第003話 「お勉強の毎日」
「君の名前を教えてほしいな」
両手で彼女の手を握り締め聞いてみる。
同姓相手には効かないかもしれないが、首をかしげながらのにっこり攻撃だ。
おや?褐色の肌がピンクになってる。
なかなかおれもつみつくりなおとこだ。
中身以外は女の子だがな。
しかし、この自分の体はかなり容姿レベルが高いようだ。顔も整っているし、髪も目も黒というか、暗青色というのかとても神秘的だ。
「・・・・・・シャーリーオール」
「うん、いい名前だね。シャーリーって呼んでも良い?」
「は・・・はい!」
「・・・僕の名前はアフィニア」
よろしくね。
ダークエルフの少女は僕に釣られるように笑ってくれた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
この世界で生きていく為には我慢しなければならない事がある。
そもそも、戻る方法さえ分からないのでは諦めるしかないが。
たとえば。
それは、読みかけの小説の続きであったり、TV番組だったりと色々だ。
娯楽が少ないのは仕方がない。何しろ中世ヨーロッパのような世界、携帯もなければゲームもない。
あるのは本ぐらいだ。
だが紙は高価なものではないが、活版印刷などないこの世界の書物とはすべて手書きだ。
手書きである以上、手間がかかる。
なんでも、本の内容を書き写し、複製するという職業もあるそうだ。
それはそれとして、初めて書物を見たときに気づいた。
文字が読めないことに。
会話が成立しているのだからここの言葉は日本語だと思っていたのだが、そうではなかったらしい。
どうやら、頭の中で翻訳がなされているようだ。
どうして、とか何故というのはこの際置いておこう。
少なくとも考えたところで、今、答えが出るものではないからだ。
母さまと実験したところ、耳から入った言葉は、たとえそれが普段使われない古代魔術語であろうと理解できた。能力としては、知性体の発した言語が耳に入ったときに、それが理解できるというもの。
そして、母さまによると俺はこの世界の言葉を喋っているらしい。
少なくともそう聞こえるという事だ。
よく分からないが、元の世界におけるテレパシーのような物ではないかと思う。
鳥とか、馬と話せるかも、と思って試したが無理だった。
あくまで人、それに近い知性のあるもの限定らしい。
そういったわけで日常生活には害がないものの、本が読めないというのは非常に困る。
元の世界に帰るためには、調べなければならない物がたくさんあるのだ。
たとえばあの『邪神召喚の書』。
あれは失われてしまったが、もしかしたら複製がどこかにあるかもしれない。
そもそも、あれがオリジナルだったとは限らないのだ。
みつけても よめないものでは しかたない。
字余り。
そんなわけで今日もお勉強だ。ベッドで寝込んでいるときから続けているが、あまり苦にならない。
特別、俺は勉強が好きというわけではなかったはずだが、教えてくれるのが母さまだというのもあって、どんどん知識を吸収する事が出来た。
まずは文字。
文字一つ一つの意味を覚えた。
これは単純作業なのでこれからも努力しかない。
つぎに貨幣制度について。
ここは日本のように円ではなく、通貨単位は『シラ』。
一番価値の低い、骨でできた骨貨、続いて銅貨、銀貨、金貨、魔晶貨の計5つ。
話を聞いたところ、だいたい骨貨一枚=100円といったところで、これが最小単位の1シラ。
この骨貨が50枚で銅貨となり、銅貨が20枚で銀貨になる。
そして、銀貨10枚で金貨。つまり、金貨1枚1万シラで、約100万円の価値をもつ事になる。
つまり、シャーリーオールは金貨7枚だから700万円ということになる。
奴隷制度の善悪とかそういうのを抜きにして、あれぐらいの年齢の少女奴隷は相場としては本来は金貨4,5枚ぐらいらしい。ダークエルフだったとしてもだ。
やっぱりあの男に足元を見られたようだ。
奴隷制度についてはひとまずは考えない。
こちらの世界に俺の常識を押し付けても仕方がないし、変えられる立場でもない。
で、金貨の上に魔晶貨というのがあるが、これは通常では出回らないものらしい。
価値的には金貨30枚で、魔晶貨1枚になる。
魔晶貨1枚で3000万円か。すげえ。
(しかし、母さまも疑問に思わないのかな?)
あきらかに、こちらの世界の一般常識が抜けている俺を怪しんでもしょうがないと思うのだが。
色々おかしなところもあるし。
言葉とか。
ショックで記憶の混乱とかいうレベルじゃない。だがまあ愛されている、という事なのだろう。
ありがとう母さま。
次に社会制度。
まあ、学生の俺はそこまで詳しくないし間違っているかもしれんが、この世界は中世封建制っぽい物で成り立っているらしい。
つまり王がいて、諸侯(つまり貴族ね)に領地とその保護を与え、かわりに忠誠を誓わせている。
貴族の下に騎士がいて、貴族も彼らの生活を保障し忠誠を誓わせているそうだ。
爵位の階級は7つ。
王・公・侯・伯・子・男・士で、王は王族のみ。
父さまは騎士爵ともよばれる士爵で、戦功著しい者に与えられる一代限りの物らしい。領地と呼べるものはなく屋敷を主君に貰い、給料によって生活する。
それと貴族だが、領地と爵位を継げるのは長男のみなので、次男・三男は外に出て騎士となるしか道がないそうだ。後は他家への婿か養子か。
ベルフェ・オクスタン士爵、つまり父さまは貴族の配下ではなく、王族直属の騎士との事。
まあ、継ぐべき領地がないというのは良い情報だと思う。もしそうなっていたら、婿養子とか取らされる事になっていたかもしれない。今の父さまが、そう簡単に俺を結婚させるとは思わないが。
他にも色々ならったがそれは追々語りたいと思う。
いっぺんに沢山書いても仕方ないしな。
ところで途中からはシャーリーオールも一緒に勉強する事になった。
母さまの提案だが、どうやら父さまも母さまも彼女を奴隷としては扱う気はないらしい。
もともとこの屋敷には奴隷はいなかったし、奴隷制度についてあまり好意的ではなかったようだ。
どうしても、元の世界の常識が抜けない俺としては好ましい限りだ。
最初は戸惑っていた彼女も、今ではすっかりとこの屋敷に打ち解けている。
俺にはどうかって?
まあ、言う必要も無い事だな。
何しろ彼女は、俺専用のメイドさんだし。しかも自分から志願してのメイドさんなのだ。
そう、ダークエルフのメイドなのだ。
屋敷の仕事を手伝いたい、と言う彼女をとりあえず俺のお世話係に任命したわけだ。
母さまが。
「アフィニア様、ここが分からないのですが」
開いたページを見せてくるシャーリー。
「どこ?」
「ここなのですが」
「ああ、これはね・・・」
様付けはどうかと思うが、最初はお嬢様だったのだ。
名前を呼んでほしいという、俺のお願いを受け入れてくれたのだ。
実際、彼女を救ったのは父さまで俺ではないのだから感謝されても面映い。
だが彼女と仲良くなるというのは歓迎だ。なにしろ可愛いしな。
いや、浮気ではないよ?まあ浮気もなにも今は同性、女の子同士なのだから。
それと彼女は俺より1歳年上、8歳だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そういえば、俺が学んでいる魔法についてもここに書いておく。
魔法。
それは、呪文と呪紋を用いて魔力によって世界に自らの意志を反映させる技。
魔法を使うためには、正確な呪紋を描く事が必要なのだ。
まず、杖の先でもって空中に魔力で紋を描く。
これは呪文ごとに決まっており、対応した呪紋でなければならない。
なぜなら、これは魔法の設計図であるからだ。
そして、この呪紋をカギとして『世界に言うことを聞かせる』。
そして呪文は呪紋を補強する。
呪文といっても、魔法そのままを口にするだけだが。
だが、言葉にする事によって、・・・たとえば、そう「炎の矢」という言葉に込められた、それを使用するのだという意志の力。
それに呪紋の炎の矢の設計図と魔力が合わさりやっと世界を変えることができるのだ。
『炎の矢が飛んでいるという現象』が現れた世界に。
そのため魔法は得てして効果が短い。
一部とはいえ、『世界に言うことを聞かせる』ことはそれほど難しい。そして呪紋は融通が効かない。この呪紋とは誰が使おうと、どれだけ魔力の多い大魔術士だろうと。
呪紋が同じならば、効果も威力も同じなのだ。
なぜなら、呪紋という設計図の中に効果も威力も描かれているのだ。
強力な呪紋ほど複雑で描くのが難しく、使用するのに魔力が多く要るのは確かだが。
シャーリーもこの魔法という物に興味を引かれ、俺とともに学んでいる。
授業態度もかなり真面目だ。
「アフィニア様は、私が守ります」
などと力強く言ってくれる。
一度、ダークエルフなんだから精霊魔法とか使えないの? と、聞いてみたが、母さま共々不思議そうな顔をされた。
どうやら精霊はこの世界にはいないらしい。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「計画の第3段階~」
第1と第2がどれだったか忘れたが、とりあえず次の計画だ。
それは体を鍛える、である。
シャーリー事件の時に、まったく良い所が無く母さまに心配をかけるだけだった俺。
反省はした。だが。
このままでいいのか?いや、いいはずがない!
外はともかく中身は男の子。やってやろうではありませんか。
と、いうわけで。
「父さま、僕に剣術を教えてください」
「駄目だ」
「・・・」
「そ、そんな目で見ても、だ、駄目だ」
必殺技を使ったのに駄目とは。
最近、使用頻度が多かったか。
父さまも母さまも抵抗を覚えたようだ。
何らかの新技の開発が急務かもしれない。
現存の技の更なるパワーアップでもいい。
まあいい。
今は、手持ちの戦力で戦い抜こう。
「どうして駄目なんですか?」
「おまえは女だろう」
「はい。でも女騎士というのも前例が無いわけではないそうですよ?」
父さまは苦り切った顔をする。
「妻がいったのか?」
「はい。母さまも分かってくれました」
もう一押しか。
「父さま、僕は花嫁修業でもして、さっさと嫁に行けとおっしゃるのですか?」
「おまえは嫁にやらん!!」
ふふふ。
そう言うと思った。
こちらの世界の父親もやはり同じのようだ。
父さまはまだ悩んでいたようだが、やがてため息をついて頷いた。
「だが、怪我をするかもしれんぞ。何しろおまえはまだ7歳なのだから」
「はい、父さま。ですから父さまにお願いしているのです」
再びにっこり。
「父さまのことなら信用できますから」
「ぐ・・・」
ふふふふふ、これで断れるハズがない。
「わかった。だがわしは少々厳しいぞ」
「覚悟してます」
「おまえは本当に7歳なのか・・・?」
「もちろんそうです」
父さまと視線が絡む。
「まあいい。おまえは良い娘だ。ならば今はそれだけでいい」
ありがとう、父さま。