第006話 「新たな出会い」
元の世界に戻るための作業を。
どうやったか、どこまで進んだかということを書くつもりで航界日誌と名前をつけた。
だが、今、見ているとこれは日記かもしれないと思う。
代わり映えの無い日々のハズだったのに。
毎日書く事が多くて困る。
さて。最近読み返してみて、先輩の事について記載が少なくなっている事を感じた。
この世界について学ぶために忙しかったのもあるし、この家での暮らしが楽しかったのもある。
だが、初心忘れるべからず。
意味は違うかもしれんが、ここで敢えて先輩の事について書いておこうと思う。
先輩の名前は『館林 亜美乃』。
初めて出会ったのは部活動で。
友達に誘われるまま入った、新入部員の歓迎会だ。
先輩は美人だった。かわいいよりも美人のほうがしっくりくる。さすがに学校一美人とか、学園のアイドルとかいう所まではいかないが。
それでも当然、美人なので周りを男どもに囲まれており残念ながら俺の出番はまったくなかった。
ただ、ずっと寂しそうにしていたのが妙に印象的だった。
まあ、一緒にいた友達は「そうだったか?」と言っていたので本当にそうだったのか分からないが。
友達とそれなりに遊び。部活動をそれなりにやって。先輩と何回か話しも出来た。
そして。
夏休み前のその日、勢いで先輩に告白したのだ。
結果は見事に玉砕。
俺は今年に入ってから10人目だそうだ。
「あなたのこと知らないから」
先輩は少し寂しそうな顔をした後、こう言った。
「考えてみて。君はわたしを本当に好きだったのかどうかを」
振られる事が当たり前の告白だった。最初から高嶺の花だった。
だからダメージだってそんなにないはず。
だけどもう1度考えてみた。
先輩の事を。
とりあえず考えて考えて。
一晩考え続けて。
そうして先輩の事が完全に頭から離れなくなった。
きっかけは告白。それで本当に好きになった。
とっても可笑しなお話。
「俺、先輩の事好きになりました。ですから、あなたが俺の事知らないのなら、知ってもらいます」
「・・・・・・そう」
その時の先輩は少し、ほんの少し嬉しそうだったと思う。
俺の勘違いかもしれないが。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
残念ながら、俺には剣術の才能は無かったらしい。
俺の読んでいた異世界召喚モノの定番だと、チート能力を駆使して戦ったりしてたと思うが。
そう都合よくはいかないものだ。
考えてみれば、この体は生贄の娘のものだしな。
俺が文句を言っていいものではない。
ただ教師が良いためか、才能が無いなりの動きは出来るようになった。
筋力が無いから、父さまの持つような片手半剣は持てないが。
その代わりといっては何だが。
母さまの教えてくれる魔法。こちらのほうに俺の才能はあった。
母さまが教えてくれる魔法は初級から中級ランクのものだが、俺はこの魔法という物にすっかり魅せられてしまった。
元の世界には無いものではあるし。
それが使えるのだから、興奮するなというのは無理な話だ。
これを研究するうちに、いくつかの情報が分かった。
まず呪紋だが、これは正確な形さえ覚えていれば、描くのに必要な魔力量を持っているならば誰にでも描くことが出来る。子供にだってだ。
だが、これだけでは当然ながら魔法は発動しない。
呪文がいる。
最初はただ「呪文の名前」を唱えるだけだと思っていたが、実はこれが重要だった。
ある程度、想像できなければ使えないのだ。
火球呪文ならば、でっかい火の玉を頭に描きながら呪文を唱え。
明かりであれば、暗闇を照らす眩しい光を思い浮かべ。
回復呪文であれば、怪我が治って元気になった姿を脳裏に描く。
それによって魔法は発動する。
明確に想像できなければ使う意志は伴わないのだ。逆に、想像できるのならば呪文は「炎よ!」とか「雷よ!」とかでも発動することは可能だ。かなりの上級技術なのだが。もともと国によって呪文の名前も変わることがあるのは確かな事実ではある。
だからなのか、この世界の魔法には時間や重力などを扱う呪文は存在していないようだ。時間を操るとか、惑星の重力とか、この世界の人間にとってはイメージしにくい物だろう。
だが、俺はイメージ出来る。
呪紋さえ作り出せば、未知なる魔法を使う事が可能になるのだ。
俺は夢中になって新たな呪紋の研究に勤しんだ。
呪紋は魔法の設計図だ。
だが、簡単に相手に読まれてしまっては不味い。
だから、基本の設計図の部分に+して相手がすぐに真似できないよう、ゴテゴテした偽装がくっついている。
必要な部分と不必要な部分がごっちゃになっているのだ。
これが、呪紋の形を複雑化させ、描いたり覚えたりする事の障害になっている。
俺が新魔法を完成させたとして。
魔法の効果を見られてしまうと、相手もその魔法のイメージが出来るようになる。
なんとか、呪紋を相手に見られない手段を見つけなければならない。
・・・そして俺はもうすぐ9歳になる。
元の世界へ帰る方法はまだ欠片も見えない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「父さま、初めて参りましたがすごい所ですね。気後れしてしまいそうです」
「おまえがそれほど殊勝であれば、わしも苦労はないのだが」
「か弱い一人娘にあんまりなお言葉」
お約束、というやつだ。
何年も一緒にいる父さまだ。どれだけ猫をかぶったところで、本性はバレている。それでも子供として愛してくれているのだから、望外の幸せだと思う。
さすがに男だとは、バレていないと思いたい。
今、俺がいるのは王城である。
クリスタ王国の、国と同じ名を持つ王都クリスタの中央に位置するこの城は、白大理石がふんだんに使われた周辺諸国でもっとも美しい城との事。西洋風の城の中身なんて見るのは初めてだ。
何故こんな所にいるかというと、王様に呼び出されたからだ。
父さまだけでなく、何故かこの俺まで。
こんなドレスめったに着る事ないぞ。自分の姿を一通り眺めて嘆息する。
黒っぽい青色のストレートの髪を腰まで垂らし、同色の瞳は儚げな印象を周りに与える。
外出は多いが、まったく日に焼けることのない真っ白い肌。
顔のパーツのバランスは見事というしかない。
そして今は、明るい青のドレスで完全武装。
元の世界でも、これほどの美少女はなかなかいないと思う。
今の王、ボールスⅢ世ことボールス・グリフィズ・クリスタは現在42歳だという。
まさかとは思うが、俺の美貌を聞きつけて妻にでもしようと狙っているのか?
それは冗談にしても何の用だろう。
「父さまは今回の事、何か知っておいでですか?」
「・・・いや」
どうやら父さまには心当たりぐらいはあるようだ。だが、心配するような事ではないらしい。
しばらく廊下を歩いたのち、部屋に通される。
燭台とかあるし豪華に見える部屋だったが、謁見の間とかを想像していた俺にとってみれば。
しょぼい。
「よく来てくれた」
部屋のなかには40代後半とみられるりっぱな顎鬚の白髪の男性と。
そして俺と同年代ぐらいの少女が純白のドレスを着て座っていた。・・・ウェーブのかかった金色の髪、逸らされてはいるが意志の強そうな翠色の瞳。
王様(たぶんそう)そっちのけで目を奪われてしまう。
容姿だけ見ればその少女には西洋人形のような、という言葉がぴったり合うのだろう。だが、その強すぎる瞳の光が印象を裏切っていた。
「いえ」
父さまが礼儀正しく一礼する。
ふむ、次は俺の番だな。
「本日は、お招きに預かりましてありがとうございます」
スカートの両端をちょっとつまんで挨拶。
うむ、完璧。
「今日は非公式の場なのでな。そう固くならんでくれ」
手振りで真っ赤なソファーを勧められた。
父とともに王様の対面に座る。
おおー。このソファー、何かすげーやわらかいんですけど。
しかし、この娘は誰なんだろう?
今現在の王族に、自分と同年代ぐらいの女の子がいるとは聞いた事がないのだが。
確か、王子が3人だったはずだ。
「・・・この娘の名は、セラフィナ・フォースフィールド・クリスタ。わしの娘じゃ。最近までは市井におったがの」
つまりは隠し子ということか。
「・・・母親が先日亡くなっての。急遽引き取る事になったのじゃ」
今になってもまだ、女の子の視線は外されたままだ。敵意すら感じる。
「・・・わしからの願いなんじゃが、この娘の友達になってやってほしいんじゃ」
「なるほど」
「卿の娘は、わしの娘と同い年と聞く。どうじゃな?友達になってやってはくれんか?」
父さまは、何となく言われる事がわかっていたらしい。
どうやら彼女の事も知っていたようだし。
「王子殿下の後ろには、この国最大貴族であるバエル公とクラウド侯がおります。あの方々の息のかかってない者というと限られるでしょう」
「・・・貴族どころか、一介の冒険者が母親ではな。血筋のみを重んじる彼らには受け入れてもらえんようじゃ」
「どうだ?アフィニア」
父さまはこちらを窺ってくる。
「・・・・・・友達になるのにやぶさかではありません」
「そうか・・・、ではすまぬが、娘に忠誠を誓ってやってくれぬか」
これって、断れなくない?いや、友達になるぐらい良いんだけどさ。
しかし友達になってくれ、のお願いなのに忠誠か・・・。
王族と対等な友人関係があるとは思わないが。
いやまあ、かわいい娘と仲良くするというのは俺としては歓迎なんですけど。どうせ女同士だ。
未だに彼女には視線すら合わせてもらえませんが。
「アフィニア、王女殿下に忠誠を誓いなさい」
「はい」
ここで初めてセラフィナ姫様がこちらを向いた。
「少しお待ちくださいませ。お父様」
初めて声を聞いたが、悪くない声だ。
鈴を転がすような声とでも言えばいいのか。
「強制されて得た忠誠など、何の意味もありません」
「・・・う、うむ。それもそうじゃ」
王様も娘にはとっても弱いようだ。
「どうか、2人で話をささせてほしいのです」
これが「あとは若いもの同士で」というやつか。
・・・違うのは分かってるけどな。
「わしは別に構わんが」
「そうですね・・・、アフィニアはそれで良いか?」
「はい」
「着いてきなさい」
一言そう言うと、さっさと部屋を出て行くセラフィナ姫様。
王様や父さまの表情を窺うと、あまり以外に思ってはいない様子。
・・・ふむ。
「では陛下、失礼いたします。父さま、行って参ります」
「うむ、セラフィナの事、よろしく頼むぞ」
「気をつけてな」
一礼して部屋の外に出るとセラフィナさんが待っていた。
彼女に付いて長々とした廊下を歩く。
「ええと・・・姫様?どちらに向かわれているのですか?」
「・・・」
無言だよ。どうすればいいのー?
「ここよ」
大きめの観音開きの鉄扉だ。
正直、悪い予感しかしない。
扉を開けて部屋の中に入る彼女。
その後に続く俺が見たものは・・・・・・騎士たちの鍛錬場だった。
ちょっと姫様。
話をするんじゃなかったの――――――!!??