんな意味深な会話を目の前でされれば嫌でも」

「うむ。・・・今、この国の王には、2人の妻と3人の息子がいる」


 ガタゴト、と馬車が揺れる。


「第1王子レノックス殿下と第3王子レオノール殿下の母親は、バエル公爵の娘。そして第2王子ヴォルフ殿下の母親は、クラウド侯爵の娘だ」

「ええ、それは知っています。二大貴族ですからね」

「もともと両者は、王国内でも対立する事が多かったが・・・。現在、他の貴族達をも巻き込み、次の王位を巡って深刻な対立に発展しつつある」

「・・・そこへ、姫さまが突然現れた、と」


 うむ、と頷く父さま。


「王女殿下は王位を巡っての争いに参加する事はない。後ろ盾が無いのだから」

「ええ、でしたら・・・」


 安全なのでは?


「王子殿下たちの対立も行き詰まっていた。だが、相手を何の理由もなしに排除できるわけではない」

「ええ」

「互いに対する不満を、どこかで吐き出そうとしているのだろう」

「・・・つまり」


 なるほど。くだらない理由だ。ガス抜きというやつなのだろう。


「後ろに誰もいない姫は、丁度いい生贄ですか・・・」

「・・・そうだ。そして、バエル公は生粋の貴族血統主義者だ」

「平民の、しかも冒険者の血が混じっているようなのは容認できないと」


 最初に弱い娘はいらないと言った原因がこれか。確かに重荷だ。王子3人と二大貴族からのからの敵意。


 姫が自分を欲しがる理由は・・・味方が欲しかった、という事でいいのかな?


「姫は危ない状況なのですか」

「嫌がらせは・・・、されているのだろうが、今はまだ大丈夫のようだ。だが、これからは分からん」

「・・・」

「お前の好きにするといい。責任はわたしが取ってやる」

「ありがとう、(とう)さま」


 何が出来るか分からないが、なるべく(ちから)になってあげよう。





  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 とは言っても。

 (ちから)になってあげると言ったところで、俺は別に王都に住んでいるわけではないのだ。

 まだ1人で馬にも乗れない俺では、送り迎えが必要なのだ。


 乗馬練習しよう!


 だが、差し当たって現状その技能(スキル)は無いので仕方ない。

 馬車で屋敷から王都までとなると4時間ほどはかかる。

 だから、何がいいたいかと言うと。


「遅い」


 理不尽だ・・・。


「アフィニア、もっと早く来れないのか?」

「あの・・・。朝、用意が出来次第急いで来たのですが」

「私も朝からずっと待っていた」

「・・・」


 女の子に早く来てくれないかなー、と期待されるというのは悪くはない。

 悪くはないのだが。

 それが数日続くと、少し困る。


「喧嘩はやめましょう。それで、今日はどうしますか?」

「剣術の練習」

「またですか」

「だって、負けたままでしょう!?」


 姫の負けず嫌いも筋金入りだ。

 まあ、姫だし。


「僕は剣については本職ではないですよ。何度も言いますけど」

「それでも今はまだ、お前・・・あなたの方が強いわ」


 彼女の剣は我流だ。

 冒険者だったという、母親に見てもらった事がないのだろうか。


 でも彼女の母親が、剣士だったかどうかも分からないか。


 (とう)さまに一度見てもらったほうがいいんだけどな。

 やっぱり、彼女と俺とでは得物が違うし。

 姫は、その細腕に似合わず1m近い長剣(ロングソード)を振り回す事が出来るのだ。


 馬鹿力め。


 ちなみに俺の使用武器は、2本の短剣(ダガー)だ。 

 非力なもので。

 

「そうだ、姫。王城、いや王都から外に出られますか?」

「・・・お父様に聞かないと分からないけれど、たぶん大丈夫」

「大丈夫だったなら、泊りがけで我が家に遊びに来ませんか?」


 自分ながら、良い考えだと思う。


(とう)さまに、ベルフェ・オクスタン卿に剣術の型とか見てもらえますよ?」

「・・・いいのか?」

「もちろん」


 この世界で、友達を家に呼ぶ。もしかしなくても初めて・・・だ。


「その時は歓迎いたしますね、セラフィナ姫?」

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